第540話 フェルシアーヌ皇国
街が燃えています。
高い丘の上に建つ壮麗な尖塔を持つ城の足下で、街並みのあちこちで火の手が上がっています。
既に焼け落ちて、瓦礫が重なるだけとなった地区もあります。
街の一角では兵士達が魔法を撃ち合い、剣を振るって戦っていました。
片方の兵士は青い襷を掛け、もう一方の兵士は赤い襷を掛けています。
鎧が似たような形なので、敵味方を見分けるための目印なのでしょう。
街角の一角、通りを挟んだ戦闘を見守っていると、赤の陣営から鞄を背負った中年の男が一人飛び出して来ました。
「助けてくれぇ! 殺されるぅ!」
武器も持たず、防具も身に着けていない男の顔は、殴られたようで青黒く腫れあがっています。
「早く来い! こっちだ!」
青の陣営の兵士が隊列に隙間を作り、中年の男を招き入れた直後でした。
ズーン……
駆け込んだ男を中心にして爆発が起こり、青の陣営の兵士達が吹き飛ばされました。
「今だ、突っ込め! 一人残らず、皆殺しにしろ!」
赤い襷を掛けた兵士が、誰の指示で動いているのか分かりませんが、爆剤を使った自爆攻撃を仕掛けたようです。
それも、アンデッドではなく生身の人間を使って……。
バルシャニアの皇帝コンスタンから頼まれた、フェルシアーヌ皇国の様子を確かめに星属性魔術を使って皇都エルヴェイユまで意識を飛ばしてみたのですが、そこは既に戦場と化していました。
バルシャニアの帝都グリャーエフから街道を道なりに進み、これみよがしに目立つ塔を持つ城が見えたら、そこが皇都エルヴェイユだと教わって来たのですが、確かに目立つ塔はありましたが、それよりも立ち上る黒煙が異常事態を告げていました。
「これは酷いなぁ……でも、全然情報が無いから何がなんだか分からないよ」
コンスタンからは、フェルシアーヌ皇国で皇位継承争いが起こっているとは聞きましたが、どういう間柄の誰と誰が争っているなどの情報は貰っていません。
青と赤で対立しているのでしょうが、誰の手勢だとか、どちらが優勢とかまるで分かりません。
ただ一つだけ分かるのは、赤の陣営が隣国キリア民国から爆剤の提供を受けていて、生身の人間を使って自爆攻撃を仕掛けるような奴らなのは間違いないでしょう。
「これは、僕一人じゃ判断に困りそうだなぁ……」
一旦、意識を影の空間に置いてある体に戻して、改めてラインハルトと一緒に皇都エルヴェイユを訪れました。
『なるほど、これは完全な内戦状態ですな』
「うん、でも、どっちが何の陣営なんだか情報が無くて」
『ケント様、それならば城に参りましょう。城にいる兵がどちらの勢力なのか、あるいはどちらでもないのか……まずはそれから確かめましょう』
「分かった」
高い丘の上に作られた城の内部は、騒乱が続いている街中とは別世界のように静かでした。
城へと続く坂道や門を守る兵士達は、青い襷も赤い襷も掛けていません。
「どういう事?」
『おそらくですが、城にいるのが現皇帝、外で争っているのが次期皇帝の座を狙う者達なのでしょうな』
「という事は、現在の皇帝は戦いを止めるほどの影響力が無いってこと?」
『そうなのでしょう』
続いてラインハルトと一緒に城の尖塔の上へと移動すると、少し状況が見えてきました。
『御覧下さい、ケント様。あちらが赤の軍勢の本陣、こちらが青の軍勢の本陣ですな』
ラインハルトが指差す方向を見ると、赤い旗が何本も立っている場所と、青い旗が何本も立っている場所がありました。
皇都を挟み、西側が赤の陣営、東側が青の陣営のようです。
「これって、どちらかが皇都を占拠すれば、次期皇帝が決まって騒ぎが収まったりするものかな?」
『それは難しいでしょうな。たとえば、赤の軍勢が皇都を占拠したところで、青の軍勢が全滅する訳ではないでしょう。どこか近隣の街まで後退したとしても、皇都を奪還する機会を窺うでしょうな』
「最悪、国を二分して……って、もうなってるのか」
まだ、エルヴェイユ以外の街を確かめてはいませんが、もしかするとあちこちの街で戦闘が行われているかもしれません。
「城の南側では赤の陣営が優勢みたいだけど、北側は青の陣営が押し込んで……うぉぉ、また爆剤だ」
『ケント様、生身の人間が運んでいたように見えましたが……』
「そうなんだ、アンデッドじゃなくて普通の人が使われている」
『何たる事を……』
生身の人間を使って自爆攻撃を仕掛けていると知り、ラインハルトは憤懣やるかたないといった表情を浮かべています。
うん、骨だけどちゃんと分かりますよ。
「改めて見てみると、皇都の西側の方が酷い状態だね」
『おそらく青の軍勢が先に占拠していた所に、赤の軍勢が押し込んで来ているのではありませんか?』
「なるほど、そう言われれば、火の手が上がっているのも殆ど城の西側だね」
城の東側でも黒い煙が上がっている場所がありますが、周囲の建物は壊れておらず、両軍による戦闘ではなく自爆攻撃が行われたようだ。
