第607話 ミッション・コンプリート

 二回目の軌道変更を実施してから三時間ほど経って、梶川さんから連絡が来ました。


「お待たせしちゃったね、国分君」

「どうなりましたか?」

「人類を滅亡させるような恐れがある大きな塊が、地球に落下する可能性は無くなったそうだよ」

「よっしゃー!」


 影の空間で、思いっきり声を上げてガッツポーズしました。

 二度目の人工隕石衝突で小惑星が割れてしまったので、あるいは十分に力が伝わらなかったのではないかと心配していました。


 ブースターを連続使用して、めちゃくちゃなテンションになりながらもブロックをひたすら切り出し、組み上げ、やり遂げた甲斐があったというものです。

 影の空間に一緒にいたマルト達やサヘル、ラインハルト達、それに手が空いているコボルト隊のみんなも喜んでいます。


「国分君……もしもし……もしもし……」


 おっといけない、梶川さんを忘れていました。


「はい、すみません、嬉しくてテンション上がっちゃいました」

「分かるよ、こちらでも衝突が回避されたと分かったら大騒ぎになったからね」

「これなら、ヴォルザードへの避難計画も進めなくて大丈夫ですね?」

「そうだね、そちらへの避難計画は正式に取りやめとなったよ」


 地球からヴォルザードへの避難は、日本にとってメリットのある形で行わなければ意味が無いので、恩を売れず、交渉の独占状態を失うような形では中止になるのは当然でしょう。

 これで小惑星関連で、僕がやるべき仕事は終わり……かと思ったのですが、まだ続きがあるようです。


「ただねぇ、国分君……完全に危険が去った訳じゃないらしいんだ」

「えっ……どういう事ですか? 小惑星の衝突は回避できたんですよね?」

「それは間違いないよ。国分君のおかげで巨大な塊は月の軌道よりも遠い位置を通過するという計算が出ている」


 地球から月までの距離は約四十万キロですから、その外を通るならば衝突の恐れはないでしょう。


「じゃあ、何の危険があるんですか?」

「大きな塊は回避出来るけど、小さな隕石が落ちて来る可能性があるらしい」


 梶川さんの話によれば、直径一キロメートルを越えるような塊が落下する心配は無いらしいのですが、それよりも小さな塊が落下する可能性が残されているそうです。


「国分君が作った人工隕石を二度衝突させて軌道変更には成功したんだけれど、その衝突の際に生じた破片の一部が地球に落下する可能性があるそうだ」

「どの程度の大きさだと被害が出るんですか?」

「直径十メートル以上だと、爆弾が落ちたのと同程度の被害が出るらしい」

「十メートルって、僕が人工隕石を作るのに使っていたブロックよりも小さいじゃないですか。地球に落下する可能性があるのは何個ぐらいあるんですか?」

「分からない。一度に生じた破片の数が多すぎて、小さな塊については全てを把握できていないそうなんだ」


 人工隕石を衝突させた時に、衝撃で四方八方に欠片が飛び散りました。

 一度、位置、軌道などが観測しきれていないそうです。


「銃弾に例えるならば、今まで砲弾だったものが散弾に変わったみたいな感じだね」

「それって、ネットで話題になっている流星雨の中に被害をもたらすような大きさの隕石が混じってるってことですか?」

「うん、そうなるね。本当に小さなものは大気圏に突入する時に燃え尽きるから大丈夫だけど、乗用車を超えるようなサイズだと、落下の際に衝撃波が発生してガラスが割れたりする被害が出るらしい」


 梶川さんの話によれば、二〇一三年にロシアのチェリャビンスク州で目撃された隕石は、大気圏突入前の大きさが直径二十メートル以下だったのに、四千棟を超える建物の窓ガラスが破壊されたそうです。

