第600話  ケントの対策

 目視した場所には行ける……それが闇属性魔術、影移動の最大の強みです。

 このままでは人類が滅亡してしまうかもしれない危機的状況を打破するために、何としても影移動の強みを発揮するしかありません。


「では、小惑星の見つけ方を教えるね」


 梶川さんから小惑星に関するデータを送ってもらった後、ラインハルト、バステン、フレッドに集まってもらいました。

 これから三人には、身体強化フルパワーで小惑星を探してもらいます。


「これが、地球から太陽の方向を見た図。でもって、小惑星はこの辺りに見えているらしい。でもって、これがその周辺を拡大した図。この歪な点が、みんなに見つけてもらいたい小惑星ね」

『ケント様、これを月から探して見つければ良いのですな?』

「ううん、見つけ出すだけじゃ駄目なんだ。見つけて、そこに影移動して、僕の目印になってもらいたい」

『それはケント様が、この小惑星に行って、何かをなさるつもりだからですかな?』

「うん、みんなに小惑星を探してもらっている間に、僕も闇の盾を使った物質の移動について練習を重ねるつもりでいる」

『それが上手くいけば、この小惑星を破壊出来るのですか?』

「いや、多分破壊するのは難しいから、なんとか軌道を逸らせるようにしたい。その為にも、一日でも、一時間でも、一分でも良いから早く見つけてほしい」

『かしこまりましたぞ、我ら三人、必ずやケント様のご期待に応えてみせましょう』

『お任せ下さい、ケント様』

『見つけてみせる……』

「みんな、よろしく頼むね」


 小惑星の確認、辿り着くための足がかりをラインハルト達に頼み、僕は星属性魔術を使った練習をします。

 課題は、星属性魔術を使って意識を宇宙空間へと飛ばした状態での視点の変化です。


 例えば、地球から見た小惑星は、秒速二十キロ以上というとんでもない速度で迫って来るように見えます。

 ところが、小惑星から見た小惑星は、地球から見た地球と同様に、静止しているように見えるはずです。


 これを星属性の魔術を使っている時に、意図的に切り替えられるようにしたい。

 そして、それを闇の盾の設置に反映させたい。


 闇の盾は、僕の目線を基準として固定しています。

 この固定基準を変化させれば、闇の盾は固定ではなく高速で移動を始めるはずです。


 ギガースを討伐した槍ゴーレムでの攻撃は、二つの闇の盾を使い、片方の盾を高速で通過した槍ゴーレムをもう一方から射出しています。

 つまり、小惑星に取り付いて闇の盾を二つ作り、片方の闇の盾の固定基準を地球目線に変えれば、もう一方の闇の盾から秒速二十キロ以上で物体を射出できるはずです。


 しかも闇の盾を使えば、デザート・スコルピオを討伐した時のように、射出の方向を変える事ができます。

 小惑星が地球に向かう進路の真横から、秒速二十キロの弾頭を射出すれば、弾頭の大きさ次第で軌道を変化させられるでしょう。


 問題は、どの時点でラインハルト達が小惑星を捉えられるかです。

 地球から遠い時点で捉えるほど、軌道の変化は少なくて済みます。


 逆に近づいた場合には、軌道の変化を大きくしないと地球の重力圏に捕らえられて、落下する恐れがあります。


「やっぱり、時間との戦いになりそうな気がするな」


 視点の変更の練習は、月面で行いました。

 月もまた地球から見れば動いている天体です。


 そこで、星属性魔術を使って月面に意識を飛ばし、そこに闇の盾を作り、その固定基準を地球側に切り替えようとしたのですが、これがなかなか上手くいきません。

 月基準で作った闇の盾が、地球基準だとこの方向へ動くはず……なんて考えてしまったら、ただ盾がその方向へ移動してしまいました。


 これでは、ただゆっくりと移動しているだけで、小惑星の軌道を変える程の速度は出せません。

 色々試した結果、星属性魔法で飛ばしている意識ごと固定すると……。


「おぉ、できた!」


 直前まで固定していた月面上から闇の盾と一緒に、あっという間に宇宙空間に取り残されてしまいました。

 これで小惑星に影移動が出来れば、高速の弾頭を撃ち込める……と思ったのですが、問題が発生しました。


 小惑星に弾頭をぶつけるには、片方を移動、もう一方を固定しないといけないのですが、月面で二つの闇の盾を作って試してみると、両方固定か両方移動になってしまい、別々の視点での固定ができません。


