第583話 親子の距離
「ねぇ、ちゃんと準備は進んでるの?」
「うん、大丈夫、大丈夫だよ」
「本当にぃ……?」
「大丈夫だって……たぶん」
シャルターン王国の騒動に一応の区切りをつけたので、今朝は唯香と朝チュンしています。
お邪魔……じゃなかった、ホームステイ中の美緒ちゃんはフィーデリアの部屋に泊まりに行っているので、心置きなく唯香とイチャイチャしているつもりなのですが……。
「お父さんとも、ちゃんと連絡取ってる?」
「取ってるよ。メールで……」
「毎日?」
「いや、毎日ではないけどさ……」
唯香の言うお父さんとは唯生さんではなくて、僕の父親のことです。
延び延びになってしまっている僕らの結婚式というか披露宴を、カミラが輿入れしてくるタイミングで一度に済ませてしまおうと皆で決めました。
そこへ僕の父さんにも参加してもらおうと言われて、連絡を取り合うようになったのです。
父さんのメールアドレスは、梶川さんに頼んで知らせてもらいました。
「ちょっと見せて」
「えっ、何を?」
「メール」
「えぇぇ……」
「だって、健人怪しいんだもん。本当に連絡取り合ってるの?」
「取り合ってるよぉ……」
僕としては、せっかく唯香と生まれたままの格好でベッドを共にしているのだから、父さんとのメールの話なんか抜きにして、もっとイチャイチャしてたいんですけどねぇ……。
「じゃあ、送信履歴だけでもいいから……」
「えぇぇ……どうしようかなぁ……」
そうそう、メールなんかよりも、そのフニュンフニュンの感触を楽しんでいたいのですよ。
「お願い……健人」
「しょうがないなぁ……」
そんな、お願いされちゃったら仕方ないですよねぇ……この後もう一戦、僕のお願いも聞いてもらっちゃおうかなぁ……。
影の空間に手を突っ込んで、梶川さんから借りてるスマホを取り出して、メールのアプリを開いて見せました。
「なにこれ、三日も四日も間が空いてるじゃない」
「えっ、でも予定とかは打ち合わせしてあるし……」
「そっか、電話で話してるのか」
「えっ……電話?」
「えっ……?」
おっと、これはちょっとマズい雰囲気ですねぇ……。
唯香の形の良い眉が、きゅーっと吊り上がり始めてます。
「電話、してないの?」
「うん……」
「なんで?」
「いや、なんでって……別にメールで用件は伝わるし……」
「はぁぁ……」
あぁ、これは僕のお願いは聞いてもらえそうもないですねぇ……てか、お説教コースかな。
「私なんて、毎日お母さんと電話してるよ」
「いや、それは美緒ちゃんもこっちに来てるし……」
「美緒が来る前だって、連絡が取れるようになってからは、ほぼ毎日だよ」
「そうなんだろうけど……」
「メールの中身も見ていいよね?」
「えっ……」
「いいよね?」
「はい……」
こうなってしまった唯香は、ギガースよりも……いえ、何でも無いです。
下手に逆らわず、嵐が過ぎ去るのを待つ方が得策です。
「なんて言うか……打ち合わせは出来てるけど、それだけじゃないの」
「でも、ちゃんと予定は合わせてもらってるから大丈夫だよね」
「そうだけどさ……もっと、今日はこんな所に行ったとか、こんな事があったとか、話す事、伝える事、いっぱいあるよね?」
「んー……そうかもしれないけど、海の向こうの国で革命騒ぎがあって、その首謀者の一人から資金を巻き上げました……とか言っても現実味無いよね」
「そうかもしれないけど、もうちょっと話す事があるでしょ?」
「んー……そう言われてもねぇ……」
正直に言ってしまえば、今回の披露宴に父さんを呼ぶ事自体あまり乗り気ではありません。
お嫁さん達に諭されて、仕方なく連絡を取っている感じです。
「マルト達からも聞いてるけど、健人は色んな国の偉い人とか、領主さんとも平気で交渉してるんだよね?」
「それは、ほら……冒険者としての活動の一環というか何というか……」
「私からすれば、皇帝陛下とか大公殿下と直接交渉しちゃうなんて常識外れ……じゃなくて考えられない事なのに、どうして自分のお父さんは駄目なの?」
