第538話 苦労人ジョーは頼られる

※ 今回は近藤目線の話になります……


 野営を行う場所を決めると、達也が素早く地均しを始めた。

 三台の馬車をコの字型に並べたら、俺達も手伝って馬を外す。


 オーランド商店のエウリコさん達が馬を小川に連れて行っている間に、馬車同士をしっかりと繋いでおく。

 更に、コの字の外側四か所に、黒い箱を設置する。


「鷹山、まだスイッチは入れるなよ」

「分かってる、結構やかましいからな」


 黒い箱は、人感センサーを使った警報装置だ。

 新旧コンビが通販サイトで発見したもので、値段の割りには感度も良く、何よりも電池で作動するのが有難い。


 どの程度の信頼性があるのか検証中だし、見張りをサボるつもりは無いが、使い方次第では今後の護衛が楽になるはずだ。


「ジョー、国分から連絡は来てないのか?」

「あぁ、失敗した時だけ連絡を寄越すって言ってたから、山賊の討伐は済んだんだろう」


 山賊の件は、出発前に鷹山や新旧コンビ、それにオーランド商店の人達にも伝えてある。

 五十人規模の山賊が車列を狙っていると伝えた時には、エウリコさん達はギョっとしていたが、国分が討伐すると分かって安心していた。


「てか、本来は俺達だけで切り抜けなきゃいけないんだよな」

「そうは言っても、俺達じゃ来ると分かっていても防ぎきれないだろうし、エウリコさん達が怪我を負ったら洒落にならないだろう」

「まぁ、そうなんだけどな……」


 鷹山は理解はしているけど納得がいかない……といった表情を浮かべている。

 一人一人は大して強くもないだろうし、俺達が本気を出せば倒せる相手だ。


 二人、三人が相手だとしても、不意を突かれなければ大丈夫だろう。

 だが、四人対五十人以上では、いくらなんでも戦力差があり過ぎだ。


 それでも、AランクやSランクの冒険者ならば返り討ちにしてしまうのだろうし、何より俺達の同級生が討伐を行っているのだ。

 自分たちの力不足を突き付けられているようで、悔しいし、情けないという気持ちを拭い去れない。


「ジョー、鷹山、天幕張るぞ!」

「おう、今行く!」


 オーランド商店の三台の幌馬車の内、一台の幌には新旧コンビが提案した改造が施されていた。

 幌の側面を固定しているロープを解いて、支柱で支えるとタープのようになる。


 幌の前後は、雨が降っても荷台に吹き込まないように付け足されている。

 しゃがんで潜れるぐらいの空間が開いてしまっているが、風雨が酷かったり、寒い時期ならば追加の幌布を張り巡らせれば良い。


 雨や寒さへの備えが要らないならば、支柱を立てて固定するだけなので実に簡単に設営が終わらせられる。


「いや、オーランド商店、マジで仕事早いよな」

「前回の護衛の時に話したのに、もう改造終わってるし」


 アイデアを話した新旧コンビも驚くほど、オーランド商店の動きは迅速で、既に新しい幌布の形として売り出す準備も進めているそうだ。

 それが売れれば、新旧コンビにもいくらかアイデア料が支払われるらしい。


「よし、達也、飯の支度しようぜ」

「おう、今日はどれにする?」

「カレーにすっか?」

「だな! ジョーも鷹山もいいよな?」

「あぁ、文句は言わないから食えるものを作ってくれ」

「おぉ、任せろ!」


 野営中の食事は、オーランド商店の人達と交代で作っている。

 日本風の野営食とヴォルザード風の野営食を交互に味わって、新しいアイデアを引き出そうしているのだ。


 既に、オーランド商店ではカレールーの試作に取り掛かっているらしい。

 日本風のブロック状のルーと同じ物は出来ないかもしれないが、水の分量に応じてキューブ状にした調味料の塊を放り込む形にすれば調理が楽になる。


 新旧コンビが食事の支度、俺と鷹山は馬の世話の手伝いをしていたら、国分がフラっと姿を見せた。


「おぉ、今夜はカレーなの? 美味しそうな匂いがしてるじゃん」

「お前の分は無いぞ」

「あぁ、でも女の子紹介してくれるなら俺の分を進呈しよう」

「和樹、抜け駆けする気かよ」

「達也、お前には温水洗浄の心掛けが足りないんだよ」

「くそぉ……」

「いや、僕は帰って家で食べるし、女の子は紹介しないし、それを言うなら常在戦場じゃないの?」

「ちっ、ホントに国分はケチだな……」

「全くだ。幸せとは分け合うものだろう……」

