第551話 クラウスの教え
※今回は八木目線の話です。
「国分、詳しい話は飯でも食いながらしようぜ」
「ちょっと待て、ユースケ。その話は、ここでしていけ」
「うぇ? ここで、ですか……?」
「そうだ」
ヴォルザードでレンタサイクル事業を始めるための大まかな話が決まったので、後の細かい部分は国分に押し付けてやろうと思っていたのに、クラウス・ヴォルザードから横槍が入った。
「いや……細かい話まで領主様のお手を煩わせるのは……」
「俺の手は煩わせないが、ケントの手は煩わせるつもりか?」
「げっ……い、いや、そんなつもりは……」
勿論、あり、あり、なんだが……なんで読まれてるんだ。
「ユースケ、お前の発想は面白いし、次々に企画を持ち込んでくる熱意は認めてやる。ただし、その目的は認めねぇぞ」
「も、目的……?」
「楽して稼ぐ……そうだろう?」
図星だ……あくせく働くなんて、俺様には似合わない。
俺様の役割は、人の上に立って、あれこれ指示を出すだけで稼げるポジションだ。
「楽して稼いじゃいけないんですか?」
「ほぅ、開き直りやがったか。別に構わないぜ、正当な方法を使うならな。だが、お前のやろうとしている事は、他人の善意につけこむやり方だ。そいつは、真っ当な商売とは言えねぇよ」
「でも、自転車や部品を日本から持ち込むのは、国分にしか出来ないし……」
「じゃあ、正当な対価を払うんだな?」
「それは……いくらが適切なのか金額が算定できませんし」
「だとしても、ケントにタダでやらせる事じゃねぇだろう? 当然、輸送費についても話し合いをするんだよな?」
「それは……」
読まれている。
理由は分からないが、輸送に関するあれこれは全て国分やコボルトに押し付けようとしているのを読まれているようだ。
「クラウスさん、日本から持ち込むのは……」
「ケント、お前は黙っとけ。今は俺とユースケが話をしてるんだ」
「すみません……」
バカ国分、そこは突っ張れよ。
もっとグイグイ割り込んで来いよ。
「ユースケ、お前は楽をしようとしすぎる」
「そんな事は……」
「これまで、いくつかの企画を見せてもらったが、最初の出産に関わるレポートは良かったが、他はカスばかりだ。なんでだか分かるか?」
「いいえ……」
俺様の企画をカス呼ばわりとか失礼極まりないが、その理由はちょっと聞いてみたい。
「当事者としての意識が足りないからだ」
「当事者って……企画は俺が立てているんですから、当事者じゃないんですか?」
「企画を立てるだけだろう? それを実際に運営していく意識が全く足りてねぇ。このジテンシャってやつは確かに便利そうだし、すぐに広まっていくだろう。台数を増やせという要望や増えたジテンシャの管理、置き場、料金の徴収……様々な事態が一気に押し寄せて来るだろうが、お前はそれを受け止める気があるのか? 手に負えなくなったら、他人に任せて放り出すつもりじゃないのか?」
今まさに場所を変えて、面倒事は国分に押し付けようとしていたのだから、まったく反論出来ない。
思わず黙り込んだ俺に、クラウスが話を続ける。
「さっきも言ったが、正当な手段を使うなら、楽して稼いだって構わない。実際、ここに楽して稼ぐ男がいるしな……」
「うぇ? 僕ですか? とんでもない、ちっとも楽してなんかいませんよ」
「どうだかなぁ……最近は眷属ばかりに働かせて、楽してるんじゃないのか?」
