第547話 第一皇子レーブ

 フェルシアーヌ皇国の次の皇帝も決まったので帰ろうかと思ったのですが、指名された第二皇子のモンソが第一皇子のレーブに何やら話し掛けています。

 そのまま連れだって移動するようなので、ちょっと後をつけてみます。


 皇帝エグンドの部屋から退出した二人は、レーブの居室を訪れました。

 第一皇子レーブは、頭まで預けられる背もたれが付いたソファーに腰を下ろすと、詰めていた息を吐き出すように長い溜息をつきました。


「ふぅぅぅぅ……」

「兄上、大丈夫ですか?」

「あぁ、大事無い……が、この程度で疲れているとは情けない」


 どうやらレーブは相当な虚弱体質のようで、部屋の中にも漢方薬のような匂いが漂っています。

 侍女が運んできたお茶も、ただのお茶ではなく薬湯のようです。


 モンソに出されたお茶は、普通のお茶のように見えますね、

 二口、三口と薬湯を口にして、ようやくレーブも落ち着いたようで、おもむろに話を切り出しました。


「要件はカレグの処遇だな?」

「エルヴェイユから離れたとなれば、おそらくカレグはジョベラス城へ入るでしょう」

「間違い無いな、守るに易く、攻めるに難し、ジョベラスの攻略は一筋縄ではいかぬぞ」

「はい、まずは投降を呼びかけてみるつもりですが……」

「難しいであろうな」


 レーブの言葉にモンソも渋い表情で頷きました。

 まぁ、エグンドが意識を取り戻したと知った途端、皇都を離れて逃げ出したのですから、素直に投降なんてするはずがないですよね。


「ラインハルト、ここまでの話しぶりだと、二人ともカレグの逃亡は想定していたみたいだね」

『そのようですが、それにしては悠長に構えているように見えますな。堅牢な城に立て籠もられれば対処は難しくなります。であれば、城に入る前に叩くべきでしょう』

「爆剤を使った待ち伏せとかを警戒してるんじゃない?」

『なるほど、そうかもしれませんな』


 地球の紛争地域では、道路脇に埋設した爆弾を爆破したり、自動車爆弾を使ったりします。

 道幅の狭い場所を狙って、自爆攻撃を仕掛けられれば大きな被害が出る可能性があります。


「兄上、カレグが投降に応じなければ、城を攻め立てて降伏させるしかありませんが、ジョベラス城に入るならば当然籠城の準備はしていると思われます」

「であろうな。そもそも、平時においても備えはしてあるだろうし、その上に今回の騒動だから更に準備を上積みしてあるだろう」

「籠城が長引けば、カレグを支持している者達が同調して騒ぎが大きくなる恐れがあります」

「無論、そのような騒ぎは容認出来ぬし、キッパリと皇家への反逆だと告げる必要があるが、何よりも籠城を長引かせずに降伏させる必要がある」

「では、多少の損耗は覚悟の上で……」

「まぁ待て、結論を急ぐな。カレグの所には私の手の者を入れてある」

「えぇぇ……それは本当ですか?」


 なるほど、すでに工作要員を送り込んでいるならば、慌てて追撃を行って爆剤の餌食になる心配は要らない訳ですね。

 驚きを隠せないモンソに対して、レーブは余裕綽々といった感じです。


「ウソを言う理由があると思うのか?」

「いいえ、申し訳ございません」

「潜入させた者達には、既に指示を送ってある」

「と、おっしゃいますと?」

「ジョベラス城に籠城し、追手と対峙を始めても十日の間は動くなと言ってある」

「十日と言う日数には、何か理由があるのですか?」

「カレグの軍勢が緩み始めるまでの時間だ」

