第565話 ダムスク公への手紙

 フェルシアーヌ皇国の皇位継承にまつわる争いも大詰めという感じですが、第三皇子カレグがジョベラス城からの脱出を決行するまで時間があります。

 カレグが秘密裏に用意していたトンネルを確認し、介入に必要な準備を整えたので、翌日は別の用事を済ませることにしました。


 向かった先はシャルターン王国で、面会する相手はシスネロス・ダムスク公です。

 ダムスク公が執務を行っている建物を訪ねて面会を申し込むと、殆ど待たされることなく応接室へと案内されました。


 これまでに融通してきた大量の食糧が、ものを言ってる感じですね。

 応接室で待つこと暫し、ダムスク公が姿を見せました。


「おはようございます。朝早くからお邪魔して、申し訳ございません」

「なぁに、わざわざ海の向こうから訪ねて来たのだから、何か理由があるのだろう?」

「はい、本日は手紙を預かってきております」

「ほぉ、ヴォルザードの領主殿かな?」

「いいえ、差出人はこちらに署名がございます」


 預かってきた封筒を影の空間から取り出して、ダムスク公へと差し出しました。


「シスネロス叔父上様へ……フィーデリアだと!」


 血相を変えたダムスク公に向かって、深々と頭を下げました。


「この手紙は、どういう事だ! ケント・コクブ!」

「今まで黙っていたことは、お詫び申し上げます」

「これは、本当にフィーデリアからの手紙なのか?」

「はい、これまでの経緯をお話しさせていただきます」


 ドミンゲス侯爵が絡んだ海賊騒ぎは割愛して、王都マダリアーガに偵察に出掛けた時に、偶然革命騒ぎに遭遇し、間一髪フィーデリアを救出した顛末を語りました。


「それでは、兄を始めとして王族が殺され、最後にフィーデリアが残されていたのか?」

「はい、なぜフィーデリア姫が最後だったのかは分かりませんが、既に他の方々は惨殺された後でした」


 その後、晒しものにされていた王族の遺体は回収して荼毘に付し、遺骨は元国王の希望にそって王都の湖へ散骨したことを伝えました。


「そうか、そなたが兄の遺体を取り返してくれたのだな。我の手の者が王都の状況を探った際に、王族の遺体は忽然と消え、民衆は王家の祟りだと噂していたそうだ……」

「これまで黙っていたのは、フィーデリア姫のお気持ちを確かめてからの方が良いと考えたからです。今回、手紙を託されましたので、お話させていただきました。どうぞ、お読みください」

「その前に、フィーデリアは大丈夫だったのか? 酷い怪我を負わされたりしていなかったのか?」

「肉体的には大丈夫でしたが、さすがに目の前で家族を惨殺されたので、心に大きな傷を負っていました。今は、普通の生活をしていますが、心の傷が完全に癒えた訳ではないと思っています」