「こんな悲惨な状況を作って、皇帝に即位しても民衆の支持は得られないんじゃない?」
『でしょうな。いくら住宅再建などの資金を援助しても、戦乱を起こした当事者への恨みは残ります。見たところ、市民にも多くの犠牲が出ているようです』
確かに、最初に星属性の魔術で街中を見た時に、焼け落ちたり、崩れた建物の間に、多くの遺体が放置されてたままになっていました。
その多くは、鎧などで武装した兵士ではなく、普通の格好の普通の人々に見えました。
家族や親戚、友人知人を殺された人々は、どちらの陣営に対しても不満を抱くでしょう。
たとえ皇位を継承しても、国の根幹が揺らいでしまうような気がします。
「さて、どうしたものかね……」
『ケント様、介入されるのですか?』
「僕としては、この戦闘状態がエルヴェイユだけで、しかも短期間で収まるならば放置しても構わないと思うんだけど、戦乱がフェルシアーヌ皇国全体に波及するならば歯止めを掛けたいと思ってる」
『それは、バルシャニアへの影響を考慮して……ですかな?』
「うん、戦乱が全土に広がれば、多くの難民がバルシャニアへと脱出を図ると思うんだ。そうなると、ギガース討伐で痛手を受けたバルシャニアにとって、また余計な労力を使う案件が増える事になるよね」
『確かに、その通りでしょうな。それに、バルシャニアは多くの少数民族を抱えている国です。そこに新たにフェルシアーヌ難民という勢力が出来上がると、衝突の種となりかねませんぞ』
確かに、地球でも中東の国で起こった内戦を切っ掛けに、多くの難民がヨーロッパを目指し社会問題となっていました。
バルシャニア国内に、何千人、何万人のフェルシアーヌ難民が押し掛けたら、当然元から住んでいる少数民族と軋轢を起こしそうです。
『内乱の火が広がらないうちに収束を目指すならば、当然介入は早いに越したことはありませぬぞ』
「そうなんだけど……情報が乏しいよね」
『ケント様、行ったばかりですが、バステンを呼び戻しましょう。それとフレッドも……』
「そうだね、バステン、フレッド、ちょっといいかな?」
シャルターン王国を探ってもらおうと思っていたバステンですが、こちらを優先してもらいます。
「バステンは青の陣営の情報を探ってきて」
「かしこまりました」
「フレッドは赤の陣営をお願い」
「りょ……」
とりあえず、バステンとフレッドを偵察に出しましたが、情報を集めるにしても時間が掛かりそうです。
なので、もう少し詳しい情報をバルシャニア皇帝コンスタンから引き出すことにします。
ザックリとエルヴェイユの現状と継承争いに関する情報が欲しいと手紙をしたためました。
「マルト、これをバルルトを目印にしてコンスタンさんに渡して来て」
「わふぅ、ご主人様、返事は?」
「返事はバルルトを使って届けてもらうように書いておいたから、届けたら戻って来ていいよ」
「わぅ、分かった、行って来る」
バルシャニアの帝都グリャーエフに向かったマルトは、すぐに目的を果たして戻ってきました。
うん、三十秒も掛かっていません。
こんな便利な連絡網を拒否するなんて、どうかしてますよねぇ……。
「さて、バルシャニアから返事が来るまでに、もう少し情報を探っておきたいけど……」
『ケント様、それならば教会か治癒院、学校などを見て回ったらいかがですか?』
こうした内戦がおこった場合の避難先として教会などが選ばれるのは、こちらの世界でも同様のようです。
城の尖塔から見下ろして、青の軍勢が占拠しているエリアの教会に向かいました。
「うわぁ、これは酷い……」
『これは爆剤による被害ではありませんか?』
「うん、たぶんね……」
教会の内部は野戦病院と化していて、傷を負った市民が毛布を敷いただけの床に寝かされていました。
頭に巻いた布が血に染まっている女性、腕が途中で千切れている男性、既にこと切れて顔に布が掛けられた遺体は片足を失っていました。
修道服らしい水色の服に身を包んだ女性達が手当を行っていますが、治癒魔術が使える人は一人しかいないようです。
懸命に子供に治癒魔術を掛けている姿は、ラストックに捕えられていた頃の唯香を思い出します。
「よし、ちょっと手伝ってくる。ラインハルト、教会の周りを警戒しておいて」
『了解ですぞ』
唯香とマノンを呼び寄せる事も考えましたが、まだ近くで戦闘が続いている状態なので、今回は僕一人で手伝います。
これだけ混乱した状態ならば、そのまま表に出ちゃっても一緒でしょう。
治療を続けている女性の近くに闇の盾を展開して表に踏み出しました。
「僕は、ランズヘルト共和国の冒険者でケント・コクブといいます。治癒魔術が使えますので治療のお手伝いをいたします」
何か言われる前に、治癒魔術が使えると宣言してしまえば、教会内部にいた人達は驚きつつも迎え入れてくれました。
さてさて、魔力切れを起こして倒れない程度に治療しちゃいますかね。
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