「眷属のみんなに働いてもらっているのは事実ですけど、僕だって楽してる訳じゃないですよ」
「だろうな……だが、事情を知らない奴には、楽して稼いでいるように見えるんじゃないのか?」
「あぁ……なるほど」
クラウスと国分が、揃って俺に視線を向けて、意味ありげな笑みを浮かべてみせやがった。
「なんだよ、その目は。実際、楽して稼いでるんだろう?」
「稼いではいるけど、楽しているかは疑問だね」
「とか言って、コボルトを働かせて……いないか?」
国分を呼びに行ったコボルトは、クラウスの長女アンジェリーナさんの足元で、だらしなくヘソ天状態で転がっている。
「ヴォ、ヴォルルトだって、働く時はちゃんとする……んだよな?」
「いや、なんで国分が疑問形なんだよ」
「と、とにかく、眷属だけでなく、僕だって働いてるんだからね。今日だって、リーゼンブルグの西のバルシャニアの更に西のフェルシアーヌ皇国のジョベラス城まで行って、内情を探って来たんだからね」
「でも、移動は一瞬だろ?」
「そうだけど、時差が凄いんだから、時差が!」
「まぁ、国分が遊んでいるとは思ってねぇけど、労力への対価が馬鹿デカいのも事実だろう?」
「まぁ、それは否定しないけど、家族を食べさせなきゃいけないし、家で働いてもらっている人にもお給料を払わなきゃいけないんだからね」
国分は必死に働いているアピールをしてくるが、こいつが他人に真似の出来ない仕事をしている事ぐらいは分かっている。
それとは別に納得がいかない事をクラウスにぶつけてみた。
「国分が働いてるのは分かりますけど、なんで俺が楽して稼いじゃいけないんですか?」
「何の責任も果たしていないからだ。ユースケ、ジテンシャを手に入れるための魔石はどこから持って来るつもりだ?」
「ゴブリンの魔石程度なら、俺でも……」
「本当かぁ? ケントに貸してくれとか頼むつもりじゃないのか?」
「貸してくれるなら借りますけど……」
「それは、いつまでに返すんだ? 利息はいくら付ける?」
「それは……」
「お前の企画は、どれも現実味に欠ける。それは、お前が実際に汗水垂らして働いて、自分で稼いだ実績に乏しいからだ。働く人間の気持ちが分かっていなけりゃ、事業なんて上手くいくはずがない。お前には苦労するという経験が不足している」
「いや、俺だってラストックじゃ苦労したし、ヴォルザードに来た後だって……」
「ぶっ倒れるほど働いたか?」
「いや、そこまでは……」
そもそも、俺様のような頭脳担当には肉体労働なんて向いていない。
「そこの小僧が、ヴォルザードに来てから何回ぶっ倒れているか知ってるか?」
「いえ、知りません……」
「俺も正確な回数なんか知らないが、何度も倒れているのは知ってるぞ。リーチェを治療した時にも倒れたし、ラストックから戻った後で倒れてドノバンに下宿まで運ばれた事もあったな?」
「でも、倒れるっていうのは、自己管理が出来ていない証拠じゃないんですか?」
「まぁ、確かにそうだが、こいつが倒れるような状況になったのは、自分のために何かをやったからではなく、誰かのために頑張りすぎたからだ。このポヤポヤした小僧が、Sランク冒険者として認められているのは、単純に能力が高いからだけじゃねぇ。誰かのために全力を尽くせるからだ」
確かに国分は無類のお人好しだが、それはビジネスではマイナスじゃないのか?
