第606話 苦労人ジョーは相変わらず世話を焼く

「うぉぉぉ……すっげぇ! 小惑星が割れたぜ!」

「二発目きた――っ!」


 リビングのテレビを見ながら新旧コンビがガッツポーズを繰り返している。

 この数日、小惑星関連の番組を見るために、二人ともテレビの前から動こうとしない。


 オーランド商店から護衛の依頼が入っていたのだが、小惑星の行方が判明するまでは依頼は受けないと言い出したのだ。

 直径三十キロの小惑星が地球に衝突するかもしれない……なんて話が、どこまで真実なのか分からないが、二人が不安を感じるのは理解できる。


 ヴォルザードにいる俺達は絶対に安全だが、日本にいる親兄弟は命の危険に晒されていたのだ。

 二人は国分の自宅に押し掛けて、万が一の際には家族をこちらに避難させてくれるように頼んできたそうだ。


 その国分は、アメリカなどが軌道変更のための作戦を行うから大丈夫だろうと話していたらしいが、詳しい内容までは知らされていないらしい。


「和樹、達也、もう依頼を受けてもいいな?」

「いやいや、まだ衝突が確実に回避できたか分からないし、不安だよな、達也」

「おぅ、日本にいる両親にもしもの事があったら大変だもんな」

「あのなぁ……依頼を他に振ってもらってんだぞ。オーランド商店から切られたら、定期的な仕事は無くなるんだぞ」


 小惑星の衝突危機をオーランド商店の主であるデルリッツさんに説明するのは一苦労だった。

 天文学や観測機器について詳しい訳ではないし、こちらの天文学の常識レベルと日本のレベルとでは大きな差があるから余計に説明に苦労した。


 その説明の過程で、天体望遠鏡を取り寄せる羽目になったのだが、これが小惑星の接近によって品薄状態で手に入らない。

 仕事も望遠鏡も待ってくれと頼んでいる俺の身にもなってもらいたい。


 オーランド商店としては、輸送の業務は先送りできないらしく、俺達が断ったとなれば他の冒険者が依頼を請け負っている。

 何度も断っていれば、仕事を奪われかねない。


「ちっ、しゃーねぇな、仕事すっか? 達也」

「番組は綿貫に頼んで録画してもらえばいいか」

「じゃあ、オーランド商店に依頼を受けられると連絡してもいいな?」

「あぁ、でも明日にしねぇ? もう昼過ぎだし」

「そうそう、てか装備も点検しないとだし」

「はぁ……お前らなぁ、まぁいい、明日オーランド商店に連絡して、最短明後日の朝には出られるようにしとけよ」

「おっけー、おっけー、大丈夫だよな、和樹」

「おぅ、明後日の朝なら楽勝でしょ」


 再び二人してテレビの画面に見入っている様子を見ると少々不安になるが、それでもこれまでの護衛依頼では一度もヘマはやらかしていない。

 それどころか、人感センサーアラームとか、LEDライトとか、ちょこちょこと便利グッズを仕入れては、夜間の見張りなどを楽にしてくれている。


 レトルト食品とか、フリーズドライ食品とか、缶詰なども取り寄せて、一部はオーランド商店に売り渡しているようだ。

 レトルト食品は、こちらではパッケージが作れないから再現は難しいようだが、缶詰については試作が始まっているらしい。


 フリーズドライ食品も、製法の理論は伝えているらしく、魔術を使って再現出来ないか試しているようだ。


「達也、これって国分が言ってたアメリカのミサイルなのか?」

「じゃねぇの?」

「二発も連続して発射したのか?」

「それは……ロシアとかじゃね?」

「どう思うよ、ジョー」

「えっ、俺に聞くのかよ」

「そりゃあ俺達よりも詳しそうじゃん」

「いや、そんなに詳しくないぞ。アメリカでもロシアでもなかったら、あとは中国ぐらいしかないんだろう?」


 宇宙ロケットを打ち上げられ、核兵器も保有しているとなると、アメリカ、ロシア、中国ぐらいしか考えられないが、達也は納得がいかないような表情をしている。


「なぁ、ジョー、これって国分が絡んでるんじゃね?」

「いや、さすがに国分でも宇宙には行けないだろう」

「でもよぉ、一発ミサイル撃ち込んで小惑星の軌道を変えた訳じゃん」

「そうだな」

「アメリカがやるなら、一発で決めるようにするんじゃね?」

「そう言われてみると、そうだな……」


 確かに、達也が言うように、アメリカが軌道変更を試みるなら、一発で決めるように作戦を立てるだろう。


「それによぉ、一発目が爆発したのが昨日で、二発目がさっきじゃん。そんなに早く準備が整うものか?」

「だから、ロシアか中国だったんじゃねぇの?」

「だとしてもさ、一発目で軌道が変わってるのに、こんなに上手く命中するものなのか?」

「弾道ミサイルとかで精密誘導とかやってるから、その応用なんだろう」

「そうかなぁ……俺は、また国分がヒュってやって、ドーンだよ……とかやってそうな気がすんだけどなぁ」


 常識外れの同級生ならやりかねないと思うが、宇宙空間には行けないだろう。


「あれじゃね、NASAから宇宙服を借りたんじゃね?」

「おぉ、冴えてるじゃんか和樹、それだ、それ」

「いや、宇宙服を借りたとしても、どうやって小惑星まで行くんだよ」

