第531話 慎重すぎる領主

 ブライヒベルグの領主ナシオスさんにブラルトを紹介した後、アウグストの兄貴を昼食に誘いました。

 向かった先は、クラウスさんが冒険者時代に通っていたダナさんの店です。


「有能な義理の弟に誘われて、親父の馴染みの店に飯を食いに行く……良いものだな」

「兄貴が時間が取れるようになったら、他の街で見つけた美味しい店にも招待しますよ」

「おぉ、そいつは良いな。ただ、親父に何で俺を誘わないって言われそうだな」

「ですね。リーチェ達にも怒られそうです」

「なるほど、親父がお袋に頭が上がらないのは、こうした事の積み重ねなのかもしれんな」

「あぁ……僕も積み重ねないように気を付けます」


 クラウスさんに初めてこの店に連れて来てもらった時には、アウグストの兄貴はいかにも貴族のお坊ちゃんという感じでしたが、今では冒険者とまでは思われないにしても、一般市民には見えなくもないレベルになっています。

 山羊みたいだった髭も、ワイルドな感じに整えられています。


 ただ、ピンっと立ったウサ耳のアンバランスさだけは、いかんともしがたいですね。

 ダナさんの店でブライヒ豚のステーキを堪能した後、ザックリと新コボルト隊の連絡網について説明しました。


「なるほど、領主間の連絡をスムーズにするのは良いな」

「えぇ、あとはマールブルグとリーベンシュタインだけですから、明日には整いますよ」


 アウグストの兄貴の所にも配置しましょうかと聞いてみたけど、ヴォルザードとの輸送の見守りをしているコボルト隊がいるし、声はヴォルザードに届くから問題無いと言われました。


