第563話 第三皇子カレグ
コボルト隊が凹んでいます。
サルトからノルトまでの十頭に、フェルシアーヌ皇国のジョベラス城から食糧の運び出しを頼んでおいたのですが、何やらトラブルが起こったようです。
「どうしたの?」
「わぅ、見つかっちゃった……」
塩を運び出しに来た者を偵察するつもりが、逆に発見されてしまい、それを切っ掛けにして食糧を運び出している事がバレてしまったようです。
どうやら、カミラの弟ディートヘルムに長く付き添っていて、原隊復帰したばかりのノルトが少々張り切りすぎてしまったようです。
「あとどのくらいだったの?」
「一割ぐらい……」
「なんだ、それなら全然大丈夫だよ。九割も運び出してくれたなら、目的は十分に達成出来ているから、そんなにションボリしなくても大丈夫だよ。みんな、おいで!」
「わふぅ、ご主人様ぁ!」
「ふぐぉ……」
ノルトの突進を食らって、背骨がミシっていったけど、何事もなかったように全員を撫でまくってあげましたよ。
ちょっと自己治癒魔術を使ったけどね……。
コボルト隊を撫で終えたところで、ジョベラス城の食糧庫へ足を運びました。
崩れた小麦粉や塩の袋が転がっていますが、食糧庫にいる兵士達は呆然と見詰めるだけで、それを積み直す気力も失われているようです。
だだっ広い倉庫の面積に対して、残っている袋の数を見れば、絶望的な気分になるのも当然でしょう。
本当であれば、倉庫の殆どを埋め尽くすほどの食糧が積み上げられているはずが、ガラーンっとしちゃってますもんね。
兵士達が呆然としていると、倉庫の出入り口が俄かに騒がしくなりました。
「ええい、さっさと開けろ! 馬鹿者がぁ!」
怒鳴り声の直後に姿を見せたのは、腹心のコバーヌを引き連れた第三皇子カレグでした。
「なっ……なんだ、これは! 一体どうなっている!」
カレグが怒鳴り散らしても、倉庫にいる誰も返事をしません。
てか、返事のしようが無いんでしょうね。
「最初に発見したのは誰だ!」
「じ、自分であります……」
名乗り出た兵士の顔は真っ青で、遠くから見ても震えているのが分かります。
「何があったのか説明しろ!」
「はっ! 自分は、そちらにいる塩を取りに来た炊事場の男を監視していたのですが……その、コボルトがいたなどとふざけた事を言うので……そんなものが入り込む隙間など無いと積み上げられた塩の袋を叩いたところ、崩れて裏側が空になっているのを発見いたしました」
「では、なにか……崩れる以前は上まで積まれていたのか?」
「はい、こちら側からは裏が空になっているなんて気付けませんでした」
カレグは崩れた食糧の袋へと歩み寄り、ジックリと眺め始めました。
「これは、どの程度の高さに積まれていたんだ?」
「大人の背丈の倍ほどの高さはあったはずです」
カレグの問いに答えたのは、城の留守居役のコバーヌです。
籠城用の食糧の九割が失われていたという異常事態なのに、全く動揺していないように見えます。
「裏側に回り込む通路は?」
「ございませんでした」
「無いだと……?」
「はい、奥の壁際からギッチリと積み上げていきましたので、何者も入る余地など無かったはずです」
「では、どこから運び出した! どこへ運んでいったと言うのだ!」
カレグが声を荒げても、誰も答えられません。
「これだけの人数が見張っていて、だれも食糧が減っていると気付かなかったのか!」
気付かなかったから、ここまで食糧を持ち出されたんだし、自分の背丈以上の高さに隙間無く積まれていたら、裏側が空っぽとか思わないでしょう。
カレグとすれば、籠城計画の根幹となる食糧を失って、ブチ切れたいところをギリギリで我慢しているようです。
腕が震えるほど拳を握りしめ、こめかみには青筋が浮き上がっています。
倉庫に居合わせた兵士達は、次は自分が吊し上げを食らうのではと、戦々恐々としています。
カレグは、崩れ落ちている塩の袋に歩み寄り、思いっ切り蹴飛ばす……かと思いきや、ギリギリの所で足を止め、苛立たしげに床を踏みつけ、奥の壁に向かって叫びました。
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁ!」
兵士達は首を竦め、コバーヌだけが醒めた目で己の主を見守っています。
叫び終えたカレグは、呼吸を整えた後で兵士達に命じました。
「残っている食糧を集めて積み直せ。四方から見張り、これ以上奪われないように目を光らせておけ。それと、無用の混乱を防ぐために、食糧が奪われた件については口外を禁じる! 徹底しろ!」
「はっ!」
「それと、死んで詫びようなどと、下らない事を考えるなよ。この城にいる者は全員が戦力だ。無駄死には許さぬ!」
「はっ!」
「ゆくぞ、コバーヌ!」
カレグは兵士達に食糧の積み直しを命じると、踵を返して倉庫の出口へと向かいました。
「ラインハルト、このカレグって、なかなかの人物じゃない?」
『そうですな。感情の起伏が激しいようには見えますが、部下に八つ当たりをしない分別は持ち合わせているようですな』
「食糧が無いことに気付いたけど、この後、どうするつもりかね?」
