第543話 バルシャニアの思惑

 ヴォルザードへ戻って自宅で夕食を済ませたら、唯香にお説教を食らいました。

 誰ですか、それはお説教じゃなくてご褒美だろう……なんて言ってる人は、そんな訳ちょっとしかありませんよ。


 まぁ、どちらがどんな陣営なんだか、情報が不足している状態で荒っぽく介入しましたから怒られるのも当然でしょう。

 右から左に聞き流した訳ではありませんが、お説教はキリの良いところで終わらせていただいて、ちょっと出掛けさせてもらいます。


 向かった先は、バルシャニアの帝都グリャーエフです。

 そもそも見て来るだけで良い……なんて言われて、詳細な情報を聞いておかなかったのが失敗ですよね。


 グリャーエフは、ヴォルザードからは国二つ分ほど西になりますので、時差があるので、これから夕食というタイミングでした。

 食卓を囲んでいるのは、皇帝夫妻と第一皇子のグレゴリエ、第四皇子のスタニエラです。


 前回は第二皇子ヨシーエフがいましたが、交代したんですかね。


「こんばんは、お食事中に失礼します」

「おぉ、ケントか、どうだフェルシアーヌの様子は見に行ったか?」

「えぇ、今朝フェルシアーヌの皇都エルヴェイユまで行ってきました」

「そうか、どうであった? 何か争いの前兆のようなものは見えたか?」


 皇帝コンスタンは、僕がフェルシアーヌの様子を見に行ったと知って、上機嫌で質問してきましたけど、そんな楽観的な状況じゃないんですよねぇ。


「皇都の西に第三皇子のカレグ、東に第二皇子のモンソが陣を敷いて、市民を巻き込んだ内戦をやってました」

「何だと!」

「ケント、それは本当か!」


 コンスタンだけでなく、グレゴリエまで椅子を蹴立てて立ち上がりました。


「まぁまぁ、今更慌てても仕方ないので、お食事が済んだらゆっくり説明しますよ」

「何を言ってる、そんな悠長な事をしている場合ではないだろう。皇族同士が戦いを始めれば国を二分するような……」

「落ち着きなさい、グレゴリエ」

「母上、ですが……」

「そもそも、ケントさんがいなければ手に入らない情報なのよ。本来なら何日も経ってから伝わってくる情報が今日手に入る。そう考えれば、慌てる必要などありません。ケントさん、飲み物はいかが?」

