第523話 たった一晩で……

※ 今回も新旧コンビの話です。


 娼館の個室を出て階段を下りる。

 昨日の俺と今日の俺、他人から見たら何か変わったように見えるのだろうか。


 店を出る前にトイレに寄って行こうと思ったら、手を掛けようとしたドアが開いて男が出てきた。


「おぅ、達也か。お前も今下りて来たのか?」

「あぁ、もう帰るんだろう。ちょっと待ってろよ」

「あぁ……」


 トイレから出て来たのは新田和樹、日本にいる頃からの相棒だ。

 この店にも和樹と一緒に来た。


 目的も、境遇も、志も共にする同志といっても良いだろう。

 用を済ませてトイレから出ると、和樹は壁にもたれて気だるそうに佇んでいた。


「和樹、一晩中か?」

「あぁ、女が寝かせてくれなくてな」


 冗談だろう……俺の相手をした女なんか、ヤってる最中に寝てやがったぞ。


「あぁ、俺も一緒だ……」


 いや、俺の場合は女が寝込んでもヤリ続けていたんだが……言えねぇよな。


「帰るか?」

「あ、あぁ……」


 俺の動揺に、和樹は気付いただろうか。

 というか、和樹の話は本当なのか?


 隣を気だるげに歩く和樹は、一夜にして大人の男になったように見えるのに、俺はヤルことヤってもガキのままのような気がする。

 店の入り口を出ると、強面のオッサンが道に下りる石段に座ってタバコをふかしていた。


「兄さんら、今から帰りかい?」

「あぁ、そうだけど?」


 近くにいた和樹が答えたが、その口ぶりも大人びて見える。


「しっかり稼いで、また遊びに来な」

「金が出来たらな……」

「魔物使いを客として連れてきたら、タダにしてやってもいいぜ」

「そいつは難しいな。国分の嫁を敵に回すと社会的に殺されかねない」

「どいつも、こいつも、尻に敷かれて情けねぇ話だ」

「俺らは敷かれたことが無いから分からねぇけど、とばっちりを受けるのは御免だぜ」

「そうかい、まぁ頭の隅にでも覚えておいてくれ」


 和樹が強面のオッサンに軽く手を振ったところで、一緒に歩き出して店を後にする。

 平静を装っているが、実際はビビりまくりだ。


 四つ角を表通りに向かう方向へ曲がり、娼館の入り口が見えなくなった所で息を吐いた。


「はぁぁ……何だよ、あのオッサン。絶対一人か二人殺してんだろう」

「達也もそう思ったか?」

「丸腰じゃなかったら武器を抜いてるところだぜ」

「だな……」


 それほど娼館の入り口にいたオッサンは凶悪そうな面をしていた。

 俺達だって、鬼畜健人の特訓で何度もオークやオーガと戦ってきたから、本質的なヤバさは分かるようになっている。


 平静を装っていたが、和樹も内心ではビビっていたらしい。


「ドノバンのオッサンほどじゃないけど、あれは強いぜ」

「達也と俺が二人掛かりで向かっていって、やっと互角ってところじゃねぇか?」

「いや、あの手のオッサンはヤバい裏技持ってんだろう」

「あぁ、それはありそうだな」

「あれは敵に回しちゃいけない奴だ」

「だな……」


 表通りが近づいてくると、街の喧騒が耳に響いてくる。

 もう、堅気な商売をしている人達は動き出している時間なのだ。


「和樹、どこかで飯食って帰ろうぜ」

「あぁ、そうだな……」


 ヴォルザードに残って冒険者暮らしを始めて、体力だけは間違いなく付いた。

 鬼畜健人にマジで死ぬかと思うような訓練をやらされたり、実際に夜間の見張りをしたり、二日ぐらいなら寝なくても大丈夫じゃないかと思うほどだ。


 それでも、一晩中欲望のままに腰を振り続けていれば疲労が蓄積する。

 これが、精魂尽き果てるって奴なのだろう。


 娼館のある歓楽街は、ギルドの裏手にある。

 俺達のシェアハウスは、ギルドを挟んで反対側にあるので、必然的にギルドの近くを通ることになる。


 ヴォルザードのギルドは、冒険者ギルドと商業ギルドが一体になっている。

 一般の人も多く出入りするので、近くにはカフェがたくさんある。


 冒険者が依頼の進め方を相談したり、職人が依頼主の要望を聞いたり、話し合いをするために利用している。

 そのため、席の間に衝立が立てられていたり、密談用の個室が用意されていたりする。


 そうしたカフェの一軒に入り、衝立で仕切られた奥の席に腰を落ち着けた。

 向かいの席に座った和樹は、首を回したり、こめかみを揉んでみたり、いかにも寝不足で疲れているように見える。


 やはり、娼婦の選択を間違えたのだろうか。

 昨晩、俺が選んだのはポッチャリ系の娼婦で、巨乳をこえた爆乳サイズだった。


 一方、和樹が選んだのはスレンダー系で美乳の娼婦。

 こちらの世界には、寄せて上げる下着なんて無いだろうから盛ってる可能性は低いだろうが、それでも一抹の不安を感じて俺がパスした女だった。


 それだけに、和樹がどんな一夜を過ごしたのかが気になっている。

 軽食とお茶のセットを頼み、店員が離れた所で、意外にも和樹が先に口を開いた。


「で、どうだった?」

「どうだったって……?」

「そりゃDTと決別した感想だよ」


 感想なんて、凄かったの一言に決まっている。

 ぼったくり防止のために、国分の友人だと言ったのが良かったのか、豊満な肉体をフルに使って、めくるめく快楽を味わわされた。

 だが、俺のリビドーがいつまでも収まらないと、途中から露骨に面倒そうな顔をし始めたのだ。


「思っていたほど……ではなかったな」

「まぁ、そんな感じか……」


 薄く笑みを浮かべて見せる和樹からは、マジで余裕のような物が感じられる。

 俺なんか、マジで女体に溺れていたのに……。


「なんつーか、相手も最初は演技だったけど、途中からマジだったしな……」


 嘘は言っていない。最初は感じているような演技をしていたが、途中からはマグロ……いやトドのように無反応だった。


「あー……分かる分かる、俺もそんな感じだった……テクとか自然と覚えちゃうしな」


 なんだと……テクを覚えるだと……。

 マグロ女を相手に、どうやったらテクを覚えられるって言うんだ。


 それとも、和樹の相手をした女は、マジでマジ反応してたのか?


