第604話 ミッション・スタート
本格的に小惑星の軌道を変える作業に入る前に、ちょっとだけネットのニュースを検索してみると、世界は不安定な状況になっていました。
衝突が予想される日まで残り十日ほどで、月の軌道の内側を通るのは確実と言われています。
地球から月までの距離は約38万キロ、その間を直径三十キロの物体が通過するだけだと考えれば大した事ではないように思えるのですが、その物体が地球に落下した時の被害予測が加わると話はガラっと変わってくるようです。
最悪の予想は地球上の生物が全て死滅するというもので、どうせ死ぬならば生きているうちにやりたい事をやってしまおうとする人が現れ始めています。
貯金を使い切るために仕事を休んで豪遊する程度ならば何の問題も無いのですが、邪な願望を叶えるために犯罪行為を行う者が急増しているようです。
人類滅亡とまでは思わなくても、大きな災害によって物資の供給不足が起こると考えた人々が、各地で買い占め行為を行っていました。
日本でも、米や水、缶詰、レトルト食品、インスタント食品、電池、ガソリン、カセットコンロのガス、トイレットペーパー、生理用品、ペットフードなど、ありとあらゆる物の買占め、買い溜めが起こっています。
各国の政府は、こうした状況を落ち着かせるために躍起になっていますが、実際に小惑星は衝突コースを突き進んでいる訳で、近付けば近づくほどアマチュア天文家の話は説得力を増し、衝突の危険は無いという嘘は通じなくなってきているようです。
小惑星には、元々別の名前が付けられていたそうですが、いつしか世間からは『パンドラ』と呼ばれるようになっていました。
安直な名前の付け方だとは思いますが、否定する気にもなれません。
世間では、こうした悲観的な予測が日に日に強まっている一方で、一部の天体マニアは数千年、数万年に一度の天体ショーだと盛り上がっているようです。
地球に最接近する瞬間を捉えるための撮影機材や撮影方法を巡って、SNSなどで議論が沸騰しているようです。
まぁ、そちらの期待には応えられるように頑張りますよ。
そうした天体マニアの動きを目にして、ちょっと思いついた事があったので、本格的な作業に入る前に手土産を持って練馬駐屯地を訪れました。
「おはようございます、梶川さん」
「国分君、どうかしたの?」
「ちょっと受け取ってもらいた物がありまして……大きい物なので、倉庫の方へお願いできますか?」
「分かった。行こうか」
梶川さんは何やら作業を行っている途中のようでしたが、二つ返事で倉庫へと同行してくれました。
「それで、国分君……小惑星は捕捉できたのかな?」
「はい、捉えましたよ。この後、軌道を変えるための作業に入ります」
「本当かい!」
「冗談なんて言える状況じゃないですよね?」
「あぁ、これで希望が見えてきたよ。それで、受け取ってもらいたい物って何だい?」
「まぁ、それは倉庫に着いてからお見せしますよ」
倉庫は、ヴォルザードに運ぶ鉄筋などや通販荷物の受け渡しに使っているいつもの倉庫です。
「ではでは、召喚……召喚」
影の空間に一時保管しておいた物を倉庫に取り出しました。
一つは砂の山、もう一つは石の塊です。
砂山は高さ三メートルていど、岩は中型トラックぐらいの大きさがあります。
「国分君、これ、まさか……」
「はい、小惑星の表面の砂と中心部から切り出した岩石です。買い取ってもらえますかね?」
「勿論だよ。これは、天文学者が腰を抜かしそうだね」
「良い値段で買ってもらえると期待してますよ」
「勿論だ、それに小惑星の軌道変更が出来た場合には、日本政府から成功報酬を振り込ませてもらう。それこそ天文学的な金額になると思うよ」
「それはどうでしょうかね……あまり期待しないでおきます」
「国分君、いつもいつも頼み事をするばかりで申し訳ないんだが、頼む……地球を救ってくれ」
「とりあえず、全力を尽くします。明後日までには、一度目のトライが出来るはずです。そうしたら、すぐに軌道計算をお願いします。駄目なら二度目、三度目をやってみるつもりですから」
「分かった、連絡を待ってるよ」
「では、ちょっと行ってきますね」
梶川さんと握手を交わした後で、影に潜って小惑星パンドラへと向かいました。
『ケント様、もうブースターを使われますか?』
「ううん、最初は使わずに作業して、魔力切れを起こしそうになったら使う」
『お体は、ここに置かれたままでよろしいのですか』
「うん、前回ブースターを使った時に倒れる予兆を体験してるから、とにかく衝突を回避するまではブースターの使用を継続。衝突が回避された時点で、ヴォルザードの自宅へ戻ってから倒れるよ」
『かしこまりました……』
「どうかしたの? ラインハルト」
『本来ならば、我々はケント様が倒れるよな事がないようにお助けするのが役目なのに……何のお力にもなれず不甲斐ない限りです』
「とんでもない、ラインハルト達が小惑星を捕捉してくれなかったら、この作戦は成立していなかったんだよ。それに僕が倒れている間、ヴォルザードの安全は任せるからね」