「では、目が覚めるようなお茶をいただけますか?」


 影の皇帝的存在である皇妃リサヴェータに嗜められれば、グレゴリエも渋々といった表情で席に着くしかありませんよね。

 てか、ちゃっかりコンスタンまで何食わぬ顔で腰を下ろして食事を再開してますね。


「ケントよ、一つだけ確認させてくれ。戦闘は継続しているのか?」

「いいえ、あまりにも酷い状態だったので、眷属を使って戦闘は中断させました」

「では、小康状態なのだな?」

「ええ、今の所は……」


 カレグが夜襲の計画をしている事は、後で説明しましょう。

 皇帝一家が夕食に戻ったタイミングで、フレッドが報告に来ました。


『ケント様、その夜襲についてですが……』

『何か動きがあったの?』

『第二皇子の陣営は、夜襲に備えた防備を固めるようです』

『そこは読んでいるのか、兄弟だものね』

『はい、ただし、どの方向から来るかまでは読み切れていない様子です』

『北か、南か、それとも中央突破か……って事?』

『はい、一応、斥候を出すようですし、いつでも配置を変えられるように備えているようなので、少なくとも一方的にやられるような状況にはならないと思われます』

『分かった、引き続き監視して動きがあったら知らせて』

『了解です』


 皇帝一家の食卓は、早く食べ終えたいコンスタンとグレゴリエに対して、いつも通りのペースを崩さないリサヴェータの攻防が続いています。

 何となく食事中はテレビを見るのを禁止されていて、プロ野球の経過が気になる父と息子みたいな感じですね。


 給仕さんが運んで来てくれたお茶はミルクティーでしたが、濃厚な味わいの後でミントのようにスーっとする香りがしてとても美味しいです。

 さすが、バルシャニアの皇族に出されるものですね。


 きっとお高いんでしょうねぇ……。


「ところで、ケントさん」

「はい、何でしょう、お義母さん」

「孫の顔はいつ頃見られそうかしら?」

「ぶほっ、がはっ……ごほっ……」


 お茶が変なところに入っちゃったよ。


「子供は、その……天からの授かりものですし……」

「そうね……でも、夫としての務めを果たさないと、授かれるものも授かれないのではなくて?」

「そ、そうですね……」

「フェルシアーヌの事など放っておいて、ヴォルザードに戻った方が良いのではなくて?」

「いや、それはちょっと……初めていった国ですけど、罪もない市民が戦闘に巻き込まれて傷つくのを見て見ぬふりはできません。それに、バルシャニアに難民が押し寄せるような事態になったら、セラも心配しますから」

「そうねぇ、実家がゴタゴタしていたら、安心して子作りに励めないわね」

「はい、懸念事項は取り除いておきませんと……」


 皇妃リサヴェータはニコニコと笑顔を浮かべながら、いきなり剛速球を投げ込んでくるので油断も隙もあったもんじゃないです。


「あなた、聞きました?」

「ふん、子供など急がずとも良い」

「何を言ってらっしゃるの、嫁いだ先で子を成すのは嫁の務めです。それにケントさんが、懸念を取り除くのに手を貸して下さるそうよ」

「おぉ、そうかそうか、うむうむ、子作りに専念するには懸念を取り除く必要がある……確かにその通りだな」


 うわっ、やられた……剛速球で追い込まれて、チェンジアップで三振に切って取られた感じだよ。

 あまりの切れの鋭さに、手も足も出ませんでした。


 どこかで一矢報いないと、一生バルシャニアに扱き使われそうですよね。

 僕のしかめっ面までオカズにされる夕食が済み、改めてお茶が淹れられたところで今夜の本題とまいりましょう。


「では、ケントよ、フェルシアーヌの様子を聞かせてくれ」

「はい、前回言われた通りに、これ見よがしに目立つ塔を目印にしてエルヴェイユに向かったら、既に街のあちこちで火の手が上がっていました」

「どちらが優勢だったのだ?」

「まだ情報を集めている段階ですが、先に第二皇子モンソが皇都を制圧していた所に、第三皇子カレグが戦いを仕掛けたようで、カレグの方が優勢でした」

「国から与えられる戦力に大きな差があった訳ではなかろう。最終的には兵を指揮する技量の差か?」

「いえ、カレグの陣営は爆剤を使用していました」

「爆剤だと! カレグはキリアと手を組みおったのか」

「かなりの量を持ち込んでいたので、恐らくは……」

「ぬぅ……」


 フェルシアーヌの皇族がキリア民国と繋がっていたのは、コンスタンにとっても想定外の事態だったようです。


「その爆剤は、どの程度残っているのだ?」

「とりあえず、カレグの陣に置いてあったものは、火を点けて全て爆破しました」

「では、もう手持ちの爆剤は無いのだな?」

「今の時点では……ですね。皇都から離れた場所に隠してあるとしたら、探しようがありません」

「そうか……しかし、カレグがキリアと手を組んでいるとなると、少々厄介だな」

「対策を進める前に、フェルシアーヌの皇族に関する情報をもらえませんか? 基本的な情報すら無い状態で内戦を止めて来いと言われても動きようがありません」

「うむ……そうだな、少し情報を共有するとしよう」


 コンスタンの話によると、現在のフェルシアーヌ皇帝エグンドには五人の息子がいるそうです。


「第一皇子のレーブは生まれつき体が丈夫ではないので、皇帝の激務をこなすのは難しいと皇都でも噂されているようだ」

「今回の戦いは、第二皇子のモンソと第三皇子カレグによるものですが、第四皇子、第五皇子は皇位継承には興味ないのでしょうか?」

「こちらに入っている情報では、全くその気が無い訳ではなさそうだが、現状はモンソとカレグの争いとみて良いだろう」


 コンスタンの見立てでは、モンソとカレグは一長一短、どちらが皇帝となったところでバルシャニアとの関係は揺るがないと考えていたそうです。


「問題は爆剤……というかキリアとの関係ですね?」

「そうだ。これまでフェルシアーヌは、キリアとヨーゲセンの戦に関して中立の姿勢を貫いてきた。それ故に、ヨーゲセンが押し込まれた状況から盛り返し、今はほぼ元の国境線で睨み合う膠着状態になっている」

