第553話 ギリクの皮算用
※今回はギリク目線の話です。
ドノバンのオッサンとの約束の日まで、あと十日を切った。
右も左も分からないような駆け出し連中を押し付けて、一ヶ月でEランク相当に鍛えろなんて無茶にも程がある。
野郎二人ならばともかく、女が二人もいたら達成出来っこねぇと思った。
それでも、やらなきゃ俺がペナルティーを食らうのだから、やるしかねぇと思い直して、ぶっ叩いて、蹴飛ばして鍛えてやったら意外にも格好が付き始めた。
オスカー、ルイーゴ、ブルネラ、ヴェリンダの四人の中で、一番急激な伸びを見せたのはヴェリンダだった。
俺が、どれだけキツい鍛錬を課そうと、手合わせで手酷く叩きのめそうと、反抗する素振りも見せずに黙々と従ってきた。
当初は粘り強さはあるものの俊敏性に欠けていたが、それも鍛錬を重ねるうちに解消されてきた。
体が絞れ、筋力が上がったせいで動きも軽やかになったようだ。
加えて、身体強化魔術の使い方も工夫し、手合せではオスカーやルイーゴに一泡吹かせるまでになった。
やはり、一度死にかけて腹が据わったのと、男どもと違って常識に囚われずに新しい発想を試す柔軟性が相乗効果となっているのだろう。
今日は朝からギルドの訓練場で、パーティー以外のメンバーと手合せをやらせた。
四人の指導を行うようになってから、ちょくちょくギルドの訓練場にも顔を出すようになったせいで、他の駆け出し連中まで俺に指導を求めて寄って来るようになりやがった。
「ギリクさん、おはようございます」
「また手合せしてもらえますか?」
「俺らのパーティーともお願いします」
「うっせぇ! まずは弱い者同士で戦ってみせろ。進歩してなかったら蹴り飛ばすぞ!」
四人だけでも面倒なのに、他の連中まで面倒なんか見ていられねぇから、適当に手合せをさせたり、俺一人で四人、五人を相手にして憂さ晴らしの材料にしてやっている。
最初は五人掛かりでも一瞬で終わっていたが、最近は少しは楽しめるようになったが、それでも歯ごたえが無さすぎる。
駆け出し共が弱いのは、基本的に体力が無いからだ。
力が無いから振りが鈍い、動きが遅い、オスカー達にはジョー達がやっていたトレーニングをやらせているから、体力の差は開く一方だ。
たった三週間程度だが、動きが変わってきている。
もっとも、元が酷すぎただけで、進歩したといっても俺様の足元にも及ばないがな。
それでも四人は同期の駆け出しに比べれば、頭一つ抜け出しているように見える。
実際、手合せをさせれば殆ど四人が勝利を収めるのだ。
四人の中では一番弱いブルネラでさえも、同期の男と互角以上に渡り合うのだから、ある意味周りのレベルが低すぎるのだろう。
案外、ドノバンのオッサンは、こうした駆け出し連中の低レベル化に気付いて、全体のレベルを引き上げるために俺に四人を押し付けたのかもしれない。
いや、十中八九はそうなのだろう。
そんな事、俺の知ったことではない……と言いたいところだが、冒険者のレベル全体が下がれば、ヴォルザード全体の戦力が低下する恐れがある。
近頃はゴブリンの極大発生に始まり、ロックオーガ、オーク、サラマンダー、グリフォン、それにダンジョンを襲った巨大蟻など、異常事態が連続している。
ダンジョンでは、結構な数の被害が出たようだし、冒険者が死ねば当然街全体の戦力はダウンする。
クラウスのオッサンやドノバンのオッサンは、ケントの野郎を頼りにしているようだが、あんな奴に任せきりには出来ない。
自分達の街を守るためには、駆け出し連中を早く戦えるように鍛える必要がある。
そういう意味では、オスカー達四人が急激に成長すれば、他の連中も刺激を受けて成長すると考えているのだろう。
まぁ、ここまで鍛えてやってるのだから、俺様がランクアップする日も遠くないだろう。
今日は一日ギルドの訓練場で手合せをさせるつもりなので、昼食はギルドの酒場で済ませることにした。
一旦、防具を片付けさせて、ギルドの建物に入ると見慣れた後ろ姿があった。
「ミュー姉ぇ……」
ミュー姉は、クラウスのオッサンたちと一緒にギルドの酒場へと入って行った。
思わず足を止めて、その一団を見送っていたら、ヴェリンダが腕を組んできた。
「なっ、なにしてやがる」
「見せつけてあげましょう」
「はぁぁ……?」
「あの人がミューエルさんなんですよね」
「だったら、なんだ」
「女性っていうのは、自分のものだと思っていたものが、他人の手に渡ってしまうと急に惜しくなってしまうものなんですよ」
「べ、別に俺はミュー姉なんか……」
「それならそれで、見せつけてあげればいいじゃないですか。これまでの俺とは違うんだぞ……って」
ヴェリンダが、急激に戦闘能力を上げたことに関しては何の文句も無いが、俺様への距離の詰め方は少々気に入らない。
人間関係に限っていうならば、主導権を握られる方が多いぐらいだ。
ヴェリンダの思い通りに動かされている気がするが、理詰めで納得させられてしまうのだ。
