第541話 遅れた決断
フェルシアーヌ皇国の皇都エルヴェイユにある教会に運び込まれて来る怪我人の多くは、爆剤を使った攻撃によって負傷しているようです。
崩れてきた瓦礫が頭にぶつかったとか、倒れて来た塀の下敷きになったとか、爆風で手足を失った人もいます。
「はい、これで腹部の損傷は治しました。左腕の骨折は申し訳ないですが後回しにさせて下さい」
「そんな、命を救っていただいただけでも有難いです。本当にありがとうございます」
「では、次の重傷者を……」
「こちらの方をお願いいたします」
僕の他にも、修道服に身を包んだ女性が治療を行っていますが、教会の外からは断続的に爆発音が響いてきて、次々に怪我人が担ぎ込まれて来ます。
治癒魔術を使えるのは、この女性だけのようで、これじゃあ治療が間に合わないですよね。
唯香に来てもらいたい所だけど、情勢が不安だし、ちょっと呼ぶのを躊躇ってしまいます。
僕は教会の職員らしき男性にお願いして、優先的に見る必要のある重傷者をピックアップしてもらい、救命重視で治療を行っています。
治療を行う人の条件として、重症者である事の他に民間人である事も追加させてもらいました。
ぶっちゃけ、こんな騒動を起こしている兵士なんて治療する気になれません。
「おい、そこのお前、こっちを先に治療しろ!」
いきなり肩を掴まれて振り返ると、青い襷を掛けた兵士が横たわっている兵士を指差していました。
どうやら、こちらの兵士も自爆攻撃を受けたのでしょう、鎧ごと右の腕が無くなっています。
「鎧を脱がせて、清潔な布を押し当てて止血してください。それでも血が止まらないなら傷口を焼き固めればいいんじゃないですか?」
「何だと、貴様……だれに向かって口を利いているのか分かってるのか!」
「こんな街中で戦いを行って、多くの市民に犠牲を出してる馬鹿野郎でしょ」
「このガキ……ぐわぁ」
兵士が僕に向かって振り下ろしてきたガントレットに包まれた右の拳は、展開した闇の盾によって阻まれました。
「送還!」
右手を痛めて動きを止めた兵士を送還術で入り口近くの空きスペースへ飛ばしました。
ただ飛ばすだけじゃ能が無いので、床から2メートルぐらいの高さに飛ばしてやりました。
ガシャ──ン……っと大きな音を立てて落下した兵士は、受け身も取れなかったらしく、倒れたまま起き上がれずに呻いています。
重傷者の所へ案内をしてくれている教会の関係者らしい男性は、突然目の前から兵士が移動したのを見て目を丸くしています。
「ど、どうなってるんだ……」
「あんなのは放っておいて、重傷の方を治療しますよ」
「いや、我々よりも騎士様を先に……」
「僕は騎士の治療はしません。次の方はどちらですか?」
「こ、こちらへ……」
強い口調で騎士の治療を拒否すると、案内の男性は渋々といった感じで次の患者へと案内してくれました。
ズーン……
次の患者の所に移動する途中で、重たい爆発音が響いて、教会の窓がビリビリと震えました。
なんだか爆発音が近付いて来ている気がします。
『ラインハルト、コボルト隊を使って爆剤を置いている場所を探して火属性の魔法を撃ち込んで来て』
『奪って来なくてもよろしいのですか?』
『うん、火遊びをするとどうなるか思い知らせてやって』
『ぶははは……了解ですぞ』
影の空間から、ドーンだ、ドーンだ……と、マルト達がはしゃいでいるのが伝わってきます。
自爆攻撃なんて手段を使う連中には、自分たちが狙われたらどうなるか、キッチリ教えてやりましょう。
それに赤陣営の皇帝候補が、己が用意した爆剤で爆死しちゃえば、この馬鹿騒ぎも終わるでしょう。
それとも、槍ゴーレムでもお見舞いしてやりましょうかね。
次に治療した人は、左足を膝から下で失っていました。
魔力をドカっと注ぎ込めば、欠損部位まで復元は可能ですが、それをやると他の人の治療が出来なくなりそうです。
なので、送還術を使って傷口を綺麗に切断し、更に切断面から骨の部分を3センチほど切り落とし、肉が盛り上がるように治癒魔術を掛けて治療は終わりです。
二人ほど重傷者の治療を終えた所で、教会の中に悲鳴が響きました。
何事かと視線を向けると、先程送還術で投げ飛ばした兵士が抜き身の剣を片手に、僕の方へと向って来るのが見えました。
「舐めた真似しやがって、ぶっ殺してやる!」
こんな奴が騎士なんて、この国はどうなってるのかね。
この前捕縛したリバレー峠の山賊と大差ないですね。
「召喚! おっとっと……」
「なっ……なんだと?」
兵士が握っていた剣を、召喚術で柄ギリギリの根元で切断して手元に引き寄せました。
思っていたより重たくて、危うく足の上に落としそうになっちゃいましたよ。
「次は、腕の根本から切り落とします。他人を切ろうとするなら、切られる覚悟はできてますよね?」
「くっ……」
柄だけになった剣を握った兵士が、悔し気に顔を歪めた瞬間、ズドーン……っとこれ迄とは桁違いの爆音が轟き、教会の窓が吹き飛びそうに震えました。
『ケント様、赤の陣営の後方に保管されていた爆剤に火を放ってきましたぞ』
ラインハルトが話している間にも誘爆の音が響いて来ました。
『これで、一旦戦闘は停止するかな?』
『おそらくは、逆に青の陣営が反転攻勢に出なければ……ですな』
『じゃあ、今のうちに治療に専念しちゃおう』
赤陣営の侵攻が止まれば、戦闘も中断すると思って治療を再開したのですが、運び込まれてくる怪我人の数が一向に減りません。
それどころか、散発的に起こる爆発音は止まず、むしろ近付いてきている気がします。
「これで大丈夫です。傷口は塞ぎましたが、出血が酷かったようですから安静にしていてください」
「ありがとうございます」
頭に大きな切り傷を負っていた子供を治療すると、母親から拝まれてしまいました。
メイサちゃんより年下の女の子で、母親もアマンダさんよりスマートだけど、どうしてもダブって見えてしまいます。
冷静に治療を進めないといけないのに、一般市民を巻き込んで争っている馬鹿野郎共に腹が立って仕方ありません。
「あぁ……聖女様!」
突然沸き起こった悲鳴を聞いて視線を向けると、治療を行っていた修道服姿の女性が膝をついて蹲っていました。
どうやら、魔力切れを起こし掛けているようです。
『ラインハルト、外の状況は?』
『思わしくありませんな。どうやら後方からの情報が前線に届いていないようです』
込み入った街中での戦闘なので、赤の陣営はとにかく西から東に向かって進み、皇都の占領地域を拡大するように指示されているようです。
後方に保管しておいた爆剤が爆発しても、最前線にいる兵士は状況が伝わらず、最初の指示通りに戦闘を続けているらしいのです。
この後どう動いたら良いか考えていると、すぐ近くで爆発音が響きました。
「きゃぁぁぁぁぁ……」
「闇の盾!」
爆風によって明り取りの窓が吹き飛び、降り注いでくるガラスに向かって闇の盾を展開しましたが、カバーしきれずに新たな怪我人が出てしまったようです。
「くそっ、これじゃ駄目だ……キリが無い!」
教会の周囲だけでも安全を確保しておくべきだったのに、自分の判断の遅さを後悔していると、入口の方がガシャガシャと騒々しくなりました。
教会に踏み込んで来たのは、赤の襷を掛けた五人ほどの兵士でした。
「ここは我々が接収する。全員、皇都の東に向かって移動しろ!」
「ふざけるな!」
先程、僕に絡んできた兵士が、どこからか持ってきた別の剣を振るって斬りかかり、乱闘が始まりました。
金属鎧を着けた者同士の戦いなので、一撃では勝負は決まらず、金属音を響かせての殴り合いのようになっています。
戦いに巻き込まれないように、避難していた人達が我先にと逃げ惑い、教会の内部は大混乱に陥りました。
「送還!」
暴れ回っている六人の兵士を、まとめて教会の外、皇都の西側の上空へと放り出しました。
二十メートルぐらいの高さに転送したので、たぶん誰も助からないでしょう。
闇の盾を出して影の空間に潜り、眷属に指令を出します。
「レビン、トレノ、街中にいる鎧を着た兵士を制圧して」
「任せるみゃ」
「行ってくるみゃん」
金属鎧の兵士にとって、サンダーキャットのレビンとトレノの相性は最悪でしょう。
感電死する者も出るでしょうが、内戦に参加してるなら死ぬのは覚悟の上でしょうから気にしません。
「ゼータ、エータ、シータは、コボルト隊と一緒に爆剤を探してラインハルトに報告、全部焼き払って」
「おまかせ下さい、主殿」
「ラインハルトは全体の統率をお願い」
『ケント様の護衛はいかがいたします?』
「サヘル、武器を持った人間が近づいてきたら教えて、危ないと思ったら倒していいけど、峰打ちにして」
「斬らないのですか?」
「うん、峰打ち」
「残念です……」
ちょっと不満そうなサヘルを撫でてやってから、教会に戻って治療を再開しました。
うん、空には雲一つなかったはずだけど、教会の外から凄い雷の音がしますね。
更に連続して爆発音が聞こえてきます。
僕の苛立ちが眷属のみんなに伝染しちゃっている感じです。
「ど、どうなっているんですか……騎士様たちはどこに行かれたのですか?」
「治療の邪魔なので、追い出しただけです。それよりも、治療を再開しましょう」
「はい……あぁ、聖女様が」
「どうやら魔力切れみたいですね」
修道服姿の女性は、同じ修道服姿の女性に体を預けて、気を失ってしまっているようです。
とりあえず、魔力の回復を助ける薬を胃に放り込んで、軽く治癒魔術を掛けておきましょう。
うん、これは僕一人じゃ無理そうだから、援軍を呼びに行きましょう。
『ラインハルト、状況を教えて』
『街の外に陣を構えている者を除いて、兵士の制圧は完了、爆剤の処理も終えましたぞ』
『じゃあ、教会の周囲にコボルト隊を配置して、武器を持って近づいてくる怪しい連中は制圧して、武器を取り上げるようにしてくれる?』
『了解ですぞ、唯香殿を迎えに行かれるのですな?』
『うん、僕一人じゃ無理そうだからね』
ではでは、頼もしい援軍を迎えに行きますかね。
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