第560話 美緒とフィーデリア

 ダムスク公の密偵ホアンとの会談を終えて、ヴォルザードに戻ろうと影に潜ったら、ゼータ、エータ、シータが待っていました。


「主殿、爆剤用の倉庫ができました」

「もう完成したんだ。じゃあ、早速見せてもらおうかな」

「こちらです」


 ジョベラス城から運び出す爆剤用に倉庫を作ろうと思い立ち、ゼータ達に建設をお願いしておきました。

 相変わらず土木部門は仕事が早いです。


 ゼータ達に連れて行かれたのはダビーラ砂漠のど真ん中で、街道からは遠く離れた岩山の麓でした。


「えっと、入り口は……?」

「塞いであります」

「えっ、それって一度作ったけど塞いだってこと?」

「はい、余人の手に渡ると危険だと主殿がおっしゃっていましたので」

「なるほど、僕らは影に潜って移動すれば良いけど、他の人では入ることすら……いや、存在していることすら分からないって事だね?」

「はい、普通に入り口を作った方が良かったのでしょうか?」

「ううん、これでいいよ。こっちの方がいい。みんな良く考えてくれたね」

「ありがとうございます、主殿」


 爆剤は危険な物なので、万が一爆発した場合にも被害が出ない場所で、人目に付かない場所が良いと言っておいたので、色々と考えてくれたようです。

 ゼータ達の気遣いが嬉しくて、思いっ切り撫でてあげました。


 岩山の下をくり抜いて作った倉庫は、中学校の体育館ぐらいの広さがあります。

 これだけの広さがあれば、ジョベラス城に保管されている全ての爆剤を移動させても、まだまだ余裕がありそうです。


 これなら、眷属のみんなに目印になってもらい、送還術で一気に移動させられそうです。

 ジョベラス城の爆剤倉庫では、厳重な警戒態勢が敷かれているそうですが、倉庫内部の見張りは一服盛って眠らせて、後は一気に運んでしまいましょう。


「ラインハルト、ジョベラス城の食糧はどのくらい運びだした?」

『まだ全体の半分程度ですぞ』

「食糧は出来る限り運び出して、こっちで有効活用させてもらっちゃおう」

『となると、どのタイミングで持ち出しが発覚するか……ですな』

「食料の運び出しに気付かれた時点で、爆剤も一気に運びだしちゃおう」

『ケント様、ジョベラス城の爆剤は倉庫以外にも、麓から城に向かう途中の門にも置かれていますが、そちらはいかがいたしますか?』

「うん、そっちも奪っちゃおう。影の中からコボルト隊に回収させられそう?」

『おそらく、大丈夫でしょう』


 爆剤と食糧さえ奪ってしまえば、カレグにのこされた選択肢は限られるはずです。

 これだけ影で僕らが暗躍しているのですから、モンソには次期皇帝としての才能の片鱗を見せてもらいたいところです。


 シャルターン王国の東部では、そろそろ日が暮れる時間でしたが、ヴォルザードでは、まだ日が傾き始めた頃でした。

 唯香やマノンは、まだ診療所から戻って来ていないようですし、今のうちにお風呂に入ってしまいましょう。


 入り口の札を男湯に変えてから、風呂場に入りました。

 うちのお風呂は、浄化と保温の魔道具が使われているので、いつでも入れます。


 とは言っても、今は美緒ちゃんとフィーデリアが滞在していますし、唯香達が入っている時でも、いきなり入ると怒られます。

 まぁ、時間を選べば、ゆっくり広い湯舟を独り占め……なんてことは無理な話で、マルト達やゼータ達も一緒に入りたがるので賑やかになっちゃうんですけどね。


 洗い場で頭を洗っていると、何やら脱衣所の方から声が聞こえてきました。

 あれっ? 入り口の札は男湯にしておいたけど……唯香とマノンが帰ってきたんですかね。


 泡々で目が開けられないんですけど……。


「お義兄ちゃん、ただいま!」

「って、美緒ちゃん?」

「そうだよ。あっ、頭洗ってたんだ。流してあげよっか?」

「それじゃあ、お願いしようか……って、そうじゃなくって、入り口の札は男湯にしておいたんだけど」

「うん、なってた」

「いやいや、なってたじゃなくって、男湯に入ったらダメでしょ」

「なんで? ここのお風呂に入る男の人って、お義兄ちゃんだけじゃない」

「えっ……でも、ルジェクは?」

「ルジェクは、自分の部屋で入ってるでしょ」

「そうか……ならいいのか……って、良くないよ」

「どうして?」

「どうしてって……」

「お義兄ちゃん、話しにくそうだから泡流すよ」

「えっ、ちょ……ぶはぁ……」

「もう一杯掛けるよ」

「あぁ、もう好きにして……」


 これは、後で唯香にお説教食らうパターンですね。

 まぁ、僕が平静を保っていれば、何も問題は無い……はず。


 頭の泡を流されて視界がひらけると、風呂場には美緒ちゃんの他にも人影がありました。


「フィーデリア?」

「はい、お邪魔してます」


 シャルターン王室育ちは世間とは常識が違うのか、フィーデリアは恥じらう素振りも隠す素振りも見せず、当然という顔で体を洗っていました。

 美緒ちゃんも右に同じ……って感じですね。


 なんだか、色々と身構えている僕の方がおかしいみたいです。


「はぁ……僕はもう上がるから、二人ともちゃんと温まってからでるんだよ」

「えーっ! ダメダメ、お義兄ちゃんも一緒に入るの!」

「ちょ、美緒ちゃん、泡が……もう、しょうがないなぁ……」


 泡だらけの美緒ちゃんに抱き付かれて、膨らみかけの胸の感触とか意識しないようにするのは大変ですよ。

