第539話 介入に備えて

 リーベンシュタインに新コボルト隊の連絡網を拒否された話は、マスター・レーゼとクラウスさんには報告しておきました。

 二人とも呆れ果てたという顔をしていましたが、対策はリーベンシュタインが態度を軟化させるまで放置となりました。


 他の六つの領地については素早い連絡が可能となりましたし、リーベンシュタインについては言ってみれば現状維持の状態で、今の時点で問題が発生している訳ではありません。

 なので、リーベンシュタインが自ら加盟を申し出るまでは放置となった訳です。


 リバレー峠の山賊の件は、討伐の報奨金については問題ありませんが、取り戻した財宝の扱いが厄介です。

 言ってみれば全部が盗品なので、調べれば元の持ち主が存在する訳です。


 盗品の目録作りは、マルツェラ一人の手には余るので、影の空間からフレッドに支援してもらいました。

 目録が出来上がったら、被害届のリストと突き合わせて、同じ品物であると確認が取れたら評価額の半分を手数料として受け取り、品物を引き渡すことになります。


 ぶっちゃけ、めちゃくちゃ面倒です。

 更に、半年間引き取り手の無かった品物は僕の物となるそうですが、そうなったらそうなったで、売却しないとお金になりません。


 ギルドでは魔石や魔物の素材、薬草などは買い取ってくれますが、山賊からの鹵獲品とかは買い取ってくれないようです。


 となると、中古品の買取を行っている店とか、仕入れてもらえる店などの伝手が無いと処分に困りそうです。


「ラインハルト、今から処分先を考えておいた方が良いかな?」

『そうですな。ヴォルザードならば、ギルドの裏手、東地区辺りの店に売り払う事になりますな』


 そう言えば、かなり前の話になりますが、近藤達の護衛の護衛をやった時、買い取り屋の護衛を受注したペデルとギリクのコンビが、僕らを利用しようと画策した事がありました。

 何て名前の買い取り屋だったか、すっかり思い出せなくなっています。


「まぁ、どんな品物が残るか確認してからかな」

『そうですな。質の良い武器などは守備隊が欲しがるかもしませんし、ケント様の物になった時点でクラウス殿に確認してもらった方がよろしいでしょうな』


 良い品物で、騎士団で使用するのに問題が無ければ安く売っても構いません。

 逆にあんまり粗悪な品物は、市場に出さずに処分しちゃいましょう。


 新コボルト隊の連絡網を整備し終えて、リバレー峠の山賊を処理して、次はバルシャニア皇帝コンスタンから頼まれたフェルシアーヌ皇国の様子でも覗きに行こうかと思っていたら、バステンから声を掛けられました。


『ケント様、シャルターン王国の状況なんですが……』

「いよいよ内乱が始まった?」

『いえ、そちらはまだなのですが、タルラゴスとオロスコが手に入れた王都を含めた東の領地で噂話が流れているようです』

「噂話? どんな内容なの?」

『はい、先の革命騒ぎは、タルラゴスとオロスコによって仕組まれた謀略で、今は甘い話を並べているが、いずれは前以上に絞り取られる事になる……といった感じです』


 反体制派の革命騒ぎで、領主のみならず国王一家までが処刑されて、一種の無政府状態になった土地は、タルラゴス、オロスコ、それにダムスク公によって平定されました。

 このうち、タルラゴスとオロスコは、新たに支配下に置いた地域の住民に今年の年貢を免除するだけでなく、穀物の配給すら行ったそうです。


「それは、人心掌握のためってこと?」

『はい、そもそもタルラゴスとオロスコに取っては、ただ同然で手に入れた土地ですし、これまで領地経営を行っていなかった場所なので、そのための資金も掛かっておりません。なので、今年の年貢がゼロであっても問題ありません』

「なるほど、ゼロから始めて、じわじわと年貢の額を増やしていく訳だね」

『たぶん、そうなるでしょう』


 元手を掛けずに領地を広げ、また貴族の支配下に置かれたと思いそうな民衆を味方に付ける作戦なのでしょうが、それを暴露されたらタルラゴスとオロスコにとっては大きな痛手になりそうです。


「噂を流しているのは、ダムスク公なのかな?」

『その可能性が高いですが、タルラゴスと対立している西や南の領主の可能性もありますし、それらが手を組んでいる可能性もあります』


 革命騒ぎが起こる前と比べると、タルラゴスとオロスコは大きく領地を広げた形になっています。

 その一方で、そこを取り囲む勢力も当然黙ってはいない訳で、内乱の気運が高まりつつあります。


「ダムスク公の動きは?」

『反体制勢力を平定した後は、領地経営に専念しているようです』

「足場を固めながら、相手の出方を窺っているのかな?」

『それもあるかもしれませんが、大規模な灌漑工事を行っているようです』


 どうやら、革命騒ぎの大元である水害に対して、根本的な対処を考えているようです。


「でも、灌漑工事となると、時間が掛かるんじゃないの?」

『そうですね、一日や二日で終わるものではありませんが、ダムスク公の配下にはバルシャニアの工兵隊のような組織があるようで、かなりの速度で工事を進めているように見えました』

「タルラゴスやオロスコが占領した地域はどう?」

『そうですね、全部を見て回った訳ではないのですが、比較的水害の被害は少なかったものの、民衆任せで対策が進んでいないような印象を受けました』

「たとえば、ダムスク公が平定した地域の工事が終わって、タルラゴス側の工事が終わっていない状態で大雨が降ったらどうなりそう?」

『これもハッキリとは申し上げられませんが、川の東側は護岸の嵩上げが行われていますので、計画通りの対策が効果を発揮した場合には、タルラゴス側が水に沈む事になるでしょう』