「うん……そうなんだよねぇ。その通りなんだろうけど、怖いというか……壁があるというか……」
僕の中で父親という存在は、たまに家に帰ってきて、いつも難しい顔をしているという印象しか残っていません。
母さんも精神的に不安定な状態が続いていて、こちらに召喚される前には殆ど顔を会わせない日が続いていました。
唯一、家族として触れ合ってきた婆ちゃんが亡くなった後は、うちの家族はバラバラの状態が続いていました。
だから、もう僕にとっての父親はクラウスさんであり、コンスタンさんだったりします。
家族という概念も、ラインハルト達と知り合い、下宿先で見えない壁をぶっ壊して踏み込んで来てくれたメイサちゃんのおかげで取り戻せたと思っています。
父さんとも日本に戻れると分かった直後に手紙のやり取りをして、一応和解したような形にはなっていますが、その後も顔を会わせていません。
クラウスさんとは、こんな事があった、あんな事があったと報告したり相談したり出来ますが、同じ事を父さんにやれと言われると戸惑ってしまいます。
そうした心境を話して聞かせると、ようやく唯香も納得してくれたようです。
「そっか、そうだよね。健人の家には健人の家なりの事情があるんだもんね」
「うん、それに、あんまり僕が父さんの生活に踏み込んでしまったら、父さんの新しい家族の暮らしに影響が出ないか心配なんだ」
美緒ちゃんがホームステイする事になったのは、どこかの国の組織によって誘拐されたからです。
現在の地球で僕がどのような存在で、どのぐらい狙われているのか分かりませんが、僕との関わりが深くなればなるほど危険度は増すはずです。
梶川さんの話によれば、父さんや新しい家族にも本人たちには気付かれないように監視や護衛が行われているそうですが、危険は少ない方が良いに決まっています。
なので、ヴォルザードで行われる披露宴に招待するのも父さんだけですし、こちらに来ていると周囲の人に気付かれないように隠ぺい工作をしてもらう予定でいます。
「そっか、私の旦那様は世界的な有名人なんだよね」
「うん、別になりたくてなった訳じゃないし、僕は唯香達がそばにいてくれる方が、ずっとずっと嬉しいよ」
「健人……」
「唯香……」
朝ご飯の時間に遅れないように……なんて考えて、ちょっと慌ただしくなっちゃいましたが、朝のエッチは燃えるんですよねぇ……。
さっとお風呂場で汗を流して、着替えを済ませて食堂へ行ったのですが、フィーデリアが僕の方をチラ見しながら顔を赤らめています。
まさか、唯香との朝チュンに気付いちゃう年頃になったんでしょうか。
その点、美緒ちゃんは普段と変わらずルジェクとイチャコラしてますね。
朝食を済ませた後は、ベアトリーチェと一緒にギルドに向かい、クラウスさんにシャルターン王国の現状を報告しました。
これまでとは違って、クラウスさんに報告を入れれば、必要な事は他の領主さんにも伝わりますし、また必要とあらば質問が寄せられて来ます。
「それじゃあ、そのダムスク公が次のシャルターン国王に収まりそうなんだな?」
「まだ決まった訳ではありませんが、ほぼ間違いないでしょう」
「シャルターンにもコボルトを派遣するのか?」
「それは、向こうが落ち着いてからですね」
「そうか……」
クラウスさんは、腕組みをして考えを巡らせ始めました。
うん、この表情はたぶん金儲けを考えているのでしょう。
「何か問題がありますか?」
「いや……ヴォルザードとマダリアーガの間に、ブライヒベルグと繋いでいるような仕組みを作れないかと思ったんだが……」
「あぁ、闇の盾を使った輸送システムですね? 作れますよ」
「あぁ、作れるんだろうが……止めておこう。ジョベートの船乗り達の仕事が無くなっちまうからな」
シャルターン王国との間には、海が横たわっています。
時にはクラーケンなんて怪物が現れる危険な海だけに、交易船によってもたらされる品物には価値が付きます。
闇の盾経由で輸送すれば、安全だし、速いし、輸送コストは大幅に削減できます。
