第530話 領主の噂話

 エーデリッヒとフェアリンゲンを訪れた翌日、リーベンシュタインへ向かいました。

 領主のアロイジアさんとは、ブライヒベルグで開かれた領主会議の時に顔を合わせただけで、殆ど話したことがありません。


 直接部屋を訪ねたりすると騒ぎになるかもしれませんので、今回は手順を踏んで訪問します。

 まずは、リーベンシュタインの街に入る門の近くで表に出て、身元確認をしてもらいましょう。


 街の入り口となる門の前には、入場を待つ人の列が出来ていました。

 検査は、身元を示すギルドのカードと禁制品を持っていないか荷物のチェックです。


 僕の場合は、手ぶらですからカードをチェックしてもらえば終わりでしょう。


『さすがに大きな街だけあって、結構待たされちゃうね』

『朝一番の開門直後は、もっと長い行列が出来ていたはずですぞ』

『そうなんだ……』


 リーベンシュタインの街でも、門の外に街並みが出来つつあります。

 閉門の時間に間に合わなかった人達を相手にする屋台から始まり、やがて建物が建ち並び新たな街へと変わっていくのは、発展している街では共通の景色です。


 ヴォルザードとは違う街の空気を味わっているうちに、僕の順番が回ってきました。


「次、身分証を……って、お前荷物は無いのか?」

「はい、持ち物は無いです。これ、ギルドカードです」

「はぁ? Sランクだと……」


 まぁ、お約束の反応なんですけど、兵士の上げた声で注目されちゃってますね。


「お前、舐めてやがるのか!」

「いや、それ本物ですから、つべこべ言わずに機械に通して下さい。後で領主さんから怒られても知りませんよ」

「なんだと、このガキ……」

「待て、イヴォク! いいからカードをチェックしろ」

「副隊長……分かりました」


 チェックを行っている兵士は掴み掛かってきそうでしたが、詰所の奥から上役らしき兵士に声を掛けられて、渋々といった様子でカードのチェックを始めました。


「えっ、本物?」


 兵士が目を白黒させている間に、詰所から出てきた副隊長がチェックを終えたカードを手に取り、僕へ差し出しました。


「ヴォルザードのSランク冒険者ケント・コクブだな。リーベンシュタイン来訪の目的は?」

「はい、領主のアロイジアさんに御目に掛かりたいと思いまして」

「そうか、ではこの通りを真っすぐに進んで、領主の館の門番に来訪の意図を告げてくれ」

「分かりました」

「それと……くれぐれも揉め事は起こさないようにな」

「僕は自分から揉め事を起こした事なんて無いですよ。いつも巻き込まれてばかりです」

「では、巻き込まれないようにしてくれ」

「はぁ……善処します」


 門を潜ってリーベンシュタインの街へ入り、のんびりと街を見物しながら歩いていこうかと思いましたが、それだと揉め事に巻き込まれないとも限りませんよね。

 巻き込まれないように、影の空間経由で参りましょう。


 堂々と闇の盾を出して影の空間へと潜り、これまた堂々と領主の館の門前に闇の盾を出して表に出ました。


「な、何者だ貴様!」

「おはようございます。ヴォルザードのSランク冒険者ケント・コクブと申します」

「ヴォルザードのSランク……魔物使いか?」

「そんな風にも呼ばれてますね」


 もう一度、ギルドのカードを提示しましたが、相変わらず兵士は槍を構えたままです。


「何の用だ!」

「アロイジアさんに面会したいのですが、ご都合を伺っていただけませんか?」

「アロイジア様に何の用だ?」

「ランズヘルト共和国の主要都市というよりも、七人の領主の間を迅速に結ぶ連絡方法についてご相談させていただきたいと思っています」

「連絡方法だと……?」

「はい、ここからヴォルザードまで、十数えるうちに行って来られるような仕組みです」

「馬鹿な……ヴォルザードまでどれほどの距離があると思っているんだ」

「でも、僕はヴォルザードの家で朝食を済ませてから来たんですけど……とにかく、今すぐでなくても構わないので、面会可能な時間を伺ってもらえませんか?」

