第534話 制圧

『また忙しくなりましたな』

「うん、ちょっと明日の予定を整理しておかないと駄目だね」


 朝一番にマールブルグの領主の館を訪れて、新コボルト隊を使った連絡方法の説明をして、ついでに山賊の討伐許可を取る。

 リバレー峠の麓にあるマールブルグ守備隊の詰所に出向いて山賊討伐の説明をして同行を求める。


 守備隊員に山賊討伐の確認をしてもらい、昼からはリーベンシュタインの領主の館へ出向いて話をする。

 普通の人では移動出来ない距離ですし、こなせる仕事量ではないですね。


「というか、山賊の討伐は先にやっておいて、事後承諾にしようか?」

『それは良い考えですな。そもそも山賊の討伐は襲われてから撃退するので、殆どのケースが事後承諾となりますからな』

「そっか、だったら一番警戒が薄そうな早朝とか深夜に制圧して、拘束して突き出しちゃえば良いかも」

『ケント様、山賊のアジトを制圧した場合、奴らの奪った品物などは明確な持ち主が現れない限り制圧した者に所有権が与えられます』

「そうなんだ、でも、それって山賊の上前をはねてるみたいじゃない?」

『ぶははは、確かにそう言われればその通りですが、アジトを制圧する者が居なければ、山賊の財産となり悪くすれば山の中に死蔵されてしまいます』

「なるほど、本来使われる役割に戻してやる訳だね」


 山賊をアジトごと制圧すれば、山賊の討伐手当ての他に財宝も手に入れられるそうですが、確認のための目録造りが結構面倒なようです。

 手に入れた財宝は、守備隊が半年間保管し、その間に自分が奪われた品物だと主張する者が現れた場合には、本人の物だという証明が出来れば、評価額の5割を謝礼として支払えば取り戻せるらしいです。


