第522話 決別を決めた日

※ 今回は新旧コンビの一人、新田和樹目線の話です。


「和樹、ちょっといいか?」

「あぁ、構わないぞ」


 オーランド商会の依頼を終えてシェアハウスに戻り、シャワーを浴びて一息ついた所で声を掛けられた。

 古田達也、日本にいた頃からツルんで馬鹿やってきた相棒だ。


 達也はサッカー部、俺は野球部だったが、なぜだか馬が合った。

 ムカついて殴り合いの喧嘩をしたこともあったが、不思議とこいつだけは恨みを根に持たない。


 いつの頃からか、新田と古田で新旧コンビなんて言われるようになったが、それも満更ではなかった。

 その達也が俺をシェアハウスの外へと連れ出すのだから、要件はもう分っている。


 倉庫街にあるシェアハウスを出て、ブラブラと城壁に向かって歩く。


「例の件か?」

「そうだ。良い材料が手に入ったと思ったが、状況は芳しくないな」

「全くだ。だが、この状況を打破しなければ、栄光など手に出来ないぞ」

「分っている……」


 会話の内容の主語を口にしないのは、この辺りではシェアハウスの同居人である女子と遭遇する確率が高いからだ。

 別に聞かれたところで構わないと言えば構わないのだが、それでも変な横槍を入れられるのは避けたい。


 そう、この件に関しては、俺たちは弱者だからだ。

 俺たちは、南側の城壁に上った。


 西側の城壁は、同級生である国分健人の家を見物する人間が集まっているからだ。

 家と言うよりも屋敷と呼んだ方がしっくりする建物は勿論だが、庭に寝そべっているサラマンダーやストームキャットを見ようと連日人が押し掛けている。


 同い年のくせに、あんなデカイ屋敷に住んで、強力な魔物を従え、四人も美人な嫁と同居しているなんて、普通であれば許されない所業だが、国分には絶体絶命の危機から救ってもらい、しかも生活の基盤を築く手助けまでしてもらっているので、正直ちょっと頭が上がらない。


 とは言っても、敬語を使って敬い奉るようなことはしないがな。

 国分の屋敷がある西側と違って、南側の城壁には巡回している守備隊員の姿しかない。


 他人に聞かれたくない密談をするには、おあつらえ向きの状況だ。


「鷹山に、ジョーを餌に使えば良いと言われたが……」

「俺たちには伝手が無い」


 言葉を引き継ぐように俺が言い切ると、達也はその通りだと頷いた。

 俺を呼び出した理由は、合コンをいかにすべきかの一点に尽きる。


「やっぱり和樹も気付いていたか」

「当たり前だ、あの時は良いアイデアだと思ったが、ジョーを餌にするとしても、どこに声を掛ければ女子が集まるのか皆目分からん」

「だろぅ? それによぉ、仮に女子が集まったしても、ジョーが全部持って行きそうじゃね?」

「それだ! その不安は大いにあり得るぞ」


 今回の依頼で訪れたマールブルグで、パーティーのリーダー的存在である近藤譲二の失恋が発覚した。

 以前、別の依頼で組んだマールブルグの女冒険者と深い関係になっているのは薄々気付いていたが、まさか一日に八発もヤっちゃう仲とは思ってもいなかった。


 そんな関係を一方的に解消されたのだから、ジョーのショックは相当なものだったろう。

 まぁ、女子と交際した経験など皆無だから知らんけど……。


「和樹、俺は一つ気付いてしまったんだ」

「なんだよ、達也」

「ジョーを組み込んだ合コンで、俺たちが勝利を手にするビジョンが見えないのは……ズバリ、経験値の差じゃねぇか?」

「そこに気付くとは……流石だな、達也。だが、気付いたところで、どう対処すれば良い? 女子にモテるようになるには経験値が足りない。だが、経験値を手に入れるには女子と付き合う必要がある。TE〇GAじゃ経験値は手に入らないぞ」

「分っている、勿論分っているさ。そこで……」

「待て達也、まさか禁断の橋を渡るつもりか?」


 俺の問い掛けに、達也はハッキリと頷いてみせた。

 無論、予想外の展開ではない。


 いや、むしろ十分に予想していた事態だが、目の前にいる達也からは揺るぎない決意が伝わってくる。

 俺が気圧されているのは、その決意の差なのだろう。


「和樹……俺たちは十分に頑張ってきたさ」

「達也、だが、まだ希望は……」

「無理だ。鷹山なんか子供まで生まれたんだぞ、あの八木だって、ジョーだって、鬼畜健人だって……」

「分る、分るぞ、だけど俺たちにだって、愛のあるDT喪失の機会は……」

「いつだよ! そんな日が、いつ訪れるって言うんだよ。それまで、あのデカイ屋敷に住んでるハーレム野郎や、悪阻が収まったら毎晩盛ってやがるエロメガネの鬼畜な所業を指を咥えて見続けろって言うのかよ! そんなのは、もう無理なんだよ!」