自分の利益になる相手とは友好関係を築き、足を引っ張る奴だと判断したら切り捨てる非情さこそが必要だろう。
「倒れるほど頑張るなんてバカバカしいか?」
「正直に言うなら、そうですね」
「採算度外視で頑張ってくれる奴と、自分の給料分だけ働いたら回りがどうなっていようと仕事を切り上げる奴と、どっちが信用されると思う?」
「いや、金さえ払っておけば、どっちも信用出来るんじゃないですか?」
「突発的な事態が起こったらどうだ?」
「それは、追加の料金を払えば……」
「突発的な事態が起こった時に、お前は給料の交渉を始めるのか?」
「だったら、最初から追加報酬に関する取り決めをして……」
「その想定を超えたらどうする? 諦めるのか?」
「だったら、段階的に追加報酬を設定しておいて……」
「その支払い限度を超えるような事態だったらどうする?」
「それは……」
「お前は、ケントに採算度外視で助けてもらったんじゃないのか? ヴォルザードに連れて来てもらって、お前はケントにいくら報酬を支払ったんだ?」
「それは、国分がチートな能力に恵まれたから……」
「能力に恵まれた人間には報酬を払わなくても構わない……なんて話が通用するとでも思っているのか? だったら、日本からジテンシャを仕入れて貸し出せるお前には、料金なんて支払わなくても良いことになるんじゃねぇのか?」
駄目だ、国分程度なら口先だけで丸め込む自信があるが、クラウスには何を言っても敵いそうもない。
「ユースケ、お前は事業や仕事は金さえ払っておけば良いものだと思っているんだろうが、人間ってのは感情で動く生き物だ。自分のために頑張ってくれる相手には、その頑張りに報いてやろうと思うし、逆に割り切った態度の相手には、割り切った対応をするもんだ。何が違うと思う?」
「違い……ですか?」
「何が違う?」
「好き嫌い……ですか?」
「信頼だ。シューイチがヴォルザードに来た直後に靴屋を燃やしたのを覚えてるな?」
「勿論、俺も牢に放り込まれましたから覚えてます」
「あの時に、ケントが何をしたのか知ってるか?」
「それは……靴屋に謝ったりしたんだと……」
「マルセルだけじゃねぇ、俺や守備隊の連中にも、それこそ地面に額をぶつけるぐらい頭を下げて謝って回り、お前らが追い出されないように必死に頼んで回ってたんだぞ」
国分が裏で手を回していたとは思っていたが、そこまでやっていたとは知らなかった。
「その結果、どうなったと思う?」
「えっ? 鷹山の奴が追い出されずに済んだんですよね?」
「それだけじゃねぇ、ケントは街の連中から信頼された。こいつは仲間のために必死になれる奴だ……てな」
確かに、街で耳にする国分の話は、殆どが好意的なものだ。
敵意や悪意を抱いているのは、脛に傷を持つような輩とモテない野郎どもぐらいのものだろう。
「ユースケ、お前らの国ニホンでは、金で割り切った関係が当たり前なのかもしれないが、ここはヴォルザードだ。最果ての街とも呼ばれているのは知ってるな?」
「魔の森に接してるからですよね?」
「そうだ、いつ魔物の群れが襲ってくるか分からない土地だから、他の領地に比べると街の連中の結びつきが強い。万が一の時には、助け合わなきゃ生き残ってこられなかったからだ。ニホンではどうか知らないが、ここでは他人のために必死になれる奴じゃなきゃ信用されない。いくらジテンシャが便利だろうと、お前が今のままでは信用されないし、何か起こった時だって手を貸してもらえないし、実績や利益もお前の手から離れていくぞ」
背中に冷や汗が流れた。
また誰かに手柄を横取りされるのだろうか。
「ど、どうすれば……」
「このジテンシャに関する事業では、儲けることを考えるな」
「えぇぇ……それじゃあ」
「まぁ、最後まで聞け。このジテンシャに関する事業では、多少の損をする程度なら良しとしておけ。その上で、ジテンシャを使ってどれだけヴォルザードの人々の生活が豊かに出来るのか、それだけを考えてやってみろ。お前が本当に街の連中の生活を便利に、豊かにしようと必死になってやり遂げたなら、絶大な信頼を手に入れられる。そいつは、いくら金を出したって買えない財産で、次の事業で稼ぐための最高の武器になる」
「最高の武器……」
「ケントに高額の依頼が来るのも、能力だけでなく信頼があるからだ。お前が楽して稼げるようになるために、決定的に欠けているのが信頼だ。そして、このジテンシャの事業は、お前が信頼を得る絶好のチャンスだ。目先の稼ぎなんか考えるな。街の人々のために、必死になってやってみろ」
「わ、分かりました……」
「いいか、ユースケ。ここはニホンじゃなく、ヴォルザードだ。ここで成功したけりゃ、信頼を手に入れろ」
「分かりました!」
そうか、俺様としたことが、大局を見誤っていたのか。
正直、ただ働きは性に合わないが、将来への投資だと思えば仕方ない。
まぁ、俺様に掛かれば、信頼を得ることだって容易いはずだ。
このレンタサイクル事業を足掛かりに、ランズヘルト共和国の若きビジネスリーダー、ユースケ・ヤギ伝説の幕を開けるとしよう。
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