「だって国分の奴は地球と異世界を簡単に行き来してるんだぞ。すっと潜って、パッじゃねぇの?」

「そうそう、そんで核爆弾を運んで、ドーンだろう」

「いや、ダイナマイトじゃねぇんだから、そんな簡単に出来ないだろう」


 言われてみれば、国分は異世界であるヴォルザードと日本を自由に移動している。

 地球と宇宙空間を移動できるようになった……なんて言われても、国分を知る者ならば驚かないだろう。


「てかよぉ、マジで国分がやったんだとしたら、すっげぇ報酬を受け取るんじゃねぇの?」「それは、気付いていても聞きたくなかったぜ、和樹」

「国分が金持ちなのは、今に始まったことじゃねぇだろう」

「止めを刺すなよ、ジョー」

「てか、お前らいくら稼いでも、稼いだだけ使ってるから金が貯まらないんだろ」


 オーランド商店の護衛依頼を一件やれば、同年代、同ランクの冒険者よりも良い稼ぎになるが、新旧コンビの二人は飲み代の他に最近は娼館で散財しているようだ。

 シェアハウスのローンはキチンと払っているようだし、自分で稼いだ金だから何に使おうと自由なんだが、いかにも冒険者という感じの生活はどうかと思う。


 ただ、大きな病気や怪我をしても、頼むまでもなく国分が治してしまいそうだし、あまり貯えを必要としていないのも確かだ。


「てか、ジョーはガッチリ貯めこんでそうだけど、新しい女は見つかったのか?」

「俺はいいんだよ……」

「あれあれぇ、いまだに年上女冒険者を引き摺ってるんですかぁ?」

「うっせぇな……」

「行っちゃう? 俺らと一緒にパラダイスに」

「そうだぜ、ジョー、パーラダイスだぜ」

「行かねぇよ……てか、俺を連れて行って、紹介料で割り引いてもらおうって魂胆だろ」

「そ、そんな事はねぇよ……なっ、達也」

「お、おぅ、それはゲスの缶蹴りってやつだ」

「ゲスの勘繰りな……とにかく、俺は娼館には行かないし、グダグダ言うなら今からオーランド商店に行ってくるぞ」

「うそうそ、冗談だって、マジになるなよ」

「そうだぜ、ジョーには可愛いリリサちゃんがいるもんな」

「やめろよ、鷹山に絡まれるのはウンザリしてんだよ」


 鷹山とシーリアさんの娘リリサは、なぜだか知らないが俺に懐いている。

 と言っても、まだハイハイも出来ないから自分で寄って来ることはないのだが、父親である鷹山が世話をすると不機嫌なのに、俺が近くにいる時はやけに機嫌が良いのだ。


 もう首が据わったから抱いてみてとシーリアさんに言われて抱っこしてみると、満面の笑みを浮かべ、あうあうと言葉にならない声で何かを伝えようとしているようだった。

 食事の支度をするから少しお願いしますと、そのまま預けられてしまったら、俺の腕の中ですやすやと眠りについたのだ。


 シーリアさんは美人だし、鷹山も顔だけは良いから、娘のリリサも可愛い。

 俺の腕の中で眠っている姿は本当に天使のようだと思ったが、俺が抱くと嫌がるのに……と血涙を流しそうな表情の鷹山にそっと返却した。


 目を覚ました後で大泣きされていたけど、それは俺のせいではないはずだ。


「でも、マジでリリサちゃんが歩き出す前に新しい女を見つけないと、鷹山をパパって呼ぶことになるんじゃねぇ?」

「やめろよ、和樹。マジで洒落になってねぇからよ」

「親バカ、バカ親の鷹山だもんな」


 理由は分らないのだが、リリサに嫌われ続けている鷹山だが、その愛情には一辺の翳りも見えない。

 依頼の途中で、別の依頼をしている女冒険者や食堂のウエイトレスなどが色目を使ってきても、リリサ・ラブ、シーリア・ラブの姿勢は全く揺らがないのだ。


 その点に関しては、無駄に良い顔に似合ったイケメンぶりなのだが、毎回護衛の依頼を終えてヴォルザードの街に入った途端、奇声を上げながらシェアハウスに向けて走り去るのは止めてほしい。


「そういえば、八木は?」

「部屋にこもって何やら書いてるみたいだが、どうせ今度もものにならないだろう」


 達也が言うには、異世界から見た地球滅亡騒動……みたいなものを書いているらしい。


「それって、絶対安全な場所から高みの見物をしてましたって言ってるようなものじゃないのか?」

「だよなぁ……反発されるだけだと思うけど、八木曰く、絶対に安全な場所だからこそ、地球の騒動を冷静に分析できるとか何とか言ってたな」

「まぁ、冷静でいられたのは確かだけど、現地で見た訳でもなく、遠い異世界からネット経由で情報を拾うだけじゃレポートにならないだろう」

「ジョーの言う通りだけど、それが八木には理解できないんだろう」


 そんなジャーナリストごっこをして遊んでいる暇があるなら、レンタサイクル事業にもっと集中しろと思ってしまうのだが、八木にとっては長年の夢だから簡単には諦められないのだろう。


「とりあえず、明日はオーランド商店に行ってくるから、二人とも準備はしておいてくれよ」

「了解、了解」

「鷹山には伝えたのか?」

「あぁ、後で言っておくよ」


 地球が滅亡する心配も無くなったみたいだし、俺達は俺達の財布の中身を心配しよう。

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