第566話 腹心の策略

 シャルターン王国でダムスク公との面談を終えた後、フレッドに呼ばれてフェルシアーヌ皇国のジョベラス城へ移動しました。

 海を渡って、国を幾つも越えて、僕って働きすぎじゃないですかね。


 まぁ、勝手に首を突っ込んでいる部分が多いので、あまり文句は言えないんですけどね。


「どうしたの、フレッド」

『カレグの腹心が動き回ってる……』

「コバーヌとかいう奴?」

『そう……』


 フェルシアーヌ皇国第三皇子カレグの腹心コバーヌは、なんだか不気味な感じのする男です。


『黒尽くめの部下を使って、裏切り者の炙り出しとかもやってる……』


 コバーヌの部下は頭の天辺から足の爪先まで黒尽くめの服装で、城にいる人からは影巡視などと呼ばれているそうです。

 ですが、コバーヌが指示を出している男達を見ると普通の格好をした者の方が多く、黒尽くめの格好は四分の一程度です。


「えっ? 黒尽くめの格好で見回るんじゃないの?」

『あれは、見張っているとアピールする係……本命は普通の格好で見張ってる……』

「うわぁ……なんて言うか、性格悪いね」


 コバーヌから指示を受けた者達は、ゾロゾロと城の中へと散っていきますが、黒尽くめの連中と普通の格好の連中とでは出口を別にする念の入れようです。


『カレグが、明日の撤退を前に裏切り者がいるのではとピリピリしている……』

「まぁ、無くなるはずのない食糧が忽然と消えているんだし、手引きした者がいるのでは……って考えるのは当然だろうね」

『そう、特に食糧庫を警備していた者達には、監視が付いている……』


 警備を担当していた人達が、油断しきっていたのは確かなんだけど、食糧の持ち出しを指示した僕としては、ちょっと申し訳ない気分になっちゃいますね。

 部下に指示を終えたコバーヌも、部屋を出て何処かへ向かうようなので、少し後をつけてみましょう。


 細身で長身のコバーヌは、足音も立てずに城の廊下を進んで行きます。

 真っすぐに前を見つめ、能面のように無表情に見えます。


『だいぶ苛ついている……』

「えっ? コバーヌが……?」

『そう、目付きや唇の端に苛つきが見える……』


 フレッドに言われて、改めて注意して眺めてみたけれど、僕には良く分かりません。

 ポーカーフェイスなフレッドだからこそ気付く違いなんでしょう。


 廊下を抜けて、歩き続けたコバーヌが向かった先は兵舎のようでした。

 その一室のドアをコバーヌがノックすると、中からは男性の声が聞こえてきました。


「開いている、入ってくれ……」

「失礼する」

「これは、コバーヌ殿!」


 少し慌てた様子でコバーヌを出迎えたのは、明日の撤退作戦で先陣を命じられたガエルダムでした。


「明日の作戦について、少しアドバイスが出来ればと思ってね」

「それはそれは、わざわざ申し訳ございません」

「爆剤の取扱いについては講習を受けていると思うが、これまでの戦いで得られた情報を渡しておこうと思う……」


 コバーヌは携えてきた紙束をテーブルに広げて、皇都での戦いやジョベラス城での戦いの中で得られたデータを語り始めました。

 使用した爆剤の分量と効果範囲、導火線の長さと燃焼時間の関係など、取りまとめたデータは多岐に渡っていました。


「ずいぶん細かくデータを取ってたんだね」

『あの情報は、後でいただいておく……』

「うん、僕らにとっても有用なデータになりそうだね」


 更にコバーヌは、北東の尾根道を下りた先の地図を示して、明日の作戦を与え始めました。


「貴公の役目は、第二皇子派の軍勢を橋の向こうに釘付けにすることだ。橋を落としてしまっても構わないとカレグ様はおっしゃっておられるが、あまり早期に橋を落としてしまうと我々が別ルートを持っていることに気付かれてしまう」

「では、橋を落とすのは最後のタイミングと思っておけばよろしいですね?」

「そうだ、同時に敵勢を可能な限り橋から遠ざけ、我々が別ルートを進んでいる事の露見も遅らせたい」

「しかし、我々の手勢だけで、相手を押し込むまでは……」


 城を包囲している連中は、一度は尾根道の途中にある門の近くまで兵を進めましたが、爆剤による攻撃を食らって撤退しています。

 ここまで目立った戦果が無いのは、第二皇子モンソにしてみれば思惑通りの展開ではあるものの、参陣している貴族達にとっては想定外の状況です。


 出来れば目立つ手柄を立てて、爵位を上げたり、領地を広げたいと考えている者も少なくはないようです。

 そうした連中の前に、城に立て籠もっていた連中が下りてくれば、当然攻撃を仕掛けてくるでしょう。


 北東の尾根道は、地上へと下りた後も川沿いの道は狭く、橋の幅も馬車がすれ違える程度なので、大軍同士のぶつかり合いは物理的に困難です。

 それでも、数による圧力はいずれ戦いに影響を与えてくるでしょう。


 自分が預かっている兵士だけでは、数の力で踏みつぶされるとガエルダムは危惧しているようです。


「だからこそ、貴公らには爆剤を与えるのだ。これまで、我々が爆剤での戦いにこだわってきた理由が分かるか?」

「それは、魔術が苦手な者であっても、威力の高い攻撃を仕掛けられるから……ですか?」

「確かに、それも一つの理由ではあるが、一番の理由は音だ」

「音……爆剤が破裂する、あの音ですか?」

「そうだ、あの音を聞けば、相手はこちらが爆剤を使ってくると嫌でも知ることになる。しかも、その爆剤を使った攻撃は、あの武術自慢のガステルム男爵の軍勢すら壊滅状態に追い込んでいる」

