第573話 売却先
『ケント様、タバコを仕入れましたが、これは何処に売るおつもりですかな?』
「うん、売り込み先については、色々と考えたんだけど、普通にしようかと思ってるんだ」
シャルターン王国のアガンソ・タルラゴスから仕入れた大量のタバコと葉巻をどうするか……ラインハルトが危惧するのは当然ですが、僕が個人で売り捌く訳ではありません。
なので、仕入れた品物は、本来届くはずだった場所へ届けます。
向かった先は、ランズヘルト共和国の東の果てエーデリッヒの港町ジョベートです。
タバコに限らず、シャルターン王国との交易の殆どは、この港街を経由していきます。
『なるほど、本来の交易場所に卸そうというのですな』
「そうそう、これが一番だと思うんだよね」
『でしたら、領都エーデリッヒに運んでしまえばよろしいのでは?』
「うん、それも考えたんだけどねぇ……」
ジョベートのあるエーデリッヒの領主アルナートさんは、殆どの時間を領都で過ごしているそうです。
新コボルト隊のエーデルトを目印にして移動すれば、すぐに見つけて交渉が出来るのですが、ちょっと苦手なんですよねぇ……。
いきなり訪問すればハニートラップも用意できないとは思いますが、海千山千の交渉を重ねて来た強者ですので、あんまり顔を合わせたくないんです。
『なるほど……ですがケント様、強者相手に戦わないと交渉は上達いたしませんぞ』
「うん、でもまぁ相手の強い部分にぶつかって行くのではなく、弱点を狙うのも戦術だから……」
『ぶははは、たしかにそうですが、物は言いようという感じがいたしますぞ』
「まぁね……」
という訳で、領都エーデリッヒではなくジョベートへとやって来ました。
海賊の焼き討ちに遭った辺りも、かなり復興が進んでいますね。
港の辺りをグルリと見て回った後、湾を見下ろす丘の上にある領主の館を訪問しました。
門の手前に闇の盾を出して表に出ると、警備にあたっていた衛士は驚いた表情を見せた後で微笑みました。
「ようこそ、ケント・コクブ様。今日はどういった御用ですか?」
「バジャルディさんがいらしたら面会したいのですが……」
「在宅していらっしゃいますよ。ご案内いたします」
どうやら衛士さんは、以前にも僕を見知っていたようです。
すんなりと玄関まで案内して、執事さんに取り次いでくれました。
どうやら、来客中のようなので、応接室で待たせてもらいました。
いつも通される応接室は港を見下ろす部屋ですが、今日はこじんまりとした部屋です。
いつもの部屋でバジャルディさんが来客と会談中のようです。
これは、暫く待たされるかと思い、座り心地の良いソファーに身を沈めて目を閉じたら、慌ただしい足音が近づいてきました。
「お待たせしました、ケントさん」
ドアをノックしてから入って来たのは、接客中と思われたバジャルディさんでした。
「ご無沙汰してます、バジャルディさん。あの、お客さんは……?」
「この世の中に、ケントさんよりも優先するお客なんて存在しませんよ」
「いや、僕は連絡なしで突然訪問したんで、お客さんを優先してもらって構いませんよ」
「それならば、ケントさんの用事を伺ってから判断しましょう」
バジャルディさんは、あくまでも僕を優先するつもりのようです。
「そうですか……では、手短に用件を……今日は、バジャルディさんに買ってもらいたいものがあってお邪魔しました」
「買い取りですか……品物は何でしょう?」
「シャルターン王国産のタバコと葉巻です」
「えぇぇぇ……シャルターンのタバコって……ホントですか?」
シャルターン産のタバコと聞いて、バジャルディさんは目を見開いて驚いています。
「ケントさん、そのタバコ、一体どこから仕入れて来たんですか?」
「秘密です……と言いたいところですが、黙っていても、いずれバレるでしょう。仕入れ先は、アガンソ・タルラゴスです」
「まさか、直接取引したんですか?」
「はい、アガンソ本人と交渉して仕入れました」
アガンソとの交渉の様子を、金額だけ抜かして話をすると、バジャルディさんは呆れたと言わんばかりの苦笑いを浮かべてみせました。
「ケントさんには、毎度毎度驚かされます。実は、向こうの応接室にいるのは、タバコを扱っている問屋の者達なんです」
「もしかして、タバコがジョベートに入ってきていないんですか?」
「はい、例年の半分も入って来ていませんね」
「理由はご存じですか?」
「はい、内戦絡みの領地封鎖だと聞いてます」
タルラゴスとオロスコが封鎖されているという話は、既にジョベートまで伝わっていました。
エーデリッヒでは、消費されるタバコの殆どをシャルターンからの輸入に頼っているそうで、その供給が滞っているためにタバコを扱う問屋たちが陳情に訪れているらしいです
。
「ケントさん、どうせなら、あちらの部屋で話しませんか? その方が、話が一度で済みますよ」
「なるほど……では、そうしますか」
広い応接室へ移動すると、渋い表情の男性が五人テーブルを囲んでいました。
