第552話 ギルドの昼下がり

「よーし国分、詳しい話はまた今度だ。この未来のベンチャービジネスリーダー、ユースケ・ヤギ様が完璧な計画を披露してやるから、首を洗って待っていやがれ!」

「ちょっと待て、ユースケ。その計画が出来たら一度見せに来い」

「分かりました! 期待していて下さい!」


 クラウスさんに上手く丸め込まれたとも気付かずに、お調子者は意気揚々と執務室を飛び出して行きました。


「いいんですか? あれ……」

「ユースケか? まぁ、昼飯でも食いに行くか……ケントの奢りで」

「はぁ……分かりました。リーチェとアンジェお姉ちゃんも行きましょう。それと、ヴォルルトは緩み過ぎ」

「くぅーん……」

「大丈夫よね、ちゃんと働く時は働くもんね」

「わふぅ!」


 ヴォルルトはしょんぼりと項垂れて反省したかと思いきや、アンジェお姉ちゃんに慰められて尻尾をわっさわっさ振り回しています。

 一応、クラウスさんを担当しているはずなんだけど、もう完全にアンジェお姉ちゃん担当って感じだね。


 クラウスさん達と執務室を出て、一階の酒場へと向かいます。

 夕方以降は酒場として営業していますが、昼間はギルドの職員や来客のための食堂として営業しています。


 いうなれば社員食堂みたいな感じで、お値段はリーズナブルですけど味はなかなかのものです。

 クラウスさんとアンジェお姉ちゃんが並んで先を歩き、僕はベアトリーチェと腕を組んで続きます。


 僕がアンジェお姉ちゃんに鼻の下を伸ばさないように、厳重警戒態勢といった感じですね。

 階段で一階へ下りると、ミューエルさんと出会いました。


「久しぶりだね、ケント」

「ご無沙汰してます、ミューエルさん。今日は薬草の納品ですか?」

「ううん、今日は相場を見に来ただけだよ。今年は薬草の生育が順調みたいで、相場は安めだね」

「ミューエルさんも一緒にお昼を食べ……あぁ、戻ってコーリーさんとですか?」

「ううん、師匠は出掛けてるから、お邪魔じゃなければ……」


 チラリとベアトリーチェに視線を向けると大丈夫だと頷いてみせたので、ミューエルさんも加えた五人で昼食となりました。

 そして、例によって一杯だけだと、クラウスさんにリーブル酒を付き合わされてしまいました。


「それで、八木なんですけど……」

「なんだよ、お前も随分と心配症だな、ケント」

「だって、あの八木ですよ」

「お前、ユースケが救いようの無い馬鹿だと思ってんだろう?」

「えっ? 違うとでも?」

「はぁぁ……お前がヴォルザードに来たばかりの頃、ここで話した事を忘れちまったのか?」

「えっ? あーっ!」

「思い出したか? そいつがどうやったら伸びるのか、可能性を引き出すのが上の人間の仕事だって話しただろう」


 そうでした、あれは確かクラウスさんと初めて会った時の事です。

 僕が自分をポンコツな子供だと言ったら、怒鳴られて説教されたんでした。


 僕らぐらいに育つまで十五年、それから一人前になるには更に十年くらい掛かる。

 新しい人間を一から育てるには、それだけの時間が掛かるのに、切り捨てていたらもったいないと教えられました。


 ただ、あの時の話を思いだしても、不安が頭をよぎります。


「でも……それでも、あの八木ですよ」

「ケント、お前にあって、ユースケに無いものは何だと思う?」

「えっと……謙虚さ?」

「そいつは、だいぶ品薄になってる気がするぞ」

「うっ……でも八木ほどじゃないですよ」

「どうだかなぁ……まぁ、そいつは置いといて、ユースケみたいな人間に足りないのは成功体験だ」

「成功体験って、八木じゃ一生手に入らないような……」

「ホント、お前のユースケに対する評価は低いな。まぁ、今の時点では仕方ないだろうが、人間てのは思っているほど大きな差は無いんだぞ」


 とか言ってますけど、クラウスさんはマールブルグ家の双子の息子とかボロクソに貶してますけどね。


「あの手のタイプの人間は、地道に働いて成果を上げ、それで周囲の人間から認められた経験が少ないんだ」

「まぁ、確かに八木が地道に働いている姿なんて想像も出来ませんね」

「だろうな。ユースケの持ち込んで来た企画の殆どは、金を儲けるため、自分が評価されるため、女にモテるためのものばかりだった。しかも、自分は楽をしてだ」

「はぁ……ちなみに、どんな企画を持ち込んで来たんですか?」

「あー……出会い系なんとか……」

「あぁ、もういいです。その一言で想像が付きました。でも、レンタサイクルの企画に前向きなのは、やっぱりヴォルザードの発展に有用だからですか?」

「そうだ、映像で見たが、楽に、遠くまで、速く、荷物も運べる。導入しない理由が無いだろう?」

「まぁ、そうですね。でも、それが八木の成功体験ってやつになるんですか?」

「ケント、こいつを良く思い出してみろ」


 クラウスさんは、リーブル酒が注がれたカップを掲げてみせました。


「あっ……ブルーノさんのリーブル農園」

「そうだ、あそこでお前が手にしたものが成功体験だ。地道に働いて、その成果がリーブル酒という形になり、ブルーノやディーノ、マイヤ、農園で一緒に働いていた連中から感謝され、お前は働く意味を知った……違うか?」