「追手がジョベラス城の足元まで迫っても、何一つ戦果を挙げられない日が続けば、当然籠城する側にも余裕が産まれ、油断が生じてくる」

「では、わざと戦果を上げないような戦いをするのですか?」

「というよりも、兵を損なわない戦いだ」


 一旦言葉を切ったレーブは、また薬湯を口に運び二口ほど飲んだところでむせた。


「ごほっ……ごほっ……」

「兄上!」


 レーブは腰を浮かしかけたモンソを手で制し、暫くの間荒くなった呼吸を整えるのに苦労していた。


「ふぅ……どこまで話したかな?」

「兵を損なわない戦いとは?」

「あぁ、知っての通りジョベラス城は堅牢な城だ。無理やり攻め込んでも損耗が激しくなるばかりだ」

「なるほど、兵を損なわないような戦いをすれば、必然的に戦果が上がらないのですね?」

「そうだ。このような下らない戦いで兵を損じるなど、あってはならないからな」

「兵を損なわない戦いについては理解しましたが、間者には何をさせるのですか?」

「食料庫に火を放たせる予定だ。食い物が無くなれば籠城は出来ぬからな」


 確かに、籠城している者達にとっては、食料を失うのは致命的な痛手になりますよね。

 間者への指示はカレグが皇都を発つ以前に出されているでしょうし、このレーブという人物は相当頭が切れそうですね。


「兄上、爆剤に対する指示は出していないのですか?」

「爆剤に関しては手を出すなと言ってある。当然監視の目が厳しいだろうし、不用意に近づいて捕えられれば他の工作が出来なくなるからな」

「なるほど……」

「食料庫に火が放たれれば、カレグは籠城を諦めて打って出るだろう。当然その際には爆剤を使ってくるはずだ。また投降を装って近付こうとする者がいるだろう、離れた場所で衣服を脱ぐように命じて、爆剤を隠し持っていないか改めよ」

「はい、街中では制止する暇もなく突っ込まれてしまいましたが、今度はその様な事が起こらないように徹底いたします」


 服を脱がせて改めれば、爆剤の樽を隠し持っているかどうかは一目瞭然ですね。

 ただ、何人もの爆剤を持った者が一斉に突っ込んで来た場合とか、盾を構えて突っ込んで来たら、どう対処するつもりですかね。


 二人の話を聞いていると、レーブの計画をモンソが代わりに実行しているように見えます。

 想定通りに事態が推移すれば良いですが、イレギュラーな事態が発生した時にモンソは立て直せるのでしょうか。


「どう思う? ラインハルト」

『ジョベラス城が皇都からどの程度の距離にあるのか分かりませんが、レーブからの指示待ちをしていたら痛い目をみるでしょうな』

「それこそ、もたもたしていたらカレグに呼応する貴族も出て来るんじゃない?」

『あり得ますな。ただ、これだけ先を読むのであれば、当然貴族に対する対策も進めているのでしょう』

「じゃあ、レーブとしては、モンソが多少もたつくのも計算の内ってこと?」

『さて、それは当人ではありませぬから分かりかねますが、多少は計算しておるでしょうな』


 この後、レーブとモンソはジョベラス城と思われる図面を見ながら、陣を敷く位置や投降してきた者を留める場所など、細々とした打合せを続けました。

 うん、勢い任せでドーンしちゃう僕は見習うべきだね。


 カレグを投降に導く打合せが一段落した所で、モンソが話題を転じました。


「ところで兄上、先日現れた雷を放つ魔物ですが、まさかカレグが使役しているのでは……」

「いいや、それは無いだろう。私の手元に届いた情報では、カレグの手勢にも被害が及んでいる。それに、爆剤の不可解な爆発など、奴ら以外の力が働いていると考えるべきだろう」