「ふん……そこで待っていろ」


 最近は、何処に行っても下にも置かないような対応をされるので勘違いしちゃいそうだけど、冒険者の扱いってこんなものだよね。

 門の脇で三十分以上待たされた結果。


「昼過ぎに出直して参れ」

「分かりました。では、その頃に出直して来ます」


 色々と面倒になってきたので、その場で闇の盾を出して影の空間へ潜りました。


『なにやら試されているようですな』

「ラインハルトもそう思う?」

『ランズヘルト共和国の領主であれば、ケント様の実力は当然分かっているでしょう。その上で、すぐに面会しないのであれば、何か考えがあるに違いありませぬ』

「まぁ、良く知らない人から見れば、僕は得体の知れない子供だから仕方ないでしょう」

『もしかすると、ヴォルザードに対してあまり好意的ではないのかもしれませんぞ』

「えっ、僕個人じゃなくて?」

『ケント様がヴォルザードを拠点とし、クラウス殿の娘を嫁にしていることも把握しているでしょうから、ケント様=ヴォルザードと思われていても不思議ではありませぬぞ』

「なるほど……もしかして、クラウスさんが何かやらかしたとばっちりとか?」

『ぶはははは……そうかもしれませんな』


 まぁ、何にしても理由は会えば分かるでしょうし、空いた時間にブライヒベルグのナシオスさんを訪ねましょう。

 ブライヒベルグのギルドの人目の無い廊下で表に出たら、依頼の張られた掲示板へ歩み寄ります。


『ケント様、どうかされましたか?』

『ちょっと、どんな依頼があるのか見てみたくなってね』


 朝の混雑時間が終わり、まだ新規の依頼を持ち込む人も少ない時間なので、貼られているのはいわゆる余り物の依頼です。

 倉庫などでの力仕事や見習い仕事が殆どで、あとは継続的に出されている薬草や素材の採集依頼といったところでしょう。


 掲示板を眺めていると、後ろから声を掛けられました。


「依頼をお探しですか?」

「いえ、ブライヒベルグではどんな依頼があるか見ていただけです。ナシオスさんにはお会い出来ますか?」

「ご案内いたします」


 声を掛けて来たのは、ネコ耳の切れ者受付嬢、ブランシェさんです。


『ケント様、これが狙いでしたか』

『うん、カウンターの近くでウロウロしていれば案内してもらえると思ってね』

『ケント様も、だいぶお人が悪くなられましたな』

『義理の父親が曲者揃いなんでね』

『ぶはははは……いかにも』


 案内されたのはナシオスさんの執務室で、ブランシェさんがドアをノックすると不機嫌そうな声が返ってきました。


「入りたまえ……」

「ご無沙汰しております」


 ブランシェさんが開けてくれたドアを潜ると、しかめっ面で書類を睨んでいたナシオスさんが顔を上げた途端パッと笑顔に変わりました。


「これはこれは、ケント君、さぁさぁ、座って、座って……」

「失礼します」


 ナシオスさんは、僕を歓迎してくれたというよりも、書類仕事から一時的にでも離れられる口実を歓迎している感じです。

 ヴォルザードのギルドで良く見る光景なんで、よーく分かってますよ。


 お茶の支度をしてくれているブランシェさんが、小さく溜息をついたように見えたのは勘違いじゃないでしょう。


「それで、ケント君、今日はどんな用事だい? また、デカい魔石でもオークションに出してくれるのかい?」

「いえ、今日はランズヘルトの他の領主さんとの連絡方法についてお知らせに来ました」


 コボルト隊と闇属性ゴーレムのペンダントを使った連絡網について話をすると、ナシオスさんは身を乗り出すようにして話に聞き入っていました。


「こちらが闇属性ゴーレムのペンダント、そしてブライヒベルグを担当するブラルトです」

「わふぅ、ブラルトだよ、よろしくね」

「おぉ、喋るコボルトか。ふむふむ、なるほど……それでは、例えば、今から簡単なメッセージを書いて、それをクラウスの所に届けて返事をもらって来ることも可能かな?」