 Sランクの冒険者とか、チヤホヤされ過ぎて忘れてしまっていましたが、確かに働いて感謝される喜びは、あのリーブル農園での仕事で教わりました。


「あの後、お前は色々な仕事に真面目に取り組んで、更に成功体験を積み重ね、遂にはリーゼンブルグという国を向こうに回して仲間二百人を救出してみせた。大きな成果を成し遂げる人間であっても、その根っこは小さな成功体験だ」

「でも、八木にやり遂げられますかね?」

「やり遂げられますかじゃねぇ……やらせるんだ。餌をぶら下げ、なだめすかし、時にはムチで叩いてでもやらせる」


 僕では、八木の尻拭いなんて真っ平だと放り出してしまうでしょうが、百戦錬磨のクラウスさんには、形になる未来が見えているんでしょうね。


「レンタサイクルが成功したら、八木は変わりますかね?」

「さぁな、どこまで変わるかは俺にも分からん。だが、機会も与えずに腐らせておくのは上の人間の怠慢だろう。それに、ジテンシャはヴォルザードにとっては未知の品物だ。いくら便利であっても、それを知らない者には扱えない。だったら知っている人間に任せて、ついでにそいつの成長も促す。それが正しい方法だとは思わないか?」


 ぐうの音も出ないほどの正論です。

 八木との付き合いが長いが故に、人物像が固まってしまっていた僕では見つけられなかった可能性です。


「そんなところまで考えていたとは思いませんでした」

「まぁ、一番の目的は元手を掛けずにヴォルザードに利益をもたらす事だがな」


 ニヤリと笑ってリーブル酒を口に運ぶクラウスさんを見て、まだまだ敵わないと思わされてしまいました。

 究極の目的はヴォルザードの発展で、そのために八木を利用し、でも八木の成長を促す……それがまたヴォルザードの発展に繋がっていく。


 東はシャルターン王国から西はフェルシアーヌ皇国まで、飛び回らされて、便利に使われている自分と、腰を据えて進む方向を見誤らないクラウスさんとでは天と地ほどの差があります。


「ケント、お前が今、何を考えているのか分からないが、俺とお前じゃ親子ほども歳が違うんだ。同じように出来ないのは当たり前だぞ」

「そうかもしれませんけど、だからと言って今のままで良いとは思えないですよ」

「だろうな、そこがお前の良いところだ。まぁ、せいぜい俺を良く見て勉強するんだな」

「くっ……良いところは真似て、そうでないところは反面教師にさせてもらいます」

「ほほぅ、昼間から酒飲んでる奴が良く言うぜ」

「ぐぎぎぎ……いつか倍返しにしますからね」

「そいつはまいったな……マスター、お替りだ、ケントが倍にして返してくれるらしい」

「そういう意味じゃ……はぁぁ、マスター、僕にも……んんっ?」


 もう開き直ってお替りを頼んじゃおうと思ったら、視界の中に見慣れないものが入り込んできました。

 思わず二度見した後で、酔いで目がおかしくなったのかと思って何度も瞬きしてみましたが、見えているものは変わりませんでした、


「えっ、どうなってるの?」

「ほぅ、こいつは驚いた……」


 クラウスさんでも予想出来なかった光景のようで、ミューエルさんなんて目が真ん丸になるほど驚いています。

 だって、あのギリクが女性と連れだって歩いてるんですよ。


 しかも、腕なんか組んじゃってます。

 ギリクと女性の他に、男二人と別の女性が一人一緒のようです。


 ペダルだか、サドルだかの中年のオッサンが一緒じゃなかったんですかね。


「あれは、ドノバンがギリクに、面倒見るように押し付けた新人パーティーだが……あのギリクがねぇ……」


 世の中には変わった趣味の人もいるので、ギリクに惚れる女性がいたとしてもおかしくはないのでしょうが、どうもシックリしないと言うか、妙な空気を感じます。

 長年ギリクにストーカーされていたミューエルさんがどう感じたのかと視線を向けてみると、腕組みをしながらギリクに視線を向けて首を捻っていました。


「ミューエルさん……?」

「んー……今いちかな、でも悪くはないかな」


 何が今いちで、何が悪くないんですかね。

 そのギリクは、席についた後も女性とピッタリ密着しているんですが、時折、こちらに視線を向けて来ます。


 明らかに僕と目が合ったと思ったのに、ふっと視線を外して見ていないアピールをする辺りに違和感を覚えます。


「ミューエルさん、あれって演技なんですか?」

「さぁ、どうだろうね」


 いやいや、ミューエルさんは絶対に面白がってるし、ショックを受けているような様子も見られません。

 なんというか、姉が弟の他愛もないイタズラに笑顔で引っ掛かってあげるような、慈愛に満ちた視線のように見えます。


 ただ、腕を組んでいる女性は、ちょっと恍惚した表情を浮かべていますし、あれが演技による表情だとしたら相当な演技派だと思うけど……何なんでしょうね、あの二人。

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