第548話 コンスタンの考え

 フェルシアーヌ皇国の次の皇帝に指名された第二皇子モンソと、その兄である第一皇子レーブの話を探ってから、バルシャニアの皇都グリャーエフへと移動しました。

 今回は皇帝コンスタンの居場所を探すのに、バルルトを目印に使ってみました。


「バルルト、コンスタンさんはいるかな?」

「わふぅ、執務中です」

「どれどれ……うん、真面目に仕事してるみたいですね」

「わぅ、いっぱい人が出入りしていました」

「それは今日だけ?」

「ここ二、三日です。フェルシアーヌに関する話をしていたようです」

「そっか、いいよ。その調子でコンスタンさんの周囲にも気を配っておいてね」

「わふっ、分かりました、ご主人様」


 ちゃんと仕事をやり遂げて、自慢げなバルルトをワシワシと撫でてあげてから、闇の盾を出して執務室へと足を踏み入れました。

 執務室にはコンスタンの他に四人ほどの執務官がいて、僕が姿を見せるとギョッとした表情を浮かべました。


「おじゃまします。フェルシアーヌの皇帝エグンドが目覚めました」

「おぉ、そうか。して、次の皇帝は決まったのか?」

「はい、第二皇子モンソが指名されました」

「おぉぉ……」


 僕がモンソの名前を口にすると、執務官は驚きの声を上げる者と納得して頷く者に分かれました。


「そうか……では、第一皇子の具合は思わしくないのだな?」

「そうですね。相当頭の切れる人物のように見えましたが、体調は思わしくないようです」


 エグンドの居室から戻った後の様子を伝えると、今度はコンスタンを含めた全員が納得したようです。


「丁度昼になる。食事をしながら、その二人の話をもう少し詳しく聞かせてくれ」

「分かりました」


 今朝はゆっくり起きて、お風呂でセラフィマとイチャイチャしてから食事をして出掛けましたが、時差の関係でちょうどお腹も空いてきました。

 ついでに、今朝のセラフィマとの熱愛ぶりも報告した方が良いでしょうかね?


 場所を移した昼食の席では、コンスタンの他には、皇妃のリサヴェータ、それに第一皇子のグレゴリエ、それに僕の四人でテーブルを囲みました。

 昼食のメニューは麺料理で、厚めのきしめんという感じの麺です。


 スープは鶏ガラを煮出したもののようで、ショウガの風味が効いています。

 具材は鶏肉とニラ、モヤシなどを炒めたもので、甘辛い濃い目の味付けでした。


 きしめんとラーメンを合わせたような感じで、なかなか美味しかったのですが、一つ問題が……。

 どうやら、バルシャニアでは麺を啜って食べてはいけないようなのです。


 リサヴェータだけでなく、コンスタンやグレゴリエもレンゲ状のスプーンの上に麺と具材を乗せてミニラーメンのような状態にして口へと運んでいます。

 僕も同じようにして食べたのですが、やっぱり豪快に啜って食べたいですね。


「そういえば、さっそくリーゼンブルグから書状が送られてきたぞ」

「ディートヘルムからですか?」

「そうだ、これまでバルシャニアからの親書が握りつぶされていた件について謝罪し、これからは新しい時代に向けて友好的な関係を築いていきたいと書かれておった」

「そうですか……まぁ、リーゼンブルグもアーブル・カルヴァインの暗躍によって国内がガタガタになり、まだまだ立て直している最中ですからね」

「バルシャニアもギガースの襲撃さえ無ければ、その混乱に乗じて攻め込みたいところだが、そのような余裕は無いし、なによりケント、そなたを敵に回すような愚行をするつもりは無い」