「もし、フェルシアーヌがキリア支援に回ったら、どうなります?」

「ヨーゲセンが苦しくなるのは必定だな。だが、問題はその後だ」

「バルシャニアへの影響ですね?」

「うむ、国の規模を考えれば、簡単に攻め込んで来るとは考えにくいが、キリアに背中を突かれる心配が無くなれば……場合によっては仕掛けてくるかもしれん」


 現在、バルシャニアとフェルシアーヌは良好な関係にあるそうですが、もし険悪な関係になったとしても、キリアからも戦いを挑まれて挟み撃ちにされる心配があるなら、フェルシアーヌとしては安心して戦いに臨めません。


「でも、それはバルシャニアも同じじゃないですか?」

「なんだと、どういう意味だ?」

「だって、バルシャニアの皇族であるセラフィマが、リーゼンブルグの王都アルダロスを訪問したんですよ。その後の交流がどうなっているのか知りませんが、フェルシアーヌから見れば、バルシャニアはいつでも攻めて来られる体制を整えた……と思うんじゃないんですか?」

「ふむ、言われてみれば確かにその通りだな」

「キリアとすれば、ヨーゲセンとの戦いを有利に進めたいからフェルシアーヌと結び、フェルシアーヌとしては、バルシャニアへの牽制としてキリアと結び付く……という感じじゃないんですかね。ただ、生身の人間を使って自爆攻撃を仕掛けるのはいただけません」

「なんだと、アンデッドを使っておらぬのか」

「はい、恐らく闇属性の術士を用意できなかったんでしょう」

「そうであろうな……しかし、酷いな」

「一体、どうやって自爆を受け入れさせたのでしょう?」

「さて、そこまでは分からぬが、家族や仲間の命と引き換えとか……いずれにしてもまともな方法ではないだろうな」


 生身の人間を自爆に使っていると聞いて、コンスタンは不快さを露わにしました。


「自爆させられた者達は奴隷や犯罪者かもしれぬが、そうであったとしてもフェルシアーヌの国民だ。私欲のために国民の命を使い捨てにするような者とは、良好な関係が築けるとは思えん」

「では父上、我々は第二皇子支援で動きますか?」

「まぁ待て、グレゴリエ。物事はそんなに単純ではない。我々が表だってモンソ支援に動けば、当然キリアもカレグ支援の度合いを強めるだろう。そうなれば、一番恐れているフェルシアーヌを二分する内戦になりかねん」


 確かに、地球でも何処かの大国と、何処かの大国の代理戦争みたいな内戦が起こっています。

 下手に支援すれば泥沼に陥りかねませんね。


「それでは、キリアがフェルシアーヌに食い込むのを指を咥えて見ていろと申されるのですか!」

「落ち着け、グレゴリエ。セラフィマが安心して子作り出来るように、懸念の払拭にはケントが手を貸してくれると聞いたばかりだろう」

「えぇぇ……それって、ちょっとズルくないですか?」

「なんだ、手は貸してくれんのか?」

「いや、貸しますけど……」

「何もタダで働けとは言わぬ、相応の謝礼はするから手を貸してくれ」


 バルシャニアの皇帝に頭を下げられちゃったら断れませんよね。


「はぁ……分かりました。僕としても下らない内戦で市民が傷つくのは見たくないので協力しますが、具体的にどうすれば良いんです?」

「なぁに、そんなに難しい話ではない。人を一人治療して、手紙を届けてもらうだけで良い」


 コンスタンは、実に楽しそうな笑みを浮かべてみせました。

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