 このため、高額な商品の運搬を行うものは、万が一奪われた時に備えて運搬前に目録を作成しておくそうです。

 謝礼が高額なのは、山賊と戦って取り戻し、山中から運び出す手間が掛かるからです。


「運搬はコボルト隊に任せるとして、目録造りは誰に手伝ってもらおうかな?」

『ケント様、マルツェラはいかがです?』

「そうか、闇属性のマルツェラなら、コボルト隊に手伝ってもらえれば影移動が可能なんだよね」


 闇属性の持ち主で、現場とヴォルザードを自由に行き来できるマルツェラは打って付けの人物です。


「あれっ、ちょっと待って」

『どうかなさいましたか、ケント様』

「目録を作るのは良いとして、その山賊どもは目録が必要なほど財宝を貯め込んでいるの?」

『イッキの話によれば、三つの勢力が合わさっているので、それなりの量の財宝を貯め込んでいるようですぞ』

「ってことは、それだけ被害に遭った人がいるってことだよね?」

『そうなりますな』

「よし、討伐するならば、なるべく早く討伐しちゃおう。今のうちに、山賊の様子を撮影して証拠固めをしておいてくれるかな?」

『ご安心を、既に撮影は行わせておりますぞ』

「さすが、それじゃあ山賊どもが寝入ったところで急襲して、全員身動き出来ないように縛り上げちゃってくれるかな?」

『処分しなくてもよろしいのですか?』

「生かして捕らえるのは普通の冒険者には難しいんだよね? だったら生かして捕らえられた山賊には、相応の利用価値があるんじゃない?」

『なるほど……見せしめにするには、これ以上ない者どもではありますな』

「いや、正直に言っちゃうと、自分たちの手を汚したくないだけなんだけどね」

『ぶははは……それを正直に言ってしまわれるあたりがケント様らしいですな』


 コボルト隊やイッキ達に山賊討伐の下準備を進めてもらい、僕は夕食の席でマルツェラに目録作りへの協力を頼みました。


「旦那様のご要望とあれば、全力で務めさせていただきます」

「それじゃあ、明日から暫くの間、担当部署を他の人に替わってもらって。それと、目録作りで不明な所は、ラインハルトも筆談で相談に乗ってくれるから心配しないで」

「はい、かしこまりました」


 ルジェクが、僕も……みたいな顔をしていたけど、ルジェクに頼むと美緒ちゃんがもれなく付いてきそうなんで、今回は参加させません。

 山賊のアジトとか、教育上よろしくない状況になっていそうですからね。


 山賊どもが狙うのは、現金、貴金属、宝石、食料、それに女性です。

 そう言えば、近藤とくっ付いたと思っていたマールブルグの女冒険者はどうなったんでしょうね。


 まさか踏み込んだ山賊のアジトに捕まっていて……なんて事になっていたら、近藤には知らせられませんよね。

 とりあえずルジェクには、連れて行かない理由を説明して、美緒ちゃんが来たがっても絶対に連れて来ないように釘を刺しておきました。


 まぁ、美緒ちゃんがショックを受けるような事なので、ルジェクも首を縦には振らないと思います。

 てか、フラグじゃないからね。


「健人、山賊の討伐なんて危なくないの?」

「大丈夫だよ、唯香。ちゃんと誰も怪我しない方法で、サクっと捕縛してマールブルグの守備隊に引き渡しちゃうからさ」

「そっか、それなら安心」


 唯香達が心配そうな表情をしていましたが、ザックリと作戦を説明して安心してもらいました。

 ぶっちゃけ五十人以上いても、単に討伐するだけならレビンとトレノを放り込めば一分もかからずに終わらせちゃいますからね。


 夕食後、イッキの案内で山賊のアジトに偵察に向かいました。

 アジトは、リバレー峠の山中にある大きな洞窟でした。


「よく、こんな大きな洞窟があったもんだね」

『ケント様、これは土属性の術士達が広げたものですぞ』

「あっ、そうか。土属性の魔術を使えば自分達で広げられるのか」


 アジトの前には、馬車が通れる幅の道が作られていて、木立の間に隠しながら街道近くまで続いているそうです。

 出入口には見張りが二人、岩に腰を下ろして雑談を交わしています。


 見た感じでは、ヴォルザードの街にもいそうな若者ですが、全体的に薄汚れているように見えます。


「あぁ、もっと若い女を捕まえられねぇかな?」

「だよなぁ……あれじゃ、俺らに回ってくるまでにぶっ壊れちまうぜ」

「てか、肉食いてえな、肉、肉!」

「明日は狩りに出るんだろう? 手前で仕留めて来いよ」

「柔らかい小鹿でも仕留めるか?」

「なんだよ、女が回って来ないから鹿とやろうってか?」

「ばーか……いや、メスなら案外……」

「やめろやめろ、マジになんなよ。どんだけ飢えてんだ」

「仕方ねぇだろう、あんなの見せられたらよぉ……」

「まぁな……」


 見張りの話を聞く限り、やはり犠牲になっている女性がいるようです。

 影を伝ってアジトの中へと潜入すると、内部には饐えたような酷い臭いがこもっていました。


 内部には食糧庫、宝物庫、武器庫のような部屋の他に、十五人ほどが集まっている部屋が三つ、三人の部屋が二つ、個室が一つあり、それぞれの部屋に女性や少年が繋がれていました。

 肉や魚を焼いただけの料理とも呼べないものと奪ってきた酒を飲み食いしながら、ひたすら己の欲望を満たそうとしている姿は獣や魔物と同レベルにしか見えません。


「なんか、導火線に火を点けた爆剤の樽を放り込んでやりたくなったよ」

「ドーンする? ドーンするの?」

「しちゃいたいけど、今日はしないからね」

「ドーンしないんだ……」


 しょんぼりしているマルト達をモフってあげながら、山賊たちの所業を確認して、一旦家に戻りました。


『いかがいたしますか、ケント様。あのような輩は討伐してしまった方がよろしいのではありませぬか?』

「うん、反省して更生とかは望めそうもないし、何よりもランズヘルト共和国の法律が許してくれないよね。でもさ、ただ討伐しただけじゃ山賊として犯した罪を悔いる時間も無いよね」

