第575話 状況の変化

『ケント様……オロスコが裏切りそう……』

「おっ、いよいよだね」


 アガンソ・タルラゴスとタバコの取り引きを始めて以後、ダムスク公と相談してタルラゴス領やオロスコ領に潜入している密偵を使って噂話を広げてきました。

 内容は、アガンソがタバコを捨て値で処分して金を懐に入れている……とか、オロスコを裏切って自分だけ外と取り引きを行っている……といったものです。


 前者は主にタルラゴス領や、元王家直轄領に住んでいる人々に向けて、後者はオロスコ領の住人、そして領主のウルターゴに向けたものです。

 噂話の内容は殆ど誇張しなかったし、他の人には内緒だぞと断らせて広めさせたのですが、反応は凄まじく、あっという間に広がっていったようです。


 おかげで、危うく元々のタルラゴス領からタバコを回収し損ねるところでしたが、ちゃんと買い叩いて、ゴッソリと持ち出ししてきましたよ。

 中には最高級品と比べると、明らかに質の劣るものもあったので、更に価格交渉を重ねて妥当な……あくまで妥当な値段で買い取りました。


 アガンソ・タルラゴスとは取り引きを行う一方で、ウルターゴ・オロスコには接触しませんでした。

 オロスコ領でもタバコの栽培は盛んで、タルラゴス領に引けを取らない品質の葉巻も作られています。


 当然、そうした品物は周辺領地による街道封鎖によって取り引きが行えず、自領の倉庫に山積みにされています。

 往来封鎖によって、穀物や塩が不足しているのはタルラゴス領も同じなのですが、ツイーデ川西岸辺りでは、ダムスク公の密偵達が頑張って食糧や塩の配布を行っています。


 配布の際にはダムスク公からの支援だとは伝えず、とある人からの支援だとしたのも誤解を呼んだようで、タルラゴスはどこからか穀物を仕入れて住民に配っている……という話になったようです。

 これが生活苦に喘ぐオロスコの住民の感情を逆撫でしたらしく、なぜ自分達だけが苦しまなきゃいけないのかと、領主ウルターゴに対する非難の声が高まってきたようです。


 それでも一応タルラゴスとオロスコは同盟関係を築いていますので、ウルターゴはアガンソに対して書面を送って真意を確認しましたが……この書簡に対する返事が戻って来ません。

 というか、ウルターゴが送り出した使者が戻って来ないのです。


 理由は勿論、僕の眷属によって拉致してもらったからです。

 アガンソと接触を図った直後から、フレッドにはオロスコの様子を監視してもらいました。


 正式な使者としての体裁を整えた者も、一般人を装って書簡を持参した者も、途中で捕えて身柄は送還術でツイーデ川の東岸へ送り、ダムスク公へと引き渡しました。

 勿論、ウルターゴからアガンソへ宛てた書簡の内容も読ませてもらっています。


 内容は、巷に流れている噂話の真偽を質すもので、納得のいく返答が無い場合には同盟の解消も辞さないというものでした。

 そして返答の無いままに時間ばかりが経過して、とうとう痺れを切らしたウルターゴが同盟の解消、街道の封鎖を行っている三領主との交渉に乗り出したという訳です。


『ウルターゴは、南のディヘスに向けて使者を送り出した……』

「それは、何か理由があるのかな?」

『塩の備蓄が底を突いたから……』

「なるほど、ディヘスでは塩が取れるの?」

『海に面しているから塩田があるらしい……』


 ウルターゴが、ディヘスに送った書簡では、革命騒ぎの以後に領地に組み込んだ場所は、領主不在で悪化していた治安を取り戻すための一時的な措置だと言い訳しているようです。


