第542話 フェルシアーヌの皇子

 ザックリとした状況しか説明せず、危険があるかもしれないと言ったのに、唯香もマノンも二つ返事でフェルシアーヌ皇国行きを了承してくれました。

 うん、マジで僕のお嫁さんは天使、僕のお嫁さんは天使です。


 とても大事なことなので二回言いました。

 てか、説明不足なので、後でお説教を食らうのは、ほぼほぼ確定なんですけどね。


 一応、教会の職員さん達にもお願いして、二人の安全には気を配ってもらっていますが、影の空間からヘルトとフルトに見守ってもらっています。

 その他、怪しい兵士が教会に寄って来ないように、影の中から外部もコボルト隊に見張ってもらっています。


 今回は、僕も唯香と一緒に治療にあたっていますが、改めて比べてみると僕の治療の何と雑なことか。

 傷口の衛生状態とか、体温などの状態とか、全く確かめずに力技で治しちゃってました。


 それに比べて唯香の治療の丁寧さには惚れぼれしちゃいますね。

 うん、何度だって惚れ直しちゃいますよ。


 僕も少しは唯香を見習って、丁寧に治療しましょうかね。

 それと、今日は唯香とマノンをヴォルザードに送還するだけの魔力は残しておかないと駄目ですね。


 二人は残るというかもしれませんが、キリの良い所で治療を切り上げて帰ってもらうつもりです。

 二人を送還したら、僕も事情を聞いてからヴォルザードに戻るつもりでいます。


 戦闘を中断するように介入しましたが、次の皇帝選びはフェルシアーヌ皇国の人達が考えるべきです。

 介入したのは、関係のない市民が戦闘に巻き込まれているのと、このまま戦闘が続けば国を割る内紛に発展して、多くの難民が発生する恐れがあったからです。


 治療を続けている間にも、各陣営を調べに行っていたバステンとフレッドから報告が届きました。


『ケント様、どうやら青い襷を掛けた軍勢が第二皇子が率いる勢力で、赤い襷は第三皇子が率いる勢力のようです』

『内戦に至った経緯とかは分かった?』

『詳しい内容までは分りませんが、先に第二皇子が皇都を占拠し、その情況を打開すべく第三皇子が爆剤を使った攻撃をしかけたようです』

『それぞれの評判は……僕が聞き込みした方が早いか』


 命の危険がありそうな負傷者の治療を終えた辺りで、魔力切れを起こして気を失っていたシスターが目を覚ましました。

 やはりフェルシアーヌ皇国でも治癒魔術を使える人は貴重らしく、聖女様と呼ばれているのですが、避難してきた人達が『聖女様』と声を上げると、ちょっと唯香が反応しかけてましたね。


 ラストックの駐屯地では、ずっと聖女様と呼ばれてましたからね。

 フェルシアーヌ皇国の聖女様が治療に復帰したタイミングで、少し休息させてもらいながら騒動に関する聞き込みを行いました。


 話を聞いたのは、僕の治療の手伝いをしてくれていた教会職員のグリプさんです。


「今回の騒動は第二皇子と第三皇子の争いのようですが、第一皇子はどうされたのですか?」

「レーブさまは、生まれつき体が丈夫でなかったそうで、一ヶ月ほど前の十八歳のお誕生日に、自ら皇位継承権を返上なさったそうです」

「今回の騒動は、それが切っ掛けなんですか?」

「その通りです。当初、第二皇子のモンソ様が皇都をご自身の兵で支配下に置かれたのですが、それに反発した第三皇子カレグ様が兵を送って来られて……」

「今に至る……って事ですね?」


 大体の事情は飲み込めたのですが、一つ大きな疑問が残っています。


「あの……現在の皇帝はどうかなさったのですか?」

「はい、噂では病に臥せっておられるそうです」

「それは命に関わるような重い病気なんですか?」

「このような状況が放置されているのですから、皇帝陛下の状態は思わしくないのでしょう」


 皇帝陛下は重たい病、継承順位一位の第一皇子は継承権を辞退……なんて情況になれば、我こそは……と考えてしまうのは、ある意味当然なのでしょう。


「ここだけの話、ぶっちゃけ第二皇子と第三皇子、どちらが評判良いんですか?」


 僕の質問に、グリプさんはすぐ返事をせず考えこみました。


「私たちのような平民は、皇族と直にお会いする機会はございませんので、あくまでも噂話を聞くだけですが、どちらかと聞かれれば……モンソ様の方がマシかと……」

「理由を聞いても……?」

「カレグ様は御気性が荒く、敵対する者には容赦が無いそうです」

「なるほど……爆剤を使った戦いぶりからも、そんな感じはしますね。じゃあ、第二皇子が皇位を継承した方が良いのか……」

「そういう意見が多いように感じますが、あまり大きな声では言えませんが、モンソ様には良からぬ噂がございまして……」


 最初は口が重たい感じでしたが、話し始めるとグリプさんは止まらなくなるタイプのようです。

 とは言っても、噂というのは幼女趣味だとか、貴族の夫人と不倫関係にあるといったゴシップばかりで、どこまで信用して良いものか分かりません。


 てか、殆ど疑わしいものばかりですね。

 むしろ、本気で聞いてしまうと変な先入観を持ちそうなので、話半分に聞き流して休憩を終えて治療に戻りました。


 レビン、トレノや眷属のみんなのおかげで戦闘は終結しましたが、その後も教会へは多くの怪我人が運ばれてきました。

 治癒院では治療費が高すぎるので、聖女様の治癒魔術頼みのようです。


 とりあえず、日が傾き始めた所で、唯香とマノンには活動を中止してもらい、ヴォルザードに戻ってもらいます。


「唯香もマノンも、急なお願いに応えてくれてありがとう」

「健人、帰ったらちゃんと説明してよね」

「包み隠さず全部だからね」

「うん、分かってる。ちゃんと説明するよ」


 僕らが帰還の準備をしていると、フェルシアーヌ皇国の聖女テレーシアさんが治療を中断して歩み寄ってきました。


「皆様、帰られてしまうのですか?」

「申し訳ないけど、彼女達にも生活がありますので……」

「そうですね。これほど協力していただいて、何のお礼も出来ない上に、これ以上のお願いは厚かましいですよね」


 テレーシアさんは、二十代後半ぐらいに見える女性ですが、教会で純粋培養された感じです。

 僕みたいに、もっぱら影の中で暗躍しているような人間から見ると、もの凄くピュアで眩しい存在です。


「僕らがお手伝いを限定するのは、これはフェルシアーヌ皇国の問題だから、やはり皆さんの手で解決するべきだと思ったからです」

「私達の手で……ですか?」

「僕はフェルシアーヌ皇国に関して殆ど知識を持ち合わせていません。ただ今回の戦いが皇位継承に絡むものである程度しか知りません。皇族や貴族と一般市民がどんな関係なのか、身分制度の厳しさとか法律とか知りませんけど、次の皇帝を決めるために市民の血が流れるなんて間違っています。戦いではなく、話し合いで結論が出るように、皆さんからも働きかけて下さい」

「私達から……」


 市民の意見主導で次の皇帝を……みたいな展開を期待したのですが、盛り上がるどころか話を聞いた人達は困惑を隠せない様子です。

 どうやら、皇族とか貴族などの身分が重視される国みたいですね。


「唯香、マノン、準備はいい?」

「いつでもいいわよ」

「僕も大丈夫」

「ではでは、送還! それでは、次の皇帝が平和的に選ばれることをヴォルザードからお祈りしております」

「あっ、待って……」


 テレーシアさんに待ってと言われたけれど、待たずに闇の盾を潜って影の世界へと潜りました。


「バステン、フレッド、両陣営に案内してくれるかな?」

『かしこまりました。どちらも本日の戦闘は諦めたようです』

『第三皇子は、爆風で怪我をしたらしい……』

「後方の爆剤の爆破によるものだね。怪我の具合は重いの?」

『命には別状は無いし……既に治療も終えてる……』

「ちょっと残念な気もするけど、僕が手を下して排除するのはちょっと違うと思うので、まぁ良かったのかな」


 最初に向かったのは、皇都の東側に陣を敷く第二皇子モンソの陣営です。

 陣を敷くと言っても、皇都から続く街道沿いの農家を接収して本陣としているようです。


 この家の住人が何処に行ってしまったのか分からないけど、元は食堂らしき部屋がモンソ陣営の司令部のようです。


『ケント様、中央に座っているモノクルを掛けた男がモンソです』

「外で指揮を執ったりしないの?」

『戦闘が続いていた時には、外部で報告を聞いていましたが、レビン達が暴れ回った後は部屋の中で報告を受けています』


 モンソの目の前のテーブルには、皇都を描いた地図が広げられ、ピンが刺さっています。

 どうやら、味方の兵士の配置を現しているようですが、モンソは地図には目もくれず、腕組みをして目を閉じていました。


「あれは、何をしているの?」

『部下からの報告を待っている所です』

「報告って……?」

『敵味方の戦力の現状を調べさせて、勢力分布を作り直しているようです』

「それが出来てから作戦を考えるの?」

『おそらく、そうなると思われます』

「それって後手を踏む事にならない?」

『なりますね。実際、戦闘が行われている最中は、対応の遅れが目立ちました』

「でも、皇都を先に占領してたのはモンソなんでしょ?」

『そうです、おそらくですが、事前に綿密な計画を練ってある時には、迅速に行動出来るのでしょう。ただ、その計画を崩されると……』

「対応が後手に回ってしまう」

『その通りです』


 なんとなく、モンソは聖女様と同様に、皇族として純粋培養された人という感じがしますね。

 眼を閉じて落ち着いているように見えて、右足は貧乏ゆすりを続けています。


「じゃあ、第三皇子の陣営も覗いておこう。フレッド、案内して」

『りょ……』


 フレッドに案内された赤の陣営は、家ではなく天幕の集まりですが、破れたり焦げたりしているものが目立ちます。

 天幕のいくつかは野戦病院のようになっていて、多くの兵士が苦痛に呻いていました。


「ここにいる人たちは、爆剤の爆発に巻き込まれた人なのかな?」

『そう……レビン、トレノに倒された連中は、気絶した者はいたけど、もう起きて動いている……』


 そういえば、第二皇子の陣営でも大量の遺体は目にしませんでした。

 どうやら、レビンとトレノが上手く調整してくれたようです。


 あとでたっぷり撫でてあげないといけませんね。


「ところで、第三皇子は?」

『いつも動き回っている……いた、あれ……』

「えっ……子供?」

『じゃない……あれでも十八歳……』


 第三皇子カレグは、パッと見た感じ身長が百四十センチぐらいしかありません。

 ですが、筋肉の付き方は確かに大人で、金属製の鎧を着こんでいますが軽々と歩き回っています。


 頭に巻かれた包帯には、薄っすらと血が滲んでいます。

 爆風で飛んだ何かの破片の直撃を食らったのでしょう。


「これなら、まだ一週間は戦えるな? 向こうの戦力も減っている、十分に勝ち目はあるぞ」

「では、明日の夜明けと同時に戦いを再開なさいますか?」

「ぬるいぞ。今夜夜襲を掛けるから支度をしておけ。皇都の南側を回り、モンソの陣を強襲する。今夜のうちにモンソを打ち取り、明日は残党狩りだ、分かったか」

「ははっ、直ちに準備に取り掛かります」


 一緒に歩いていた兵士が、一礼した後で駆け出して行ったのを見て、カレグは満足げな笑みを浮かべて見せた。

 どうやらモンソが静、カレグは動といった感じのようです。


 さて、皇子二人の顔も確認したので、別の場所からも情報を引き出すとしましょう。

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