第521話 内乱の兆し
『ケント様、少しよろしいでしょうか?』
屋敷までおぶって帰ったフィーデリアをベッドまで運び終えると、バステンが声を掛けてきました。
『シャルターン王国の件だね』
『はい、動きがありそうです』
『向こうで聞くね』
シャルターン王国の地名を耳にしたら、フィーデリアを起こしてしまうかもしれないので、ここでは念話で返事をして、リビングへ移動してから話を聞くことにしました。
我が家のリビングは、フローリングにラグを敷いているバルシャニアスタイルです。
ヴォルザードの人達は、靴を脱ぐスタイルに慣れていないようですが、日本人の僕らとしてはこっちの方が楽なんですよね。
という訳で、バステンにもラグに座ってもらっているのですが、何となく居心地が悪そうですね。
「じゃあ、話を聞かせてもらえるかな」
『承知いたしました。動きを見せているのは、王都を占拠したアガンソ・タルラゴスの西に領地を持つルシオ・セビジャラという男です』
セビジャラ領は、葉タバコの栽培が盛んな地域だそうで、セビジャラ産の葉巻は品質が良くシャルターン王国からの主要な輸出品の一つになっているそうです。
『ルシオは、王都が反体制派によって陥落した当時から、生き残った王族が新たな王に就いて国を治めていくべきだと主張していたそうです』
「でも、アガンソ・タルラゴスは王城に居座っているんだよね?」
『その通りです。直轄地の安定のためだとか、直轄地よりも東の領地を安定させるためだとか、色々と理由を付けては王城から動こうとしていません。と言うよりも動く気が無いのでしょう』
「その分だと、ルシオが業を煮やして実力行使に出たのかな?」
『いえ、まだ直接的な攻撃は行っていませんが、タルラゴス、オロスコを取り囲む領地の主に対して、同盟を持ちかけているようです』
今回の革命騒ぎによって、大きな利益を得ているのはタルラゴスとオロスコです。
南北に隣り合わせの両家は、あらかじめ手を組んでいたような節があります。
というか、そもそもの革命騒ぎが、タルラゴスとオロスコが仕組んでいた疑いすらあります。
両家は、革命騒ぎによって領主不在となった土地を次々に接収していきました。
騒ぎが起こる前と比べると、オロスコが三倍弱、タルラゴスに至っては四倍近い面積を支配下に置いています。
その中には、一部水害によって疲弊した土地も含まれていますが、九割近くは別段問題の無い土地です。
アガンソ・タルラゴスが実効支配している領地だけでも、大公シスネロス・ダムスクに匹敵する広さがあり、そこにオロスコが支配する土地まで加えれば、もはや小国と呼んでもおかしくない広さになる。
当然、領地が増えていない他の領主たちが納得するはずがありません。
タルラゴスに反旗を翻したセビジャラを始めとして、オロスコの西のロンゴリア、オロスコの南のディヘスも同様の不満を抱えているようです。
「では、ロンゴリアもディヘスも、セビジャラに同調するのかな?」
『はい、現時点での空気としては、おそらく手を組んでくると思われます』
「大公、シスネロス・ダムスク公は?」
『おそらくセビジャラからの使者は着いているとは思いますが、同調して挙兵する気配は今はまだ無いようです』
前国王の弟、シスネロス・ダムスク公は、革命騒ぎの結果、北と東の国境線を押し付けられた形になっている。
中でも北の隣国エスラドリャとは、長年に渡って小競り合いを続けているそうで、たとえセビジャラから使者が来たとしても簡単には動けないようです。
「戦力はどちらが多いの?」
『タルラゴス、オロスコが革命騒動以後に、どの程度の戦力を回収して組み込めたのか不明ですが、騒動以前のままならば、セビジャラ、ロンゴリア、ディヘスとの戦力は拮抗しています』
「あとは、どれだけ兵をうまく運用出来るかだね」
『仰る通りです。特にオロスコは、ロンゴリアとディヘスの両方を相手にする事になれば、苦戦は必至でしょう』
「でもさ、その辺りは織り込み済みじゃないの?」
『それは、最初から計画的に領地拡大を目論んでいたならば……ですね。もし状況に流される格好で領地を拡大したのであれば、今頃頭を抱えているかもしれませんよ』
「ということは、まだオロスコ側の様子は分らないんだね」
『はい、取り急ぎセビジャラの動きをお伝えしに参りました』
「ありがとう。この後、両陣営がどう動くか……だね」
『それと、ダムスク公が動くかどうかですね』
単純に兵力という点でみれば、シスネロス・ダムスク公が一番多く所有していますが、国境の守備のために全軍を投入することは出来ません。
革命騒動の時も、エスラドリャへの備えを残して動いたために、結果的にタルラゴスとオロスコに遅れを取っています。
「でも、ダムスク公の勢力が戦いに参加するには、川か湖を越える必要があるんでしょ?」
『仰る通りです。主要な橋や船による接近に対しては、タルラゴスも警戒を怠っていないようですので、簡単には手を出せないでしょうね』