 血を吐くような達也の言葉に、俺は返す言葉を失ってしまった。


「和樹……もういいだろう? たとえ素人DTと言われようとも経験値を稼ぎに行こうぜ」

「そうだな、俺も腹を括る……娼館に行こう」

「和樹……分かってくれたか」

「当たり前だろう、俺たちはコンビなんだぜ」

「和樹……」

「だが、娼館に行くならば、クリアーすべき課題が残されているぞ」

「俺は、課題は二つあると思っている」

「一つは……病気」

「そうだ、もう一つは……」

「ぼったくりだろう?」

「ふっ……和樹には敵わないな、全てお見通しかよ」

「まぁな……」


 達也から提案されるまでもなく、娼館でDTを捨てるシミュレーションは繰り返してきた。

 そこで一番のネックになるのは性病だが、こちらの世界にコンドームなんて物は存在していない。


「和樹、結論から先に言うが、病気に関してはイチかバチか腹を括るしかないと思っている」

「そうだな、万が一貰っちまった場合は、鬼畜健人に頭を下げるしかないだろうな」

「そりゃあ、委員長に治療は頼めねぇよ」


 聖女と称された浅川唯香さんも凄い治癒魔術を使えるが、いくら鬼畜国分の毒牙に掛かってしまったとは言え、同級生の女子に性病を貰ってしまいました……なんて言えない。


「それで、ぼったくりの対策はどうするんだ」

「それなんだが……やっぱり鬼畜健人を頼るしかねぇだろう」

「頼るって言っても、どうすんだよ。俺達は魔物使いの親友だぞ……って脅すのか?」

「まぁ、基本的にはそうだな」

「てかよ、俺も達也も捕まっちまったら、どうやって助けを呼ぶんだよ」

「問題は、そこなんだが……もし、ぼったくりに引っ掛かったとしたら、俺達は二人とも捕まるよな?」

「だから、そうなった時に、どうやって助けを呼ぶんだよ」

「まぁ待て、和樹。そんなに熱くなるなよ。その時には、一人が人質に残って、もう一人が金を取りに行くって話をするんだよ」

「なるほど、それで解放された方が鬼畜健人を呼びに行くんだな?」

「ちっちっちっちっ……そうじゃないんだなぁ」


 達也は舌打ちを繰り返しながら、ピンと立てた人差し指を左右に振ってみせる。

 こっちを見下すような仕草がムカつくが、今はぼったくり対策の方が先だ。


「いいか、和樹。役目を果たすのは残った方だ」

「はぁ? 残った方って、捕まってる奴に何が出来るって言うんだよ」

「一芝居打つんだよ」

「芝居……?」

「一人が解放されて、歓楽街を出るのに十分な時間が経った頃に、こう言ってやるんだ。『早く俺を解放した方がいいぜ、あいつは魔物使いを呼びに行ったぞ』てな」

「そうか、解放された方が知らせたと言えば、歓楽街の連中もビビって解放するって訳か」

「そういう事だ。聞いた話では、歓楽街には三人のボスがいるらしいが、鬼畜健人が全員シメたらしいぞ」

「嘘っ、マジで?」


 同級生のハーレム野郎が国を相手に出来るぐらいの戦力を保有しているのは知っているが、裏社会のボスをシメて回っていたとは思わなかった。


「一人は、あの爆乳のメリーヌさんの弟絡み、もう一人は、国分の屋敷に暮らしている少年絡み、最後の一人は、違法奴隷に絡んで国分と揉めたらしい」

「まぁ、普段はポヤポヤしてやがるけど、サラマンダーとか手懐けてやがるし、影に潜って何処にでも入り込むんだから始末に負えないよな」

「そういう事だ。つまりは、ぼったくりに引っ掛かったとしても、心配は要らないって訳だ」

「なるほど……てか、その場合には達也が残って芝居するんだよな?」

「なんでだよ。俺のアイデアだぞ。和樹がやるに決まってんだろう」

「それこそ何でだよ。俺に芝居なんて出来る訳ないだろう」

「それを言うなら、俺だって出来ねぇよ」


 娼館に行くための全ての心配が解消されたかと思いきや、予想外の問題が残されていた。


「分かった、それじゃあ捕まった時にジャンケンで決めよう」

「えぇぇ……俺のアイデアだぞ」

「そんなもの、ぼったくりに引っ掛かったら一蓮托生だろう」

「いやいや、俺が考えたんだから、せめてハンデをくれよ。クライマックスシリーズみたいにさ」

「うーん……まあいいか、んじゃ五勝先取でハンデ一勝な」

「いやいや、三勝先取でハンデ一勝でしょ」

「馬鹿、それじゃハンデがデカすぎるだろう。譲っても四勝先取までだ」

「分かった、それでいい。で……いつ行く?」

「明日は?」

「えっ……明日行っちゃう?」

「何時までも先延ばしにしても意味無いだろう」

「そうか……そうだよな、明日にしよう」


 達也と視線を合わせて頷き合い、どちらからともなく固い握手を交わした。


「ところで、達也よぉ、何処の店に行くんだ?」

「それだけど……焼肉屋に来るオッサン連中から情報仕入れねぇ? あの店に来る連中が行っても大丈夫な店ならぼったくられる心配も少ないし、ハズレにも当たらなくて済むんじゃね?」

「でもよぉ、あんまり安い店だと病気が心配だろう」

「そうか、それはあるな……てか、情報を仕入れるなら、今日のうちに焼肉屋に行こうぜ」

「それもそうだな。よし、行くか?」

「あー……どうせなら、国分を誘って奢らせれば良かったな」

「てかさ、娼館に行ってヤル前に国分のダチだって言えば、ぼったくられないで済むんじゃねぇ?」

「そうだよ、そうすりゃいいんだよ。和樹、冴えてるじゃん」

「まぁな、よし、飲み行こうぜ!」

「おぅ!」


 こうして俺たちはDTと決別する覚悟を決めた。

 正直、100パーセント納得した訳ではないが、経験値を稼ぐには手段を選んでいられない。


 いや正直に言おう、とにかくヤリたい……ヤリたいんだ。

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