「ケントの眷属には世話になりっぱなしだし、これ以上俺個人に戦力を割かなくてもいい」

「分かりました。じゃあ緊急の時には、見守り当番のコボルトに伝言して下さい」

「了解だ」


 アウグストの兄貴とはダナさんの店の前で別れて、リーベンシュタインの領主の館へ向かいました。

 正門の前に闇の盾を出して表に出ると、衛士がギョっとした表情を浮かべた後で敬礼で出迎えました。


「ようこそいらっしゃいました、ケント・コクブ様、どうぞお通り下さい」

「ど、どうも……」


 また身分証の呈示から始めなきゃいけないのかと思っていましたが、その必要は無さそうです。

 大きな鉄製の門を潜ると、執事らしい服装の男性が深々と頭を下げて出迎えました。


「ようこそいらっしゃいました、ケント・コクブ様、こちらの馬車でご案内いたします」

「ありがとうございます」


 門を入ったところには、二頭立ての小型の馬車が用意されていました。

 飴色に磨かれた木材や、座席に使われているしなやかな革など、見るからに高級そうです。


 馬車も高級だし、路面も綺麗に整えられているので、殆ど振動も感じません。

 屋根が無いフルオープンのキャビンなので、手入れの行き届いた庭園の風景を満喫できます。


 うん、今朝の対応とは大違いですね。


『うーん……また試されてるのかな?』

『最初は粗略に扱った時の反応、二度目は下にも置かぬ歓迎をした時の反応を見ているかもしれませんな』


 ナシオスさんが、臆病なほどに慎重と言ってましたから、僕という人物を見極めるためだとしても不思議ではないでしょう。

 館の玄関では、メイドさん、執事さんがズラっと並んでお出迎えしてくれました。


 昨日のエーデリッヒを思い出してしまいましたが、またハニートラップなメイドさんとか現れたりするんですかね。

 勿論、手を出すつもりは無いですけど、見るのはタダですよね、見るだけなら……。


 玄関では、一番年配に見える羊人の男性が恭しくお辞儀をした後で話し掛けてきました。


「ようこそいらっしゃいました、ケント・コクブ様。私はリーベンシュタイン家の家宰を務めておりますベネディスと申します」

「どうも、ケントです」

「ご案内いたします」

「よろしくお願いします」


 羊の執事ならぬ家宰に案内されたのは、屋敷の手前側のいわゆる見た目重視の応接室でした。

 壁には巨大な絵画が飾られていて、調度品も金縁であったり宝石が埋め込まれていたりします。


 まぁ、アルダロスの王城やエーデリッヒの領主の館の調度品とかも、馬鹿げたレベルだったので驚きませんけど、驚いておいた方が良いんでしょうかね。


「こちらでお待ち下さい」


 テーブル越しに絵画を鑑賞できる席へと案内されると、普通のメイドさんが、普通にお茶を淹れてくれました。

 あれあれ、ハニートラップは無しですか、そうですか……残念です。


 というか、隠し部屋から覗かれてるんでしょうね。


『ケント様の右側の壁の向こうですぞ』


 なるほど、横から観察ですか。

 ここは気付かない振りをしておいた方が良いのでしょうか、それとも気付いているとアピールした方が良いんでしょうかね。


 とりあえず、冷めてしまう前にお茶をいただきましょう。

 当然、これだけの部屋で出されるお茶ですから、華やかの一言なんですけど、バラの香水を振りかけた感じで、正直あんまり美味しくないですね。


 たぶん、お高いんでしょうけど、一口飲んで御馳走様です。

 一緒に出されたお菓子もいただきましたが、こちらはムチャクチャ甘いですね。


 砂糖の塊を食べているみたいで、思わず口直しにお茶を飲んで……その口直しは無いんでしょうか。

 お茶とお菓子を持て余していると、館の主アロイジアさんが二十代ぐらいの男性二人と共に現れました。


『三人とも隠し部屋から覗いておりましたぞ』

『どんな反応だったかは、聞かないでおくよ……』


 ソファーを立って、こちらから挨拶をしました。


「お忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます」

「こちらこそ、お待たせしてしまい申し訳ありませんね。どうぞ、お掛け下さい」

「失礼いたします」


 テーブルを挟んで僕の正面にアロイジアさんが座り、その両側に男性二人が座りました。

 どうやらアロイジアの護衛のようで、ゴリマッチョではありませんが二人とも武術の心得があるようです。


 一見すると武器は持っていないように見えますが、たぶん僕が怪しい動きをした途端、制圧するぐらいの実力者でしょう。

 アロイジアさんが席に着いたタイミングで、メイドさんが改めてお茶とお菓子を出してくれました。


 香りも見た目も、先程の物とは全く異なっていますが、アロイジアさんからは何の説明もありませんね。


「今日の訪問は、ランズヘルトの各地を繋ぐ連絡網の件だと伺っていますが、ご説明いただけますか?」

「はい、僕の眷属であるコボルトと闇属性ゴーレムの特性を持たせたペンダントを使った方法です」


 最初に連絡網の仕組みについて説明をして、闇属性ゴーレムのペンダントを手渡し、その後で許可をもらってからリーベルトを呼び出しました。


「わぅ、リーベルトだよ。よろしくね」

「喋った……このコボルトは喋るのですか?」

「はい、自分の意思を持ってますし、言葉を理解しています」


 呼び出す直前は殺気を感じるほどに身構えていた男性二人ですが、リーベルトが喋った後に僕に撫でられて尻尾を振っている姿を見て毒気を抜かれたようです。


「自分の意思を持っているというと、我々の命令には従わなくなる危険があるのでは?」

「他の領主さんの下へ手紙や小型の荷物を届けるのがリーベルトの基本的な役割です。それに関しては従うように話してありますが、例えば、誰かを暗殺しろなんて命令には従わないように言ってあります」

