第585話 お出迎え
「ご主人様、リーゼンブルグの騎士が来るよ」
「おっ、来たね。今、どの辺り?」
「んっとね……半分を越えて、半分来た辺り……」
「分かった、ありがとうね」
ワシャワシャと撫でてあげると、知らせに来たツルトは尻尾をパタパタさせて影の中へと戻って行きました。
今日は、リーゼンブルグの騎士がカミラの輿入れの道程を検証しに来るという連絡を受けています。
訪れるのは隊長一人、隊員四人の五人の近衛騎士だと聞いています。
どんな面子が来るのかまでは聞かされていないけど、少なくとも魔の森に入った後は問題があるとは思えません。
南の大陸と地続きの部分の一部を橋状に残して魔物の流入を制限して以後、こちら側に大きな魔物の群れは渡って来ていません。
橋のこちら側はコボルト隊のパトロール範囲になっているので、大きな群れが出来そうな場合には討伐して散らしています。
ヴォルザードとラストックを繋ぐ街道も、これまでの倍程度に道幅を拡張し、魔物に襲われにくいように周辺の灌木も伐採してあります。
そうした道路整備に加えて、中間地点の野営地を整備したおかげで、街道を行き来する商隊の数がグンと増えているそうです。
ただし、現状では早朝にヴォルザードやラストックを出発し、野営地で一泊し、翌日魔の森を渡り切るというパターンでしか通行が出来ません。
中途半端な時間に出発すると、城壁も何も無い状態で、魔の森の中で一夜を明かす事になります。
以前に比べると魔物の密度は下がっていますが、それでもロックオーガやギガウルフなどが姿を見せる事があります。
欲を言うなら、あと二か所、ヴォルザードやラストックと野営地の中間地点にも、城壁を備えた野営地を作りたいところです。
外出の支度を整えて、リーゼンブルグの騎士を出迎えにヴォルザード南西の門へと向かいました。
リーゼンブルグの一行は、ヴォルザードの領主クラウスさんへの表敬訪問も兼ねているそうなので、城門からは領主の館に併設されている迎賓館へと案内する予定です。
ラストックとの往来が増えているものの、普段は城門は固く閉ざされています。
開かれるのは、朝と夕方の時間の他は、イレギュラーな事態が起こった時だけですが、頑丈な門はパッと開け閉め出来ません。
門を開ける際には、周囲に魔物が居ないのを確認してからでないと開けられません。
先に守備隊の隊員が通用口から外に出て、周囲の安全を確認してから開門という手順になるのですが、実はその前にコボルト隊が見回りを行っています。
「ご主人様、辺りにはゴブリン一匹いないよ」
「分かった、ありがとうね」
門が開くのを待っていたら、心配したのかコボルト隊が報告に来てくれました。
ひょこっと顔を出したテルトの頭をワシャワシャと撫でてあげました。
てか、もしかして撫でてもらいたくて報告に来ているのかな?
「北側、異常なし!」
「南側も異常ありません!」
「よし、開門!」
近頃、開門の時間になると、門の周囲に人が集まって来るようになりました。
商隊相手に、馬車が停められる宿の客引きや、乗合馬車の客を目当てにした屋台なども並んでいます。
街の状況が変われば、それに応じた商売を始める人がいて、更に街が賑わっていく感じです。
街が賑わえば、当然街の税収も増えて、クラウスさんの機嫌も良くなることでしょう。
「よぉ、ケント。誰か出迎えかい?」
「あっ、バートさん。そうなんです、リーゼンブルグの騎士が来るんで、領主の館まで案内するんですよ」
「おぉ、そうなんだ……で、ケントの馬は?」
「えっ? 馬……?」
「リーゼンブルグの騎士は、当然馬に乗って来るんだよな?」
「はい、そうだと思いますが……」
「馬に乗った騎士をケントが歩いて案内するのか?」
「えっと……そのつもりですけど」
「いやいや、マズいだろう。お前、お姫様を嫁に貰うんだよな?」
「はぁ……そうですけど」
「だとしたら、騎士達からすれば自分が仕える身分の人になるんだぞ。そんな人が歩いて案内するのを馬に乗ったまま見下ろす訳にいかないだろう」
「あっ、そうか……」
門まで出迎えに出て、そのまま案内すればいいや……ぐらいに考えていて、身分云々にまで頭が回っていませんでした。
「うわっ、どうしよう……」
「しょうがねぇなぁ……今、馬を用意してやるよ」
「いや、用意してもらっても、馬に乗れないんですけど……」
「はぁぁ? マジで?」
「だって、影に潜って何処にでも行けちゃうから、馬に乗る必要が無かったんですよ。ど、どうしましょう。そうだ、ストームキャットのネロになら乗れますけど」
「駄目に決まってんだろう、アホか……お前の屋敷の中にいるから大丈夫だと思われているけど、外に出て来たら大騒ぎになるだろうが」
「じゃあ、ギガウルフも……」
「駄目!」
「サラマンダーの……」
「駄目、絶対に駄目!」
「ですよねぇ……」
お呼びか……と、ゼータ達が出て来る準備をしていたみたいだけど、残念ながら却下されてしまいました。
