第574話 新旧コンビの生きる道

※ 今回は新旧コンビの新田和樹目線の話となります。


 オーランド商店の依頼の合い間、気晴らしに街に出たら、あり得ない光景を目にした。


「おい和樹、どうなってんだ、あれ……」

「知るかよ、俺に聞かれたって分からねぇよ」


 俺の相棒、古田達也が首を捻るのも当然だろう。

 あのギリクが女を連れていたのだ。


「ミューエル姉さんの真正ストーカーじゃなかったのか?」

「そいつは間違いないけど……どうなってんだ?」


 単純に女連れというだけではない、女はギリクの左腕を抱きかかえるようにして腕を絡めて歩いている。

 あれは、誰が何処から見たってデキているだろう。


「あれって確か、ドノバンのオッサンから世話を焼くように押し付けられてとかいう新人パーティーの一人だよな?」

「たぶんそうだと思うが……あれか、昼間の指導に飽き足らず、夜も指導したとか?」

「パワハラか、特権乱用しやがったのか」

「クズだな、クズ野郎だな……羨ましい」

「モゲればいいのに……」

「ハゲちまえばいいのに……」

「はぁぁぁ……」


 女を連れ、新人パーティーを手下のように引き連れたギリクを見送った後、俺と達也は盛大に溜息をついた。


「達也、金あるか?」

「いや、無いな……和樹は?」

「同じくだ……」

「はぁぁぁ……」


 達也に金があるかと聞いたのは、とある場所に行く金があるかという意味だ。

 恐ろしく金が掛かるが、その夜だけは俺達の欲望を全て叶えてくれるパラダイス……娼館だ。


 一度は童貞卒業に失敗し、もう暫く行かなくてもいい……なんて思ったのは一週間ほどだった。

 暴発を恥じて上手くいかなかったが、良く考えてみれば女性の体を好き放題出来てしまうような状況は、今の俺には娼館にでも行かなければ叶わない。


 そして、早いならば回数で勝負しろ……という絶倫八発野郎のジョーから有難いアドバイスをもらったおかげもあって、二度目にして無事に俺も男になった。

 男になったのは良いが、こんどは抑えが利かなくなりつつある。


 若きリビドーは日々蓄積し続けていくし、ジョーを見習って筋トレとかやっても発散できるものではない。

 かと言って、あまり安い娼館に行くのも恐ろしい。


 飲み屋で話をするオッチャン連中は、殆どが安い娼館で痛い目に遭っている。

 通りで呼び込みをしている若い子に釣られて入ったら、自分の母親よりも年上と思われる女性が相手だったとか……財布から金を抜かれていたとか……病気をもらったとか、ロクな話を聞かない。