ケント・コクブは四人も女性を囲っている……私と同年代で結婚する子だって珍しくない……女性からの誘いを断るようじゃ男として認めてもらえませんよ……。
一日の終わりに寝酒を飲み終えた後、寝巻を脱ぎ捨てて、俺を見下すように言い放つ女には、思い知らせてやるしかなかった。
虚勢を張ってベッドに組み敷いたものの、経験も無く頭が混乱する中で、絡み付かれ、導かれ、気が付けばヴェリンダの中で果てていた。
仕組まれたと気付いた時には、既に手遅れだった。
それでも、鍛錬の最中に特別扱いを要求してくるようなら、容赦なく殴ってやろうと思っていたが、一夜が明けるとヴェリンダは何事も無かったように振舞った。
翌日の晩も、寝酒を飲み終えると何もせずに出ていったし、その翌日も同じだった。
変化があったのは三日目の晩で、私から誘わないと勇気が出ませんか……なんてぬかしやがるから、組み敷いて思い知らせてやった。
それでも、翌日の鍛錬では泣き言を洩らさないのだから、相当に強情な女だ。
「ふん……何を勘違いしてるか知らないが、別に俺はこれまでと何も変わってなんかいねぇ」
「それでは、女を一人はべらせるぐらい何でもありませんよね」
「ちっ、勝手にしろ……」
ああ言えば、こう返す……下らない言葉遊びに付き合うのも面倒なので、好きにさせることにした。
それよりも、今は空腹を満たす方が重要だ。
「ギリクさん、俺らがまとめて買ってきますよ」
「はぁ? ヴェリンダを特別扱いすんじゃねぇ」
「いや、演出ってやつも必要じゃないんすか?」
「けっ、勝手にしろ……」
ルイーゴの野郎まで妙に気を回しやがって、三人が昼食を注文しに行っている間も、ヴェリンダは俺の左腕を抱え込むようにして体を寄せている。
最初にクラウスのオッサンが俺達に気付き、ミュー姉もこちらに視線を向けた。
どんな反応を見せるのか気になっていたが、腕組みをして首を捻っている。
「ほら、面白くなさそうな表情をしてますよ……私がギリクさんの隣にいるのが気に入らないんでしょう」
「どうだかなぁ……別にどうでもいいし……」
なるほど、そう言われてみると確かに、内心面白くないと感じているようにも見える。
てかケントの野郎、ミュー姉に近づきすぎじゃねぇのか。
色ボケしたガキは、ミュー姉に手が届かないところで大人しくしてろ。
「お待たせしました、ギリクさん」
ルイーゴが俺の分のトレイも持って戻ってくると、ヴェリンダが予想外の要求をしてきた。
「ギリクさん、あ~ん……」
「はぁ? 調子こいてんじゃねぇ……」
「どうせやるなら徹底的にやるべきです」
「くっ……おら、口開けろ」
「そんな投げやりな態度じゃ逆効果ですよ」
「あんまり調子に乗るなよ……」
「私たちに手を抜くなって教えてるのはギリクさんですよ」
「くそっ……やりゃいいんだろ、やりゃぁ……」
満面の笑みで口を開けたヴェリンダに、俺も笑みを浮かべてパスタを食わせる。
自分でも口の端が引き攣っているのが分かる。
こんな俺をミュー姉はどう見ているのかと視線を向けてみれば、クラウスのオッサンの娘にパスタを食わせてもらい、だらしない顔をしているケントを見て笑っていた。
「ちっ……見てもいねぇじゃねぇかよ」
「見たくないから、見ないフリをしてるんですよ」
「はぁ……?」
「だって、私のところに自分がいるはずだったと思ったら、見たくないでしょ?」
「そんなもんなのか?」
「最後まで手を抜かない……」
「分かってる……」
くそっ、普段俺の言い聞かせているセリフを使われるとは思ってもいなかった。
どうせ、その場限りで覚えてなんかいやしないと思っていたのに、余計な事を覚えている女だ。
ヴェリンダの言いなりになるのは癪だったが、それでもミュー姉が俺への認識を改めるならと演技を続けていたが、周囲の反応が面白くねぇ。
肝心のミュー姉は殆どこちらを見ないのに、見なくてもいい駆け出しの連中の視線が集まって来る。
「おい、あの二人って……」
「マジかヴェリンダ……」
「どっちから告ったんだ?」
「そんなもん……どっちだ?」
演技でやっているとも知らずに、下らねぇ陰口を叩きやがって、午後からは容赦なくぶっ叩いて転がしてやる。
結局、ミュー姉は声を掛けてくる事もなく、クラウスのオッサン達と一緒に酒場を出ていった。
「ちっ……なんの効果もねぇじゃねぇか」
「そんなことないですよ。それに、一回ぐらいで効果が出るとでも思ってるんですか?」
「あぁん? こんなことを何度も繰り返せってのか?」
「鍛錬は積み重ね、繰り返しだ……って言ってるのはギリクさんですよ」
「ちっ、飯の時だけだからな……」
「はい、あとは夜まで我慢します……」
ヴェリンダは、胸の脂肪を殊更に押し付けてくるが、そんな事で俺様が思い通りになると思ったら大間違いだぞ。
あくまでも主導権を握るのは俺様だ。
お前は、大人しく俺様に組み敷かれてればいいんだよ。
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