第593話 説得と納得
「はぁ? 星が落ちてくるだと? 朝っぱらから何を寝ぼけた事を言っていやがる」
クラウスさんに地球と小惑星の衝突の件を伝えたのですが、第一声はこれでした。
「いや、夜空にまたたく星は、実は遠くにある別の太陽だから、その星ではなくて……」
「あぁ、流れ星の事か?」
「そうです、流れ星がですね……」
「流れ星なんか珍しくもないだろう、あんなもので国が滅びたりする訳ねぇだろう」
「いや、だから、そうじゃなくて……」
朝一番の頭の働いていない時間に、天文知識の無いクラウスさんに対して、うろ覚えの知識しかない僕が説明しようというのが間違いだったのかもしれません。
遅々として話が進まない状況に、助け舟を出してくれたのが唯生さんでした。
ザックリと自分達がいる星と太陽、月、星の関係を説明し、次に流星に関しても理路整然と解説してくれました。
うん、僕の説明はポンコツだったけど、唯生さんを連れてきたから良しとしよう。
「じゃあ何か、普段見ている流れ星は手の平に乗る程度の大きさで、今度そっちの世界に降ってくるのはデカイ山ほどの大きさがあるってのか?」
「クラウス、空から山が落ちて来る状況を想像してみてくれ」
ようやく真剣な顔になったクラウスさんは腕組みをして考え込みましたが、すぐに首を横に振りました。
「分からん。酷い災害になるのは分かるが、どの程度の規模の災害になるのか想像もつかん」
「砂地に石をぶつけると窪みが出来るよな。あの大きさが百キロから二百キロにもなるはずだ」
「その百キロってのは?」
「あぁ、長さの単位が違うのか。健人君、ヴォルザードから五十キロだとどの辺りだい?」
「そうですね……リバレー峠の手前、ラストックのちょっと先ぐらいですか」
「ヴォルザードに落ちたとしたら、最低でもその辺りまでは何もなくなってしまうし、当然その周囲も甚大な被害を受けることになる」
「マジか……」
この後、隕石落下後に塵が舞って寒冷化が進み、星全体の穀物の生産が難しくなる事や海に落下した場合の巨大津波についても唯生さんが解説してくれました。
唯生さんは、以前に巨大隕石落下を題材とした映画を見たあとに、色々と調べた経験があるそうです。
「つまり、それが想定される最悪のケースで、その流れ星が落ちるまでに多くの避難民を受け入れる必要があるって事か?」
「はい、その通りです」
「だが、それだけじゃ済まないだろう。今聞いた話だと、生き残った連中は深刻な食糧危機に見舞われるんだよな?」
「はい、最悪の場合ですが、そうでなくても局所的には支援が必要になると思います」
「話の規模がデカすぎるし、急すぎるな。ケントも知っている通り、ヴォルザードは農業が盛んな地域ではない。食糧は他領からの仕入れに頼っている部分が大きい。ケントの仲間を受け入れた時のように二百人程度ならば問題無いだろうが、その十倍、百倍となると短期的な避難民の受け入れならば協力は出来るが、長期となればこちらが食糧難に陥る可能性がある」
クラウスさんは、ヴォルザードの領主として冷静に計算を進めているようです。
「他の領地にも頼むというのは無理でしょうか?」
「ある程度は可能だろう、特にケントに世話になっているエーデリッヒなどは今後の事を考えて受け入れるとは思うが、それでも限界がある」
「やっぱり、リーゼンブルグにも助けを求めるしかないか」
「リーゼンブルグに、そんな余裕があるのか? 西部の砂漠化は完全に解決した訳じゃないよな?」
「そうでした、だったらバルシャニアにも……」
「ちょっと待て、ケント」
一ヶ所で受け入れられる人数に限りがあるなら、受け入れ先を増やすしかないと考え始めたら、クラウスさんに待ったを掛けられました。
「人を連れて来るよりも、こちらから物資を運び込むことを考えた方が良いんじゃねぇのか? そりゃ、こっちは間違いなく安全だが、連れて来られる人数には限りがあるよな?」
「そうですね、僕が関与できる人数に限られます」
「だとすれば、選ばれた者と選ばれなかった者の間に分断が起こるんじゃねぇのか?」
「確かに……」
「ニホンの役人に言われれば危機意識が高まるのは当然だが、もう少し落ち着いて考えた方が良いんじゃないのか?」
「そう、ですね……」
クラウスさんの言う通り、梶川さんに呼び出され、塩田副大臣から協力を要請されたことで地球存亡、日本存亡の危機だと思い込んでいました。
東日本大震災当時、僕はまだ小学校にも上がっておらず、ただ怖かったという思い出しかありませんが、学校の防災教育などで被害状況も教えられました。
小惑星の衝突となった時、また津波が起こるのではないか、震災よりも酷い建物の崩壊が起こるのではないかと勝手に想像を膨らませていました。
でも、落下地点がアフリカのど真ん中とか、ロシアの中央部とかの場合、津波や建物崩壊などの影響は殆ど無いでしょう。
だとしたら、人々を避難させるよりも、食糧などの物資の支援をした方が効率としては良い気がします。
「ちょっと早まっちゃいましたかね?」
「さぁな、そいつは俺には分からねぇ。お前やタダオが納得しているなら問題無いだろう。冒険者は臆病な方が長生きするしな」
