第586話 騎士との会談

 ゲルトを隊長とするリーゼンブルグの騎士達とヴォルザードの領主クラウスさんの会談は、前回行われた領主の館の謁見の間ではなく、迎賓館の食堂で行われました。

 今回の会談には、クラウスさんから命じられて僕も同席します。


 そしてクラウスさんの服装は、前回のいかにも貴族という出で立ちではなく、冒険者崩れかと思う普段着です。

 ついでに僕も、クラウスさんから着替える必要は無いと言われ、城門に出迎えた時と同じ服装だったりします。


 大きなテーブルの片側に、ゲルトを中心としてリーゼンブルグの騎士五人が並び、ゲルトとテーブルを挟んだ正面にクラウスさん、その右隣りに僕、左隣にはカルツさんが座っています。

 カルツさんは、さすがに普段着ではなく守備隊の制服姿です。


「遠いところ良く来たな、ヴォルザードの領主クラウスだ。まぁ、楽にしてくれ」


 五人の騎士のうちで、ゲルトは前回の訪問で余所行き姿のクラウスさんと顔を会わせていますので、その変貌ぶりに怪訝な表情を浮かべています。

 残りの四人はと言えば、リーゼンブルグ王国からの正式な使者であるにも関わらず、ラフな格好で応対されたことに憤りを感じているように見えます。


「話を始める前に、なぜ俺がこんな格好で、こんな形式で会談を行ったのか、その理由から説明しよう」

「お願いいたします」


 ゲルトが頭を下げたのに倣って、他の四人も頭を下げましたが、やっぱり不満そうな表情を隠せていません。


「お前さんは、前回も使者として来訪しているから分かっていると思うが、あの時と今ではヴォルザードもリーゼンブルグも状況が変わっている。ハッキリと言わせてもらうが、あの当時のリーゼンブルグは信用するに値していなかった」


 キッパリと言い切ったクラウスさんに対して、四人の騎士は更に不満げな表情を浮かべていましたが、ゲルトの一言を聞いて表情を変えました。


「なるほど、では今のリーゼンブルグ王国は信用に値するとおっしゃるのですね?」

「その通りだ。腹を割って話をするのに、堅苦しい衣装だとか形式なんてものは邪魔になるだけだろう」


 クラウスさんはニヤリと口許を緩めてみせました。

 なるほど、普段着での会談には、そんな意味があったのですね。


 四人の騎士達も、ようやく表情を緩め、感心したように頷いています。


「ここにいるケントがヴォルザードに来て以降、リーゼンブルグの内情は手に取るように分かるようになった。前の国王が、どんな暮らしをしていたのか、王位を争っていた王子達が、どのような行動をしていたのか、そして、どのような最期を迎えたのか……全部ケントからの報告によって把握している」


 クラウスさんの言葉に、ゲルトを含めた五人全員が苦い表情を浮かべました。

 この五人が、実際に王族の暮らしぶりをどこまで知っていたかは分かりませんが、他国でも愚王などと呼ばれていた前国王や王子たちの乱行振りは耳にしているでしょう。


「第一、第二、第三王子が死去し、裏で暗躍していたアーブル・カルヴァインやその手下、残党どもが一掃される様子も聞いている。勿論、次の王となる第四王子の人となりも聞いている。正直、頼りないとは感じるが、これまでのように信用できない人物ではないと思っている」

「それを聞いて安心いたしました。こちらは、ディートヘルム殿下よりの親書です。お確かめ下さい」

「ふむ、見せてもらおうか」


 ゲルトから封筒を受け取ったカルツさんが、異常がないと確認した後、ペーパーナイフで封を切り、クラウスさんに手渡しました。

 受け取ったクラウスさんは、二枚に渡って書き込まれた親書にサッと一度目を通した後、もう一度ジックリと文面を確かめていました。


 親書を読み終えたクラウスさんは、広げたままで僕の前へと差し出しました。


「えっ、読んでも構わないんですか?」

「構わん、ケントに読まれて困るような内容は書かれてない」


 念のためゲルトに視線を向けると、無言で頷いてみせました。

 親書の中身を要約すると、正式に相互不可侵の和平条約を結びたいという申し出でした。


 ヴォルザードが所属しているランズヘルト共和国とリーゼンブルグ王国は、魔の森で隔てられていますが、書類上では戦争が続いている状態だったようです。

 例えるならば、海を挟んだ日本の隣の半島の北と南みたいなものでしょう。


 直接的な戦いは長い間行われていないが。正式に戦争終結の条約も結ばれていないので、形式上は戦争を継続している状態のままとなっているという感じでしょう。


 ただし、リーゼンブルグとは違って、ランズヘルトは七つの領地からなる共和国なので、和平条約を結ぶといっても全ての領主の承認が必要となります。

 親書の中でディートヘルムは、そのための助力をクラウスさんに頼んでいます。


「返事は今すぐ必要か?」

「いえ、ご検討いただいた上で、コボルトによる連絡網にてお返事いただければ結構とのことです」

「分かった、前向きに検討しよう」

「では、クラウス様はディートヘルム様の考えに賛同していただけるのですか?」

「そうだな、反対する理由は無いな。さっきも言った通り、以前とは状況が変わった。前の国王や宰相が国を仕切っている状態では、和平条約など論外だった。そんな事をすれば、家の扉を開けて強盗を招き入れるようものだったからな」