『それと、もう一つ……タルラゴスとの決別も確約している……』

「それじゃあ、オロスコも封鎖に加わるって事?」

『書簡の内容としては……でも、たぶん信用されないと思う……』

「だよねぇ……」


 これまでにも周辺領主達は、新たに手に入れた領地の放棄と、分割協議に応じるように求めていたようです。

 今回、オロスコの側から申し出があったとは言え、長年蜜月が続いていたタルラゴスとの関係を綺麗に清算出来るのか問題になります。


「どうやって、オロスコがタルラゴスと縁を切ったと確かめるんだろう?」

『たぶん、監査官を送り込むのかと……』

「あぁ、ディヘスの人間をオロスコとタルラゴスの国境に送り込むのか。上手くいくのかな? ディヘスとはこれまで険悪な関係だったんじゃないの?」

『険悪というほどではないらしい……普通に往来も行われていたみたいだし、普通に隣同士の領地という感じ……』

「そっか、ヴォルザードとマールブルグみたいなものか」

『そういう事……』


 どうやらオロスコの裏切りは決定的になった……というより仕向けたんですけど、こうなったら次なる段階へと入りましょう。

 引き続き、オロスコとディヘスの様子はフレッド達に監視してもらって、僕はダムスク公のところへ顔を出しました。


 状況を知らせると、ダムスク公は満面の笑みを浮かべました。


「そうか、オロスコが裏切ったか」

「まだディヘスに書簡を送っただけですが、おそらく決定的でしょう」

「オロスコで儲けなくて良かったのか?」

「タルラゴスでガッチリ儲けさせていただきましたから、後は、早いところシャルターンを安定させようかと」

「まったく、恐ろしい男だな。アガンソもウルターゴも、裏で状況を操られているなどとは思ってもみないだろうな」

「まぁ、革命騒ぎを扇動させたみたいですし、自業自得ですよ」

「それは間違いないな」


 アガンソとウルターゴは革命騒ぎに裏から手を貸し、どさくさまぎれに領地の拡大を目論みました。

 実際、現状では元の領地よりも広い面積を支配下に置いていますが、それは多くの人命を犠牲にして行われたものです。


 それまでに各領地を統治していた王族や貴族にも問題はあったのでしょうが、理不尽に命を奪われるほどの落ち度があったとは思えません。

 それに、扇動されて騒ぎに加わってしまった人々も大勢命を落としています。


「その通りだ、奴らには必ず報いを受けさせなければならない。それと……」 

「ルシアーノとかいう軍師ですね?」

「そうだ、行方を追っているが見つかっていない」


 ルシアーノという男は、革命勢力で軍師を務めていた男で、王城を陥落させた直後に姿を消して、それっきり行方が分かりません。

 僕らも名前を耳にしているだけで、顔や姿を確認していないので探しようがないのです。


 日本のように防犯カメラの映像を解析して……なんて方法は使えませんし、写真自体が存在していないので、それこそ雲を掴むようです。

 そして、僕の眷属の弱点なんですが、聞き込み調査が出来ません。


 そもそも、ラインハルト達スケルトンは声が出せませんし、喋るコボルトもヴォルザード以外では討伐対象にされるでしょう。

 ネロやフラムに聞き込みなんてやらせた日には、大騒動になってしまうでしょう。


「ケントにも弱点があるのだな」

「僕なんて弱点だらけですよ。眷属のみんなが助けてくれなかったら何度死んでいたことやら」

「ルシアーノについては、川のこちら側でも活動していた時期があるらしく、聞き込みをさせて足取りを追ってはいるが、主戦場は川の向こう側だったらしく手がかりが掴めておらん」


 ダムスク公は、革命騒ぎに加担した者、しなかった者を問わず、聞き取り調査を進めているそうです。

 それでも足取りがハッキリしないのですから、ルシアーノは余程用心深い男なのでしょう。


「このまま時間が経過してしまうと、人々の記憶も曖昧になってしまいますし、ますます捕えるのは難しくなりそうですね」

「だから、アガンソの噂話を広める時に、この革命騒動の元凶はルシアーノという軍師らしい……という噂話も混ぜておる。タルラゴスやオロスコに潜伏しているならば、尻尾を出すと思うのだが……」

「封鎖が行われる前に他の領地に出てしまっていたら、逃げられてしまいそうですね」

「だが、諦める気は無いぞ。兄の家族が……フィーデリアの家族が惨殺される原因を作った男だ。決して許すつもりは無い。そのためにも、まずは川向うの支配を取り戻す」


 アガンソとタバコの取り引きを行っても、急激な変化は望めないかと思っていましたが、事態は勢いよく転がり始めています。

 同盟関係にあったタルラゴスとオロスコの間には決定的な断絶が生まれていますし、今の流れでいけばタルラゴスが孤立するのも遠い日ではないでしょう。


「ディヘスとは既に話がついている。オロスコを取り込んだ時点で、アガンソの手の者を元の王家直轄領から追い出すつもりだ」

「それは、戦いで追い出すつもりなんですか?」

「いいや、末端の兵士達を離反させるつもりでいる」

「革命騒ぎによってアガンソの手に落ちた土地を革命によって取り戻すんですね」


 アガンソがタバコを捨て値で売り飛ばし、それによって私腹を肥やしたという話は、住民達には事実として受け止められているようです。

 そこで、住民達などの力も借りて、末端の兵士を説得してアガンソを裏切らせる作戦だそうです。


「でも、上手くいきますかねぇ?」

「説得が不調に終わった場合には、逃げ出すように仕向けるだけだ」


 このままの状況が続けば、また住民の不満が爆発して、今度は自分達が狙われることになるぞ……アガンソと心中するか、さっさと逃げるか、早く身の振り方を考えた方が良い……といった感じでアガンソ領から来た兵士達を説得するようです。


「密偵として送り込んでいるホアンからの連絡によれば、末端の兵士には食糧の配給も滞ることが増えているらしい。人間、飯が食えなくなると忠誠心は急速に薄れていくからな」


 日本には、衣食足りて礼節を知る……なんて言葉がありますが、それはシャルターン王国でも変わらないのでしょう。

 食う物すら満足に配給してこない領主が、いつまでも部下からの忠誠を受け取れるなんて考えるのは間違いです。


「では、このまま一気呵成にアガンソを王都から追い出すつもりなんですね?」

「そのつもりではいるが、世の中何が起こるか分からんからな。全ての事が片付くまでは気を抜くつもりはないぞ」


 ダムスク公は、タルラゴスとオロスコを元の領地にまで追い込み、更には革命騒ぎを主導した疑いで賠償金の支払いを命じるつもりです。


「アガンソも、ウルターゴも、必ず没落させてやる」

「フィーデリアのためにも、協力させてもらいますよ」


 今後は、アガンソ達が支配している地域で活動している密偵に対する連絡や、オロスコの動きを監視して、情報を提供するとダムスク公と約束しました。

 シャルターン王国の革命騒動の解決は、いよいよ終盤戦に突入したようです。

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