「いや、カレー一杯で女の子を紹介してもらおうなんて思ってる方がセコいと思うよ。てか、近藤は……あぁ、いたいた、討伐終わったからね」

「おぅ、サンキューな、大変だったか?」

「いや、僕が寝てる間に眷属のみんなが終わらせてくれてた……あぁ、引き渡しとかはちゃんとしたから全く働いてない訳じゃないからね」


 国分の話では、山賊は薬で眠らせて縛り上げられ、マールブルグの守備隊に引き渡されたそうだ。

 山賊一人の報奨金が二万ブルグ、五十七人だから百十四万ブルグ、日本円の感覚だと一千万円以上になる。


 正直、ちょっと羨ましいが、これまで国分が担ってきた面倒事を考えれば、文句を付ける気にはならない。


「じゃあ、例の山賊は大丈夫だけど、他の山賊とか魔物が出ないとは限らないから油断しないでね」

「おぅ、分かった。こっから先は俺達の仕事だ」


 笑顔でハイタッチを交わすと、国分は影に潜って帰って行った。

 夕食後、今夜の警護の順番を決めてから眠る。


 全員で揃えた耐衝撃性を備えた腕時計の時刻を合わせて、各自が起きる時間をセットした。

 今夜は、和樹、俺、達也、鷹山の順番だ。


 大体、夜の十時から朝の六時まで、八時間を二時間交代で警備する。

 まぁ、警備と言っても天幕の端に座って焚火の番をしながら、時々馬車の下側をLEDライトで照らして怪しい奴が近付いていないか見るだけだ。


 人感センサーを作動させているから、馬車の裏側には迂闊には近付けない。

 見張りを担当する時には、各自防犯ブザーも携帯する。


 突然後ろから襲われて、口を塞がれても助けを呼べるようにだ。

 文明の利器様々だが、使えるものは何でも使って安全に生き残るのが俺達のモットーだ。


 腕時計のアラームが鳴って目を覚ますと、和樹が起こしに来たところだった。


「お疲れ、何も無かったか?」

「あぁ、問題無い、周りも静かなもんだ」


 野営地では、時々バカ騒ぎをして周囲の顰蹙を買う奴らがいるが、流石にリバレー峠越えを翌日に控えているから、他の馬車の者達も英気を養うのに専念しているのだろう。


「じゃあ、後は任せろ、おやすみ」

「あ、あー……」

「どうした?」

「ちょっと相談があるんだけど、いいか?」

「別にいいけど、なに?」


 和樹は、鷹山と達也が眠っている方を確かめてから、ポツリポツリと話し始めた。


「その……何て言うか……どうやったら緊張しないで済むんだ?」

「えっ? 緊張って……山賊と戦う時か?」

「いや、そうじゃなくて……あれだよ……女とする時」

「はぁ? 女とするって……セックスか?」

「そうだけど……ハッキリ言うなぁ、さすが八発野郎だな」

「八発言うな……てか、相手がいなけりゃ……って、彼女出来たのか?」

「いや、彼女というか……割り切った大人の関係?」

「はぁ……娼館に行く話なら、俺は乗らないぞ」

「いや、そうじゃなくてさ……」


 普段、寝起き以外はテンション高めの和樹が妙に歯切れが悪いし、さっきからやたらと額の汗を拭っている。


「何だよ、何が聞きたいんだかハッキリしろよ」

「だから……頭、真っ白になって上手くいかなかったんだよ」


 まるで血反吐でも吐くような表情で和樹が語ったのは、娼館での悲惨な一夜の出来事だった。


「達也の奴が、すげぇスッキリした顔してやがってさ。そんで言えなかったんだよ、出来なかったなんて……」

「てか、何で俺に聞くかなぁ……」

「そりゃ、絶倫八発野郎だし……」

「八発言うな、普通だ、普通、それこそ達也だって、そのぐらいやったんじゃないのか?」

「聞けねぇよ、達也には……」

「まぁ、そうか……」


 正直、俺の初めては奪うというより奪われた格好だったから、緊張するとかしないとか言う状況じゃなかった。

 参考になるかどうか分からなかったが、俺の初体験を話すと和樹の野郎は急に元気になりやがった。


「えっ、マジで? ジョー、食われちゃったの? てか、考えてみればジョーから手は出さねぇもんな。いや、逆レとは……」

「うるせぇな、明日から不発野郎って呼ぶぞ」

「うっ、ごめん、マジごめん、それだけは許して……」

「てか、アドバイスのしようがねぇよ。笑われようが、馬鹿にされようが、覚悟決めてやり続けるしかねぇんじゃね? そん時だって、あと一回頑張れば上手くいってたんじゃねぇの?」

