第568話 兄と弟

 フェルシアーヌ皇国第三皇子カレグが降伏を決断した後も、実際に戦闘が終了するまでには紆余曲折がありました。

 まず、カレグの軍勢が川を渡って投降するための橋がありません。


 まぁ、橋板を送還術を使って消しちゃったのは僕なんですけどね。

 橋板を消した理由は、第二皇子モンソ旗下の軍勢とカレグの軍勢が直接的にぶつかれば、多くの死傷者が出ると思ったからです。


 実際には、攻撃魔術や弓矢などの攻撃によって死傷者が出ているようですが、それでも肉弾戦や爆剤を用いた自爆攻撃などが行われるよりは少なくて済んだと思います。

 ちなみに、カレグが所有していた爆剤は、どさくさ紛れに全て回収させていただきました。


 投降が手間取ったもう一つの理由としては、橋の設置が行われている間に、もう一度武器を手にして戦いを挑もうなんて考える一団がいたからです。

 カレグの指示によって対岸の寄せ手に向けて降伏の意思表示がなされましたが、長い隊列の前方と後方では意識に違いがありました。


 前方にいる者達は、カレグからの直接の指示を受けていますし、中程にいる者達は対岸からの攻撃に晒されて心が折れていました。

 しかし、後方にいた者達は、尾根道を爆剤によって破壊された以外は、直接的な攻撃に晒されていなかったので余力を残していたのです。


 この後方に配置された一団は、カレグが用意していたトンネルが機能した場合には、退却する列の最後尾を務める予定でした。

 そのためカレグの軍勢の中でも勇猛で知られる部隊が配置されていたらしく、その者達がまだ戦えると主張しだした訳です。


 実際、橋の再建は両軍の土属性術士が力を合わせて行われており、その現場では既に降伏は成立したものと思われていました。

 そんな油断しきった状況に精鋭部隊が突撃を仕掛ければ、現場は大混乱に陥っていたでしょう。


 そこで、殿部隊を率いていた隊長格の騎士の胃袋に眠り薬を放り込み、暫く眠ってもらいました。

 まぁ、一人眠らせた程度では駄目でしたが、時間差をおいて二人、三人と眠りに落ちていくと、さすがに士気が低下して反攻の意志も挫けたようです。


 結局、カレグがモンソのところまで連行されたのは、日がとっぷりと暮れた後でした。

 それでも橋が一日で出来上がってしまったあたりは、やはり魔術って凄いと思わされてしまいます。


 まぁ、うちの眷属の土木建築能力は、彼らの比ではないんですけどね。

 僕自身、あの程度の橋ならば、本気出せば三十分と掛けずに作っちゃいますよ。


 さて、投降したカレグですが、皇位継承権こそ剥奪されましたが、今も王族である事に変わりありません。

 腹心のコバーヌや先陣を務める予定だったガエルダムなどの将校クラスの人間は縄などで拘束されましたが、さすがにカレグは縛られてはいません。


 それでも、短剣を含めて金属製の品物は全て外され、四方から槍を突き付けられた状態で移動させられていました。

 この状況は、王族という身分にしてみれば屈辱的な扱いでしょう。


 モンソと大きな天幕の中でテーブルを挟んで席に着きましたが、ここでも短槍を携えた兵士が四人、カレグの周りを囲んでいます。


「兄上、そんなに私が恐ろしいですか?」


 挑発するようなカレグの口ぶりに、モンソは顔色一つ変えずに答えました。


「あぁ、恐ろしいな。カレグ、お前の才は私を遥かに上回っている」

「ほぉ、それが分かっていたからバルシャニアと手を組んだのですね」

「何を言うか」

「一体、何を約束したのです? どれほどフェルシアーヌ皇国を切り売りしたのですか?」

「ふん、見損なうな。我はバルシャニアと手など組んでおらぬ」

「とぼけても無駄です。皇都での戦いでも、ここでの戦いでも、バルシャニアの手先であるランズヘルトの冒険者を暗躍させていたのでしょう」

「なんだと……何が起こっていたのだ。全部話して聞かせろ」


 おっと、カレグにも僕の存在が気付かれていたようですね。

 てか、あれだけの食糧を分捕ったのですから、気付かれない方がどうかしてますか。


 カレグがジョベラス城の食糧庫から忽然と物資が消えた事や、密かに用意していたトンネルが開通直後に爆破された事、北東の尾根道も爆破されて進退窮まった事などを話すと、それまでは比較的冷静に対応していたモンソの表情が曇りました。

 それを見たカレグが声を荒げました。


「兄上達は甘すぎる! このままではフェルシアーヌ皇国はバルシャニアの食い物にされてしまいますぞ」

「では、どうしろと言うのだ?」

「国境のいざこざに付け込んで、戦を仕掛けるのです」

「馬鹿を言うな。戦など仕掛ければ、これまで築いてきた良好な関係にヒビが入るぞ」

「何をおっしゃいます、すでに奴らはフェルシアーヌ皇国の皇位継承にまで手出しをしてきているではありませんか」


 確かに首は突っ込んでいるけど、次期皇帝を決めたのは僕じゃなくて君たちの父親だからね。

 ですが、モンソはカレグの言葉に押されて、考え込み始めてしまいました。


 他者の意見に耳を傾けるのはモンソの長所なんでしょうが、それによって決断が鈍ったり方針に迷うのは短所なのでしょう。


「バルシャニアに戦を仕掛けたところで、必ず勝てる保証など無いし、そもそも始めた戦をどう終わらせるつもりだ?」

「戦には勝てます。バルシャニアの騎士団はギガースとの戦いによって大きな損害を被ったという情報を得ています。そこに爆剤を用いた攻撃を仕掛ければ……勝利は動かないでしょう」