『そうでした……この身に代えても、奥様方やメイサ殿、アマンダ殿をはじめヴォルザードの皆様は必ず守ってみせます』
「うん、頼んだよ。じゃあ、始めようか」
影の空間に体を残して、星属性魔術で意識を小惑星の上空へと飛ばします。
「召喚……召喚……召喚……召喚……」
小惑星の内部から、召喚術で巨大なブロックを切り出して、組み合わせて固まりを作っていきます。
「しまった、もっと長いブロックを作らないといけないのか? いや、これと同じものを作って、ブロックで繋げばよいのか……」
長さ四十メートル、幅二十メートル、高さ二十メートルの巨大ブロックを四つ組み合わせると、四十メートル四方の固まりになりますが、これを別のブロックと繋ぎ合わせるにはブロックをずらしてはめ込む必要があります。
単純作業だと考えていましたが、嵌め込む場所を考えないと固まりになりません。
「うん、地球の命運をかけたブロック遊びとは、我ながらシュールだね」
どうせ固まりにするならばと、前方は階段状に積み上げて尖らせることにしました。
目標は、四百メートル掛ける四百メートル、長さ三千二百メートルの石柱です。
「召喚……召喚……召喚……召喚……」
四百メートル掛ける四百メートルの最初の一面を作り上げるのに、二十分程度の時間が掛かりました。
完成させるには、これを四十枚作る必要があります。
単純計算ですが、休みなく作業しても十三時間以上掛かります。
「うーん……もっと効率良く出来ないものかなぁ……」
作業の手を止めず、宇宙空間でブロック積むマシーンと化しながらも別の方法は無いかと模索しましたが、良い方法を思いつきません。
近距離での召喚術ですが、三時間も作業しないうちに魔力切れを起こしそうになりました。
良く考えてみると、召喚術をこんなにぶっ通しで使った事って無いんですよね。
一旦、意識を体に戻して、ヴォルザードの自宅へと戻りました。
厨房にお願いして、ベーコンエッグとパンとコーヒーで腹ごしらえをして、すぐさま作業に戻りました。
「じゃあ、ブースターを使うから、後はお願いね」
『了解ですぞ』
まずは、影の空間に在庫しておいたブースターをぐいっと一気飲みすると、ガス欠寸前だった魔力がドカーンと湧きあがってきました。
「うぉぉぉぉぉ! 召喚、召喚、召喚、召喚、召喚……」
魔力任せ、勢い任せにブロックを組み上げ始めたら、何だか隙間が出来てガタガタになり始めました。
僕の理性は製作の狂いに気付いていますが、僕の衝動は止まろうとしません。
癇癪を起こした子供のように、力任せにブロックを嵌め込んでゆくので、綺麗な四角柱が途中から地震で崩壊した柱のようにガタガタになって行きました。
そして、もう一つ想定外の事態が起こっていました。
「なんだ? 近付いてるのか?」
気が付くと、積み上げているブロックと小惑星パンドラの距離が縮まっていました。
人工の隕石は、小惑星から五十メートル程の場所に作り始めたのですが、いつの間に三分の二ぐらいの距離に近づいて来ています。
「引力なのか……?」
他に理由は考えられませんが、このペースで接近を続けてしまうと、石柱が完成するよりも早く小惑星に接触してしまいそうです。
「どうする? 接触したら使えなくなるし、途中でもやるしかないのか……」
とりあえず、小惑星との距離を気にしながら、ブロックの積み上げを継続しましたが、我ながら、勢い任せで更にガタガタ度合いが増していきます。
ブロックの積み上げもしないといけませんが、射出用の闇の盾も設置しないといけません。
積み上げ作業を一旦中断して、小惑星の上空に闇の盾を展開、闇属性ゴーレムを召喚して盾を維持させます。
「射出の方向は合ってるよな……よし、戻るぞ」
ブロックの積み上げ作業を再開したものの、やっぱり小惑星との距離が気になります。
作業開始から約六時間、人工の隕石は予定の半分程度の大きさしか出来ていません。
まだ小惑星との距離は十メートル以上は残っていますが、人工隕石を射出するには闇の盾の固定点を地球側に変更し、高速で移動させることになります。
もし、闇の盾が小惑星に接触すれば、そこで盾は壊れてしまうでしょうし、そうすると人工隕石を全部射出できない可能性が出てきてしまいます。
「しょうがない、予定外だけど一発これで撃ち込んで、軌道がどの程度変化するのか見てもらおう」
人工隕石の前方に闇の盾を展開し、射出用の盾と連動、固定するポイントを地球に切り替えると、僕の意識も一緒に移動しました。
一瞬で人工隕石が盾に飲み込まれ、直後に遥か遠くに離れた小惑星の表面が光りました。
急いで意識を一旦体に戻し、再度小惑星の表面へと飛ばすと、火山が噴火したように土砂や塵が舞い上がっていました。
「よしっ! 命中した!」
これで地球に衝突する軌道から外れてくれていれば良いのですが、ピンポイントに重心は撃ち抜けなかったらしく小惑星パンドラは回転を始めていました。
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