第602話 広がる不安

 練馬駐屯地からヴォルザードの自宅へ戻ると、一階の応接間で新旧コンビと八木が待っていて、僕が部屋に入ると一斉に席を立って詰め寄ってきました。


「国分、小惑星が地球に衝突するって本当なのか?」

「直径が三十キロもあるってマジなのか?」

「回避できる可能性はあるのかよ!」

「ちょっと待ってよ、一度に聞かれたって答えられないよ。てか、三人ともうちで夕飯食べたの?」


 三人の座っているテーブルの上には、食事を終えたらしい食器が並んでいます。

 そういえば、練馬で何か食べさせてもらおうと思っていたのに忘れてました。


 まぁ、練馬は既に真夜中だったから、下手するとコンビニ弁当ぐらいしか出て来なかったかもしれませんけど。


「いや、来たら丁度飯時だったというか……なぁ、和樹」

「俺らも慌ててたから飯食ってなかったし……」

「そんな事よりも小惑星は?」

「いや、僕も夕飯食べ損ねてるから、ちょっと食べてからでいい?」

「ちっ……仕方ねぇな、食いながらでいいから、さっさと質問に答えやがれ」

「なんで八木が偉そうにしてんだよ。情報やらないぞ」

「うそ、うそ、ゆっくり召し上がって下さい、国分さん」


 あり合わせの夕食を持ってきてもらって、食べながら三人の質問に答えることにしました。

 話を聞いてみると、ネットやテレビの情報から八木が邪推に邪推を重ねて、悲観的な結論にたどり着いたといった感じみたいです。


 まぁ、実際悲観的な状況なんですけどね。


「とりあえず、ここはジャーナリストである俺様が国分に質問する形で話を進めさせてもらう」

「新田や古田は、それで構わないの?」

「まぁ、全員でゴチャゴチャ聞くよりはいいかな……なぁ達也」

「あぁ、足りない部分は後から聞くよ」

「分かった。でも、答えられない事もあるからね」


 正確な情報を八木なんかに流したら、余計な面倒事が増えるだけですからね。


「何だよそれ、異世界召喚という大事件を共に乗り越えた仲間に隠し事なんて水臭いじゃねぇか」

「えぇぇ、八木には足を引っ張られた記憶しか無いんだけど……」

「ひでぇ! お前は本当に俺様の扱いが酷いな。正式な謝罪を要求する!」

「質問が無いなら帰ってくれるかな。これ食べ終えたら唯香たちとノンビリしたいし……」

「こいつ……自分ばっかり可愛い嫁をもらって調子に乗りやがって」

「そうだ、八木の言う通りだ。合コンをセッティングしやがれ」

「てか、娼館いく金を無利子で貸してくれ!」

「お前ら娼館なんて行ってるのかよ! 俺様がマリーデに捕まってるのに……」

「うるせぇよ、毎晩毎晩、盛りのついたネコみたいにやりまくりやがって」

「シェアハウスの壁は薄いんだから、ちっとは遠慮しやがれ!」


 仲間割れを始めた新旧コンビと八木の様子からして、小惑星がヤバい状況だと思っているけど、深刻に思い詰めている訳ではなさそうです。

 八木とマリーデは相変わらずラブラブみたいですし、新旧コンビは娼館通いが癖になりつつあるみたいですね。


「それで、僕に何が聞きたいの?」

「そうだった、ズバリ、小惑星は地球に衝突するのか?」

「分からない」

「嘘つけ! 本当は知ってるんだろう?」

「衝突の可能性はあるけど、回避するための措置も行われてるみたいだよ」

「回避する措置って?」

「アメリカとかが軌道を変えるための作戦を行ってるみたいだけど、詳しい内容までは知らされてない」


 梶川さんからは、悲観的な情報を聞いてるけど、伝える訳にはいかないからね。


「核ミサイルとかか?」

「たぶんそうだと思うけど、やってるのはアメリカ政府だし、日本政府にどこまで情報が知らされているのかも僕には分からないよ」

「本当かぁ……? だったら、お前は何で練馬に行ってたんだよ」

「それは、万が一地球に衝突した場合、ヴォルザードに避難を進めるための打合せだよ」

「てことは、日本政府は小惑星が衝突すると思ってるんだな?」

「分からない……どの程度の確率なのかも知らされていないし、受け入れは打診されているけど、何時、どこから、何人ぐらいとかの具体的な話にもなってないよ」

「ネットの噂では、政治家の家族が軽井沢に避難したとかいう話も流れてるぞ」

「そうなの? てか、なんで軽井沢?」

「ばーか、お前はホントに馬鹿だな。小惑星が太平洋に落下したら、巨大津波が日本に押し寄せるんだぞ。だから標高の高い軽井沢に避難するんじゃねぇか」

「あぁ、なるほど……」


 日本国内での避難については、あちこちで散々話をしてきたけど、いかにも初耳みたいに受け答えすると、八木と新旧コンビは顔を見合わせました。

 すると、今度は八木に代わって新田が質問してきました。


「なぁ、国分。たぶん口止めされてるんだと思うけど、衝突するのか、しないのか、どっちなんだ?」

「うん、衝突しないと思うけど……百パーセント大丈夫だ、とも言えない感じかな」

「衝突したらヤバいんだよな?」

「最悪の最悪の最悪の状況になったらヤバいみたい」

「具体的に言うと?」

「恐竜が絶滅した時みたいな状況になるんじゃない?」

「マジか!」

「でも、恐竜と人間は違うから、絶滅するかどうかは分からないみたいだね。だからこそ、僕に避難の打診が来てるんだと思う」

「なるほど……」


 新田は納得したみたいだけど、今度は古田が手を挙げた。


「でもよ、日本を直撃したら……どうなんだ?」