 僕がこちらの世界に来た当時、リーゼンブルグは愚王と称されたカミラの父親が国王の座に座っていましたが、実質的な政治は宰相が取り仕切っていました。

 そして、その宰相は野心家であるアーブル・カルヴァインと手を組んでいました。


 もし、魔の森が無かったら、リーゼンブルグ西部の砂漠化の進行などの問題も踏まえると、間違いなくヴォルザードは侵略されていたでしょう。

 ヴォルザードは他の六つの領地とはリバレー峠によって分断されていますし、その先にはイロスーン大森林もあり、地理的に有事の際の助力は期待できません。


 だからこそ、クラウスさんはリーゼンブルグとの関係改善について慎重な方針を崩さなかったのです。


「リーゼンブルグは変わった、そしてヴォルザードには……こいつが居る。少なくとも、ケントが生きている間は侵略なんて不可能だ。世の中には絶対なんて言えるものは殆ど無いが、これに関しては絶対に無理だと言い切れる。それとも異論があるか?」

「異論なんてございませんよ。これまでリーゼンブルグが、どれほど魔王様の世話になってきたか我々は理解しております。それこそ、魔王様がいらっしゃらねば、リーゼンブルグはアーブルの手に落ち、その後はバルシャニアの属国になっていたかもしれません」


 バルシャニアの皇帝コンスタンは、アーブル・カルヴァインの策略に乗じて、ダビーラ砂漠を越えてリーゼンブルグへ攻め込む準備をしていました。

 第一王子派と第二王子派が潰し合いをしている所に、バルシャニアの精鋭が雪崩れ込んで来ていたら、リーゼンブルグは大混乱に陥っていたでしょう。


「そのバルシャニアの皇女も輿入れしてきて、皇帝とはコボルトを使って何時でも連絡が取れる。ケントの力だけでなく、バルシャニアの助力も得られるとなれば、リーゼンブルグは簡単には動けないよな」

「おっしゃる通りです。リーゼンブルグはバルシャニアとの関係修復も進めております。戦えば大きな痛手を受けると分かっているならば、和平を進め、交流を活発にし、交易によって利を得るのが得策というものです」

「バルシャニアに鉄を売るのか?」

「はい、すでに取り引きに向けて連絡を取り合っております」


 鉄は、生活用品として使われるだけでなく、武器の材料にもなるので、敵対関係の国には輸出を控える事になります。

 バルシャニア国内では、あまり鉄が産出されないそうで、安定的な鉄の入手がリーゼンブルグを侵略する大きな目的となっていました。


「カミラ様が魔王様に輿入れなされば、更にバルシャニアの脅威は減少いたします。友好関係が続くのであれば、鉄の輸出によって外貨を獲得する方が得策だとディートヘルム様は判断なさいました」

「どこもかしこも、平和、平和で結構じゃないか。あとは商売で争いが起こらないように、我々が上手くコントロールする必要があるな」


 武器を取っての戦争の心配が無くなったら、今度は経済戦争とは……やっぱり国や領地のトップは面倒ですね。


「ケント、他人事みたいな顔してるけど、お前も当事者だからな。綺麗な嫁さんをたくさん貰って、毎日のんびり暮らせるなんて思うなよ」

「うへぇ……厄介な仕事を押し付けて来るクラウスさんが言うと説得力があり過ぎですよ」

「当たり前だ。大事なリーチェを嫁に出したんだ、その分はキッチリ働いてもらうからな」

「魔王様、リーゼンブルグの事もよろしくお願いします」

「ぐはっ……お手柔らかにお願いします」


 この後、カミラの輿入れの件も話し合われましたが、基本的にセラフィマの時と同じ対応で、帯同するリーゼンブルグの騎士へはカルツさんが対応してくれるそうです。


「すみません、カルツさん、また面倒をお掛けします」

「なぁに、これが俺の仕事だし、ケントは俺とメリーヌの命の恩人だからな」


 ヴォルザードのダンジョンで起こった異変について少し話すと、ゲルト達は身を乗り出して聞いてきました。

 輿入れの打ち合わせも終わったので、クラウスさんの指示で食事とお酒が出され、飲み食いしながら続きを話す事になりました。


 ゲルト達の興味は、これまで何度か発生している空間の歪みについてです。

 最近は、一時期のように頻繁に地震も起こっていないので、空間の歪みも発生していません。


「魔王様、それはリーゼンブルグでも起こり得るのですか?」

「可能性は否定できません。というか、むしろ今までリーゼンブルグ国内で発生していないのが不思議なぐらいですが、空間の歪みが出来ても魔物が大量に通り抜けて来ないと存在自体を察知出来ません」

「もし、その空間の歪みが発見されたら、どう対処すべきなのでしょう?」

「状況にもよりますが、空間の歪みから魔物が出て来られないように、兵を配置して攻撃するしかないでしょうね」


 空間の歪みから住民を守る方法、ダンジョンに現れた蟻の魔物の話、ヴォルザードとブライヒベルグを繋ぐ闇の盾による転送システムなど……様々な話題に花が咲き、会談は夜遅くまで続けられました。

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