「お待たせしました。皆さん、ご存じだとは思いますが念のために紹介しておきましょう、ジョベートの恩人ケント・コクブさんです」
「どうも、ケントです。お邪魔します」
バジャルディさんは、ご存じでしょうが……なんて言ったけど、僕を見知っていたのは一人だけだったようです。
そして、全員が僕の存在よりも入荷しないタバコの方に意識が向いているみたいです。
「バジャルディさん、私らもケントさんの功績は存じているが、まさかシャルターンの内戦までケントさんが解決してくれる……なんて言うんじゃないですよね?」
「さすがのケントさんでも国の内戦を解決するのは難しいでしょう。ただし、皆さんが抱えている問題は解決してくれるそうですよ」
「なんですって、そりゃ本当ですか?」
バジャルディさんが、僕がアガンソと直接交渉してタバコを買い付けて来たと話すと、全員の表情がパッと明るくなりました。
「それを、私達に売ってくれるのですね?」
「売り方はどうしますか? ケントさん」
「そうですね。皆さん困ってらっしゃるみたいなので、全員に行き渡るような方法にしてもらえませんか?」
シャルターン産のタバコを独占状態の僕が言っても説得力がありませんが、海を越えての入荷が滞り、窮地に立たされている皆さんを平等に救いたい。
なので、入札方式ではなく、全員が相談して価格を決め、その価格で各々が必要な量を買い付ける方法にしました。
勿論、買い叩かれないように、決まった価格が気に入らなければ、直接領都エーデリッヒに持ち込むと釘をさしておきました。
その結果、五人から提示された値段は、僕の予想を大きく上回っていました。
そもそも、マッカーニさんから教わった値段は、小売り価格ではなく問屋が仕入れる価格でした。
その値段の三割増しぐらいの価値がある質の良いものを、四割の価格で買い叩いてきました。
それが、元の三割増しの値段に戻り、更にはシャルターンからジョベートまでの輸送料もプラスされています。
輸送料、結構掛かるんですねぇ……コボルト便任せなんで、意識した事が無かったのですが、海でも陸でも魔物と遭遇する心配がある世界では仕方ないんでしょうね。
おかげで、丸儲けのボロ儲けという訳です。
シャルターン産のタバコは、基本的にジョベートから運ばれて行きますから、この五人に卸せば従来通りに市場に広がっていく訳です。
「ケントさん、今更言うのは少々ズルいと思いますが、領都の父の所に持ち込んだ方が儲かったのではありませんか?」
「そうですね、でも直接領都に持って行ってしまうと、運送に関わる人達の仕事を奪ってしまいますからね。今でも十分に儲けさせてもらっていますから、これ以上は必要ないです。それよりも、みんなで儲かった方が良いですよね」
「父も話してましたが、ケントさんは欲の無い方ですね」
「いやぁ、そうでもないですよ。皆さんが思うよりも、ガッチリ儲けてますから」
取引が成立したところで、問屋の皆さんには一つお願いをしておきました。
「今回の品物ですが、僕から仕入れた事は暫く内密にしてください」
バジャルディさんを含めて、タバコ問屋の皆さんにシャルターン王国の現状をザックリと話しました。
「これは、あくまでも僕個人の考えですが、今の状況が続けばタルラゴスとオロスコが音を上げる日は遠くないと思います。その後も、すんなり内紛が収まるとは限りませんが、ダムスク公が主導権を握ればシャルターンの国内状況は安定に向かうはずです」
「ケントさん、まさか本当に内戦解決にも奔走していらしたとは……」
「そんなに御大層な話じゃないんですけど、ちょっと関りが出来てしまったので放っておけないんですよね」
フィーデリアを救い出したのは、感情に任せた行動でしたが、助けた以上は安心して暮らせるように出来る事はやってあげたい。
それに、シャルターン国内が更に荒廃するような状況になれば、本物の海賊がジョベートを襲うなんて事も無いとは言い切れませんからね。
一通りの話が終わったところで、タバコ問屋の一人が声を掛けてきました。
「一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんでしょう?」
「ズバリ、シャルターンの内紛が解決したら、貿易量は増えると思われますか?」
「増えるでしょうね。特にシャルターン東部の復興が急務になるでしょうし、色々な物資が必要になるはずです。国内だけで賄いきれるとも思えませんので、何かを売って、物資を購入するという動きは起こるはずです。ただ、どの程度かは分かりかねます」
どうやら集まっている五人は、タバコを専門にしている人もいれば、それ以外の品物を扱っている人もいるようです。
シャルターンとの貿易量が増えれば、売り上げに直結するのでしょう。
いまのうちから商品を準備しておくべきか、どんな品物が高く売れそうか……などと早くも相談を始めています。
てか、僕から仕入れた事を内緒にする件も忘れないでほしいんだけど……無理かなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます