第561話 膠着状態
袋詰めした小麦粉、塩、干し肉とガーム芋五、六個を布で包んで、食糧詰め合わせセットを作りました。
大人一人が一週間食べられる量と言われてもピンと来なかったので、分量は我が家の料理人であるヤブロフとルドヴィクに相談しました。
タルラゴス領にいるホアンに中身を確認してもらい、すぐさま大量増産といきたいところですが、ホアンの暮らしている小屋には大量の食糧を置く場所がありません。
なので、地下室も作ってしまいました。
ホアンの小屋の地下をゼータ達に硬化させてもらい、地下室となる空間を送還術で切り出せば、なんということでしょう秘密の地下倉庫が姿を現したではありませんか。
倉庫への出入り口は、ホアンが寝ているベッドの下に作りました。
ドアは、まぁ自分で適当に付けてもらいましょう。
「何から何まで、とんでもねぇ奴だな」
「ええ、これでも一応Sランクですからね」
「食糧は、いつぐらいまでに運んでこられる?」
「とりあえず、準備が出来次第運んできますよ。ダムスク公からいただいた金額だと、この包み五千個といったところですが、必要とあらば追加しますよ」
「そいつは助かるぜ。といっても、俺一人でどれだけ配れるか、手伝わせるとしたら、信用出来る人物でないとな……」
「この食糧は、ダムスク公の評判を上げるために使うんですか?」
「いいや、タルラゴスとオロスコの評判を落とすために使う」
ホアンの計画では、食糧の出処については住民達には知らせないそうです。
住民達には、タルラゴスの息が掛かった連中の目を盗んで手に入れた物とだけ伝えるらしいです。
タルラゴスのせいで苦しい生活を強いられている、外部には自分達を支援してくれる者がいると思わせるつもりのようです。
なるほど、俺が支援してやる……という姿勢ではなく、名乗らないけど気に掛けてくれる人がいると思わせておいて、ここぞという時に正体を明かすと宣伝効果が高そうですね。
とりあえず、少しでも早く食糧を届けてほしいとホアンに言われたので、ヴォルザードへ戻りました。
『ケント様、食糧の詰め合わせを量産しようにも、秤は食堂に一つあるだけですぞ』
「うん、だから秤を作ろうかと思ってる」
『秤を作られるのですか?』
「そんなに大層な代物ではないよ」
土属性の魔術で作ったのは、簡単な天秤ばかりです。
天秤の片方に袋詰めの見本を載せて、もう一方に載せた袋に釣り合うだけの分量を入れれば、同じ重さのものが作れるという訳です。
コボルト隊も動員して五千セットを作り上げ、ホアンの小屋の地下室に納入すれば、ダムスク公からの依頼は完了です。
依頼完了の報告に出向くと、直接報告するように、ダムスク公の執務室へと案内されました。
「ケント、ホアンとは上手く連絡を取れたか?」
「はい、先程納品も終えました」
「なんだと……ホアンのところに、それだけの食糧を置く場所があるのか?」
「無かったので、作りました」
作り方は省略して、ホアンの小屋の地下に倉庫を作ったと言ったら呆れられました。
「めちゃくちゃな奴め……こんな常識はずれな者は見たことがないぞ」
「いやぁ、そんなに褒められましても……」
「褒めてなどおらんぞ、呆れているだけだ。まぁ、我々の仕事が何か月分も一気に進んだのだ、文句を言うのは筋違いだな。ケントよ、感謝するぞ」
「ご期待にそえられて何よりです」
この後、ホアンの所に納入した詰め合わせセットの実物を見てもらうと、更に五千個分の追加注文をもらいました。
「ダムスク公、今回の注文はお受けできますが、その先となると注文を受けられなくなる可能性がございます」
僕が横流ししている食糧は、フェルシアーヌ皇国のジョベラス城から盗み出したものです。
まだ少し余裕がありますが、在庫は無尽ではありません。
「それは、仕入れが滞るからか?」
「まぁ、そんなところです」
「あれだけの量の食糧を一体どこから仕入れているのだ?」
「仕入れ先ですか? うーん……フェルシアーヌ皇国です」
どこから、どんな方法で仕入れているのか話しても問題無さそうですが、とりあえず場所だけつたえました。
「はぁぁ? フェルシアーヌ皇国だと? ランズヘルト共和国、リーゼンブルグ王国、バルシャニア帝国、そのまた先ではないか。そんなに遠くまで足をのばしているのか?」
「はい、ですが影の空間経由ならば、移動には困りません」
「エスラドリャや、バスクデーロにも行ってるのか?」
エスラドリャはシャルターンの北の国、バスクデーロは東の国です。
「いいえ、こちらの大陸では、シャルターン王国以外の国には足を伸ばしていません」
「そうか……ちなみに行くことは可能なのか?」
「そうですね……行って行けない事はないですが、初めて訪れる時には少々時間がかかります」
「偵察の依頼を出したら受けてくれるか?」
「それは……状況次第ですね」
ダムスク公に協力するのはよいとしても、シャルターン王国に掛かりきりという訳にもいきません。
「ケント、ワシに仕える気は無いか?」
「申し訳ございません。僕はヴォルザードの冒険者なので……」
「さしずめ、領主の娘でも押し付けられたか?」
「いいえ、僕が望んで嫁にもらいました。押し付けられた訳じゃありませんよ」
「ふむ、ワシの末の娘が……」
「いえいえ、もう嫁は十分です。これ以上は僕の体が持ちません」
「なんじゃ、嫁の二人や三人いたところで困りはしないだろう」
「もう五人いますので」
「五人だと……見掛けによらぬな」
また呆れられちゃいましたけど、ダムスク公の末娘をもらわなくても、フィーデリアが同居している時点で繋がりは出来てるんですけど……それはまだ言う訳にはいきません。
ホアンの元へ届ける追加分は、今回納品した分がある程度はけた所で納める約束をして、一旦ヴォルザードへと戻りましょう。
『ケント様、いっそジョベラス城に在庫されている食糧を全て奪ってしまいますか?』
「爆剤用に作った倉庫を使えば、残り全部を収納できそう?」
『問題ありませぬ。爆剤と食糧、全て収納してもまだ余裕がありますぞ』
「じゃあ、爆剤を全部いただいて、混乱している間に食糧もいただいちゃおう」
ヴォルザードへ帰る予定を変更して、フェルシアーヌ皇国のジョベラス城へ向かいました。
「フレッド、状況はどう?」
『イノシシ男爵が居なくなって退屈……』
「第二皇子モンソは第一皇子レーブの言いつけを守って大人しくしてるんだ」
『しっかりと包囲はしている……でも、殆ど仕掛けない……』
「それって、レーブが放った密偵が行動するのを待ってるんだよね?」
『でも、城内の警備は厳重……たぶん身動き取れないのかと……』
フレッドによれば、爆剤と食料の倉庫の警備は相変わらず厳重で、普通の人が何か工作を行うのは難しい状況が続いているそうです。
「完全な膠着状態なのか……」
『今はそうだけど……小競り合いはあった……』
イノシシ男爵の突進によって、城は一番下の囲いを放棄したそうです。
北東側だけでなく、南側も麓の囲いは放棄し、三つある門に守りを集中したようです。
「じゃあ、モンソは一番下の門の所までは攻め入っているんだね」
『一度は進軍したけど……今は元の位置まで戻っている……』
「えっ、どうして?」
『城側が爆剤を積んだ馬を突っ込ませた……』
第二皇子モンソが率いる寄せ手側は、一番下の門の近くまで進軍したものの、爆剤による攻撃を恐れて積極的な攻撃は仕掛けられなかったそうです。
更に城側は、寄せ手が門に寄って来ないとみると、爆剤の樽を積んだ馬を放ったそうです。
爆剤の樽には導火線が付けられていて、馬が寄せ手の軍勢に突っ込んだところで爆発。
道幅が狭く逃げ場の無い状況で、寄せ手の軍勢には多数の死傷者が出たそうです。
モンソは、更に門から離れた所まで軍勢を退却させたそうですが、城側は導火線の長さを調節したり、馬を放つ場所を調節して攻撃を続けたそうです。
結局、逃げ場の無い狭い道に陣取るのは得策ではないとモンソは考えたらしく、麓の囲いがあった時と同じ場所までの退却を決めたようです。
「第二のイノシシ男爵は出て来そうもないの?」
『最初に手酷くやられたから……尻込みしているみたい……』
ジョベラス城を囲んでいるモンソの所には、協力を申し出る貴族が参陣しているそうですが、ガステルム男爵の敗退を聞くと囲いの陣に加わったまま動かなくなるそうです。
そのガステルム男爵は、復讐したい気持ちはあるものの、騎士団の主力の多くを失って打つ手が無いようです。
『第一皇子のレーブは膠着状態が続けば城側に緩みが出ると思ってたけど……実際には寄せ手の軍勢の方が士気が下がって緩んでる……』
「そりゃまぁ、城を遠巻きにして囲んでるだけで、何もやる事なさそうだもんね」
実際に、寄せ手側の陣地を覗いてみると、城へと上がる道を囲んでいる兵士達はキチンと整列していますが、少し後ろに下がると寛いで談笑する姿が目立ちます。
参陣した貴族達も、互いの陣地を訪れて旧交を温めあったりしていて、戦争に来ているようには見えません。
『夜になると酒盛りを始める連中もいる……』
「なんだか、貴族が武装して遊びに来てるみたいだね」
『たぶん、キツネ狩りにでも来てる気分だと……』
貴族達は、自分の家の騎士や兵士がいざという時に動けるように、演習を兼ねて狩りを行うそうです。
隣り合わせの領地や仲の良い貴族が合同で狩りを行うこともあるそうですが、現状はモンソ主催の狩りのような雰囲気になっているようです。
『死傷者が出るような戦いがあった直後は引き締まる……でも、長続きはしない……』
「それって、長く平和な時期が続いた影響もあるのかな?」
『その影響は大きいと思う……』
ここまでの戦いぶりを見る限りでは、モンソよりもカレグの方が軍を率いる才能はありそうです。
僕が食料や爆剤を奪わなければ、このままカレグは籠城を続けるでしょうし、そうなれば呼応する貴族が現れないとも限りません。
長引いて面倒な事になる前に、サクっと爆剤と食料をいただいちゃいましょう。
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