「では、連絡以外の仕事は一切頼めないのかしら?」

「いえ、相談していただければ、内容によってはお手伝いさせていただきますよ」


 エーデリッヒやフェアリンゲンの例を示して、活動内容にはある程度は幅を持たせていると説明しました。


「もし……もし、このリーベルトが私に危害を加えようとしたら、処分しても構わないのかしら?」

「処分と言いますと……殺すという意味ですか?」

「ええ、万が一の場合は……」

「あり得ませんね」

「どうして、そう言い切れるのかしら? 元は魔物なのだから、人を襲ってもおかしくないでしょう?」

「あぁ、そちらの話ですか。元は魔物と言っても、今は眷属として僕と魔力的な繋がりがありますから、人を襲うなんてあり得ません」


 自信満々に言い切ったのですが、アロイジアさんは首を傾げています。


「そちらの話って、人を襲う心配以外に何があり得ないと言うの?」

「リーベルトが殺されるなんて、あり得ません。危険を感じたら、影の空間に潜るように言ってありますから」


 斬り合いになったとしても、殆どの相手に後れを取らずにすむでしょうが、あまり強いと思われると余計な不信感を持たれそうですからね。


「それでは、何か起こしたとしても処罰できない物を手元に置けということかしら?」

「余程酷い扱いを受けない限り、反撃しないように言ってありますから。危害を加える心配なんてありません。それに、無理に置いてもらう必要もありません」


 臆病なほど慎重だと聞いていても、何度も繰り返しリーベルトを疑うような質問を続けられて、嫌気がさしてきました。


「あら、ここに置かなかったら、連絡網が完成しないのでは?」

「そうですね。アロイジアさんとは連絡が取れないと、他の領主さんには事情を話しておきますよ」

「私と連絡が取れないのでは、困るのではなくて?」

「さぁ、どうでしょうね。ここから一番近いのはフェアリンゲンですか? それともエーデリッヒでしょうか? そこまでの日数分、リーベンシュタインに情報が伝わるのが遅くなるだけで、他とはすぐに連絡が取り合えるから大丈夫でしょう」


 席を立って帰る振りをしたら、アロイジアさんではなくリーベルトに声を掛けられました。


「ご主人様、うちは要らない子なの?」

「とんでもない! リーベルトは大切な家族だからね。ちゃんと歓迎してくれる所で働いてもらうだけだよ」

「ホントに……?」

「ホント、ホント、だから心配しなくていいからね」

「わふぅ、分かった……」


 ギューっと抱きしめて、ワシワシ撫でてあげるとリーベルトの機嫌は直ったようです。


「じゃあ、帰ろうか」

「わふぅ!」

「待って、ちょっと待って、まだ置かないとは言っていないわよ」


 演技ではなく本気で帰ろうとしていると気付いたのでしょう、アロイジアさんが血相を変えて引き止めました。


「いや、もういいです。僕としてはランズヘルトの役に立てばと思ってやってるだけなんで、面倒な駆け引きまでして置いてもらおうなんて思ってませんから」

「待って、駆け引きとかではなくて、リーベンシュタインとして新しい物を導入するには確認と承認のための手続きが必要なの」

「その手続きって、いつまで掛かるんですか?」

「明日、明日の昼には間違いなく……」

「それで、ちゃんとリーベルトは歓迎してもらえるんですか?」

「それは勿論、約束するわ」

「そうですか……では、今日と同じ時間に、ここに直接お伺いします。では……」

「あっ、ちょっと……」


 アロイジアさんは、まだ何か言いたそうでしたが、これ以上いても時間の無駄になりそうなので、闇の盾を出してリーベルトと一緒に影の空間へ潜りました。


『いやはや、ワシらが生きていた頃もリーベンシュタインは決断が遅いと言われておりましたが、時を経て益々拍車がかかっておるようですな』

「仕組みに関する質問ならいいけど、何度もリーベルトを疑うような話をされるのは気分が悪いよ。お茶とお菓子の件もあるしね……」

『確かに歓待されているようには思えませんでしたな』

「そうだ、帰る前に……」


 ヴォルザードに戻る前に、先程の応接間の隠し部屋に入り込んで、のぞき窓の所に書置きを残しておきました。


「明日は覗き見禁止……と」

『ぶははは……これを見た者は腰を抜かしますぞ』

「この程度、フレイムハウンドに届けたリボンに比べれば可愛いものでしょう」

『ぶははは……そうですな』


 時間があったらマールブルグに行こうかと思っていましたが、今日は気分が乗らないので帰ります。

 リーベルトとマールルトをモフりながら、ノンビリしちゃいましょう。

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