 まぁ、当然ですよね。

 川の両岸で堤防の高さが違っていたら、堤防の低い方に溢れるに決まってます。


 堤防を越えると、その流れで堤防が削られて、決壊する恐れが高まります。

 ダムスク公は、目先の事よりも先を見据えて動いているように感じます。


「どう思う? ラインハルト」

『そうですな、これまでの戦いぶりからしても、ダムスク公はタルラゴスとオロスコを囲む、セビジャラ、ロンゴリア、ディヘスと連携しているでしょうな』

「つまり、包囲して叩く……今はその下準備をしている……」

『そう考えるのが妥当でしょうな。ダムスク公は隣国への備えも怠る訳にはいかないので、忙しい思いをしているでしょうが、準備が整った時には一気に事を進める気がしますな』


 隣で頷いているバステンも、ラインハルトと同じ考えのようです。


「だとしたら、戦いが始まるのはいつ頃だと思う?」

『おそらく、秋の終わりから冬の初めに短期決戦を仕掛けるでしょうな』

「そう思う理由は?」

『秋の終わりから冬に掛けては、雨が少ない時期が続きます。ダムスク公が攻め入るにはツイーデ川を渡るか、湖を渡る必要がありますので、川の水量が減る時期を狙って仕掛ける可能性が一番高いでしょうな』

「それは、当然タルラゴスでも警戒するんじゃないの?」

『当然警戒するでしょうが、西から南の三領主が揃って挙兵すれば、その対応に追われてダムスク公への手が回らなくなるでしょう』


 いくら広い領地を手に入れようとも、それを統治するだけの力が無ければ、結局は手放す形になるのでしょう。


「結局、あの革命騒ぎはタルラゴスが仕組んだものだったのかな?」

『そうだとすれば、次の戦いへの備えも当然出来ているはずですが、ここまでバステンが調べて来た感じでは、どうも火事場泥棒的に領地を搔っ攫った感じですな。計画していたとしても、ここまで上手くいくとは思っていなかった……といった感じでしょうかな』

「バステンも同じ考え?」

『大筋では同じですが、タルラゴスは王都周辺の備えは既に終えているようですので、革命騒ぎに乗じて王家を打倒する準備はしていたのかもしれません』

「最悪、東側の新たに手に入れた領地は手放す事になっても、王都周辺と直轄地は手に入れようって魂胆なのかな?」


 いずれにしても、戦いが始まるのが秋だとすると、まだ時間的な余裕はありそうです。


「バステン、引き続き探ってみてくれるかな。フレッドの手が空いたら応援に行ってもらうから」

『了解です、各領主の思惑などを探れたら知らせます』


 たぶん、バステンとフレッドだけでは手が足りないと思うけど、深入りして調べて、それでどうするのかと聞かれると答えられない。


「ラインハルト、ランズヘルトとしては、内乱は早く収まった方が良いんだよね?」

『そうですな。長期的に見れば内乱など無い方が良いでしょうな。戦いが続けば、当然国力が低下し、生産能力も購買能力も低下してしまいます。当然、ランズヘルトとの交易には悪影響が出るでしょうな』

「確か、タルラゴスの西のセビジャラは葉タバコの生産地なんだよね?」

『そうです、セビジャラ産の葉巻はシャルターンの交易品の代表格ですな』

「今の状況だと、セビジャラがタルラゴスに攻め込む形になると思うけど、逆に攻め込まれたら葉タバコの栽培が出来なくなったりするかな?」

『可能性は低いですが、無いとは言い切れませんな』


 タバコとか葉巻なんて、僕には全く関係の無い品物だけど、大事な交易品ならば保護した方が良いのだろうか。


『ケント様、まずはダムスク公の方針を探らせましょう。ワシの見立て通りの人物だとすれば、短期決戦で勝敗というよりも講和という形で終わらせるはずです。どのような条件での講和を望んでいるのか、それをタルラゴスとオロスコが飲まざるを得ない状況を作ってやれば、シャルターンの内乱は短期で終結するのではありませぬか?』

「なるほど……殲滅戦になれば、どちらにとってもダメージが大きくなる。講和で終わらせられれば、シャルターン王国としてのダメージは最小限に留められるか」

『まだ時間はございます。どちらに助力するかは、双方の首魁となるシスネロス・ダムスクとアガンソ・タルラゴスが、どのような人物か見極めてからでも宜しいのではありませぬか?』

「そうだね、まぁ、ダムスク公に味方する事になるとは思うけど……」


 日本にいた頃、海外で起こっている国際紛争に、アメリカやヨーロッパ、中国、ロシア辺りが、それぞれの思惑に従って介入するのをテレビ越しに見てたけど、まさか自分が他国の内乱に影から介入するなんて考えてもいなかった。


 まぁ、リーゼンブルグでアーブル・カルヴァインが起こした内乱とか、バルシャニアの国境紛争とかには既に介入してるけどね。

 介入する義理は無いけど、フィーデリアを連れて来ちゃったりしてるから、高みの見物という訳にもいかないでしょう。


 シャルターンの状況は、引き続き探ってもらうとして、僕はバルシャニアのお隣、フェルシアーヌ皇国の様子でも覗きに行きますかね。

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