 特に病気の話は切実だ。

 オッチャン達の話だと、光属性の治癒士は多くが女性らしい。


 性病の場合、軽症でも数回、症状が重い場合には数ヶ月に渡って通院しなければならないらしい。

 その度に、治癒士の女性の前に、自分の分身を晒さなければならないのだ。


 強者のオッチャンなどは、慣れると癖になる……なんて言うが、そこまで開き直れるほど図太くない。

 それに、治療代も結構馬鹿にならないらしい。


 俺達には国分という最後の切り札があるが、切り札はそう簡単に使って良いものではない。

 あいつは意外と口が軽いところがあるし、何よりも嫁には隠し事が出来ない恐妻家だったりする。


 その嫁の一人は同級生の浅川さんだし、すぐにシェアハウスに暮らしている本宮、相良、綿貫あたりにも伝わってしまうだろう。

 当然、八木にも話が伝わり、そうなるとネット経由で日本にまで噂が伝わってしまいそうだ。


「なぁ和樹、なんでギリクなんかに女ができて、俺達には女ができないんだ?」

「そんなの知るかよ。分かってたら、とっくに女作ってるつーの」

「だよなぁ……」

「てか、ギリクに女ができたって事は……」

「そうだよ、ミューエルさんが完全フリーって事じゃんか!」

「行くか? 達也」

「行くぞ、和樹」


 ギリクが女を連れているという衝撃的な光景に気を取られて一瞬思い出せなかったが、ギリクというストーカーが居なくなれば猫耳美女のミューエルさんはフリーだ。

 桃色のフワフワの髪、猫耳、美人、その上あのスタイルとくれば……アタックしない訳にはいかないだろう。


 俺と達也は、ミューエルさんが修業している薬屋を目指した。


「どうする、和樹。何て言って切っ掛け作るよ?」

「あれじゃね、あの魔力の回復を助ける薬を買って……」

「それから?」

「それから……今日はいい天気ですね」

「もっと気の利いた話はねぇのかよ」

「だったら、達也はどう話を繋ぐんだよ」

「それは……御趣味は……とか?」

「お見合いか!」

「じゃあ、どうすんだよ」

「それは……」


 急に押しかけて行って、何かを話せと言われても、何を話して良いのか思い付かない。


「てかさ、和樹。ヴォルザードの女って、何を楽しみに生きてるんだ?」

「なんだよ、いきなり」

「だってよぉ、テレビも映画もネットも無いし、カラオケ、ゲーセン、遊園地……みんな無いんだぜ」

「言われてみれば、確かにそうだな……」


 確かに達也の言う通り、現代日本の娯楽と思われる物の殆どがヴォルザードには存在していない。

 男性アイドルも、イケメンのスポーツ選手も存在していない。


「あっ、もしかして……」

「どうした、達也。何か思いついたのか?」

「あぁ、俺は大変な事に気付いちまったかもしれない」

「何だと……」

「こっちの女は、実はエッチを楽しみに生きてるんじゃないのか?」

「なにぃ! そんな馬鹿な……」

「声がデカいぜ、和樹」

「すまない……」


 あまりにも意外な達也の言葉に思わず大声を上げてしまい、道行く人々の注目を浴びてしまった。

 クイクイっと立てた親指を振ってみせた達也と一緒に、大通りから一本路地へと入る。


「達也、さっきの話はマジで言ってるのか?」

「マジもマジだぜ。良く考えてみろ、八木や鷹山のところとか……」

「あぁ、確かに……」


 八木のところは、マリーデのツワリが治まったと思ったら、また連日連夜だし、鷹山のところも二人目を……なんて話をしている。

 俺達の歳で家庭を持つ者も珍しくないって話も聞く。


「でもよ、達也。受付のフルールさんに乳を揉ませて下さいって頼んだら、ゴミでも見るような目をされたじゃんか」

「あ、あれは……たぶん、誘い方が悪かったんじゃねぇの?」

「誘い方ぁ?」

「なんか、そういう直接的な表現じゃなくて、もっとなんつーか……そう、匂わせるような?」

「えっ、俺のナニを嗅いでみるかい……とか?」

「ちっげーよ、そういう匂わせるじゃなくて、もっと連想させるような誘い方だよ」

「それって、こっちの人間じゃないと知らない奴じゃねぇの?」

「そうかなぁ……だって、他に楽しみとか無いだろう」


 達也の思い付きに期待した俺が馬鹿だったと思い掛けたが、ふっと良い事を閃いた。


「なぁ、達也。聞いてみたら良いんじゃね?」

「えっ、聞いてみるって、どうやって誘えばやらせてくれるんですかって?」

「ちっげーよ、どんな事を楽しみにしてるんですかってミューエルさんに聞いて、そこから話を膨らませて、あわよくばデートのお誘いとか……」

「和樹、お前は天才か。それだよ、それ、それ、それでいこう」

「いや、ちょっと待て」


 ミューエルさんがいる薬屋へと足を速めようとする達也に待ったをかけた。