「なるほど……音による威嚇を効果的に使う訳ですね?」


 フェルシアーヌ皇国の人々が、どれだけ火薬に馴染があるのか知りませんが、爆発音イコール、ガステルム男爵の敗北というイメージが出来上がっているのであれば、音を聞いただけで及び腰になる可能性はあります。


「爆剤による音は、十分に威嚇としての効果を発揮するだろう。だが、的確な攻撃が出来ずに音だけで威力は無いと思われてしまったら、一気に押し込まれるような事態にならないとも限らない。そこで、最初の攻撃は何としても戦果を上げたい。いや、上げねばならぬ」


 それまでの淡々とした口調とは変わって、語気を強めたコバーヌの圧に押されて、ガエルダムはゴクリと唾を飲み込みました。


「……と、おっしゃいますと?」

「最初の攻撃では、馬に爆剤の樽を四つ括り付け……」


 不意に言葉を切ったコバーヌは、もったいつけるようにガエルダムと視線を合わせてから続きを語りました。


「誰か一人を選んで馬を駆らせ、敵陣に突っ込んだところで爆破させよ」

「それは……死ねとおっしゃるのですか?」

「そうだ。この初撃が失敗に終われば、泥沼の戦いとなる可能性が高い。そうなれば、より多くの命が失われることになるぞ」


 コバーヌは、地図を指さしながら自爆攻撃の有用性を説きました。

 人道という観点から見れば最低の戦術ですが、確かに道幅の狭い場所での自爆攻撃は有効です。


「この戦いに破れれば、貴公は愚か者として歴史に名を刻むであろう。だが、逆に撤退作戦を成功させられれば、先陣と殿を務めた勇者として名を遺すことになるだろう。どちらを選ぶかは、貴公次第だ……」


 ガエルダムは顔を蒼ざめさせて、震える手で額の汗を拭っています。

 作戦の重要性は理解していても、決断出来ないといった様子です。


「わ、私には、まだ幼い娘がおりまして……」

「あぁ、勘違いしないでくれ。私は貴公に死んでくれと頼んでいる訳ではない」

「えっ……?」

「敵勢を橋から遠ざけ、味方が隧道を使って撤収を終えたら橋を落とす。その間、貴公には部隊の指揮を取ってもらわねばならん。誰か、先陣に相応しい人物を選んでくれ」


 伏し目がちだったガエルダムは、パッと視線を上げてコバーヌを見ましたが、すぐに首を捻って考え始めました。

 自分の命は助かる……でも、部下の誰かを死地へと追い込まねばならない……簡単には決められないのでしょう。


「決められないなら、志願させれば良い」

「えっ、志願……ですか?」

「そうだ、仲の良い部下を三人ほど集め、作戦の概要について説明して一人志願を募れ。仲間を守るために志願する者ならば、必ずや成功させられるだろう」


 話を聞いたガエルダムは、微妙な表情を浮かべています。

 確かに、その通りかもしれないけど、あまりにも残酷な方法でしょう。


「す、少し考えさせて下さい」

「かまわんよ。ただし、作戦は明日で、失敗は許されない、それだけは肝に銘じていてくれ」

「はい、分かりました……」


 コバーヌを部屋の外まで見送ったガエルダムは、戻ってきてドッカリと椅子に腰かけると、天井を仰いで大きな溜息をつきました。


「はぁぁぁ……俺にどうしろってんだ。俺だけの責任じゃないだろう」


 そんなガエルダムの姿を見ていると、罪悪感に襲われてしまいます。


「うーん……何か良い方法は無いもんかねぇ? やっぱり、さっさと爆剤を盗み出しちゃおうか?」

『それでも、戦いは避けられないと思う……』


 爆剤が無くなったとしても、カレグなら撤退作戦を強行しそうです。

 その場合、橋を巡る攻防は泥沼の戦いになりそうな気がします。


 ガエルダムも、天井を睨みながら暫く考え込んでいましたが、意を決したように立ち上がると、部屋を出て部下を呼びに行かせました。

 呼びつけられたのは三人で、どうやら全員がガエルダムの副官のようです。


 ガエルダムは、三人に対して資料を見せながらコバーヌと話した内容を包み隠さず語って聞かせました。


「隊長、俺にやらせて下さい」

「何を言ってる、お前は故郷に戻ったら結婚するんだろう。俺が行く」

「いいや、俺が……」

「落ち着け! まだ話は終わっていない」

 ガエルダムは、我こそはと志願を始めた三人を黙らせると、テーブルに広げた資料を片付け始めました。


「いいか、良く聞けよ。これは俺からの絶対的な命令だ。逆らうことは許さない、いいか?」


 三人の副官は、自分たちの内の一人が選ばれるのだと思い、互いに顔を見合わせた後で揃って頷いてみせました。

 それを見届けた後で、おもむろにガエルダムが命令を下しました。


「初撃は、俺が行う。貴様らには、その後の部隊の指揮を命じる」

「そんな……」

「言ったはずだぞ、命令は絶対、逆らうことは許さない、お前達も了承した」

「隊長……」

「後を頼むぞ」


 三人の副官の目から涙が溢れて頬を伝っていきます。

 これは、僕も作戦を変更しないといけませんね。

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