「えぇ、勿論大丈夫ですよ」

「そうか、では試させてもらおう」


 ナシオスさんは執務机に戻ると、白紙を一枚取り出してサラサラとメッセージを書き込みました。


「では、ブラルト、このメッセージをヴォルザードのクラウスに届けて、返事をもらってきてくれ」

「わふっ、分かった、いってくるね」


 ブラルトにメッセージを託したナシオスさんは、僕の向かいのソファーに戻りました。


「どのぐらいで戻って来るかね?」

「さぁ、それはクラウスさん次第なので……」


 さっきまで不機嫌そうに見えたブランシェさんですが、ブラルトが影に潜った辺りをジッと見詰めています。


「ランズヘルトのあちこちに迅速に連絡が……」

「わふぅ、ただいま。行って来たよ」

「おぉ、もう戻ったのかい? なになに……コボルトを通じてケントに話が筒抜けになるから余計な事を書くな……ふははは、間違いなくクラウスの字だ。いや、これは凄いな」


 ナシオスさんが見せてくれた紙には、イロスーン大森林が通れるようになったし、そのうち暇を見て遊びに行くからもてなせというメッセージに、さきほどのクラウスさんの返事が書かれていました。

 ふむふむ、何やら良からぬ、お・も・て・な・し……の要求ですかね。


「クラウスとは、若い頃一緒にバカもやった間柄で気心も良く知れている。まぁ、今もヴォルザードとは直接輸送を行っているから手紙のやり取りも楽に出来ているが、これなら更に楽に意見のやり取りができそうだ」

「あとは、マールブルグとリーベンシュタインだけなので、他の領主さんとはもう連絡が可能ですよ」

「リーベンシュタインにも、この連絡方法の話はしてあるのかい?」

「はい、先程領主の館を訪ねて、訪問の目的を伝えて面会を申し込んできました」

「その様子だと、明日出直して来いって言われたのかな」

「いえ、昼過ぎに出直して来いと言われました」

「なるほど……では午後から直接話を聞いて、返事は明日という感じか……」


 なんだか、ナシオスさんの口ぶりでは、アロイジアさんは一癖ありそうな感じですね。


「あの……アロイジアさんって、どんな方なんですか?」

「ケント君は面識が無いかい?」

「いえ、前回の領主会議の時に会ってはいますが、殆ど話していないので……」

「なるほど……そうだね、一言で言うなら臆病なほどに慎重だね」

「臆病……ですか?」

「ケント君は、リーベンシュタインの街の様子は見たよね?」

「はい、凄い穀物倉庫がありました」

「街の成り立ちとかは知ってるかい?」

「ザックリとした話しか知りませんが、籠城を前提としたような街ですよね?」

「その通り。リーベンシュタインの伝統は守りなんだよ。彼女の性格というよりは、リーベンシュタインの領主が受け継ぐ性格と言った方がいいね」


 塩で得た財力をつかって領地の拡大を目論むエーデリッヒと、穀物生産の力を背景にして守りを固めるリーベンシュタインといった構図が長く続いた影響のようです。


「言われてみれば、エーデリッヒのアルナートさんは、いかにも野心家といった感じですよね」

「そうだろう? あの真逆の人物だと思っておけばいいよ。このコボルトを使った連絡網についても、十分にメリットを理解した上で、デメリットとなる部分を丹念に潰してから承認する……といった形になるはずだ」

「なるほど、それでは僕は、新商品を売り込む商人みたいなつもりで行けばいいですかね」

「はははは、そうだね。だが、この商品はとびっきりの上物だから、安売りする必要は無いよ」


 ナシオスさんに優しい手付きで頭を撫でられて、ブラルトはパタパタと尻尾を振ってみせました。

 門前払いみたいな形になった時には、面倒な相手だと思いましたが、ナシオスさんに話を聞いて納得出来ました。


 それでは、アウグストの兄貴とブライヒ豚のステーキでも食べに行ってから、リーベンシュタインに向かうとしましょうかね。

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