「そうか……そうだよな。三発、四発暴発しようが、そっからが俺の本気だと思えばいいんだよな? 八発までには、まだ半分も残ってんだもんな」

「いや、どこからが和樹の本気かなんて知らねぇけど、溜まってんなら二桁だって出来んじゃね?」

「あぁ、溜まってることに関しては、誰にも引けは取らないぜ。そうか、俺の本気を見せちゃうか?」

「いや、知らねぇよ。明日は峠越えなんだからさっさと寝ろ、不発DT」

「不発言うなぁぁぁ……貴様のような絶倫八発逆レ喪失野郎には、俺の悲しみなんて分からないんだよぉぅ……ぉぅ……ぉぅ……」


 スローモーションで走り去る和樹を追い払って、小さくなった焚火に薪を足す。

 まったく、金を使って成果を得られないなんて冒険者失格だろう。


 まぁ、見張りの時間の退屈しのぎにはなったから、今夜聞いた話は黙っていてやろう。

 和樹が眠ってしまうと野営地は静まり返って、薪が爆ぜる音の他は近くを流れる小川の水音ぐらいしか聞こえなくなる。


 普段周りがやかましいから、この真夜中の一人の時間が心地良い。

 時折、馬車の周囲をライトで照らして確認しては、また焚火に見入って時間を過ごす。


 交代まで、あと三十分ぐらいになった時、達也が眠そうに眼を擦りながら起きてきた。


「どうした、小便か?」

「いや、ちょっといいか?」

「女の相談なら俺にするなよ」

「いや……そこを何とか」


 正座で手を合わせて拝まれたら、さすがに邪険には出来ないか。


「はぁ……で?」

「実はさ……この前、和樹と娼館に行ったんだよ。んで、俺は一晩サルみたいにやりまくってきたんだけどさ……何つーか違うんだよ」

「はぁ? 違うって、なにが?」

「和樹の奴がさ……余裕なんだよ。同じ一晩過ごしただけなのに、なんか女の扱いなら何でも俺に聞いてくれ……みたいでさ、って聞いてる?」

「あぁ、聞いてる、聞いてる」


 和樹の話を聞いたばかりなので、笑いを堪えるのに必死だった。

 片や暴発不発で失意の一夜を過ごし、片や相手をした娼婦が演技を止めてマグロになってもやり続け、全く対照的な状況なのに互いを羨んでいる。


「あぁ、あれじゃね? 意外と和樹は性欲薄いっていうか……持久力無いんじゃね?」

「あぁ、なるほど……二発ぐらいで満足するか、賢者タイムが長いのか?」

「かもな。だとしたら、体質の違いなんだからどうにもならねぇだろう。二発で満足出来るか?」

「鷹山とかエロメガネみたいに毎晩だったら……」

「だな。でもそうじゃなければ、満足できないだろう」

「おぉ、さすが八発野郎、言葉の重みが違うな」

「うるさいよ。達也だってそのぐらいやってきたんだろう?」

「ま、まぁな……数える余裕も無かったけどな」

「変な病気貰って来るなよな」

「分かってるって、万が一の時は国分を拝む」

「そりゃあ、委員長にそんな汚いものは見せられないからな」

「汚くはねぇよ。ちゃんと毎日洗ってる、娼館でも色々してもらったし。てか、次はジョーも一緒に行かね?」

「いや、俺はいい……って交代の時間だから寝るぞ。後は任せたからな」

「おう、任された。エッチぃ夢見て、パンツを汚すなよ」

「しねぇよ……」


 まったく余計な事を言いやがって、目を閉じたらロレンサと過ごした時間を思い出しそうだ。

 寝る前に、用を足しておこう。


 はぁ……真夜中の静まり返った野営地の片隅で、俺は何をやってるんだろう。

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