第601話 地球の対策

 小惑星の軌道を変更する見込みを付けてヴォルザードの自宅へと戻ると、心配そうな顔をした唯香が待っていました。


「健人、小惑星の大きさが三十キロだって本当なの?」

「それは、どこの情報?」

「ネット上の情報で、NASAの情報は誤りだって……」

「僕が聞いている情報だと八キロだって話だけど、どっちにしても軌道を変える作戦が始まるみたいだから、それが成功すれば問題ないよ」

「えっ、そんな作戦があるの?」

「うん、詳しい話は教えてもらえなかったけど、アメリカ、ロシア、中国が動くみたいだよ」

「それって、もしかして核爆弾?」

「たぶん……そうだと思うけど、小惑星の軌道を変えるほどの威力は、通常の爆弾では無理なんじゃないかな」

「だよねぇ……」


 僕ら日本人は、広島や長崎に投下された原子爆弾の話を幼い頃から聞かされて育っているので、どうしても核兵器に対する忌避感を強く持ってしまいます。

 ですが、人類滅亡の危機を回避するためならば、核兵器の使用も止むを得ないでしょう。


 問題は、どのくらいのタイミングで軌道変更のための爆破が行われるかです。

 もし、僕が小惑星に衝突させるための巨大ブロックを作っている最中に核爆弾が炸裂したら、計画に支障をきたすかもしれません。


 僕自身は、星属性の魔術で意識だけを飛ばしている状態なので、爆発の影響は受けないで済むと思いますが、せっかく組み上げたブロックを壊されたら困ります。

 召喚術を使ってブロックを巨大な柱に組み上げるのには時間が必要ですから、やり直している時間は無いはずです。


 アメリカなどの軌道変更作戦も、恐らく一発勝負でやり直しはできないはずですから、お互いの邪魔にはなりたくありません。

 それに、僕の場合はラインハルト達が小惑星に取り付いてくれないと、今の時点では何もできません。


「ねぇ、健人。避難計画とかは、どうなってるの?」

「色々な意見がぶつかっていて、誰を避難させるのかも決められないみたい」

「そんな、時間に余裕があるうちに、どんどん避難させればいいのに……」

「まぁ、そうなんだろうけど……なんて言ってたら呼び出しみたい」


 スマートフォンが着信音を鳴らし、ディスプレイには梶川と表示されています。

 また何か厄介事でしょうかねぇ……。


「はい、国分です」

「梶川です。国分君、申し訳ないけど練馬まで来られるかな?」

「はい、これから伺います」

「ありがとう、待ってるよ」


 何だか電話の度に、梶川さんのテンションがヤバくなってる感じがしますけど、大丈夫なんでしょうかね。


「唯香、ちょっと練馬まで行って来るね。たぶん、遅くなると思うから夕食は済ませておいて」

「分かった。健人もちゃんと食事はとるようにしてね」

「うん、なんか食べさせてもらうよ」


 このところ、梶川さんのコーヒーだけで扱き使われている感じですからね。

 夕食ぐらいは、まともな物を出してもらいたいですね。


 出向いた練馬駐屯地は、第一報で呼び出された時のようにピリピリした空気に包まれていました。


「こんばんは、梶川さん」

「急に呼び出して申し訳ない、国分君」

「何かトラブルですか?」

「うん、かなり厳しい状況になってきている」


 あまり眠っていないのでしょうか、梶川さんの両目の下には色濃くクマが浮き出ています。

 応接ソファーに向かい合って座り、現状の説明を聞かせてもらいました。


「最初に結論から言うと、小惑星の軌道を変えるための核爆弾を搭載したロケット打ち上げの目途が立っていない」

「アメリカも、ロシアも、中国も……ですか?」

「そうなんだ、まずアメリカだけど、月の向こう側まで核弾頭を運ぶようなロケットは、月面の有人探査計画アルテミス用に開発中のスペース・ローンチ・システムしかないそうだ」

「開発中って、間に合うんですか?」

「間に合わない。細かなトラブルを洗い出している状況だから、まともに飛ばせるのは数ヶ月先だそうだ」

「数ヶ月って、あと十二日ぐらいで小惑星は到達しちゃうんですよね?」

「だから、全然間に合わない」


 梶川さんは、お手上げだとばかりに両手を広げてみせました。

 勿論、本人にはそんな気は無いとは思うが、少々投げやりになっているようにも見えます。


「でも、アメリカは民間企業がロケットの開発をしてますよね?」

「うん、やってるね。ただ、現在開発されているロケットは、地球を周回したり、国際宇宙ステーションに物資を届けるとかを想定していて、月の向こう側への航行は考えられていないらしい」

「それは、届かないって事ですか?」

「いや、軌道計算を行えば届けられるそうだが、打ち上げの準備をして、打ち上げてから小惑星に接近させるまで時間が掛かり過ぎるみたいなんだ」

「具体的には、どのぐらいの時間が必要になるんですか?」

「一週間から十日。それだと、核爆発を起こしても軌道をズラしきれるか分からないらしい」


 地球上で核爆弾が爆発した場合、閃光と爆風によって大きな被害が出ますが、宇宙空間には空気が存在していません。

 核爆発によってズラせる軌道は限定的で、より早く実行する必要があるようです。


「アメリカの状況は分かりました。他の国はどうなんですか?」

「中国については、やっぱり機体が準備できないらしい」

「中国って、最近宇宙開発にも力を入れてますよね?」

「そうだね、独自の宇宙ステーションの建造とか、月面の有人探査も行う予定だと聞いているよ」

「それなのに、打ち上げられるロケットが無いんですか?」

「厳密に言えば、有るんだと思う」

「じゃあ、どうして?」

「中国は、つい先日、宇宙ステーション建設のための有人ロケット長征七号の打ち上げを行ったばかりなんだ。現状で大型の核弾頭を搭載できるサイズのロケットは、長征五号があるはずなんだが、既に衛星を搭載して打ち上げの準備を行っているならば、それを核弾頭と積み替えて、改めて燃料の注入などのプロセスを経てだと……」