『もはや、籠城は出来ないと分かったのですから、当然打って出る機会をうかがうでしょうな』
「打って出るって言っても、分が悪いんじゃない?」
ジョベラス城は、切り立った崖の上に建つ城で、中に入る道は北東側と南側の二本の尾根道しかありません。
籠城して守りを固めるには適している一方で、攻めに転じるときには、一度に大量の軍勢を送り出せないという欠点があります。
『そうですな。麓で敵が待ち構えている所に、少数で突っ込む形になってしまいますな』
「でも、籠城出来るだけの食糧がもう無い。どうするつもりかね?」
『恐らくは、爆剤を使った作戦を立てるでしょうな』
「その爆剤まで失われたら……?」
『打つ手無しか……それでも足掻くか……見ものですな』
この状況で、どんな対策を立てるのか、食糧庫を出たカレグの後を追ってみました。
倉庫の中で大声で叫び、落ち着きを取り戻したように見えたカレグですが、倉庫を出ると猛然と速足で歩いて行きます。
苦虫を噛み潰したようなしかめっ面で、思い切り大股で歩き、城の内部の廊下を突っ切り、ある部屋に入った途端、カレグは腰に吊るした剣を抜き放ちました。
壁に掛けられた絵画、彫刻、大きな壺、テーブル、椅子などを滅多斬りにしていきます。
「ふざけやがって! どいつもこいつも救いようのないボンクラめ! 死ね、死ね、死んで詫びろ!」
ブチ切れて暴れ回るカレグに対して、全く興味が無いかのように、コバーヌは醒めた視線を向けています。
ひとしきり暴れたカレグが肩で息をしながら動きを止めると、入り口のドアにもたれていたコバーヌが歩み寄りました。
「いかがいたしますか?」
「決まっている、北へ抜けるぞ。支度を急がせろ」
「案内人は?」
「食糧庫の見張りをしていた連中だ」
「かしこまりました」
どうやらカレグは、ジョベラス城からの脱出手段も用意していたようですね。
指示を受けたコバーヌは、そのまま下がるのかと思いきや、滅茶苦茶になった室内を見回して呆れたような笑みを浮かべました。
「もったいないですね……これだけで庶民の一家が一生遊んで暮らせますよ」
「ふん、我の物にならないならば、残しておいても意味など無い」
「何をおっしゃいますやら……この国を手にすれば、この城もカレグ様の手に戻りますよ」
「我の物になるならば、切り裂こうが、砕こうが、我の自由だ!」
「そうでございますか……ですが、その短慮は皇帝の振る舞いには相応しくないかと……」
「分かっている! 食糧庫を警備していたボンクラ共を切り裂かなかったのだ、この程度は目を瞑れ!」
「さようでございますか……」
コバーヌは、やれやれといった感じで軽く両手を広げると、優雅に一礼して部屋を出ていきました。
『さて、いかがいたしますか、ケント様』
「うーん……爆剤を回収してしまえば、カレグの目論見は全部ついえると思うけど、どんな戦術を使って城からの脱出を計るのか、ちょっと見てみたい気もするね」
『そうですな……爆剤をいかように用いて不利な状況を打開するのかは、確かに少し見てみたい気がいたしますな』
これまで、こちらの世界での爆剤を使った戦術は、爆剤の樽を抱えた者が自爆する形が殆どでした。
自爆する者も最初はアンデッドでしたが、生きた人間が使われるようになっていました。
そして、今回の戦いでは導火線を用いて爆破を行っています。
まだ単純に爆剤自体の威力だけですが、いずれは爆剤の周りに釘などを詰めて殺傷力を上げる工夫もされるようになるでしょう。
ただし、カレグの戦術を見物するということは、実際の戦闘を見るということで、当然死傷者が発生するでしょう。
「うーん……無駄な死人とか怪我人は見たくないんだよねぇ……」
『強者の贅沢な悩みですな。ですがケント様、爆剤を奪ったところで、確実に戦いが止められるとは限りませんぞ』
「でも、さすがにカレグも打つ手無しでしょう」
『カレグが降伏したとして、果たしてモンソは受け入れますかな?』
「あっ、そうか……今度は優位に立ったモンソが、後々の懸念を払拭するためにカレグの軍勢の殲滅を試みるかもしれないのか」
『それに、ジョベラス城に立て籠もっている者達は、皇帝の勅命に背いた逆賊という扱いになっております。降伏したところで、そのまま許されるとは思えませぬ』
「罰せられるなら、処刑されるなら、いっそ徹底的に戦って……なんて考えるかもしれないのか」
カレグの行動ばかりを考えていましたが、モンソの立場からすれば厄介な弟は排除してしまいたいと思うでしょう。
当然、カレグもそうしたモンソの対応を予測しているでしょうし、爆剤を取り上げた程度では根本的な解決にはならないのかもしれません。
「うん、ちょっと様子を見よう。カレグの戦術も見てみたいし、モンソの対応も見てみたい。あんまり悲惨な戦いになるようだったら、途中で介入してもいいし」
『では、爆剤の回収は一旦中止ですな』
フェルシアーヌ皇国の次の皇帝にはモンソが指名されましたが、その最後の試練ともいうべき戦いをもう少し見物させてもらうことにしました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます