第595話 こんな時でも……
ヴォルザードに戻っても、日本から追加の連絡は入ってきません。
そろそろ日本は夜も更けていく頃ですが、丸一日事態は進展しなかったのでしょうか。
ネットのニュースを見たり検索を掛けても、当然ながら小惑星の接近や衝突に関する情報は出てきません。
何となく、夜中に呼び出されたのはドッキリだったんじゃないかと思えてきました。
ただ待っているのもじれったいので、これまでの報告を兼ねて梶川さんに電話をしてみました。
「やぁ、国分君。お疲れ様」
「お疲れ様です。そちらは、どんな状況ですか?」
「そうだね、各国がアメリカからの情報をもとにして、被害予測や対策に動き始めているところだね」
「こちらは、領主のクラウスさんには話をして、可能な限りの受け入れをしてもらえるように頼んであります」
「ありがとう、助かるよ」
「具体的な避難の日程とかは……」
「うーん……国分君を夜中に叩き起こしておいて申し訳ないんだが、想定していたよりも動きが鈍いんだ」
電話の向こうの梶川さんの言葉は、歯切れが悪く聞こえます。
「まだ、避難は始められないってことですか?」
「人選と人数の割り当て、それと各国からの要請状況など色々な問題が絡んでいて、まだ何も決まっていない状況なんだ」
「日本からの避難者も決まっていないんですか?」
「申し訳ないが、高城氏のような事態が起こったら困るから、身元調査もしないといけないし、そもそもの人選をどうするのか話がまとまらないんだ」
小惑星が落下した場合、地球上には絶対に安全な場所は存在しませんが、ヴォルザードならば被害が及ぶ可能性はゼロです。
今回の避難の人選は、仮に日本が滅亡してしまうとして、その場合に誰を生き残らせるかの選択です。
「未来を見据えて、将来性の豊かな若者を選ぶべきだという意見もあれば、既に世界的な実績を残している者を選ぶべきだという意見もあるし、財力、権力絡みの話も聞こえてきている」
「確かに、いきなり日本から十人、百人の人間を選べというのは難題ですね」
「国分君、時間があるなら直接話したいんだけど、練馬には来られるかい?」
「そうですね、まだ夕食まで時間があるので、そちらに行きますね」
セラフィマに夕食までには戻ると伝えて、影に潜って日本へと向かいました。
自衛隊練馬駐屯地のいつもの部屋は、クラスメイトの帰還が終わった時点で閑散としていたのですが、今はまた人員が増やされて体制が強化されていました。
「わざわざ来てもらって申し訳ないね。国分君に貸しているスマホは、暗号化の処理が行われるようになっているんだけど、念には念を入れてね……」
「そうですね、下手に情報が洩れると大変ですからね。それで、状況は……」
「うん、まずは日本の話から……今、政府内部で避難のための人選方法が検討されている状態なんだけど、国分君が避難させられる人数、ヴォルザードで受け入れ可能な人数には限度があるので、最大で二千人、最低で十人の枠で検討が行われている」
「二千人って、現状では受け入れ確実な最大人数ですけど」
「そう、他の国からの要請が無い、もしくは調整がつかない場合を想定している」
現時点では、アメリカから千人以上の受け入れ要請が来ていますが、それも断られる若しくは人数を減らされるという前提での多めの要請のようです。
実際、世界各国から受け入れ要請が殺到すれば、断らざるを得なくなるでしょうし、あからさまに怪しい人選の場合は拒否するようです。
「まぁ、こんな状況だから無いとは思うけれど、異世界の現状を確かめるための人員とか、あるいは現地に拠点を作るための人員を送り込もうなんて考える国があるかもしれないからね」
「現地に拠点って言っても、僕がいなかったら地球との往来も出来ないから意味無いのでは?」
たとえ千人の軍隊を送り込めたとしても、僕が拒絶すれば補給は途絶えます。
自動小銃などの近代兵器を持ち込んだとしても、その程度の規模なら僕と眷属で一掃できてしまいます。
「うん、そうだね。たしかに国分君から見れば簡単に対処できる相手だろうけど、それでも自分達なら……なんて考える国が無いとは限らないからね。日本との往来だって、そちらに行ってしまえば何とかなるぐらいに考えているかもしれない」
「言われてみれば、これまでヴォルザードとの往来を制限してきたのに、今度はいきなり受け入れるとなれば混乱するのは当然ですね」
ヴォルザードとの往来は、未開発の地下資源という点で世界から注目されてきました。
それが一転して閉ざされた理由は、魔落ちした藤井太一が大量殺人の末に射殺された事件です。
魔素が存在する世界への危険性が指摘され、魔道具の研究なども事実上凍結されたようです。
「あっ、そういえば、こっちに送ったゴブリンって、どうなりました?」
「残念ながら全て死亡して、研究のために凍結保存されているよ」
「魔物のテーマパークとかは実現しなかったんですね」
ちょっと残念な気もしましたが、ゴブリンが脱走して子供でも襲ったら、それこそ大変な騒ぎになっていたでしょう。