その代わり、交易品としての価値は下落してしまいますし、何より交易船を運航している船乗りたちの仕事が失われてしまいます。
「ケント、ニホンでは海の向こうとの交易はどんな仕組みで行っているんだ?」
「輸送は船か飛行機ですね」
「ヒコウキ……ってのは?」
「簡単に言うと空を飛ぶ機械です。ここからシャルターン王国までの距離でも、半日も掛からずに移動できますよ」
「マジか……」
「はい、空には遮る物がありませんからね」
「確かにそうだろうが、空を飛ぶか……」
「船も動力船なので、風の影響はあまり受けずに進めますから早いですし、積める荷物の量も桁違いです」
タブレットを使って輸送機やタンカーなどの画像を見せると、クラウスさんは溜息を洩らしていました。
「駄目だな。参考にならねぇ。差がありすぎる」
「まぁ、数年、数十年単位で考えないと、急には埋められない差ですよね」
「ヴォルザードとしては、ブライヒベルグとの輸送が変わっただけでも大きな変革が起こっているからな」
ブライヒベルグに駐留しているアウグストの兄貴のおかげで、これまでヴォルザードには届いていなかった野菜や果物などが届けられるようになっています。
逆にヴォルザードからは、ダンジョンで採れた鉱石などを使った宝飾品などが輸出されています。
輸送コストの低減は、そのまま価格に反映されるので、これまでよりも商品の競争力が上がったり、単純に利益が増えたりしているようです。
「それじゃあ、ジョベートとの間に輸送システムを築きますか?」
「ジョベートか……アルナートの爺ぃに儲けさせるのはなぁ……」
「でも、塩の値段とかが下がれば、住民の生活は楽になるのでは?」
「そうだな……そっちは考えてみるか、美味い魚も運んで来られそうだしな」
ニヤリと笑ったクラウスさんは、クイっと酒を呷る仕草をしてみせ、ベアトリーチェが呆れたように小さく首を振ってみせました。
やっぱりクラウスさんとは気兼ねなく話が出来ます。
「あの……」
「なんだ?」
「実は、父さんとのことなんですが……」
ちょっと迷いましたが、父さんとの関係をどう改善すべきか相談してみました。
クラウスさんなら、良い解決方法を思い付いてくれるかと思ったのですが……。
「別に無理して改善しなくてもいいだろう」
「えっ、そうなんですか?」
「うちだって、アウグストは素直すぎるぐらいだが、バルディーニは何考えてんだか良く分からねぇぞ」
「あっ……確かに」
言われてみれば、長男のアウグストさんとは頻繁にやり取りをしているようですが、バッケンハイムの学院に行ってるバルディーニとは手紙のやり取りも稀のようです。
「あのな、ケント。たとえ親子だろうと違う人間なんだ、すれ違いやら好き嫌いがあったって不思議じゃないんだぞ。ヴォルザードでも、人が殺し合うような事件が起きたりするが、加害者と被害者の関係が親子や家族なんてケースは少なくない。なまじ近くにいるから、離れられないと思うから、余計に憎しみを抱いてしまったりするもんだ」
確かに、日本で起こっている殺人事件でも、親子、家族、親戚同士なんて例は少なくないと聞いたことがあります。
というか、うちも母さんが亡くなる前に、父さんに包丁で斬り付ける事件を起こしています。
「いいか、ケント。人には丁度良い距離ってもんがあるんだ。その距離を無理に変えて近づこうとすると軋轢が起こる。今のお前と父親の距離が、それで丁度良いと思うなら、無理に変える必要は無い。互いが互いを思いやれる距離で、上手くやっていけばいいんだ」
どうやったら改善できるかと、肩に乗っかっていた荷物がふっと消えた感じがしました。
「そうですね。ちょっと焦ってたみたいです」
「お前も、お前の親父も、まだ死ぬような歳じゃない。ゆっくりと互いの距離を見極めて、付き合い方を考えていけばいいだろう」
「そうですね、そうします」
生まれも育ちも、髪の色も顔つきも全然違うけど、僕とクラウスさんは魂のどこかが繋がっているような気がします。
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