第533話 ドノバンの教え
「ジョー、山賊一人あたりの討伐報酬はいくらだ?」
「2万ヘルトです」
「報酬を受け取る方法は?」
「討伐した人数が分かるように遺体を整え、マールブルグの守備隊の到着を待って報告を行い、ギルド経由で報酬を受け取ります」
ギルドの応接室で、テーブルを挟んで向かい合ったドノバンさんの質問に、ジョーがスラスラと答えていきます。
「それで、報酬も受け取り方法も分かっていて、俺に何を聞こうっていうんだ? Sランクの冒険者様」
「うっ……いえ、勝手に討伐しちゃって良いものなのか……」
「放置出来る案件なのか?」
「いえ……人数も多いですし、オーランド商店以外の車列が襲われる可能性もありますし……」
「だったら、討伐するしかないだろう?」
「そうなんですけど、僕が片付けちゃうと他の冒険者の仕事を奪っちゃうかと……」
「他の連中が対処できると思うのか?」
「いや、それは……」
「リバレー峠の山中にアジトを構えて、五十人以上が徒党を組んで襲撃の計画を練っている。そんなもの、冒険者個人はおろか複数のパーティーが入念に計画を練って、それでも多大な損害を出すような相手だろう」
「ですねぇ……」
「だったら、選択肢は二つだけだ。マールブルグの守備隊に知らせて討伐してもらうか、ケント、お前が討伐しちまうかのどちらかだ。マールブルグの領主ノルベルト様のご気性を考えれば、知らせたところで指名依頼にはならんぞ」
マールブルグの領主ノルベルトさんは、住民の自主性を尊重するスタイルで、クラウスさんのように積極的に行動を起こしません。
それだけに職務怠慢と思われることも少なくないようですが、僕としてはクラウスさんと足して二で割るぐらいが丁度良い気もしますが……どうなんでしょうね。
「別に指名依頼にしてほしい訳でもないですし、後で揉めなければ良いだけなんですけど」
「だったら、峠のこちら側にいるマールブルグの守備隊に事前に報告してから取り掛かれ。それと、動く絵で記録出来るんだろう?」
「そうですね、討伐の様子を……って、大丈夫ですかね。うちの眷属が討伐すると、人間が魔物に殺戮されているように見えちゃいますけど」
「そんなに心配ならば、マールブルグの守備隊員に同行してもらえ。その代わり、そいつを守って戦う事になるぞ」
「なるほど、送還術で現場まで送ってしまえば良いのか……分かりました、ちょっと考えてみます」
山賊絡みの相談が終わったので、ドノバンさんは仕事に戻るのかと思いきや、腰を浮かせかけた近藤に座るように手振りで示しました。
「いい機会だから、山賊や盗賊を討伐する心得を話しておこう。ジョー、山賊と戦闘になった時に気を付ける事は何だ?」
「最後まで油断しない……ですか?」
「そうだ。山賊なんぞに身を落とす連中はロクなもんじゃねぇ。命乞い、泣きおとし、死んだふり、気が狂ったふり、失禁や脱糞してでも逃げようとする。なんでだ? ケント」
「捕まれば死刑だから……ですか?」
「そうだ。山賊や盗賊に加担した者は、余程の事情が無い限り死刑だ。なんで死刑にするんだ? ジョー」
「街道の通行を妨げ、国の発展や安定を危うくするから……」
「その通りだ。街道の安全な往来があってこそランズヘルト共和国は発展する。それを妨げる奴らは国に対して反逆の意志を示しているのと同じだ。容赦する理由は無いし、この国に生まれ育った者ならば、ガキの頃から嫌というほど叩きこまれる常識だ」
日本から召喚された僕らでさえも、山賊イコール死刑というのは理解しています。
わざわざドノバンさんが改めて話す内容ではない気がしますが……。
「ジョー、お前ら実際に山賊と戦闘になって撃退したんだったな?」
「はい、二度ほど戦闘になりましたが、オーランド商店の方針で討伐報酬は受け取ってません」
「その時に、相手に手加減する余裕はあったか?」
「とんでもない! 余裕なんて全く無かったですよ」
「だろうな、山賊を制圧して、捕らえて引き渡すなんて事は、こいつみたいに並外れた実力の持ち主でなければ不可能だ」
まぁ、僕の場合には眷属たちが強すぎるので、相手も諦めざるを得ないんですけどね。
「まぁ、ケントは参考にならんからどうでも良いが……並みの冒険者じゃ山賊を生かして捕らえるのはリスクが大きすぎるから、ギルドの講習でも容赦なく止めを刺せと教えている」
僕は真面目に講習を受けていないんですが、近藤はドノバンさんの言葉に何度も頷いています。
「ジョー……」
「はい、何でしょう?」
「情けを掛けずに殺せたか?」
ドノバンさんの静かな問い掛けに、近藤はギクっと体を震わせました。
「正直、あまり実感が無いです。剣を握っての斬り合いではなく、攻撃魔術で薙ぎ払ったので手応えが無く……でも、どう見ても致命傷でしたから殺してはいます」
僕もアーブル・カルヴァイン一派の残党を殺しましたが、近藤同様に魔術を使っているので、生々しい手応えとかを感じた事はありません。
それでも、顔を蒼ざめさせている近藤の気持ちは良く分かります。