「では、一体どこの者が……?」

「おそらくだが……バルシャニアであろうな」

「バルシャニアが? 一体何のために?」

「フェルシアーヌで内乱が激化し、難民が押し寄せて来るのを恐れたのであろう」


 おっと、こちらの意図を読んでいるみたいですね。

 てか、そこまで読めるなら、内乱になる前に止めてくれませんかね。


「では、バルシャニアには、あのような魔物を使役する者がいると……?」

「いいや、バルシャニアではない」

「えっ、バルシャニアとおっしゃったのは兄上ではございませんか」

「モンソ、バルシャニアの皇女が輿入れした話を覚えているか?」

「あっ! ランズヘルト共和国の冒険者」

「そうだ。嘘か真か、単独でギガースを討伐するという男は、ランズヘルト共和国では魔物使いと呼ばれているそうだぞ」

「では、その者が雷の魔物を使役して……争いを止めた?」

「その可能性が高いな。私の所には、市街地の教会に突然現れた少年と少女二人が、傷ついた住民の治療を行ったという報告が届いている。少年はヴォルザードから来たと言っていたそうだ」


 おっと、そっちもバレちゃってますか……てか、隠す気無かったですけどね。


「ヴォルザードから……どうやって来たと」

「召喚、送還の魔術を使ったらしい」

「そんな、お伽噺じゃあるまいし、召喚術なんて……本当なんですか?」

「教会以外で、それらの者を見たという情報は届いていない。突然現れて、突然消えている。召喚術や送還術でなければ、どうやったと言うのだ?」


 レーブは、モンソが混乱する様を楽しんでいるようにも見えます。


「兄上、この件はバルシャニアに対して抗議を行うべきでしょうか?」

「抗議? なんのために?」

「それは、フェルシアーヌ国内に無断で立ち入り、好き勝手な行動をしていることを把握していると示すためです」

「確たる証が残されている訳でも無いし、被害は雷の魔物に昏倒させられた兵士の他には、教会で騒ぎを起こした者がいずこへか飛ばされたぐらいで、むしろ多くの住民を救ってもらっている。それでも抗議をする必要があると思うか?」

「いいえ、むしろ感謝するべきかと……」

「昨夜の夜襲でも、不可解な現象が起こったと聞いているが」

「はい、我々の手の者が到着するよりも早く、カレグの手勢は何者かと戦闘を行っておりました。まさか、それも……」

「これは私の推測だが、バルシャニアとしてはフェルシアーヌをキリアの侵攻を食い止める戦力としても見ているのだろう。それ故に、内戦によって戦力が低下してキリアに付け込まれるような状況を作りたくないのであろう」

「なるほど……」


 いやぁ、単純に無駄に人が死ぬのが嫌だっただけなんですけど、そういう見方も出来ますか。

 これは、コンスタンに恩を売る時に使わせてもらいましょう。


「兄上、それではバルシャニアは我々と敵対する意志は無いと考えるべきでしょうか?」

「おそらくは、そうであろうな。そもそも、敵対する意志があるならば、もっと直接的な攻撃を仕掛けて来るだろう。バルシャニアは国内に反乱勢力を抱えて、必ずしも一枚岩ではない。ギガースの襲来によって騎士団が痛手を受けたという情報もある。今の時期に攻め込んでくる可能性は、ほぼほぼ無いと考えて良いだろう」

「では、我々は……」

「バルシャニアの動きには、一応警戒しつつも、今はカレグの始末を早く終わらせることに専念すべきだ」

「では、準備が整い次第、ジョベラス城に向けて出立いたします」

「頼むぞ、次代の皇帝陛下」

「兄上、まだ気が早いですよ……」


 レーブとモンソの関係は良好なようですし、カレグを片付ければフェルシアーヌの内乱騒ぎは終結しそうです。


「うーん……ジョベラス城の攻略に手を貸すべきかな?」

『経過を見ておく必要はありますが、余程の事態が起こるまでは無用でしょうな』

「だよねぇ……とりあえず、戦況はフレッドに見守らせてくれるかな?」

『かしこまりましたぞ。では、バステンはシャルターンの探索に戻らせますか?」

「うん、開戦のタイミングとか、資材の需要とか、ランズヘルトに関係しそうなものを重点的に探ってもらって」

『了解ですぞ』


 フェルシアーヌの騒動は、大事にならずに決着しそうですので、さっさとバルシャニアに報告して終わりにいたしましょう。

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