 結局、美緒ちゃんに引っ張られて湯舟に逆戻り。


 美緒ちゃんとフィーデリアに挟まれて、のぼせないか心配です。


「メイサとは一緒にお風呂に入ったんでしょ?」

「えっ? まぁ、メイサちゃんは妹みたいな……」

「あたしも義妹だよ」

「あっ、そうか……」

「だから問題なし!」

「じゃあ、フィーデリアは?」

「私、お邪魔でしたか?」

「いや、そういう意味じゃなくて……二人とも、もうお年頃なんだから、軽々しく男性とお風呂に入ったりしちゃ駄目だからね」


 ちゃんと釘を刺しておかないと、美緒ちゃんはルジェクと洗いっことかやりかねないからね。


「分かってるよ。ケントお義兄ちゃんは特別だよ。だって、私の命の恩人だし」

「私も、ケント様に命を救っていただきました」

「いや、そうだけど……」


 確かに、美緒ちゃんはテロリストから、フィーデリアは革命騒ぎを起こした暴徒から助け出したけど、そんなに密着されると僕の理性がピンチなんですけど……。


「そ、そうだ、フィーデリア。夕食の後で、ちょっと話があるんだ」

「お話ですか?」

「うん、ちょっと込み入った話だから」

「シャルターン王国の事……ですね?」

「うん、だから後で……」

「今、聞かせていただけませんか?」

「ここで?」

「はい」


 出来れば二人で話をしたいと思っていたのですが、美緒ちゃんも一緒の方が心強いのかもしれませんね。


「分かった。ちょっと前に、シャルターン王国の状況を話したよね?」

「はい、王都を含めた王家の直轄地やその東側の領地は、タルラゴスやオロスコがツイーデ川まで占領していて、川の対岸はダムスク公が平定していると伺いました」

「その辺りが、水害の被害にあっていたのも知ってるよね?」

「はい、父も援助の手を差し伸べていたのですが……」

「そう聞いているけど、現実的には支援が届いていなかったみたいだね」


 革命騒ぎが一応決着したものの、水害があった地域では生活の立て直しが続いている事や、ツイーデ川を挟んだ両岸の状況の違いなどをフィーデリアに話しました。


「それでね、ダムスク公が治めている地域でも、復興は進んでいるけど食糧不足が起こっていたから、僕が食糧を融通したんだ」

「ケント様が買い付けを行ったのですか?」

「まぁ、買い付け……みたいな感じかなぁ……とにかく、食糧の融通を行った結果、ダムスク公と直接話す機会を得たんだ」

「あの……私の事は?」

「まだ話していない。フィーデリアの気持ちを確かめてからの方が良いと思ったんだ」

「そうですか……ありがとうございます」

「ダムスク公は早期に王都を奪還して、亡くなられたフィーデリアの家族を弔いたいと思っているそうだよ」


 話の内容が深刻なものだと察したのか、美緒ちゃんは聞く事に専念して、一言も口を挟んできません。

 この辺りの賢さは、さすが唯香の妹だと思ってしまいますね。


「シャルターン王国に戻りたい?」

「いいえ。私はヴォルザードで暮らしていきたいです。あぁ、でも機会があれば両親や家族の弔いはしたいと思っています」

「では、ダムスク公にフィーデリアが生存している事を伝えて、いずれ王都で行われるであろう葬儀に参列する?」

「それは……分かりません」


 たぶん、フィーデリアがしたい弔いとは、国を挙げての盛大な物ではなく、家族としての弔いなのでしょう。


「少し……少し考えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「勿論、今すぐに返事をしろなんて言うつもりはないよ。これは、フィーデリアの将来に関わる話だから、ジックリと考えて決断すればいいよ」

「はい、ありがとうございます」

「でも、ジックリ考えるのは、お風呂から出てからにしよう。ずっと浸かっているとのぼせそうだからね」


 話が一段落したところで、美緒ちゃんが質問してきました。


「そのダムスク公って、フィーデリアの叔父さんなんだよね?」

「はい、そうですが……叔父は北の国境を警備する領地にいたので、会う機会も余りありませんでした」

「フィーデリアの家と仲が悪かったの?」

「どうなのでしょう、叔父がもっと南の領地を要求しているという話は聞いた事がありますが、父と叔父が実際にどんな感情を抱いていたのかまでは分かりません」

「フィーデリアは、このままヴォルザードで暮らせばいいよ。そしたら、あたしもヴォルザードで暮らすから」

「いやいや、美緒ちゃん、それは唯生さんや美香さんと相談しないと駄目だからね」

「えー……あたしも、こっちで暮らしたい」

「ヴォルザードで、何をやって暮らしていくつもり?」

「それは……冒険者になって……って、まだ分からないよ」

「それもそうか……美緒ちゃんもフィーデリアと一緒に将来について考えてみるといいかもね。さぁ、そろそろ僕は出るよ。二人はゆっくりしてていいけど、夕食には遅れないようにね」

「はーい、フィーデリア、髪の毛洗ってあげるよ」

「よろしいんですか? では、交代で私がミオの髪を洗いますね」


 僕と一緒に湯舟を出た美緒ちゃんとフィーデリアは、子猫のようにじゃれ合いながら、互いの髪を洗う算段を始めました。

 うんうん、仲良きことは美しきかな……だね。

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