「ったく、しょうがねぇな……俺が馬で案内するから、ケントは出迎えだけして先に移動しな」
「すみません、助かります」
「なぁに、ケントには散々世話になってるんだ、このぐらいお安い御用だよ」
バートさんが、守備隊の詰所から馬を出して、リーゼンブルグの騎士達を案内してくれる事になりました。
運良くバートさんが居てくれて助かりました。
城門が開いて暫くすると、続々と商隊の馬車が到着し始めました。
そういえば、僕が初めてヴォルザードに来た時は、商隊の馬車が魔物に襲われて、一人だけ生き残ったという設定だったんですよねぇ。
実際には、ラインハルト、バステン、フレッドの三人に護衛してもらって、ようやく辿り着けた状態でした。
目の前を通り過ぎていく馬車に乗っている人々は、埃にまみれてはいるけど魔物に襲われた様子はありません。
それでも、皆一様にホッとした表情を浮かべているのは、魔の森と呼ばれる森から無事に抜け出せたからでしょう。
城門を入った馬車は、ヴォルザードの守備隊によって検問を受けます。
乗っている人は、ギルドカードや身分証を提示し、禁制品を所持していないか持ち物の検査を受けます。
旅人目当てで商売をする人々は、そうした検査が終わるのを今か今かと待ち構えています。
そして、城門前の広場から検査を終えて出て来たところで、一斉に声を掛けて売り込みが始まります。
賑やかな売り声が響き始めた頃、街道を近づいてくる騎士の姿が見えました。
鎧の面こそ上げていますが、馬上槍も携えたフル装備です。
五人の騎士達は、城門の百メートルほど手前で馬を止め、城壁を見上げています。
うんうん、凄いでしょう、我が眷属の土木部隊にカッチカチに固めさせて、その後で送還術を使ってスパっと切り出したから、継ぎ目一つ見えないツルッツルです。
たとえ極大発生が起こって、魔物の群れが押し寄せて来たとしても、城壁を登るための手掛かり一つ得られないはずです。
そして、何やら同僚と話をしながら再び馬を歩ませ始めた騎士の顔に見覚えがあります。
ラストックの駐屯地で、一番切れ者だったゲルトのようです。
すっかり城壁の様子に目を奪われて、あちこち指差しながら盛んに同僚と言葉を交わしていたからでしょうか、門のすぐ近くに来るまでゲルトは僕に気付かなかったようです。
僕が軽く右手を挙げて一歩前へと出ると、ようやく気付いたゲルトは慌てて手綱を引いて馬を止めました。
「全員、止まれ! 下馬!」
「えっ……えっ……」
突然、馬から下りたゲルトを見て、他の四人の騎士は戸惑いつつも指示に従いました。
「魔王様、自らのお出迎え恐縮であります。ゲルト・シュタール以下四名、只今到着いたしました」
馬の脇で片膝を突いて頭を下げたゲルトの言葉を聞いて、他の四人は信じられないといった表情を浮かべた後で、慌ててゲルト同様に頭を下げました。
「お久しぶりです、ゲルトさん。遠路はるばるお疲れ様でした。今、守備隊の方に宿舎まで案内してもらいますので、詳しい話は後程……」
「はっ、畏まりました。あの、魔王様、一つだけ宜しいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「この城壁は、魔王様が……?」
「僕一人では無理ですよ。眷属のみんなが協力してくれて、僕がやったのは仕上げをちょこっと……って感じですね」
「さようでございますか。途中にあった野営地の城壁もそうでしたが、これほどまでに平滑な壁面は初めて見ました」
「以前に比べると、魔の森の危険度は下がっていますけど、それでも一般的な地域よりは危険です。魔物が登りにくければ、それだけ守りやすくなりますからね」
「確かに、この城壁では爪を立てる場所もありませんね」
どうやらゲルト以外の騎士は、僕を近くで見た事が無かったのでしょう。
これが本当に魔王なのかといった疑いの混じった視線を向けてきます。
まぁ、普段よりは小綺麗な格好はしていますが、少し裕福な家の子供ぐらいにしか見えませんからね。
そこへ馬の支度を終えたバートさんが戻ってきました。
「ヴォルザード守備隊のバートです。宿舎までご案内させていただきます」
「よろしくお願いいたします。では、魔王様、後程改めまして……」
「はい、迎賓館でお会いしましょう」
バートさんに案内されていくゲルト達を見送ったら、影に潜って移動します。
クラウスさんにゲルト達の到着を知らせて、会談前の打合せをしておきましょう。
コボルト隊からの情報によれば、クラウスさん宛てのディートヘルムの親書を携えて来ているはずです。
内容までは把握していませんが、新コボルト隊による連絡網も確立しているのに、騎士が持参するという形で届けるのですから、何らかの意図があるのでしょう。
今更、リーゼンブルグが敵対するとも思えませんが、備えあれば憂い無しですからね。
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