「なんだよ、和樹。どうかしたのか?」

「それは、俺が思い付いた作戦だからな、デートに誘うのは俺が先だぞ」

「いやいや、何を言ってるのかなぁ……そんなの話の流れ次第じゃないの?」

「お前、俺の手柄を横取りするつもりか?」

「手柄って言うのは、成果になってから言うものじゃないの?」

「こいつ……」


 まさか一番近くにいる奴が、一番の障害になるとは思ってもみなかったが、その達也が声の調子を変えて聞いてきた。


「てかさ、二人一緒に誘われちゃったらどうする?」

「えっ、どういう意味?」

「だからさ、ギリクという邪魔者が消えて、解放的な気分になったミューエルさんが俺達二人と一度に……」

「マジか……いや、それは……」

「応えるしかないんじゃねぇの? 男としては……」

「あぁ、そうか、そうだよな。ギリクという存在のために溜め込んでいた欲求を満たしてやってこそ男ってもんだよな」

「行くか、和樹」

「おうよ、達也」


 俺達二人は、大いなる覚悟を胸に薬屋の扉を開けた。


「ミューエルならいないよ、ケントの嫁からコボルトを借りて薬草摘みに行ってる」

「い、いやぁ……そういうつもりじゃ……」


 薬屋のカウンターにいたのは、ミューエルさんの師匠であるコーリーさんだった。


「おおかたギリクに女ができたから、それならミューエルに手を出しても安心だ……とか思ったんじゃろ? 全部顔に出ておるぞ」


 童話の絵本に出て来る魔女みたいなコーリーさんには、俺達の胸の内などお見通しという事なのだろうか。

 てか、マジで魔法を使って心を読んでるんじゃないだろうな。


「お前さんらは、余裕の無さが顔や態度に現れとる。隙あらば手籠めにしたいという欲望が目を濁らせとる」

「そんな、俺らは犯罪者じゃないんだから……」

「女って生き物は、身を守るために危険な気配には敏感じゃ。男と女は違うんじゃよ」

「違うって、どう違うんすか?」

「何だい、そんな事も知らないのかい? 男は出しちまえば終わりだが、女は子を孕むかもしれないんだよ」

「そのぐらいの事は分かって……」

「おらんじゃろ。今のお前さんらに、女子供を養うだけの甲斐性があるのかい?」


 思わず視線を向けた達也は、渋い表情を浮かべていた。


「お前さんらは、ギリクに比べたら稼ぎは良さそうだが、家族を持つ覚悟なんか欠片も持っていないだろう」

「いや、そもそも、まだそんな……」

「そんなつもりは無かった……なんて言いながら、状況に流されて、子供が出来てから慌てたって遅いんだよ」


 確かに、ミューエルさんとそういう関係を持つ事ばかり考えて、その先の事までは考えていない。

 それは達也も同じだろうし、同年代の男なら同じではなかろうか。


「どうやったら女が寄って来るか教えてあげようか?」

「えっ、そんな方法があるんですか?」

「あぁ、あるよ。そりゃもう、絶対確実な方法だ」


 俺と達也は顔を見合わせた後で頭を下げた。


「教えて下さい、お願いします」

「巣を作りな」

「はぁ?」

「巣って、あの鳥の巣とかの巣ですか?」

「そうだよ、女が安心して子供を産み、育てられる巣を作りな」

「いや、俺達まだ結婚は……」

「将来の事なんか全く考えていない、その場限りの男に良い女が寄っていくとでも思っているのかい? 良い女から選ばれたいと思うなら、選ばれる要素を身につけるんだね」


 住居を整え、貯えを作り、一家の主として恥ずかしくない身だしなみを整える。

 そうした状況が顔付きや態度に余裕を生み、その結果として女が寄って来るのだという。


「あの魔物使いの坊やを見てごらん。能力があり、金があり、顔付きは余裕たっぷりなのに偉ぶらない。そりゃあ、女が放っておかないのも当然さ」

「確かに、日本にいた頃とは別人みたいだからな」


 日本にいた頃の国分は、目立つのは居眠りを注意された時ぐらいのスクールカースト下位のモブだった。

 それが今や、あちこちの国の要人とも繋がりを持つ重要人物だ。


「あの坊やと同じにするなんて無理だろうが、お前さんらでも暮らしを整える事は出来るだろう? ミューエルにちょっかい出したいなら、ちゃんと嫁に貰って養えるようになってから出直しておいで」


 コーリーさんには、野良犬でも追い払うように店から追い出されてしまったが、その言葉には納得させられもした。


「はぁ……達也、金貯めるか?」

「だな……」


 コーリーさんの言っていた、女にモテる方法は正しいと思う。

 だが、金を貯めるのは良いとして、どうすれば娼館に注ぎ込まずに済むのだろうか……。

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