第558話 ダムスク公

 シスネロス・ダムスク公の配下で、食糧倉庫を統括しているカンデロと交渉した結果、フェルシアーヌ皇国のジョベラス城から持ち出した食糧の殆どを売却する事になりました。

 カンデロが管理する倉庫以外にも同様の倉庫が五ヶ所あり、そちらにも食糧を売ってほしいと依頼されたのです。


 五ヶ所の倉庫の場所を記した地図に、それぞれの責任者への紹介状まで書いてくれました。


「他の倉庫が既に食糧を手に入れている公算は少ないが、一応この順番で回ってもらいたい」

「この順番に、何か意味があるのですか?」

「いいや、特別な意味は無い。どこも、うちと同様に困窮しているはずだから、出来れば早めに向かってもらいたい」


 カンデロの話によれば、一番遠い倉庫までは馬車だと二週間程度掛かるそうです。

 それほどまでに広範囲に水害の影響が出たのかと思いましたが、一部は革命騒ぎの時に焼き討ちにあって食糧を焼失してしまったようです。


「分かりました。カンデロさんの紹介状があれば、交渉が長引くことはないでしょうし、三日もあれば全部回り終えるでしょう」

「はぁぁ? 三日だと……?」

「えっ、もっと急いだ方が良いですか?」

「いやいや逆だ、三日で五ヶ所全部を回り終えるつもりなのか?」

「はい、まだ日も高いですから、今日のうちに一ヶ所、残りの四ヶ所を明日と明後日に回れば良いかと思ったんですが……」

「その口ぶりだと、本当に回りきれるようだな。君がSランクに認定されている理由が良く分かったよ」

「いえいえ、僕よりも眷属のみんなのおかげですから」

「それでも、我々にとっては有難い話だ。他の倉庫への食糧の販売、よろしく頼むよ」

「分かりました。お任せ下さい」


 カンデロと握手を交わして影に潜り、星属性魔法で意識を飛ばして空から他の倉庫の場所を確認し、影移動で向かいます。

 他の倉庫も、敷地の大きさや建物の作りに差はあるものの、備蓄されている食糧が底をつきそうな状況に変わりはありませんでした。


 訪問の目的が困窮している食糧の販売で、カンデロからの紹介状まであるので、どこの倉庫でもスムーズに対応してくれました。

 二つの理由を差し引いたとしても、責任者や衛兵の態度は好ましいものでした。


 どこの馬の骨とも分からない子供が現れて、倉庫の責任者への面会を申し込んだら、普通ならば門前払いにされても不思議ではありません。

 ですが、どこの倉庫に出向いても、子ども扱いはされましたが、話はキチンと聞いてもらえました。


 更に、僕が食料を持っている、販売するために訪れていると知ると、すぐに買い取りの交渉に入りました。

 話を聞く耳を持ち、素早く決断を下す胆力も持ち合わせています。


 部下の優秀さを見れば、ダムスク公自身の有能さが分かるというものです。

 カンデロの倉庫の後に、もう一ヶ所の倉庫を回って食糧を販売し、翌日にも二ヶ所、翌々日に二ヶ所の倉庫の倉庫を回って、交渉と食糧の引き渡しを行いました。


 そして、最後の倉庫では、あの男が待っていました。


「そなたが、ランズヘルト共和国の冒険者、ケントだな?」

「お初にお目にかかります、ダムスク公」

「ほぅ、我の顔を見知っているのか?」

「はい、以前遠目から拝見しただけですが……というか、もうカンデロさんから知らせが届いているのですか?」


 カンデロの倉庫がある地域から、この倉庫までは馬を飛ばしても三、四日かかりそうです。

 それが二日ほどで届いているのですから、替え馬を用意して夜通し馬を走らせたか、何らかの別の方法があるのでしょう。


「情報の速さは、時に戦の勝敗を左右するものだからな。それに、今ここに居るそなたに言われても、自慢など出来んだろう」


 そりゃまぁ、端から端まで馬車なら二週間掛かる距離を食糧の取引をしながら二日で移動して来たのに比べれば大した事ではないかもしれませんが、それでも相当な情報伝達能力です。