「とりあえず、これから日本政府から正式な要請が出されると思いますので、その時にはまた相談に来ます」
「分かった、その時には出来る限りの援助はしてやる」
「ありがとうございます」
「ところで、タダオはこのまま滞在を続けるのか?」
「そのつもりでいる」
「そうか、ならば……」
「ははっ、そいつは日が落ちてからだろう」
クラウスさんがクイっと杯を空ける手振りをすると、唯生さんは笑顔で応じました。
一見すると全然違うタイプに見えるのですが、この二人は妙に馬が合うようです。
仲良く飲むのは構いませんが、美香さんやマリアンヌさんに雷を落とされない程度にしておいた方が良いですよ。
「てか、ケント、そのデカイ流れ星は何とか出来ないのか?」
「そうですね……向こうのいくつかの国が動くと思うので、その邪魔になるとマズいですし、ちょっと大きすぎるんですよね」
隕石の大きさが十分の一だったら、何か方法がありそうですけど、山に向かって槍ゴーレムをぶつけても、どれだけ効果があるのか疑問です。
「健人君、地球からの距離が離れているうちに、ほんの少し軌道をズラすだけでも地球からそれる可能性はあるよ」
「あっ、そうか! 一度角度が変わるだけでも、距離が離れると大きな違いになりますもんね」
「そういう事だが、健人君が対処するのは難しいだろうね」
いやいや、唯生さんはご存じないと思いますけど、僕はこう見えて結構凄いんですよ。
「いえ、星属性の魔法を使えば、大気圏の外に出ることも可能ですから、場所さえ分れば……」
「そう、その場所が問題なんだ」
「場所は、NASAとかからデータを提供してもらえれば大丈夫じゃないんですか?」
「健人君は、そのデータを見て理解できる?」
「うっ……たぶん無理です」
「コンピューターなどを使っての追跡は可能だけど、生身の人間がデータから座標を特定して、小惑星を見つけるのは難しいよ。それと、速度も問題になるだろうね」
「そうですよね、厳密に言うなら地球も小惑星も動いてるんですもんね」
小惑星は地球に向かって移動してくるが、地球もまた太陽の周りを回っています。
「小惑星との相対速度は二十キロから四十キロ程度じゃないかな」
「えっ、その程度のスピードなんですか。それなら楽に……」
「健人君、時速じゃなくて秒速だよ」
「げぇ……秒速四十キロって時速にしたら……無理です、そんなの捕まえられない」
「おい、タダオ、何を話してるんだ?」
「流れ星が飛んで来る速度についてね」
「どの程度の速さなんだ?」
「そうだね……二つ数えるうちに、ここからラストックの向こうまで飛んでいく程度の速さだよ」
「はぁぁ? そんな速度で山が飛んでくるのか?」
「そうそう、ヤバいだろう?」
「星が砕けたりしないのか?」
「さっき言った通り、甚大な被害が出るだろうね」
クラウスさんと同様に、僕も小惑星の速度を認識させられた事で、再び危機感が高まってきました。
「唯生さん、日本は大丈夫でしょうか?」
「そうだね……太平洋に落ちた場合には、東日本大震災の時よりも大きな津波に見舞われるだろうね。落下地点からの距離にもよるだろうけど、太平洋沿岸地域はほぼ全滅。東京も海に沈むかもしれないね。大西洋やインド洋などに落下した場合には、そこまでの被害にはならないだろう。それでも震災時と同程度の津波は覚悟しておいた方が良いだろうね」
「日本を直撃したら?」
「いやぁ……考えたくもないね。日本を直撃することは、プレートの境界線を直撃することと同じだからね。当然地震は起こるだろうし、大規模な地殻変動、火山活動、悪くすると日本という国は地図から消えてしまうかもしれない」
「うわぁ……」
「ただ、直撃する可能性は極めて低いと思うよ。確か、全世界の陸地面積に占める日本の面積の割合は、コンマ25%だったと思う」
「じゃあ、海を合わせると直撃の確率はもっと減るんですね?」
改めて日本を直撃する可能性が低いと実感できましたが、太平洋上に落下した場合の被害を考えると安心は出来ません。
「光が丘が津波に沈むなんて事は、あり得るんでしょうか?」
「落下場所によっては、無いとは言い切れないね。確か、海抜は五十メートルも無いからね」
「高さ五十メートルの津波が来たら、光が丘まで到達したりするんでしょうか?」
「どうだろうね。私は専門家じゃないから分からないし、東京は東京湾の奥に位置しているから、直撃を受ける千葉や茨城とは状況が異なると思うよ」
結局のところ、小惑星の落下場所次第という事でしょう。
日本は直撃される可能性は低いが、津波による被害を受ける可能性は高いようです。
話を聞いた時には、この世の終わり……みたいな気持ちにもなりましたが、少し冷静になって考えてみると、意外に大丈夫な気もします。
だとすると、日本政府が国連加盟国に呼び掛けようとしているヴォルザードへの避難は、賛同を得られずに終わるような気もしてきました。
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