第594話 延期
「ケント、リーゼンブルグの姫様の輿入れはどうするんだ? 星が落ちて来るのが十六日後だと、ちょうど日程が被るんじゃないのか?」
「はい、延期できるなら少し待ってもらおうかと思っているんですが……」
「判断に迷うところだな。ニホンの被害が甚大だった場合、祝い事をしている場合じゃなくなるだろう?」
クラウスさんに指摘された通り、カミラがヴォルザードに到着する予定と、地球に小惑星が接近する日時が思いっきり被っています。
直前になれば小惑星の落下地点の予測とかも出ているでしょうし、日本付近に落下……なんて予測が出た場合には結婚式とかやってる場合ではなくなります。
かと言って、先延ばしした場合でも、地球側の被害状況によっては半年とか一年先延ばしにしなきゃいけなくなるかもしれません。
とは言え、受け入れ体制が整わない可能性がある以上、延期してもらうしかありません。
「唯生さん、僕ちょっとリーゼンブルグに行ってきますんで、何か必要な物があればリーチェに言ってください」
「心配するな、ケント。タダオの案内は俺がやる」
ベアトリーチェに頼んだのに、クラウスさんが満面の笑みを浮かべながら胸を叩いてみせました。
「とか言って、昼間から飲んだくれようなんて考えてるんじゃないでしょうね?」
「ば、馬鹿野郎、俺はヴォルザードの領主として避難民の受け入れなどへの備えをタダオから情報を聞き取ってだな……」
「はいはい、分かりました。よろしくお願いします」
「そうだ、任せておけ」
「リーチェ、頼むね」
「はい、ケント様」
ベアトリーチェとチュってしてから影の空間へと潜りました。
「ホルト、ヴォルルト、リーチェの補佐を頼むね」
「わふぅ、任せて、ご主人様」
「わぅ、大丈夫です!」
クラウスさんの執務室に来る度に、アンジェお姉ちゃんの撫でテクに負けて腹天してる姿しか見ていないヴォルルトですが、さすがに今日は大丈夫……でしょう。
「うん、任せた!」
ワシャワシャっと撫でてやってから、リーゼンブルグの王都アルダロスに向かいました。
王城の居室を覗くと、カミラは御付きのメイドさんとドレスを眺めていました。
ほんの少しだけ桃色がかった白いドレスは、結婚式のために仕立てたものです。
感慨深げな表情でドレスを眺めているカミラを見たら、延期を告げるのが申し訳なく思えてきました。
「カミラ、入ってもいいかな?」
「はい、ケント様」
「おはよう、カミラ」
「おはようございます」
闇の盾を出して表に出ると、カミラはすっと歩み寄って唇を重ねてきました。
細い腰に腕を回して抱き寄せると、豊かな胸の膨らみがむにゅっと潰れて……けしからんです。
「もう出立の準備は整った?」
「はい、あとは普段使っている品と……このドレスを収めれば」
「そっか……」
「ケント様、何かございましたか?」
元々、顔に出やすいタイプの僕ですから、隠し事とか無理なんですよね。
「うん、ちょっと緊急事態」
「魔物の大群でしょうか?」
「ううん、問題がおこっているのはヴォルザードじゃなくて日本なんだ」
「それは、私が行った召喚が……」
「ううん、それとは全然無関係で、まだどうなるかも分からないんだけどね……」
応接テーブルに向かって隣り合わせに座り、タブレットも使って小惑星の衝突についてカミラに説明しました。
クラウスさんの時にも、こうすれば良かったんだよね。
動画投稿サイトに、隕石衝突のシミュレーション動画とかも見に行ったんだけど、お気に入りの動画が犬とか猫のグルーミングの動画で溢れていました。
うん、今度コボルト隊用のブラシとか買ってあげましょうかね。
地球で進行している事態を把握すると、カミラの表情が引き締まりました。
お姫様モードから、ラストックにいた頃の王女モードという感じです。
「ケント様、これは国家存亡の危機ではありませんか」
「うん、確率としては高くないけれど、起こった場合には壊滅的な被害を受けると思う」
「どのように対処されるのですか?」
「まだ分からない。日本政府から協力の要請はあったけど、内容が確定していないんだ」
「これからの状況次第という事ですね?」
「そう、僕は日本政府の中の人間ではないから、意思決定には関われない。要請の内容を検討して、協力できる部分は協力するし、不可能な事はやりようがないからね」
「そうですか、分かりました。私の輿入れは延期いたします」
結局、カミラの口から延期を申し出てもらう形になってしまい、ちょっと情けないですね。
「ごめん……」
「いいえ、ケント様の責任ではございません」
「でも、楽しみにしてたみたいだから……」
「それは勿論楽しみにしておりました。ですが、破談ではなく延期ですし、こうしてケント様自ら足を運んでくださったのです。楽しみが少し先に延びただけではありませんか」
「そうだね。日本の状況が落ち着いたら、必ずカミラを迎えるから、それまでもう少しだけ待っていてほしい」
「はい、ケント様……」
カミラは、そっと瞳を閉じてキスをおねだりしてきます。
まったく、何なのでしょうか、この可愛らしい生き物は……けしからん!