「この先、冒険者を続けていけば、いずれ斬り合いで相手を殺す状況にもなるだろう。だが、相手は犯罪者で、何もしなければ自分が殺されるんだ、容赦をする必要なんか無い」
「でも、罪悪感は無くならないと思います」
「そうだ、罪悪感は無くすな。ただし、苛まれるのではなく、検証し、納得し、払拭しろ」
「えっ……ど、どういう事ですか?」
近藤と同様に、僕もドノバンさんの話を飲み込めずに戸惑っています。
「魔物を殺し、山賊を殺し、盗賊を殺し……冒険者という仕事は他者の命を奪う機会が多い。その度に罪悪感に囚われ、苛まれていたら心が持たなくなる。だったら、罪悪感を感じないようになってしまえば良いのか? そうじゃない、罪悪感が麻痺した者は、力を振るうのが当たり前、何でも力で解決したがる質の悪い連中におちぶれていく。良く見掛けるだろう、口より先に拳で解決しようとする連中だ」
ドノバンさんが言うには、冒険者が荒っぽく、すぐに腕っぷしで物事を解決したがるのは、討伐による影響が少なからずあるそうだ。
「俺や鷹山……国分もそうなる可能性があるって事ですよね?」
「そうだ。ケント、心当たりは無いか?」
「えっ?」
急にこちらに振られて、咄嗟に答えられませんでしたが、心当たりは確かにあります。
ジョベートを襲った海賊船を爆剤を使って吹き飛ばした時、殆ど罪悪感を感じていませんでした。
ムンギアとヌオランネの紛争に介入した時も、爆剤を使って何人もの命を奪っています。
こうして考えてみると、僕って爆破テロリストみたいですね。
「無いことも無いですかねぇ……」
「気を付けろよ。何でも力で捻じ伏せて解決していると、それが当たり前、何が悪いんだ……なんて思うようになりかねないぞ」
「傲慢になるな……って事ですか?」
「そうだ。他者の命を奪っても罪悪感を覚えないような奴が、傲慢でなかったら何だというんだ」
僕や近藤達は、日本にいる頃には他人の命を自分が奪うなんて思ってもいませんでした。
日本では殺人は重罪ですし、たとえ相手が犯罪者であっても殺せば罪に問われます。
だから殺人に対する罪悪感は、こちらの世界の人よりも強いはずなんですが、一方で人を直接切ったり刺したりする手応えが無い場合、ゲームだと錯覚しかねません。
さっき近藤が、ドノバンさんに情けを掛けずに殺せたかと聞かれた時に、ギクっと体を震わせたのは、命を奪ったという事実を改めて突き付けられたからでしょう。
重たい沈黙を破って口を開いたのは近藤でした。
「罪悪感を覚えなくなれば傲慢な人間になる、かと言って、毎回罪悪感に苛まれていては心が持たない。だから、検証して、納得して、払拭するんですね?」
「そうだ。本当に殺さなければならなかったのか、山賊相手に捕縛なんか並みの冒険者では危険すぎるからキッチリ止めを刺したのだと納得する、自分に落ち度が無いと分かったら、後に引きずらずに割り切って目の前の依頼に集中する。シッカリと切り替える術を身に着けておけ。シューイチやカズキ、タツヤにも言っておけよ」
「分かりました。オーランド商店の依頼を受けるようになって、少し緩んでいる気もするので、一回引き締めておきます」
うん、近藤って本当は、五歳ぐらい年上じゃないかと思っちゃう落ち着き振りですよね。
「ケント、お前はどうするんだ?」
「そうですね……謙虚な姿勢で山賊共を討伐しちゃいます」
「がははは……五十人以上もいる山賊を一人で討伐するなんてぬかす奴のどこが謙虚だ」
「明日は、マールブルグのノルベルトさんに会う予定ですし、ちゃんとお伺いを立てて、守備隊員に立ち会ってもらって討伐しますよ」
「そうか、なら二人ともさっさと帰れ! ケントが片付けるなら、オーランド商店に知らせる必要も無いだろう」
話は終わりだ、仕事の邪魔だと、追い出されてしまいました。
山賊は僕が片付けるとして、言われた通りに帰るとしましょう。
「じゃあ、国分、討伐が上手く行かなかった時だけ連絡してくれ」
「分かった。居場所が分かるように、コボルト隊を付けておくよ」
「すまないな、本来こうしたトラブルは、自分たちで乗り越えるものなのにな」
「まぁ、いいんじゃない? 鷹山に万一の事があったらシーリアさんが悲しむし、新旧コンビだって……焼肉屋の大将が常連が減ったって悲しむだろうし」
「焼肉屋の大将って……そう言えば、達也も和樹も何か落ち込んでたな」
「また、何処かの女の子に声掛けて断られたとかじゃないの?」
「そんな所だろうけど、あいつらが妙に静かだと気持ち悪いからな」
「まぁねぇ……そんで、近藤はどうしたの?」
「うっせぇな……俺の話はいいんだよ」
「はいはい……んじゃ、引き続き三人の手綱をよろしく頼むね」
「はぁ……あんまり頼まれたくないけど、山賊の討伐を頼むんだから断れないよな」
「そうそう、山賊はサクっと壊滅させちゃうから、心配しないでいいよ」
「分かった、頼むな」
近藤と軽く拳を合わせてから、それぞれの家路につきました。
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