「壊滅的な被害になるとは思うけど、地球全体から考えると、日本に落ちる確率は低いんじゃない?」

「それもそうか……でも、さっき言ってた海に落ちたら津波が来るんだろう?」

「だとしても、僕は津波は止められないし、被害を受ける地域の人をこれから全員避難させるなんて不可能だよ」

「それもそうか……」

「みんなが不安を感じるのは当然だけど、さすがに小惑星の接近に関して僕が出来ることなんて高が知れてるよ」

「さすがの国分でも無理か……」


 新旧コンビは納得したようですが、メモを取っていた八木が再び口を開きました。


「国分、正直に吐いちまえよ。本当は政治家とかから多額の金を貰って、助ける約束とかしてんだろう?」

「してないよ……てか、全く報酬の話してないな。またベアトリーチェに怒られそうだ」

「本当かぁ……? お前、軽井沢の話が出た時には知らないフリしてたけど、津波の被害を受ける地域の人全員を避難させるなんて無理だって即答したよな。本当は巨大津波についても相談されてたんじゃないのか?」

「津波については、ヴォルザードへの避難の相談を受けた時に話に出たからね。でも、軽井沢まで逃げるとかは話題に出なかったよ」

「そんじゃあ、日本政府は小惑星が地球に衝突する可能性は低いが、万が一の時のために国分に避難の打診をした……ってことか?」

「さっきもそう言ったじゃん。さすがの僕も小惑星をどうこうするのは無理だからね」


 八木は僕に向かって質問しながら、メガネの奥からジッとこちらを見詰めてきます。

 僕は色々と顔に出やすいと自覚してるから、こうして正面から見られるのは緊張するんですよね。


「いいや、国分……お前は嘘をついている!」

「うん、そうだよ」

「はぁぁ? それじゃあ、小惑星は地球に衝突するのか?」

「ううん、それはしないと思う。でも、色々と口止めされている事もあるし、下手な情報を口の軽い八木には流せないからね」

「お前なぁ……どこだ、どこが嘘なんだ!」

「さぁて……どこだろうね」


 表情を読まれて隠し事をしているとバレるなら、自分からぶっちゃけちゃえば良いんですよね。


「こいつ……開き直りやがったな。正面から追及すればボロを出すと思ったのに……」

「ふっふっふっ、甘いよ八木、僕だって日々成長してるんだよ。まぁ、僕程度から情報を引き出せないようでは、八木のジャーナリストとしての成長は頭打ちなんじゃない?」

「ぐぬぬぬ……何を隠してやがる、吐け、吐かないとネットにあること無いこと書き込んで炎上させるぞ」

「ネットの評判? 日本での評判? ふっ……どうでもいいよ。僕はヴォルザードで生きていくって決めてるからね。それとも、ヴォルザードでも僕を敵に回してみる?」

「くっ……このファシストめ! 俺様はこんな言論統制には屈しないぞ!」

「てか、八木は小惑星よりもレンタサイクルをどうにかした方が良いんじゃないの?」

「うるさい! 言われなくてもやってるわ! 朝から晩まで、チャリンコに乗ってグルグル走り回ってるのに、身内しか借りに来ないんだよ!」


 一度自転車に乗っている八木を見掛けたけど、危ない人だと思われてたみたいですからね。

 それでも、本宮さんや相良さんが使うようになれば、世間の見る目も変わってくるかもしれませんね。


「てか、そろそろ帰ってくれないかなぁ……日本と時差があるから、朝早かったり、夜遅かったり、またブラックな環境になりかけてるんだよねぇ……」

「お前なぁ……俺達はマジで心配してんだぞ」

「いやぁ、八木はネタ探してるだけでしょ? てか、さっきも言ったけど、心配してもどうにもならないよ」


 しっ、しっ……っと手を振って八木を追い返そうとしたら、新田がマジな調子で訊ねてきました。


「なぁ、国分。もし小惑星の衝突が避けられないって分かったら、うちの家族をこっちに避難させてくれないか? 金ならいくらでも払うからさ」

「うちも頼む……口うるさいけど親だからな」


 古田にも頭を下げられてしまいました。


「うーん……考えておく。てか、新田の稼ぎじゃなぁ……」

「こいつ、俺がマジで頼んでるのに」

「えぇぇ……だって稼いでも全部娼館のお姉さんに貢いでるんじゃないの?」

「そ、そんな事はねぇよ……なぁ、達也」

「そうだぜ、ご利用は計画的にだ……なぁ、和樹」

「まぁ、まだ最接近まで十日以上あるから、ヤバそうだったら声かけるよ」

「おぅ、頼むな」

「俺んちも頼む」

「まぁ、大丈夫だと思うよ」

「国分、俺のレンタサイクル事業も……」

「それは知らん!」

「何でだよ、レンタサイクル事業は日本文化をヴォルザードに紹介するという……」

「クラウスさんからも手出し無用って言われてるから、無理!」

「くそぉ……事業が大きくなってから、一枚噛ませろなんて言って来ても断るからな、覚えてやがれ」

「そんな事は言わないよ。ただ、電動アシストのレンタサイクルを開業するかも……」

「鬼ぃ! 貴様には人間らしい優しさってものが無いのか! この鬼畜め!」

「はいはい、分かった、分かった、分かったから帰れ!」


 ブーブーと文句を言う八木を新旧コンビに連行してもらい、やっと静かになったところでフレッドから念話が届きました。


『ケント様……見つけた……』

『分かった、すぐ行く……』


 うん、やっぱり当分の間は、ブラックな労働環境になりそうですね。

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