 アーブルの暗躍に関しては、バルシャニアも陰で繋がっていたようですし、実際、挙兵の計画もしていました。

 あの時は、国境の街チョウスクに集まっていたバルシャニアの軍勢を、寝不足に追い込む悪戯を仕掛け、最終的には従わなければ橋を落とすと脅して止めました。


 今のバルシャニアには、リーゼンブルグへ侵攻する余裕が無いのは分かっていますが、それでも万が一攻め込もうなんて考えるなら、当然同様の手段で止めると伝えました。


「分かっておる。これからの時代、グレナダ川を渡るのは兵士ではなく商隊だ。交易を増やし、国を潤し、民を潤さねばならん。無論、フェルシアーヌについても同じだ」

「そうして下さい。僕は戦いの邪魔はしても、手伝いなんかしませんから」

「それだけの力があれば、一国を切り取ることすら可能であろうに、欲の無い男だ」

「これ以上忙しくなったら、子作りしている暇が無くなっちゃいますからね」

「ふん、それならば依頼を増やさねばなるまいな」


 グレゴリエが頷く一方、リサヴェータからは小言が発せられました。


「あなた、そのような事をおっしゃっていると、セラが里帰りしてくれなくなりますよ」

「な、何を言うか、まだ子供など作らずとも大丈夫と……」

「ケントさんの所へ嫁いだのは、バルシャニアとの繋がりを強固にするため。そのためには、早く子宝にめぐまれませんと……ねぇ、ケントさん」

「そうですね。鋭意努力させていただきます」


 ふふん、努力しちゃいますよ。


「う、うん……それよりも、今はフェルシアーヌの状況だ。次代の皇帝は決まったようだが、すんなりと事は収まりそうなのか?」

「どうでしょう、微妙な感じはしますね」


 食後のお茶が出されたところで、聞き取ってきたモンソとレーブの会話の内容を話しました。


「それでは、第三皇子カレグは、モンソが次の皇帝に就くことを了承しておらんのだな?」

「本人の言葉を聞いた訳ではないですが、皇都から逃亡して籠城となれば反対していると考えるべきでしょう」

「カレグに追従する貴族はどの程度の数になりそうだ?」

「さぁ、そこまでは分かりません。モンソ達は追従する者が現れる前に決着させようと考えているようですが……」

「ふむ……まだ安泰とは言い切れぬようだな」

「父上、まだ国境の備えは解かない方がよろしいですな」

「うむ、まだ時期尚早であろう」


 フェルシアーヌで内乱が起きて、難民が押し寄せてくる事態に備えて、国境には兵士や保存の利く食料などを送っているようです。

 当然、平時とは異なる人員の配置ですから、それ以外の部分に皺寄せが出ているのでしょう。


「バルシャニアとしては、モンソが次代の皇帝に収まる方が都合が良いのですか?」

「そうだな、少なくともキリアと通じていると思われるカレグよりはマシだろう」

「やっぱり、キリアに対する盾の役割を期待しているんですよね?」

「そうだ、キリアに比べれば、フェルシアーヌは国土の広さでも人の数でも遥かに勝っている。いくらキリアが爆剤を量産したところで、フェルシアーヌが簡単に敗れるとは思えぬ」

「もし、フェルシアーヌとキリアの間で戦が起こった場合、バルシャニアはどうされるのですか?」

「その場合は、直ちに食料物資の支援を表明し、実際に行うつもりでいる。後方に不安を持って戦うのと、後方が支えてくれる状況で戦うのでは兵の士気が大きく異なる。盾になってもらうのだから、相応の支援はするつもりだ」

「キリアとの戦いに乗じて、フェルシアーヌの国土を切り取るような考えは……」

「無い!」


 コンスタンは厳しい表情でキッパリと言い切った後で、ニヤリと口許を緩めて付け足した。


「今は……な」

「えぇぇ……それじゃあ、バルシャニアの騎士団が万全の状態だったら、キリアと連携する形でフェルシアーヌを侵略してたんですか?」

「そうではない。戦というものは、そんなに単純に仕掛けられるものではない。たとえ、キリアと連携してフェルシアーヌの皇家を打倒できても、住民は従わないだろう。手を緩めれば反乱しかねない民を統治するのは楽ではないぞ」

「では、やっぱり侵略するつもりは無いんですね?」

「だから、今は……だ。これが、フェルシアーヌ皇家が横暴な統治を行っていて、住民に不満が蓄積されている状況だったらどうだ? 重税に民が苦しんでいる状況で、統治者を倒し、税額を引き下げると約束出来るとしたらどうだ? 土地は武に任せて切り取るだけでは不十分で、後々の統治まで考えて戦を仕掛けねば、元の国土までが揺るぎかねんのだぞ」

「思い付きで仕掛けられるようなものではないのですね?」

「当然だ。兵の命が懸かっておるのだからな」


 戦になれば、当然前線で戦う兵士の中には命を落とす者も出て来るでしょう。

 たとえ戦死者を出しても、結果として国の大きな利益になると確証が持てないならば、戦を始めるべきではないのでしょう。


「父上、この後はいかがいたしますか? 籠城した第三皇子の始末をケントに頼むおつもりですか?」

「その方がバルシャニアにとっては有難いが、今回は依頼せぬ」

「理由を伺ってもよろしいですか?」

「フェルシアーヌの次期皇帝の手腕を確かめたい。おそらく、レーブが下準備を整えている中で、危なげない戦いが出来るか、それともカレグの安い挑発に本能剥き出しで向かっていって墓穴を掘るのか……。ケント、成り行きを見守ってくれ」


 まぁ、この展開は予想していましたし、元々経過は観察するつもりでいましたけど、僕の能力に頼り切りじゃないですかね。

 それを指摘すると、コンスタンは首をかしげてみせました。


「それの何処が悪いというのだ?」

「いや、僕が居なくなってしまったら、同じような事は出来ない訳ですし……」

「当然だな。そなたのような能力を使える者は、バルシャニア中を探してもおらぬだろう。確かに、そなたがいなくなれば代わりの者はおらぬ。だからと言って、今使える手段を使わずに、いつ使うというのだ? いなくなったらどうするかは、いなくなった時に考えれば良い。依頼をする我々が、そなたが特殊な存在である事、当然他者からの引き合いもあり常に我々の要求が通る相手ではないと理解していれば問題なかろう」


 クラウスさんからは、僕に頼り過ぎは良くないと度々言われているので、でしゃばり過ぎかと思いましたが、確かにコンスタンの主張にも一本筋が通っているように感じます。


「我々は、他の者にも出来る事を依頼しようとは思っておらぬ。だが、そなたにしか出来ない事については依頼を控えるつもりは無い。あとは、そちらの都合で受ける受けないを決めてくれれば良い」

「では、今回の報告と今後の経過観察に関する報酬を聞かせて下さい」

「三百万ブルグ。戦況の変化によって、武力介入が必要となった場合には、別途報酬を出す」

「分かりました。お引き受けいたします」

「よろしく頼むぞ、婿殿」

「ご期待に添えられますよう頑張りますよ、お義父さん」


 この後、細々した打合せを行った後、ヴォルザードへ戻りました。

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