第557話 盗賊稼業?

「倉庫は大きいけど、中身が……」

『これから、どの程度の量が運ばれて来るのか分かりませんが、このままでは餓死者を出す事になるような気がします』


 バステンに案内された大きな倉庫の中には、ほんの一角に穀物の袋が積まれている程度で、あとはガラーンと何も無い状態です。


『住民達には穀物の栽培を行わせる一方で、生育の早い葉物の野菜も育てさせ、魚や鳥、獣などを取らせていますが、ギリギリのようです』


 水害が起こった地域では、復興作業が行われないまま革命騒ぎになったため、備蓄されていた食料を食べ尽くした後、次に食べる食料が生産されていない状態だったようです。


『ここに積まれている食料も、ダムスク公が元々治めていた地域や、革命騒ぎや水害が起こらずに済んだ地域から運ばれて来たもののようです』

「いうなれば、そうした地域の余剰分を回してもらっているだけだよね?」

『おそらくは……なので、これから秋の収穫時期まで、いかに食いつないでいくかが課題のようです』

「分かった……後は、当事者に訊ねてみるよ」


 どこから接触をしようか考えましたが、今回は別に暗躍する目的ではないので、正面から訪ねることにしました。

 倉庫がある敷地に出入りする門の正面に、闇の盾を出して表に踏み出すと、警備を行っていた衛兵がギョっとした表情を浮かべて身構えました。


「こんにちは」

「何者だ!」

「僕は、ランズヘルト共和国の冒険者でケントといいます」

「ランズヘルト……って、海の向こうじゃないか。そのランズヘルトの冒険者が何の用だ」

「食料を支援しようと思いまして、出来れば責任者の方にお会いしたいのですが」

「食料だと……? 支援というと無償で提供するということか?」

「はい、必要ないですか?」

「どの程度の量だ?」

「そうですね、千人が一ヶ月ぐらい食べられる量ですが……」

「ちょ、ちょっと待ってろ……」


 二人いた衛兵の一人が、慌てて門の中にある詰所へと走って行きました。

 もう一人残った方の衛兵は、期待しつつも疑っている……といった表情ですね。


「千人が一ヶ月食べられる量なんて、どこから運んで来るつもりだ?」

「もちろん、ランズヘルト共和国からですよ」

「どうやって運んで来るつもりなんだ?」

「今、僕がどこから出て来たのか見てましたよね。僕は闇属性を使える魔術士ですから、一度訪れた事のある場所ならば、影の空間を通って自由に移動が可能です。ランズヘルトの拠点にも、すぐに行って戻って来られます」

「闇属性の術士が、そんなことが出来るなんて聞いたことが無いぞ」

「まぁ、闇属性の術士は数が少ないですからね。僕も試行錯誤をして身に着けた能力です」


「そうなのか……」


 まぁ影移動とかは試してみたら出来ちゃったんですけど、一応苦労して身に着けたように言っておきましょう。

 詰所に走っていった衛兵が戻ってきて、今度は詰所の中で暫く待たされた後、ようやく責任者っぽい人と面談出来ました。


 連れて行かれたのは倉庫に隣接する建物の二階にある部屋で、待っていたのは四十歳ぐらいの大柄な男性でした。

 短く刈り上げた焦げ茶色の髪の間から、丸っこい耳が顔を出していて、どうやら熊獣人のようです。


「私が、ここの責任者カンデロだ」

「どうも初めまして、ランズヘルト共和国の冒険者でケントと申します」

「食糧の支援を申し出ていると聞いたが、本当かね?」

「はい、とりあえず千人が一ヶ月程度食べていける量の小麦を提供しようかと考えています」


 この後、どうやって運んで来るのかと聞かれたので、闇属性の魔術で影の空間経由で運んで来ると説明しました。


「ふむ……それほどの魔術が使えるのならば、君はかなりランクの高い冒険者のようだね」

「はい、一応Sランクの冒険者ですので、経済的にはゆとりがあります」

「そうか……だが、どうしてここに食糧を支援しようと考えたのかね?」

「だって、困ってますよね?」

「それは……もちろん困っているが、だからといって理由も無しに無償で食糧を提供したりはしないだろう」


 突然現れた小僧が、無償で大量の食糧を提供するといっても疑われるのは当然ですよね。

 まぁ、それらしい話は考えてきてますけどね。


「実は親しい人の中にシャルターン王国出身の方がいまして、現在の状況に心を痛めています」

「現在の状況というと……」

「大きな水害が起こり、革命騒ぎが起きて、王家の皆さんが殺され、大混乱ですよね」

「そこまでランズヘルトに伝わっているのか」

「まぁ、知っているのは一部の人間ですけど、僕はこうして影の空間経由で移動が出来ますので、あちこちの状況は知っています」

「それで、食糧事情の困窮を目にして、支援を申し出てくれたのか?」

「それに、積極的に被災地の復興に取り組んでいらっしゃるシスネロス・ダムスク公の行動にも感銘を受けました」


 ツイーデ川の築堤の様子を対岸と対比して話すと、カンデロは何度も頷いてみせました。


「そこまで見ているとは、さすがにSランクの冒険者だな。君の言う通り、ダムスク公は王都を欲しいままにしている悪党共の討伐よりも、住民の生活安定を優先された。無論、タルラゴスやオロスコを野放しにしておくつもりは無いが、民無くして国は成り立たないというのがダムスク公のお考えだ。ただ、あまりにも水害の被害が大きく、本来ならば節約に節約を重ねなければならなかった食料まで、あの革命騒動で失われてしまった。他の領地からの融通にも限界があるし、こちらの状況を察知している隣国からは食糧の持ち出しを差し止められている状況だ。正直に言って、食糧を支援してもらえるのは本当に有難い」

「では、早速倉庫の方へと運び入れようと……」

「あぁ、待ってくれたまえ。提供の申し出は有難いが、無償という訳にはいかない」

「と言いますと?」

「食糧は無いが、買う金まで無い訳ではない。正当な対価は支払うつもりだ」

「そうですか……」


 その通貨って、国が変わっても通用するんですか……なんて言いかけたけど、そもそも無償提供するつもりだったのだから、通用しなくなっても構いませんよね。


「ただ、こちらとしても協力したい意思がありますので、市場価格の半額程度で構いません」

「そうか……ならば、価格は考慮させていただこう」

「それでは、早速現物を確かめていただきたいので、運び出せる場所へと案内して下さい」

「分かった、では移動しよう」


 対応してくれたカンデロは、いかにも騎士という頑丈そうな体型をしていますが、変にプライドに凝り固まった素振りも無く、淡々と実務を進めてくれました。

 移動したのは、先程影の中から覗いていた食糧倉庫で、近付いてみると積まれている穀物はかなり古いもののように見えます。


「では、ここに運び出してもらえるかな。こちらで手伝えることがあれば手を貸すが……」

「あー……では、驚かないでいただけますか?」

「驚く……?」

「はい、これから僕の眷属であるコボルト達に穀物の袋を運んでもらいますので、驚かないでいただけますか?」

「魔物を使役しているのか?」

「使役ではなく、僕の家族のような存在ですので、こちらから危害を加えるようなことは絶対にありません」

「そうか、分かった……」

「じゃあ、みんな、よろしくね」

「わふぅ、分かりました、ご主人様!」


 積まれている穀物の隣に大きな闇の盾を展開すると、中からコボルト隊のやる気に満ちた声が返ってきました。

 続いて、小麦の袋を抱えたコボルトが次々に現れると、バケツリレー式にひょいひょいと袋を積み上げ始めました。


「これは……一体何頭いるんだ?」

「まぁ、それは冒険者としての秘密です」

「そうか……そうだな、全ての手の内を明かす訳にはいかないものな」


 何事が始まったのかと集まってきた騎士達が目を丸くする中で、コボルト隊はあっと言う間に小麦の袋を積み上げ終えました。

 作業を終えたコボルト隊が整列して、一斉にランズヘルト式の敬礼をしてみせると、集まった騎士は驚きの声を上げ、中には敬礼を返す者もいました。


 ただ、カンデロの表情は、コボルト達の作業前とは打って変わって厳しいものへと変わっています。

 まぁ、この状況を敵に回したら……なんて考えたら、こんな表情になるでしょうね。


 僕の視線に気づいたカンデロは、表情を緩めて交渉を行った部屋に戻るように促してきました。

 カンデロの執務室へと戻ると、応接テーブルには良い香りのするお茶と焼き菓子まで用意されました。


「改めて、食糧の提供に感謝する。そして、こちらが謝礼の金だ、確かめていただきたい」

「これは、正規の市場価格じゃないんですか?」


 テーブルに積まれた金貨は、予想していた金額よりもかなり多いように思えた。


「先程も言ったかと思うが、食糧を買う金が無い訳ではない。金はあるけど、肝心の買う食料が無いのだ」

「こちらとしては、市場価格の半額で構わないのですが……正規の価格を支払う意図をお聞かせ願いますか?」

「可能であるならば、食糧の買い付けを依頼したい。あれだけの量を提供してもらえたのは、我々としても望外の喜びなのだが、食糧に窮しているのはここだけではないのだ」


 カンデロの話によれば、食糧を管理している大きな倉庫は他にも五ヶ所あり、困窮の度合いは同じような状況らしい。


「なるほど、あの量では全然足りない訳ですね」

「その通りだ。これは今回の分の報酬として、可能であるならばランズヘルト共和国から食糧の買い付けをしてもらいたい」

「構いませんよ。というか、買い付けるまでもなく手持ちがありますので提供しましょう」

「はぁ? まだ穀物を持っているのか?」

「えぇ、干し肉とか塩もありますけど、どうします?」

「それは本当か! 頼む、是非とも売ってくれ! 金ならあるんだ、買う品物が無いから困っている」

「分かりました、それでは価格の交渉をいたしましょう」


 かくして、当初の予定とは変わってしまったけれど、フェルシアーヌ皇国のジョベラス城から持ち出してきた食糧は、ダムスク公の勢力へ売却することとなりました。

 うん、盗品を売って儲けるって……完全に盗賊だね。


 まぁ、国を三つも越えて、海まで越えた先に横流しされているとはカレグも思わないでしょう。

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