 応接室で向かい合ったダムスク公は、四十代ぐらいの小太りのオッサンで、少々額が後退気味です。


 戦場ではないので鎧は身につけていませんが、左右を固める護衛の騎士は殺気に近い雰囲気を漂わせています。

 僕は気弱な少年なんだから、そんなに脅されたらチビっちゃいそうですよ。


 食料の価格交渉に入るまえに、ダムスク公が質問をぶつけて来ました。


「我々とすれば、こうして食糧を融通してもらえる事には感謝しているが……狙いは何だ?」

「狙い……ですか?」

「何の目的も無しに、海の向こうから食糧を売りに来たりしないだろう?」

「どうでしょう……僕の場合は、距離とか関係ありませんので、隣町だろうと海の向こうだろうと一緒なんですよね」

「カンデロには、知り合いのシャルターン出身者が今の状況に心を痛めていると言っていたそうだが、それだけでこれだけの量の食糧を手配したと言うのか?」

「いいえ、詳しい内容はお話しできませんが、こちらに融通するために食糧を入手したのではなく、食糧を入手したので使い道を考えた結果です」


 ジョベラス城の備蓄食糧を減らすというのが最初の目的で、その使い道としてシャルターン王国が頭に浮かんだという順番です。


「ほほう、目的も無しに大量の食糧を入手したと申すのか?」

「目的はありましたし、達成もしています。ただ、その結果として宙に浮いた食料が大量にあったという事です」

「なんだと……どういう意味だ? ランズヘルト共和国で何か起こっているのか?」

「いいえ、食糧の入手先はランズヘルト共和国ではございません」

「ほぅ、それではリーゼンブルグ王国か?」

「それは、ご想像にお任せいたします」

「ふむ……なかなか食えない男だな」

「お褒めの言葉と受け取っておきます」


 ダムスク公は顔を顰めてみせましたが、目が笑っているように見えます。

 日本にいる頃には考えられませんでしたが、こちらの世界に来てからは領主様やら、王女様やら、皇帝陛下やらと話す機会が増えまして、腹の探り合いも上達しています。


「では、手元にある大量の食糧を売り捌くのが目的なのだな?」

「はい、今はそうです」

「今は……?」

「実は、カンデロさんの所に行く前に、ヴォルザードの領主様に相談をしました……」


 最初は恩を売るつもりだったが、クラウスさんの話を聞いて取りやめにした経緯を話しました。


「そんな手の内を明かしても良いのか?」

「はい、恩を売る気はありませんし、ちゃんと報酬もいただいてます」

「そうか……では、対価を支払うと言われたら、タルラゴスやオロスコにも食糧を売るのか?」

「うーん……それなんですけど、売った方が良いですかね?」

「なぜワシに聞く」

「それは、戦略的には売らない方が良いでしょうが、住民の生活を守るためには売った方が良さそうですし……どうします?」

「本当に食えない男だな……アガンソ・タルラゴスやウルターゴ・オロスコには売るな。ワシが奴らの言い値の倍で買おう」


 まぁ、普通に考えれば、そういう結論になるよね。

 でも、ダムスク公の話は、ここで終わりではありませんでした。


「ワシが倍の値段で買う代わりに、困窮している住民に直接届けてくれ。奴らに渡せば、本当に必要としている住民にまで届くと思えんからな」

「倍の値段で買うから、困っている住民が何処にいるのか調べて、ダムスク公からの支援だと宣伝して回れと……?」

「いいや、何処に配れば良いかは調べてある。ただ、川を渡って届ける術が無い」


 情報を重んじるダムスク公は、タルラゴスとオロスコが支配している地域に密偵を入れているそうです。

 ただ、タルラゴス側もダムスク公が攻めてこないか警戒を強めているらしく、船で川を渡るのが難しいようです。


「では、その密偵の所へと運び込めれば良いのですね?」

「可能か?」

「可能です」

「ならば、そちらの報酬についても交渉させてもらおうか」

「でも、よろしいのですか?」

「なにがだ?」

「革命騒ぎを鎮圧した時には、かなり厳しい対応をなさっていらしたように見えましたが……タルラゴスやオロスコでは、住民を懐柔する手法で対応していたはずです。今支援を行えば、騒ぎに加担して、その後あっさり降伏して許された連中にも支援を行う事になりませんか?」


 僕の問い掛けに、再びダムスク公は顔を顰めてみせましたが、今度は目は笑っていませんでした。


「そのような事まで調べておったのか……確かに、そなたの言う通り、今支援を行えば身内を処刑された連中は納得しないだろう。だがな、飢えて死ぬのは辛い……普通の処刑ならば苦しむのは一時だが、飢えて死ぬ場合は長く苦しみつづけねばならん。そのような苦しみを住民に強いるようでは、為政者失格だ」

「なるほど……」


 確かに、空腹を抱えて死んでいくのは辛そうです。

 僕もちょいちょい昼ご飯を食べそこなう事がありますが、あの空腹が何日も続くなんて考えただけでもお腹が鳴りそうです。


 結局、ダムスク公の熱意に押される形で、タルラゴスやオロスコが火事場泥棒的に手に入れた地域で困窮している住民にも食糧を届けることになった。

 全ての価格交渉を終えた後、ダムスク公が僕に質問してきた。


「例えばの話だが、アガンソやウルターゴを暗殺出来るか?」

「出来る出来ないで言うなら出来ますが、その依頼は引き受けませんよ」

「なぜだ? 奴らを葬れば、兵を損なわずに事態を解決できるのだぞ」

「確かに、その通りなんでしょうけど……それで本当に事態の解決になりますかね? 火事場泥棒みたいに王都を奪った輩を暗殺して、代わりにダムスク公が王都に入るようでは、国民の目からは奴らと同じに見えちゃいませんかね?」

「では、大勢の兵が死傷しても戦で決着をつけろと言うのか?」

「それこそ、ダムスク公のお手並みを拝見させていただきますよ」

「言うてくれるな……生意気な小僧め。よかろう、いずれワシの手腕を見せてくれるわい」


 不敵に笑ってみせるダムスク公は、やはりなかなかの人物のようです。

 かくしてダムスク公が支配する地域の六つの倉庫へ食料を納品し、追加の注文まで取り付けました。


 それでは、アガンソ・タルラゴスが支配する地域へと潜入いたしましょう。

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