「話を戻すね。とりあえず、現状では避難させるべき人のピックアップが行われている。最大限度二千人だけど、それでも日本の人口からすれば、まさに選ばれし人だよね」
「どうやって選んでるんですか?」
「まずは著名人からリストアップしている」
「各界の有名な人ってことですか?」
「そう、個人の能力に加えて、人脈や資産も考慮されている」
「それって、お金とか権力ってことですよね」
確実に生き残る一握りの人選を行うならば、絶対について回る問題だけど、経済的な格差によって命の選別が行われる事に少なからず嫌悪感を覚えてしまいます。
「うん、国分君の言いたいことは分るよ。でもね、実際に日本に甚大な被害が及んだ場合、国の資産だけでなく、個人資産を自由に使える人間が生き残っていた方が有難いでしょ?」
「それは、そうかもしれないですが……」
「当然、人選する際には、被害が大きかった場合には個人資産の供出に同意する誓約書を書いてもらうつもりだよ」
「まぁ、個人資産は分かりましたけど、人脈っていうのはどうなんです?」
「人脈も復興事業には重要になってくるよね。例えば、大きなグループ企業の総帥が生き残っているのといないのとでは、そのグループの活動に大きな影響が及ぶでしょ?」
「たしかに……でもなぁ」
「うん、分るよ。納得いかないだろうけど、でも実際に日本や日本近海に小惑星が落下した場合には、綺麗事なんて言ってる余裕は無いからね」
日本に直撃する最悪のケースは首都東京に落下した場合で、東京、埼玉、千葉、神奈川などの人口密集地が全滅し、数千万人単位の死者が予測されているそうです。
日本政府の機能も失われ、大混乱が生じるでしょう。
「じゃあ、政府の要人も避難の対象となるんですね?」
「うん、当然そうなるけど、それは落下地点の予測が出て以後の話だね」
「あぁ、どこに落ちるか分からないうちは逃げる訳にはいかないって事ですね?」
「そうそう、それでも自分達だけ生き残ってみたいな批判には晒されるだろうね」
被災後の復興を考えれば、政府の主要なメンバーが生き残っていた方が良いのでしょうが、一般人に多くの犠牲が出た場合には、上級国民が……みたいな批判は出るでしょうね。
「その批判って、僕にも向けられたりしますよね?」
「申し訳ないけど、たぶんそうなると思う」
「まぁ、仕方ないですね。避難民の人選が進められているのは分かりましたが、日本に残る人達が身を守るための計画はどうなってるんですか?」
「そちらについては、落下地点の予測が出ないと始められないというのが現実だね。ただ、日本の場合は東日本大震災で津波の大きな被害に遭っているから、津波に対する備えは出来ている……と思う」
「でも、それって東北沖とか、南海トラフでの津波被害の想定ですよね? 隕石落下の場合には、もっと大きな津波被害も想定しないと駄目なのでは?」
隕石が海に落下した場合、水深や陸地までの距離によっても異なるようですが、高さ百メートルを超える津波が起こる可能性もあります。
「そうだね、巨大津波の可能性はある。でも、現状の日本では南海トラフや東南海での地震による津波被害への備えすら完全ではないんだ。それ以上の津波に対する備えを、この短期間で完璧なものにするのは無理なんだよ。ただし、地震とは違って落下時刻や場所が予測できるから、より高台への事前避難は可能だと思う」
東南海、南海地震での避難計画で、一番問題視されているのは発生から津波の到達までの時間が短いことだそうです。
現在の被害予測では、地震発生から津波の到達まで最短では十五分程度の猶予しか無いそうです。
それに比べれば、落下地点や落下時間などある程度の予測が出来るので、事前の避難が可能なはずです。
「南海トラフへの対応よりも更に高台への避難が呼び掛けられるだろうし、原発の設備復旧のための特別チームの編成も進められているよ」
「また福島のような事故が起きるんでしょうか?」
「想定を超える津波が押し寄せれば、福島のように電源喪失や冷却装置の破損も考えられる。あのような事故を繰り返さないように、迅速に修復作業を行える人材の確保に努めているところだよ」
「分かりました。とりあえず僕は、日本政府の人選待ちってことですね?」
「うん、なるべく早く済ませる予定らしいけど……ちょっと国分君には待ってもらうことになりそうだね」
どうやら、人選が始まった当初から、男女を同数にすべきとか、年齢に制限を設けるべきとか、収入による格差が出ないようにとか、地域格差を無くすようにとか……色々な横槍が入っているそうです。
「よく、映画とかドラマでは共通の敵を生じた時には一致団結する……みたいな展開があるけど、現実はこんな場合でも……という感じだね」
僕よりも詳しい情報が入ってくるからでしょう、梶川さんは呆れたような表情を浮かべています。
勢い込んで動き始めたけれど、実際の避難とかを行うまでには時間が掛かりそうな気がします。
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