 これでは、秒速二十キロの弾頭を手にいれても、小惑星に命中させられません。


「さてさて、どうしたもんかねぇ……そうだ、片方はゴーレムに維持させればいいじゃん」


 日本との通信やブライヒベルグとの輸送システムでは、闇の盾の維持を闇属性のゴーレムに任せています。

 早速、月面で闇の盾を二つ作り、片方の維持をゴーレムに切り替えてから、もう一方の固定を地球側に切り替えてみました。


「よしっ! これならいける!」


 僕と一緒に月に置き去りにされた闇の盾は一つだけ、もう一方は月面に固定されたままです。

 これならば、小惑星に弾頭をぶつけられるでしょう。


 念のために、ちゃんと射出できるか試してみましょう。

 月面上の適当な岩を的にして、その上に射出用の闇の盾を設置して、維持を闇属性ゴーレムに切り替えます。


 続いて弾頭を取り込むための闇の盾を作り、その前方に拳大の石を召喚し、盾の視点を地球側へと切り替えます。

 月の公転速度は、地球側から見ると毎秒一キロですから、時速にすると三千六百キロです。


 的の岩に弾頭が当たったらしいのは確認できましたが、あっと言う間に遥か彼方へ飛び去ってしまったので詳しい状態は分かりません。

 急いで戻ると、粉々になった岩の欠片が宙を漂い、的にした一抱えもある岩の表面は大きく抉れ、二つに割れていました。


「うんうん、いいよ、いいよ。小惑星の軌道を変える威力とか言われてもピンと来ないけど、いけるんじゃない?」


 小惑星の相対速度は毎秒二十キロ以上だという話なので、その速度を利用できれば衝撃はこの四百倍以上になるはずですから、大きな弾頭さえ作れればいけそうな気がします。


「てか、片方の維持をゴーレムに任せるなら、二枚の盾を最大のサイズで作れるじゃん」


 僕が一度に維持できる闇の盾のサイズは、五百メートル四方程度です。

 二枚とも自分で維持しようとすると、一枚の大きさは三百五十メートル四方程度が限界です。


 当然、弾頭の大きさも制限しなければなりませんし、衝突の威力も下がってしまいます。

 片方の維持をゴーレムに任せれば、最大サイズの弾頭をぶつけられます。


「よし、ゴーレムも大きめのものを用意しておこう」


 次に考えなきゃいけないのは、肝心の弾頭です。

 これは、小惑星から召喚術で切り出そうと考えています。


 遠距離を召喚術で飛ばす場合には、大きさに制限が付いてしまいますが、近距離ならば大きな物も飛ばせます。

 過去には、クラーケンの討伐の時に船を丸ごと送還してますからね。


 ただ、それでも小惑星の軌道を変えるほどの大きさを一発で移動させるのは無理です。

 それならば、複数の部品を組み合わせて一つの塊にするしかないでしょう。


「組み合わせて一つの塊にする……っていうならレゴでしょう。召喚!」


 イメージしたのは、長さ四十メートル、幅二十メートル、高さ二十メートルの巨大ブロックです。

 月の内部から召喚したのですが、月面に巨大ブロックがある風景はかなりシュールですね。


 これを四千個組み合わせれば、四百メートル四方の立方体が作れます。

 いくつか作ってみましょうか。


「召喚……召喚……召喚……」


 四つを組み合わせて、四十メートル四方のブロックの塊ができました。

 一秒間に一個作れば、四百メートル四方の固まりでも一時間ちょいで作れます。


 まぁ、実際にはもう少し時間が掛かるでしょうし、慣れれば時間短縮できるかもしれません。

 ただ、四百メートル四方の岩の塊でも、相手は直径三十キロです。


 一個では軌道を変えられるか心配になります。

 かと言って、闇の盾の大きさには限界がありますので、立方体ではなく四角柱にしましょう。


 長さを八倍にすれば八百メートル四方の立方体と同じ体積になるはずです。

 先日、ネット上の噂を集めながら検索してみたのですが、クレーターの大きさは衝突する物体の十倍から十五倍になるそうです。


 八百メートルの物体が衝突した場合、クレーターの直径は八キロから十二キロになる計算です。

 この大きさだと、山手線の内側がほぼほぼ収まってしまうほどの大きさです。


「よしっ! これならいける!」


 人類滅亡を回避するシナリオが出来上がってテンションが上がる一方で、別の懸念が頭に浮かんできました。


「九時間ぐらいぶっ続けで作業するとなると、さすがに魔力切れは避けられないよねぇ。てことは、ブースターを使うしかないよねぇ……地球を救うためとは言え、また二日間も身動きできない状態になるのは嫌だなぁ……」


 前回ブースターを使用した時には、唯香、マノン、ベアトリーチェの三人に下の世話までしてもらいました。

 またあの状態になるのかと思ったら、テンションだだ下がりですよ。


 てか、アメリカでも、ロシアでも、中国でも構わないので、小惑星の軌道を変えてもらえませんかね。

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