 それよりも大きな隕石が落下すれば、当然もっと大きな被害になる可能性が高くなります。


「どうだろう、国分君。直径五十メートルを越えるような塊の軌道を変えられないかな」

「具体的な位置や個数は分からないけど、ヤバそうな奴は排除しろ……ってことですか?」

「勿論、可能な範囲で構わない。何とかお願いできないかな?」


 巨大な隕石が落下する危険は回避できましたが、今度は被害をもたらすサイズの隕石が数多く落下する危険が出てきました。

 チェリャビンスクの隕石と同程度のサイズであっても、東京に落下した場合には甚大な被害をもたらす恐れがあります。


 もし、超高層ビルの窓ガラスが次々に割れて、道を歩いている人々に降り注いだりしたら、負傷者どころか多数の死者が出るでしょう。

 防げるものならば防ぎたいが、いかんせん数が多すぎる。


「一つ残らず完璧に……とはいかないと思いますが、出来る範囲でやってみます」

「ありがとう、よろしく頼むよ」

「ただ、絶対に抜けは生じるはずですから、避難警告を出してもらえませんか?」

「勿論だよ、政府としては、最接近する日には外出を控えてもらえるように告知するよ」

「外出禁止令とかはどうですか?」

「残念ながら、海外みたいな外出禁止令は、日本の法律では出せないんだよ」

「そこは、どこかのコーヒー好きの官僚さんに将来を棒に振る覚悟で頑張ってもらわないと……」

「そんな無茶振りしないでよ……」

「いやいや、宇宙空間での作業を僕に無茶振りする人には、相応の覚悟をしてもらいませんと……」

「いやぁ、僕も法律を変える事はできないけど、何とか怪我人が出ないような抜け道を探してみるよ」

「よろしくお願いします」 


 梶川さんとの電話を切ってから、星属性の魔術で意識を宇宙空間へと飛ばしました。

 二度目の軌道変更から三時間以上が経過して、五つほどに割れた小惑星は、更に分離し始めていました。


 その近くから二度目の衝突で出た欠片が漂い、更に離れた場所に一度目の衝突で出た欠片が漂っています。

 確かに、その中には大きな塊が残っていそうです。


「てか、どこまで片付ければ良いんだ?」


 どこまでが地球に落下して、どこからは大丈夫なのか範囲が分からないし、五十メートル程度の欠片となると、かなりの数があるように見えます。

 とりあえず、目に付く大きな塊から処理するしかなさそうです。


 直径が五百メートルを超えていそうな塊に、闇ゴーレムを設置していきます。

 軌道変更ではなく正面衝突するように闇の盾を設置して維持をゴーレムに任せ、これまでの衝突で出来た欠片を人工隕石の要領で衝突させました。


 相対速度は秒速40メートルを超えているはずで、衝突した欠片は粉々に砕け散りました。

 同じ要領で、大きな欠片を処理していきましたが、一時間半ほどで処理できたのは十数個で、闇属性のゴーレムも使い果たしてしまいました。


「てか、まだまだいっぱいあるんだけど……ゴーレム作らないと駄目なのかな?」


 人工隕石を組み立てていた時には、後でドカーンとぶつける楽しみが待っているから耐えられましたが、チマチマ塊を処理していく作業が酷く面倒に感じます。


「なんか、もっと簡単にドーン……ってできないかなぁ」

 

 大きな欠片に爆剤の樽を送還して、火を着けて……なんて考えたけど、空気が無いからドーンとはいかないんですよねぇ。

 欠片同士を衝突させようにも、闇属性のゴーレムは使い切ってしまいました。


「待てよ……向きを変えて召喚すれば良いのか?」


 地球の方向へと移動を続けている小惑星の欠片を向きが変わるように意識して召喚すると、運動方向が変わって狙った別の欠片と衝突して粉々になりました。

 これならば、わざわざ闇属性のゴーレムを設置する必要もないし、地球基準で

固定した闇の盾と一緒に置き去りにされたりしなくて済みます。


 一回に掛かる時間も劇的に減らせます。


「おぉぉ……いいじゃん、いいじゃん、よし、補給してからラストスパートといきますか」


 一旦、影の空間へと戻って、カロリーブロック、スポーツドリンク、更にはブースターを補充して最後の作業へと取り掛かりました。


「召喚! 召喚! よし、次……召喚!」


 とにかく、目についた大きな塊に目掛けて、手近な塊を召喚術でぶつけて砕いていきます。

 一発でだめなら、二発、三発と食らわせれば、塊は砕けて飛び散りました。


「あとは、どこだ……あれか、召喚!」


 小惑星の最初の大きさが直径三十キロ以上で、今やってるのは欠片を直径五十メートル以下に砕く作業なので、大きさを目測する感覚がおかしくなっています。

 あんまり細かく砕いていると終わらないし、かといって適当に残してしまうと大きな被害が出てしまうかもしれません。


「もっと小さくした方が良いのかなぁ……あれ、あっちのでっかくない?」


 小惑星と広がっていく欠片の間をウロウロしながら作業を続けているうちに、ふっと青い星が目に入りました。

 まだパチンコ玉程度の大きさにしか見えませんけど、地球の姿が僕の目でもハッキリと見えます。


 あんなに小さな的なんだから、適当にやっても大丈夫じゃないか……なんて悪魔が僕に囁きかけてきます。

 でも負けたりしませんよ、居眠りの罰としてやらされた草むしりに比べれば、この程度はなんてことありませんよ。


「もうちょっと……次はどれだ、あっちか……召喚!」


 砕いて、砕いて、砕いて、砕いて……ラインハルトにストップを掛けられるまで作業を続けていたら、八時間ぐらい経過していました。


「あぁ、しんどい……もう無理……」

『ケント様、もうお休み下さい』

「うん、でも、結果だけ確認してもらいたいし……サヘル、スマホ取って」

「クルルゥゥ……」


 サヘルからスマホを受け取って、梶川さんに連絡を入れました。


「もしもし……」

「国分君、お疲れ様」

「どんなもんでしょう?」

「天文学者が目を回してるらしいよ」

「はぁ……それよりも、大きな破片は?」

「うん、先程よりも更に細かい破片が漂うようになって、正確な観測がしにくくなっているそうだけど、危険な大きさの物は殆ど取り除かれたみたいだ」

「僕の方でも、五十メートルクラスの破片はもう見つけられないので、ここまでかと思ってます」

「長時間に渡る作業、本当にお疲れ様でした。報酬に関しては、改めて相談させてもらえるかな」

「はい、後で結構です。もう、ちょっと限界なので……」

「ありがとう、ゆっくり休んで」

「はい、えっと……たぶん三日か四日ぐらい動けないと思うので、まともに動けるようになったら連絡します」

「了解、お疲れ様」


 梶川さんとの電話を切った後、最後の気力を振り絞ってお風呂に入って、寝巻に着替えてからベッドにダイブしました。

 はぁ……これから暫く情けない時間が続くのかぁ……。

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