時間を止めてしまうくらいの長いキスをしてから、カミラをギュッと抱きしめました。
唯香たちに見られたら、カミラに甘いと怒られそうですが、家に帰れば会えるお嫁さんたちとは、やっぱりちょっと感じが違うんですよね。
もしかして、これが浮気の誘惑ってやつなんでしょうかね。
この後、カミラと一緒にディートヘルムの執務室を訪れて、事情の説明を行いました。
「という訳で、申し訳ないけどカミラの輿入れは一旦延期させてほしい」
「かしこまりました。しかし驚きですね、本当に星が降ってくるなんて」
「これほど大きな隕石は、数千年に一度ぐらいしか起こらないけど。この星にだって降ってこないとは限らないからね」
「えぇぇ……本当でございますか?」
「うん、でも地球と違って観測する方法が無いから、それこそ衝突の直前まで分からないし、分かった時には対処のしようが無いと思うよ」
「そうでございますか……」
タブレットを使って隕石落下の動画とか見せちゃったから、ディートヘルムにも不安が伝染しちゃったみたいです。
確率としてはメチャクチャ低いのに、映像としてのインパクトは絶大ですからね。
「魔王様、リーゼンブルグも備えをしておいた方がよろしいのでしょうか?」
「隕石については備えようがないし、むしろ大雨による水害とか土砂崩れとか、身近な災害についての備えをした方が良いと思うよ。海の向こう、シャルターン王国でも大きな水害が起こって、それを切っ掛けにした反乱が起こったからね」
「なるほど、水害についての備えはしておいた方が良いですね」
「僕は専門家ではないけど、堤防とかは一ヶ所を強化しても周辺が弱いと決壊の原因になるみたいだし、長期的な計画で整備した方が良いと思うよ。トービルと良く相談して、十年、二十年先を見据えて計画を立てて」
「はい、かしこまりました」
そもそも、リーゼンブルグは僕の国じゃないから、あんまり余計な口出ししない方が良いよね。
「トービル、急に輿入れを延期して申し訳ない」
「とんでもございません。そのような事情があれば、致し方ない事でございます」
「それと、場合によっては大量の食糧を融通してもらう事になるかもしれない。勿論、対価は支払うつもりだけれど、あまり大量に買い付けをしてリーゼンブルグの民の暮らしが立ち行かなくなるような事態は避けたいので、仕入れに関しては相談する事になると思う。その時は、よろしく頼みます」
「かしこまりました。小麦や豆などの穀物にどの程度余裕があるのか下調べを行っておきます。火急の際には、何なりとお申し付け下さい」
「ありがとう、助かるよ」
連絡は、リーゼルト経由の手紙などで行うことにして、とりあえずリーゼンブルグからの支援準備を整えてもらう事にしました。
輿入れを延期してしまった罪滅ぼしではないですが、カミラと昼食を共にしてから影に潜ってヴォルザードの家に戻りました。
二階の踊り場に出て靴を脱いで階段を昇り、リビングに入ると美緒ちゃんがメイサちゃんみたいな勢いで抱き付いて来ました。
「ただいまぁ……って、美緒ちゃん?」
抱き付いてきた美緒ちゃんは、ガタガタと震えています。
「健人お兄ちゃん、地球は滅亡しちゃうの? 光が丘の友達は、みんな死んじゃうの?」
「ごめんなさい、健人さん。美緒に上手く説明できなくて……」
学校から戻って来た後、唯生さんと美香さんがヴォルザードにいる理由を美緒ちゃんが訊ねてきて、小惑星の話を洩らしてしまったようです。
「ごめんね、美緒ちゃん。僕にも何が起こるか分からないんだ」
「えぇぇ……」
「でもね、美緒ちゃん。地球にある陸地の面積と日本の面積を比べた時に、その割合がどのぐらいだか知ってる?」
「えっ、面積?」
「そう、アメリカとか中国って大きいよね?」
「うん」
「ロシアとかヨーロッパのあるユーラシア大陸とか、アフリカ大陸と比べると日本って小さいよね?」
「うん、小さい」
「川原で石を投げて遊ぶ時に、大きい的にぶつけるのと小さい的にぶつけるのは、どっちが簡単だと思う?」
「大きい的!」
美緒ちゃんは賢い子だから、話をしているうちに僕の言いたい事を理解したようです。
「地球に落ちてくる隕石が、日本に落ちる確率……単純に面積から出した確率は、千三百分の一以下だって」
「そんなに少ないの?」
「うん、たぶん、今回も日本には落ちないと思う」
「そうなんだ、良かった……」
「でもね、美緒ちゃん。地震だって、いつ来るか分からないけど備えはしないといけないよね?」
「うん、日本の学校では避難訓練とかやってたよ」
「今回は、日本には落ちない可能性が高いけど、地球のどこかには落ちる確率が高い、それは分かるよね?」
「うん、分かる」
「いつ来るか分からない地震と比べたら、備えておいた方が良いんじゃないかと思って、それで唯生さんと美香さんにはヴォルザードに来てもらったんだ。たぶん、避難訓練で終わる可能性の方が高い。ちょっと大げさだったと思うけど、念のためね、念のため……」
「念のためか……分かった」
安心したらしい美緒ちゃんは、ほぉっと大きく息を吐きました。
体の震えも止まったみたいですし、とりあえずは大丈夫でしょう。
てか、ホントに日本には被害が出ずに終わってくれれば良いんですけどねぇ。
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