「そうか……そうしたことも、この手紙に書かれているのだな?」

「さぁ、内容までは存じ上げませんので、それは実際にお読みになって確かめてください」

「分かった……」


 ダムスク公は、僕が差し出したペーパーナイフで封を切り、心を決めるためか大きく息を吐いてから手紙を取り出しました。



 シスネロス叔父上様へ


 無事の知らせを届けるのが遅くなり、心配をお掛けしましたが、私はヴォルザードにあるケント・コクブ様のお屋敷で元気に暮らしております。

 正直に申し上げますと、あの日、何が起こったのか、記憶が曖昧なままです。


 思い出したくないことが多すぎて、心に鍵を掛けてしまっているのだと思います。

 父や母、兄弟、姉妹が世を去ったのだと、分かっているつもりですが、信じられない、信じたくない、確かめたくないというのが正直な気持ちです。


 今も、あの日の記憶を思い出そうとするだけで、胸がドキドキして、嫌な汗が流れ、頭がクラクラしてきます。

 もし今、王都マダリアーガへと戻って、家族の消えた王城を目にしたら、立ち直れなくなってしまいそうです。


 今の私は、ケント様、セラフィマ様をはじめとする奥方様、ミオ、メイサ、ルジェク、そしてお屋敷の方々やケント様の眷属に囲まれ、守られ、安心して暮らしています。

 でも、いつまでも甘えて、守られているだけでは駄目なのは分かっております。


 自分の足で立って歩けるようになったら、いつかシャルターンの地に戻り、王都マダリアーガへと戻り、家族の眠る湖に祈りを捧げたいと思っております。

 それまで、厚かましいと分かっておりますが、ケント様や皆様のお力を借りて、ヴォルザードの地で、シャルターンの王族ではなく一人のフィーデリアとして生きてまいります。


 叔父上様には、不甲斐ない父のせいでご苦労をお掛けして申し訳ございません。

 ケント様から、叔父上様の奮戦ぶりを伺っております。


 シャルターンの地が民衆にとって暮らしやすい国になりますように、ヴォルザードからお祈りいたしております。

 どうか、お体を壊されませぬよう、ご自愛ください。


 フィーデリアより



 ダムスク公は二度ほど文面を目で追うと、大きく息を吐いた後で手紙をこちらにさしだしました。


「読んでも宜しいのですか?」


 僕の問い掛けに、ダムスク公は頷いてみせたので、手紙を受け取って目を通しました。

 あっちの国、こっちの国と首を突っ込んで飛び回っているので、フィーデリアを毎日注意深く見守っていた訳ではありません。


 それでも、美緒ちゃんやメイサちゃんと過ごすようになって、だいぶ落ち着いたと思っていました。

 でも、目の前で家族が皆殺しにされて、大丈夫なはずがないですよね。


 それなのに、前を向いて歩き出そうとしているフィーデリアは、弱いどころか、とても芯の強い女の子です。

 読み終えた手紙を返すと、ダムスク公は僕に向かって深々と頭を下げました。


「ケント・コクブよ、改めて礼を言わせてもらう。よくぞフィーデリアを救い、兄たちを弔ってくれた」

「いえ、僕は僕に出来る事をしただけです」

「正直に言うと、兄は凡庸な男だった。だが、凡庸ではあるが善人で、父の教えを良く守っていた」


 兄バルタサールを国王に、弟シスネロスは北の隣国エスラドリャ王国への備えとしたのは、前国王の指示だったそうです。


「父は生前、兄は凡庸故に王都へ置き、目端の利く俺を国境への備えとするのだと話していた。恐らく、兄にも同じ話をしていただろう」

「えっ、お前の方が優秀だから国王にする……とかではなく?」

「そうだ、父は愚直な人で、言葉を弄して人を己の思うように動かそうとするような人ではなかった。兄もまた、父の人柄を分かっていたからこそ、その教えを守り続けたのだろう」

「僕が聞いた噂話では、ダムスク公はもっと南の領地を望み、それを許さない国王とは確執があったことになっていましたが……実際にはどうだったのですか?」

「それは、そうあって欲しいと願う者が撒いた噂であろうな」


 ダムスク公は、苦笑いを浮かべながら実際の状況を話してくれました。


「知っておるだろうが、我の領地はシャルターンの最北端だ。年越しの時期には、王都マダリアーガへの街道は雪で通れなくなってしまう。春が来て、雪が解け、街道が通れるようになると、エスラドリャの連中がちょっかいを出してくる。のんびりと王都に戻って滞在する暇など無かった」


 王都との往来が無いのを見て、国王とダムスク公の不仲説を噂する者が出て来たらしいです。


「それって、タルラゴスやオロスコですか?」

「さぁな、噂の出所を探るのは容易ではない。今の状況を考えれば、奴らが噂を流していても不思議ではないな」


 噂話が世の中に流れると、当人どうしにそうした気が無くとも、周囲の人間の中には信じてしまう者が現れ、やがて関係がギクシャクしはじめたようです。


「今回の革命騒ぎは、タルラゴスやオロスコが仕組んだものなのでしょうか?」


 国王を始めとして、多くの貴族が殺され、結果として一番多くの利益を得たのはタルラゴスとオロスコです。

 彼らが領地拡大を目論んで、革命騒ぎの裏で糸を引いていたのではないかと僕は思っています。


 ところが、ダムスク公の見方は違っていました。


「おそらく違うな、アガンソやウルターゴに、ここまで民衆を扇動して、大きな騒ぎに出来たとは思えない。それに、奴らの現状を見てみよ」

「そう言われると……そうですね」


 現状、タルラゴスとオロスコは、周囲の領地との往来を止められて、身動きが取れない状況です。

 特産品である葉タバコは、収穫し、乾燥し、葉巻などに加工を終えても、輸出出来ないでいます。


「奴らも、何者かに踊らされたのであろう。問題は、アガンソやウルターゴを操っていた者が誰なのかだ」

「目星は付いていないのですか?」

「今の時点で一番怪しいと思われるのは、ルシアーノという男だ」

「ルシアーノ……どこかで聞いたような……」

「革命勢力の軍師だ」

「あっ! 王城を占拠した後で姿を消したとか……」

「ほぅ、そんな事まで調べていたのか」


 革命勢力の内情を調べてもらっていたフレッドから報告を受けていましたが、ダムスク公から名前を聞かされるまで忘れていました。

 もう一つ、忘れていた事を思い出しました。


「ダムスク公、マダリアーガの王城の書庫に収められていた書類や記録を僕の眷属が確保してあるので、お渡ししたいと思うのですが」

「何だと……それは本当か?」

「えぇ、革命勢力に荒らされる前に、書庫から書棚ごと持ち出しました」

「おぉ、それが有ると無いとでは、国を治めていくのに、天と地ほどの差が出来るぞ」


 保管していた書類や記録は、これから国の運営を行っていこうと考えているダムスク公に託すのが一番良いでしょう。


「ダムスク公、僕の眷属が調べた限りでは、バルタサール国王は国庫の八割を水害で被災した者達の生活支援に注ぎ込んでいたらしいのですが」

「何だと……国庫の八割だと?」

「はい、お金だけでなく、エスラドリャから食糧を買い付けるように指示も出していたようですが」

「馬鹿な、それが事実であれば、国境を管理する我が知らないはずがなかろう」

「途中で握りつぶされて、お金は奪われたのでは……」

「何という事だ。我が思っていた以上に、領主どもの性根が腐っておったようだな」


 この後、ダムスク公に倉庫へと案内され、確保しておいた書類と記録を引き渡しました。

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