「だ、だな……最終的には、やっぱパワーだろう」

「まぁ、いくらテクがあっても、パワーが伴わないと意味ねぇしな……」


 いいや、いくらパワーがあってもマグロはマグロなんだよ。

 てか、一晩中相手をしたって言うなら、パワーもあるってことじゃん。


「い、一応……経験値を稼ぐのが目的だったし、求められたから応じてたけど、まさか一晩中とは思わなかったぜ」


 相手がマグロだろうが、トドだろうが、払った金の元は取ってやろうと思ったし、無反応だろうと柔らかくて温かくて、俺のリビドーが収まらなかったんだよ。


「確かに、普段相手している客がよほど酷いのか……つーか、こっちだって金払ってんだから、ストレス解消に付き合わされるのは堪らねぇよな」

「ま、まぁな、帰らないで……なんて訳にはいかねぇつーの」

「あぁ、達也も言われたのか……だが、半分以上はセールストークだろな」


 冗談だろう、マジで帰らないでなんて言われたのか?

 俺なんか本当は、帰り際に半ば強引にもう一発ヤラせてもらったら、二度と来るなって言われたんだぞ。


「で、でも、もう娼館は行かなくてもいいかなぁ……」

「だな、女という生き物も理解したし、金もねぇしな」


 マジか……理解したのかよ。

 俺が理解したのは、金さえ出せば相手をしてくれる女がいるが、ヤリすぎれば呆れられることぐらいだ。


 だがまぁ、金が無くなったのは確かだ。

 一晩、五千ヘルト……日本円にしたら五万円ぐらいの感覚だが、高いのか安いのか良く分からない。


「ご、合コンはどうするよ……」

「合コンかぁ……やっぱ金無いと難しいかな?」

「まぁな、やっぱ少し高めの店とかじゃないと駄目だろうし、女の分はこっちが持つんだろう?」

「どうなんだ? 日本とヴォルザードは同じとは限らないぞ」

「あっ、そうか……」


 賢者タイムなら良いアイデアも浮かぶかと思ったのだが、色々と精神的なダメージを受けて頭が回っていないらしい。

 精神的にも金銭的にも余裕がある時に考えた方が良い気がしてきた。


「ヴォルザードでは男が持つのが普通なのか、それとも割り勘主義なのか分からないけどよ、こっちが負担できる余裕が無いと駄目じゃね?」

「まぁ、そうだな」

「今回、一応経験値は稼いだし、金貯めながら作戦練ろうぜ」

「……だな」


 和樹は今すぐにでも動き出したそうだが、俺はそこまでの余裕が無い。

 いつもとは違って言葉少なく食事を済ませて、シェアハウスに戻った後は自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。


 大金はたいて、女が無反応だったのもメゲず、腰が抜けるぐらいヤってきたのに、全然成長した気がしない。

 普段とは違う、ニヒルな感じの和樹に酷く嫉妬している。


 昨日まで同じDT仲間だったのに、たった一晩でこれほどの差が付くとは思ってもみなかった。

 これまで、悩みは和樹に相談すれば良かったのに、これからは誰に相談すれば良いんだ。


 モヤモヤした思いを抱えながら、俺は眠りに落ちていった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 隣の部屋から、達也のイビキが聞こえてくる。

 全く、いい気なもんだ……人の気も知らないで。


 あの野郎、昨日一晩で何発ヤってきたんだ。

 病気でも貰っちまえば……いや、それはいくらなんでも妬みすぎだな。


 女が寝かせてくれなかった……なんて真っ赤な嘘だ。

 むしろ、混乱する俺を落ち着かせて、眠らそうとしてくれたけど一睡も出来なかった。


 緊張しすぎてたんだ、初めて目にする生の裸体に興奮しすぎてたんだ。

 その結果……暴発した。


 秒で果てたけど、秒で立ち直ったが、導かれる途中で再度暴発。

 悪気は無かったのだろうが、クスっと笑われた瞬間、心が砕けてしまった。


 その後、女性が色々と手を尽くしてくれたが、それでも反応を示さない自分自身に更なるショックが重なり、結局何も出来なかった。

 一晩、全裸の女性とベッドを共にして、なんの反応も示さないなんて……俺は一体どうなってしまったんだ。


 こんなこと、達也に相談できるはずがない。

 国分の治癒魔術なら治るだろうか、いや、国分でも治せないとなったら……考えるだけでも恐ろしい。


 一晩眠れば元に戻る……トイレまで歩くのが大変なぐらい元気になる……はずだ。

 でも、もし無反応だったら……恐ろしくて眠れない、眠りたくない。


 ゲッソリするほどヤリまくって高イビキで眠っている達也と、眠ることすら恐れている自分。

 昨日まで同じDT仲間だったのに、たった一晩でこれほどの差が付くとは思ってもみなかった。


これまで、悩みは達也に相談すれば良かったのに、この悩みは誰に相談すれば良いんだ。

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