「時間的に間に合わない?」

「そういう事なんだ」


 とある国から、とある国に向けられた大陸間弾道ミサイルは、ボタンをポチっと押すだけで発射できるらしいけど、遠い宇宙に向かって核弾頭を届けるのは簡単ではないらしい。

 小惑星の軌道を変えるためには、小型の弾頭では無理だろうし、大型の弾頭を打ち上げるには固体燃料ロケットなどでは難しいそうです。


「漫画とかだと、ロケットを搔き集めて、束ねて、ドーンで解決みたいになったりするけど、現実では無理ですよね」

「漫画やアニメみたいにいけば苦労しないんだけどね」

「あとはロシアですか。難しいんですか?」

「ロシアは、機体の準備出来て、核弾頭も搭載して、燃料の注入も始めているらしいんだけど……」


 機体もOK、燃料も注入したら、後は打ち上げるだけだと思うのですが、梶川さんの表情は冴えません。


「何か問題があるんですか?」

「うん、ボストチヌイ宇宙基地周辺の天候が荒れそうなんだ」

「うわぁ……でも、二日か三日したら上げれるんじゃ?」

「かなり大型の低気圧が近付いているらしくて、その後から別の低気圧の接近も予想されている状態なんだ」

「最悪、どの程度の延期になるんですか?」

「最悪のケースでは一週間、軌道計算もやり直しになるだろうし、遅れれば地球までの距離も近づいてしまう……」


 再び、梶川さんは両手を広げてみせた。

 まぁ、直径三十キロの小惑星が地球に衝突するのが確定した状況ですから、諦めモードというも分からなくもないです。


「梶川さん、小惑星の軌道なんですけど、どの方向へズラすのが一番効率が良いか分かりますかね?」

「えっ……もしかして、小惑星の軌道を変える方法があるの?」

「確実に出来るとまでは言えませんけど、可能性のある方法がみつかりました」

「本当かい! 本当に小惑星の軌道がズラせるのかい!」


 血相を変えて立ち上がった梶川さんの言葉を耳にして、部屋にいる全ての人の視線が僕らに向けられました。

 そりゃそうだよね、アメリカも、ロシアも、中国も駄目で、もはや絶望的な状況に、ほんの僅かでも希望を見せられれば食いつくに決まってるよね。


「どう、どうやるんだい?」

「小惑星に取り付いて、そこからブロックを切り出し、それを組み合わせて人工の隕石を作ります。それの地球に接近する運動方向を変えて、小惑星の側面にぶつける予定です」

「人工の隕石? できるのかい?」

「今の予定では、四百メートル掛ける四百メートル、長さ三千二百メートルの石柱になる予定です」

「そんな大きなものを本当に作れるの?」

「中途半端な大きさにして軌道が変わらなかったら、それこそ取り返しがつきませんよ」

「そうだけど……分かった、軌道を変えるのに効率の良い方向があるのか、天文学者に聞いてみるよ。少し待っていて」


 梶川さんが電話で連絡を取り始めると、部屋にいる人達からどよめきが起こりました。

 このままの状況で小惑星が地球に衝突すれば、ここにいる殆どの人は命を落とすことになるでしょう。


 自衛隊や日本政府の仕事をしている人だって、全員が国のためなら死んでも構わないと思っている訳ではないでしょうし、自分は良くても家族は守りたいと思うでしょう。

 中には、僕に向かって両手を合わせて拝んでいる人までいます。


 これから僕がやる事が、何億もの人々の命に関わるのだと思うと責任の重さを感じてしまいます。


「国分君、今、国立天文台が小惑星の軌道を変えるのに、一番効率の良い入力方法を検討してくれている。専門的な知識が無くても分かるようにしてもらうから、少しだけ待ってもらいたい」

「構いませんよ。今、僕の眷属が小惑星を捕捉しようと試みています。それが出来ない限り、僕も作業を進められませんので」

「国分君の方は、いつぐらいから作業を進められそうかな?」

「それは、小惑星を捕捉次第としか……」


 ラインハルト達が小惑星を見つけて取り付いてくれない限り、僕は作業を進められません。


「そうか……分かった。呼び出しておいて申し訳ないけど、小惑星を捕捉次第、国分君はそちらの作業に専念してもらえるかな」

「構いませんけど、避難計画とかには関われなくなってしまうかと……」

「それは、僕の方で何とか抑えておくよ。ほんの一部の人間を救うよりも、全員で助かった方が良いに決まってるからね」


 梶川さんは、新しいタブレットを手渡してきました。


「そこに最新の状況を逐一送信するよ。それを基にして、小惑星の軌道を変えてほしい」

「分かりました。全力を尽くします」


 梶川さんと握手を交わすと、部屋にいる人達から拍手が湧き起りました。

 みんなの期待に応えるためにも、まずはヴォルザードに戻って作業に備えて休息しましょう。

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