『なるほど、たっぷりと罪を自覚して後悔させてから処刑するのですな』

「山賊どもからすれば、僕は傲慢なのかもしれないけど、同じような道を歩く人が一人でも少なくなるように、見せしめとして役立ってもらいたい」

『さようですか、ならばマールブルグの領主ノルベルト殿にお任せいたしましょう』


 山賊は総勢五十七人、捕らえられている人は十一人。

 眠りについたタイミングを見計らって胃袋の中に眠り薬を投入し、完全に眠らせた後で手足を縛って拘束します。


「ロープ、よしっ! 薬、よしっ! じゃあラインハルト、奴らが寝込んだら起こして」

『了解ですぞ』


 山賊どもが寝込むまで、影の空間でネロのお腹に寄りかかって仮眠します。


「うん、ふわっふわのポッカポカ、今日も最高だよ、ネロ」

「当然にゃ、ネロが一番にゃ」


 今夜はマルト達にリーベルトとマールルトも加わったモフモフハーレムです。

 モフモフだけど……ちょっと重いかも。


 ぐっすりと眠って、ラインハルトに起こされたのは深夜の三時前でした。


『ケント様、捕縛が終わりましたぞ』

「ほぇ? 今なんて?」

『五十七人、全員縛り上げて転がしてあります』

「終わっちゃったんだ……」


 ブルブルっと頭を振って、パンパーンと両手で頬を叩いて気合を入れ直してから山賊どものアジトに足を踏み入れました。

 山賊共は、ガッチリと手足を縛られた状態で、三つの大部屋に転がされています。


 まだ眠り薬が効いているので、全員高いびきをかいて眠り込んでいます。

 一方、山賊に捕らえられて慰みものにされていた人達は、拘束を解かれたもののイッキ達を見て震えあがっていました。


「ラインハルト、捕まっていた人達に体を洗わせてあげたいから……」

『今、別室に湯船を用意させておりますぞ』

「準備が出来たら教えて」


 捕まってた人達は、毛布を羽織って一塊になって眷属たちの様子を窺っていましたが、僕を見つけると一番年上に見える女性が声を掛けてきました。


「あの……これは、どうなっているのでしょう? 私たちは助かるのですか?」

「僕はヴォルザードの冒険者でケント・コクブといいます。ここにいるのは、みんな僕の眷属なので安心してください。山賊どもは、夜が明けたらマールブルグの守備隊に引き渡します。その時に、皆さんも保護していただく予定ですので、もう少しだけ我慢して下さい」

「あぁぁ……ありがとうございます」


 一番年上に見える女性が頭を下げると、他の人達も頭を下げてきましたが、表情は微妙な感じです。

 山賊に囚われる最悪な状況からは脱出する目途が立っても、心と体に負った傷までが癒される訳ではありません。


 これからの人生を考えると、表情が晴れないのも当然でしょう。

 湯船の支度が出来たので、順番に体を洗ってもらいましたが、風呂場にした部屋からは喜びの声ではなくすすり泣く声が聞こえてきました。


 山賊どもの略奪品の中から、着られる服を探してもらい、朝まで別室で休んでもらうことにしました。

 殆どの人が精神的、肉体的な疲労から眠り込んでいましたが、中には膝を抱えて肩を震わせ続けている人もいました。


 僕と変わらない年齢に見える彼女は、どれほど酷い仕打ちを受けていたのでしょう。

 何か言葉を掛けてあげたいと思っても、なんて言ったら良いのか言葉が思い浮かびません。


 同じような状況から立ち直った綿貫さんは、本当に強い女性だと感じます。

 マールブルグの領主ノルベルトさんには、保護した方達の支援をお願いするつもりですが、もし十分な支援が行われないならば、僕の方で援助を考えましょう。

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