第605話 二度目の軌道変更
小惑星パンドラに人工隕石を衝突させた後、一旦意識を体に戻して梶川さんに連絡を取りました。
「国分君かい、こちらでも小惑星の変化を確認したよ。いや、凄いね……観測していた天文学者は大騒ぎになると思うよ」
「実は、少々想定外の事態が起こって、予定よりも早く、予定よりも小さい隕石を衝突させる事になってしまって、地球から逸れるほどの衝撃を与えられたか分かりません。早急に軌道の計算をお願いできますか?」
「軌道の計算は既に始めているから、判明次第知らせるよ」
「では念のために、二度目の軌道変更を行えるように準備を進めます」
「よろしく頼むね」
梶川さんとの通話を終了した後、カロリーブロックとスポーツドリンクで栄養と水分を補給しました。
ブースターを使っているので、疲労感も空腹感も喉の渇きすら感じていませんが、補給を怠れば倒れた後の反動が大きくなるでしょう。
身動きできなくなって下の世話を焼いてもらう状況を考えると、いっそ断食しておいた方が良いのでは……なんて考えてしまいますが、既に半日以上飲まず食わずで過ごしていたので、健康状態を維持する為には補給は欠かせません。
「じゃあ、作業に戻るよ。ネロ、体は頼んだからね」
「任せるにゃ、ネロがしっかり守るにゃ」
といっても、ネロは僕の体と一緒に寝てるだけなんだけどね。
ネロの他にも、マルト、ミルト、ムルト、それにサヘルが一緒です。
とはいえ、影の空間の中だから、何かに襲われるような心配は要りません。
再開した作業は、地球の方向と回転の向きの確認から始めました。
最初に貰ったデータに従って、地球から見て右斜め下の方向へ軌道を逸らすように人工隕石を衝突させました。
僕としては、ど真ん中を狙って撃ち出したつもりだったのですが、それでも重心からは少しズレていたらしく、小惑星は地球からみると右ピッチャーのカーブのように回転しています。
宇宙に空気が存在していれば、どんどん逸れていきそうですが、実際には回転は軌道に影響を与えません。
それに、重心からのズレは大きくなかったようで、回転はゆっくりとしているだけです。
人工隕石の衝突によって噴出した欠片や塵は、地球上の火山の噴火とはちがって落下することなく広がり続けています。
小惑星の引力が小さいので、少しの速度でも重力圏を抜け出してしまうようです。
小惑星から塵が広がっていく様子は、幻想的な光景ですが、二回目の闇の盾を設置する時には一部を送還術で排除する必要がありそうです。
「よし、それでは二回目の作業に入りますかね」
二度目の人工隕石は、一度目を教訓として小惑星から百メートル以上離れた位置で作り始めました。
「召喚……召喚……召喚……召喚……」
ブースターによるハイな気分にも慣れ始めたので、ブロックの組み立て精度も良くなってきました。
ブースターを使っていない時ほど精密ではないものの、ガタガタにはならずに石柱が組み上がっていきます。
四時間ほど作業を続けた後で、補給のために一旦休憩。
カロリーブロックを齧りながらタブレットでネットを閲覧すると、小惑星の話題一色になっていました。
『パンドラで謎の爆発』
『軌道変更のために核使用か?』
『作戦はアメリカ主導か?』
梶川さん曰く、確実に小惑星の衝突が回避されるまで、日本政府は軌道変更に関して一切の発表を行わないそうです。
てか、僕の存在は隠し通して、報酬だけ貰える方が有難いんですけどね。
SNSのトレンドワードも、これまでの人類滅亡とか地球滅亡などに代わって、衝突回避、残された希望などが上位に上がっているようです。
誰だって死にたいとは思わないでしょうし、何事も無い方が良いに決まっています。
「さてさて、もう一頑張りしますかね」
まだ、梶川さんから軌道計算終了のメールは届いていないので、引き続き二個目の人工隕石作成作業を続けます。
ブロックの組み立て作業にも慣れてきたのでペースは上がってきたのですが、作業再開から三時間ほど経ったところでテンションがガクンと低下。
急いで意識を体に戻して、二本目のブースターを一気飲みしました。
「うぉぉぉぉぉ……きたー!」
魔力もテンションもVの字を描いて急激に回復していきます。
魔力が切れる心配は回避できましたが、またしても人工隕石がガッタガタになってしまいました。
先程までは、ブースターの効果に慣れたというよりも、魔力の回復がゆるやかに降下していたから制御できていたのでしょう。
「うひゃひゃひゃひゃ……召喚、召喚、召喚、召喚、召喚……」
一回目と同様に隙間やら段差やらが生じているけれど、余分な角とか翼を付けなかったのは僕の最後の良心が失われなかったからでしょう。
更に三時間ぐらいが経過したところで、ラインハルトが念話で話し掛けてきました。
『ケント様、そろそろ補給をなされた方が……』
「にゃはははは……召喚、召喚、召喚……」
『ケント様、ケント様!」