「そうだとしても、どうやって戦を終わらせる。戦は始めるよりも終わらせる方が難しいのだぞ」

「戦が長引いて困るのは、我々ではなくバルシャニアの方です。バルシャニアは少数民族を多く抱え、ムンギア、カジミナ、ボロフスカなど皇帝に反抗的な部族が複数います。こちらが戦を仕掛けるのと同時に、そうした部族に蜂起を促せば……奴らの方から講和を申し出てくるのは確実です。そこで、領土の分割譲渡などを条件に講和を結べば、戦は早期に終結できて、しかもフェルシアーヌ皇国は大きな利を得られます」


 滔々と持論を展開するカレグに、会談が始まった直後は厳しい表情で短槍を突き付けていた兵士達の表情も変化し始めました。


「ラインハルト、もしカレグとモンソが手を組んじゃうと、バルシャニア的には厄介な相手になるよね?」

『そうですな。このカレグという男は、生まれながらにして王族の資質を備えているような人物に思えます』


 ラインハルトが言うには、環境が人を作るのか、王族の中にはカレグのように人を魅了する能力に長けている人物が現れるそうです。


『ただし、そうした人物が必ずしも正しい道を進むとは限りませぬ。暴虐の果てに国を亡ぼすような人物も現れたりするものですぞ』

「なるほど……そういえば、アーブル・カルヴァインも手下共からは崇拝されたね」

『その通りです。良い方向へと進めば名君、悪しき方向へと進めば暴君、両極端な未来が訪れることになります。あるいは、今のフェルシアーヌ皇帝エグンドは、そうした危険性を感じてカレグではなくモンソを次の皇帝に指名したのかもしれませんな』


 その次のフェルシアーヌ皇帝に指名されたモンソは、だまってカレグの持論を聞いていましたが、やがて首を横に振りました。


「いいや、駄目だ。確かに、その方法を用いればフェルシアーヌ皇国は利を得られるかもしれぬ。だが、その代わりとして信を失う」

「何を言うんです。皇位継承に手出しをした時点で、バルシャニアに対して信など置けませぬ」

「果たしてそうかな? そもそも、我々にはバルシャニアが手出しを行ったという確たる証拠が示せない」

「それは、このような事態を引き起こせるのは、リーゼンブルグの……」

「そうだ、リーゼンブルグの魔物使いだとしても、そやつがバルシャニアの指示で動いたという証拠も無い」

「ですが、リーゼンブルグの冒険者がフェルシアーヌ皇国の皇位継承に口出しする理由がありません」

「理由が無いからといって、バルシャニアの指示を受けたという証拠にはならないぞ。それに、皇都での戦いでは、むしろ戦乱を早期に収束させるために動いていたように見える」

「兄上、我々の軍勢が爆剤の爆発によって、どれほどの被害を受けたかご存じですか?」

「その爆発とて、そなたの手の者が過ちを犯したのが原因で無いと言い切れるか?」

「それは……」


 爆剤の樽の多くには、火の魔道具を利用した起爆装置が取り付けられています。

 ここに魔力を流すと発火し、樽の中の爆剤が爆発するという仕組みです。


 当然、誤って魔力を流したりしないように厳命されているのでしょうが、間違いというものは起こり得るものです。

 まぁ、今回はうちの眷属がドーンしちゃったんですけどね。


「今回の城からの食糧の持ち出しも、籠城を長引かせないように、フェルシアーヌ国内の内紛が長引かせないようにするものだ」

「甘い、甘いですぞ、兄上。皇位継承に影響力を及ぼそうとしたのですぞ!」

「いいや、次の皇帝に私を指名したのは父上だ。バルシャニアではない」

「それは……」


 うんうん、そうそう、そこ大事なところだから忘れちゃ駄目ですよ。


「それに、キリアなどと手を組むのは危険だ」

「何をおっしゃいます、これからは爆剤の時代です」

「だとしても、現在のキリアは信用に値しない」

「その程度の事は、私だって分かっています。今のキリアは利用するだけの関係、爆剤の提供を受け、いずれその製法を手に入れたならば縁を切れば良いだけです」


 カレグは、どうだとばかりに胸を張ってみせましたが、逆にモンソは表情を険しくしました。


「それだ……国と国との関係をまるで個人との付き合いと同様に考えている、その姿勢こそがカレグ、そなたの危うさだ。個人と個人が争っても、死人は少数しか出ないが、国と国との争いとなれば、その数は比較するまでもない。それだけの人が傷つき、命を落とせば、その数だけの恨みが残る。それを晴らして元の状況に戻すには、並大抵ではない努力が必要となる。安易に戦という手段に頼る考えを改めない限り、そなたは破滅への道を突き進むことになるぞ」

「甘い……モンソ兄もレーブ兄も甘すぎる! そのような甘い考えでは、バルシャニアにも、キリアにも、ヨーゲセンにも食い尽くされて、フェルシアーヌという国は消えて無くなってしまいますぞ!」

「フェルシアーヌ皇国は滅びぬ! 安易に戦を仕掛けることこそが滅びへの道だ!」


 結局、最後までモンソとカレグの話は噛み合わないまま、会談は物別れの形で終了しました。

 頼りないと感じていたモンソでしたが、意外にもシッカリとした芯になる考えを持っているようです。


 まぁ、これでフェルシアーヌとバルシャニアが戦うような状況や、大量の難民が発生するような事態は回避できそうですし、内紛はこれで片付いたと判断しても良いでしょう。

 事の顛末をバルシャニア皇帝コンスタンに報告したら、僕の暗躍も終わりにしましょう。

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