「でも、逆に言うなら、どこかの橋を抑えてしまえば、一気に雪崩れ込むことも可能なんじゃない?」
『そうですね。最悪、タルラゴス勢は橋を落としてでも防衛に徹するでしょうし、橋を落とされる前に占拠するのは簡単ではないでしょう』
いずれにしても、戦については知識しか持ち合わせていない僕では、各陣営の先を読むなんて不可能でしょう。
「分った、引き続き偵察を続けてもらえるかな。泥沼の内戦に突入なんて事になったら、ランズヘルトの貿易にも影響が出る可能性が高くなるからね」
『そうですね。場合によっては、一攫千金のチャンスでもあります』
「まぁ、貿易に関しては、本職にお任せして、僕らは情報取集に徹しよう」
『了解です』
バステンを引き続きシャルターン王国の偵察に送り出すと、入れ違いにマルトが顔を出しました。
「わぅ、ルジェクと美緒が帰って来たよ」
「マルトもお帰り」
「撫でて撫でて……」
「はいはい、二人の護衛お疲れ様」
ワシワシと撫でてやると、マルトはラグに寝転んで、お腹も撫でろと要求してきました。
リクエストに応えながら、買い出しの様子を聞きます。
「ルジェクは、ちゃんと白身の魚も仕入れられたのかな?」
「わふぅ、ちゃんと買ってきたよ、いっぱいお金使ってたけど」
「そっか、まぁジョベートの復興支援だから、それは構わないや。問題は、ちゃんと活きの良い魚を仕入れられたかだね」
「んっと……それはヤブロフに聞いて」
「はいはい、そうだね」
マルトを撫でていると、ミルトとムルト、それにサヘルも出て来て撫でろと要求してきました。
はいはい、安息の曜日だけど忙しいね。
マルト達を撫で終えたら、手を洗ってから厨房を覗きに行きました。
今日は安息の曜日だから、僕のお嫁さん達も勢ぞろいしてますし、護衛担当に侍女さんに……女子率高いな。
「おぉ、沢山買い込んできたね、ルジェク」
「ケント様、ただいま戻りました」
「お帰り、美緒ちゃんも、ありがとうね」
「ケントお兄ちゃんの家の者だって知られたら、揉みくちゃにされて大変だったんだよ」
「そうなんだ。でも、ちゃんと仕入れられたみたいじゃない」
「すっごい頑張ったんだからね」
「そっかそっか、ありがとうね」
思わずマルト達みたいに頭を撫でてしまったけど、美緒ちゃんは目を細めてますね。
おっと、ルジェクが膨れっ面してるから、この辺にしておきましょう。
ドカっと置かれているのはマグロのような赤身の塊、スズキのような魚が白身でしょうね。
目がキラキラしていて新鮮そうに見えます。
エビは甘エビよりも少し大きいのと、イセエビサイズの二種類。
貝は巻貝と二枚貝、それにタコっぽいのがいますね。
形はタコなんだけど足が十二本もあるし、色が紫っぽいんだよね。
世界で初めてタコとかイカとか食べた人はチャレンジャーだなぁ……って思っていたけど、茹でてもこの色のままだったら、ちょっと食べるのに勇気が要りそうです。
「ルジェク、うちの分を取ってもらったら、余った分をアマンダさんの店とメリーヌさんの店にお裾分けに行ってくれるかな?」
「はい、分りました」
「美緒ちゃんも一緒に行ってくれる?」
「いいよ、準備が出来たら行こう、ルジェク」
「はい、ミオ様……あっ」
「もう、全然直らないんだから、しょうがないなぁ……」
おやっ、美緒ちゃんがチュってするんじゃなくて、今度はルジェクからするの?
まぁ、どっちにしても直らないような気がするねぇ。
美緒ちゃんの姉の唯香も呆れ顔ですね。
「唯香様……って呼んだらキスしてもいいのかな?」
「健人ぉ……」
「冗談だって」
「唯香様なんて呼ばなくったって、いつでもキスしていいんだからね」
おっと、そう来ましたか。
ではでは、僕もチューってしちゃいましょう。
次はマノンで、その次がセラフィマで、ベアトリーチェにも忘れませんよ。
みんなで夕食の献立についてワイワイ相談していると、フィーデリアが顔を出しました。
少し眠ったからスッキリしたようですね。
「ケント様、申し訳ございませんでした」
「えっ、何が?」
「眠り込んでしまった私を運んでいただいたようで……」
「あぁ、そんなの気にしなくていいよ、フィーデリア軽いし」
「ですが……」
「初めての体験で緊張して疲れちゃったんだよ。また店で働いてみたいなら、いつでもおいでってアマンダさんが言ってたよ」
「本当ですか?」
「うん、僕も影の中から見させてもらったけど、ちゃんと出来てたよ」
「それでも、まだまだなので、ここでお手伝いさせていただきます」
「うん、慌てず、一歩ずつ成長していけばいいよ」
「はい、頑張ります」
フィーデリアは、唯香たちと一緒に夕食の下ごしらえを手伝うようです。
僕は、メリーヌさんのお店の場所が分からないというルジェクを連れて、お裾分け行脚に出掛けましょうかね。
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