「召喚、召喚、召喚……ん? 何か言った? ラインハルト」
『そろそろ補給をなされませ』
「大丈夫、大丈夫、今いいところだから……召喚、召喚、召喚……」
『ケント様、梶川殿からメールが届いてますぞ』
「おぅ、メール来た──っ! どうかな、どうかな、軌道は逸れたかな……」
意識を影の空間の体に戻して、タブレットでメールを開きました。
僕がメールを読んでいる間に、マルト達がカロリーブロックやスポーツドリンクを準備してくれました。
結論から言うと、衝突の回避には少し足りないそうです。
これまでの軌道と比べると、急角度での衝突は回避できそうですが、地球の重力圏に捉えられての落下や掠める可能性は否定できないようです。
直径三十キロの小惑星となると、落下せずに掠めたとしても大気圏に接触すれば凄まじい衝撃波が発生し、大きな被害が出る可能性が高いそうです。
「まぁ、今度は一回目よりもデカいのをぶつけてやるから逸れるっしょ!」
補給を終えて、更に六時間ほど作業を続けると、当初の予定よりも長い、全長四キロ超えの人工隕石が出来上がりました。
あとは、この人工隕石を小惑星へぶつけるだけです。
射出側の闇の盾を設置する場所から、送還術で塵や欠片を移動させました。
といっても、移動させた部分の厚みは五十センチ程度なので、地球からの観測では気付かないでしょうね。
射出側の闇の盾を展開し、盾の維持を闇属性ゴーレムに移譲。
次は、人工隕石の前方に取り入れ用の闇の盾を展開しました。
「ではでは、固定基準を地球に切り替え、五秒前、四、三、二、一……射出!」
あっと言う間に遠ざかる小惑星の表面で、再び閃光が走りました。
急いで体に意識を戻し、再度小惑星の上空へと飛ばします。
「うわっ、割れた……」
一回目よりも多くの塵や欠片が飛び散っていますし、小惑星本体が割れていくつかの大きな固まりに分離し始めています。
「一、二、三……全部で五個か、でも、これだけの衝撃を加えれば大丈夫じゃないの?」
分離した大きな固まりは五つほどで、一番大きな物は最初の三分の一程度、小さい物は八分の一程度の大きさです。
相変わらず回転しながらですが、ゆっくりと分離しています。
「これ、全部地球から逸れるのかな……?」
五つの固まりの他に、衝撃で飛び散った欠片の中にも大きなものが混じっているように見えます。
直径三十キロの大きさを見慣れてしまっているので、飛び散った欠片が小さく感じられますが、僕が人工隕石を作るために使っているブロック程度の大きさでも、地球に落下すれば大きな被害をもたらす可能性があります。
「うーん……もしかして、小さい固まりとか砕かないとヤバいのかな?」
ちょっと僕では判断がつかないので、観測は天文学者さんに任せましょう。
意識を体に戻して起き上がると、すすっとマルト達が近付いてきました。
マルトがブースター、ミルトがカロリーブロック、ムルトがスポーツドリンク、でも今回はサヘルが持って来たスマホを受け取り梶川さんに連絡します。
「国分です、二回目の撃ち込みを実行しました」
「お疲れ様、こちらでも観測したよ。今回は予定通りかな?」
「人工隕石の大きさはほぼ予定通りだったんですが、小惑星が割れてしまって……」
「それも観測している。破片が分離しているので、軌道計算に少し時間がかかるかもしれない。待機してもらっても大丈夫かな?」
「大丈夫ですけど……出来るだけ早くお願いします」
「分かった、なるべく急いでもらうよ」
電話を切って、補給を終えたら、手持ち無沙汰になってしまいました。
『ケント様、少しお休みになられますか?』
「ううん、眠っちゃうと、そのまま動けなくなりそうだから起きてる」
前回の軌道計算を待つ間は、二回目の人工隕石を作りながら待っていたが、今回は大きめの欠片も飛んでいるので、三回目以降はそれを利用するつもりです。
やる事が無くなってしまったので、またネットで世界情勢を見てみました。
一回目の軌道変更から時間が経って、アマチュア天文家による軌道計算も進み、衝突回避の可能性が高まったせいで、社会情勢も安定に向かい始めたようです。
海外では、まだ暴動や略奪が起こっている国もあるようですが、それも下火になるでしょう。
逆に、買占めというか品薄になっているのが天体望遠鏡です。
通販サイトなどの在庫が品薄となり、オークションサイトでは高値で取り引きされているみたいです。
終末から一転、世紀の天体ショーなんて特集を組んでいるサイトも見うけられます。
小惑星の衝突は回避されても、爆発によって飛び散った破片や塵が地球に落下して、流星雨が見られると予測しているようです。
ただ、流星雨については、核爆発にともなう放射能汚染を世界に撒き散らすとして、あいかわらず人類滅亡や地球滅亡を唱える人もいるようです。
てか、核兵器なんて使ってないんだけどね。
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