第518話 歩き出すお姫様

「大丈夫ですか、フィーデリア」

「はい、セラお姉ちゃん」


 僕の屋敷では、なるべくみんなで一緒にご飯を食べるようにしているのですが、近頃フィーデリアが配膳や後片付けを手伝うようになりました。

 何やら思うところがあるようなのですが、ちょっと危なっかしいフィーデリアを気遣うセラフィマの姿にニヤニヤしちゃいますね。


 いつの間に、あんなに仲良くなったのでしょうかね。

 配膳や食べ終えた食器を運ぶのは、美緒ちゃんやルジェクも一緒に手伝っています。


 僕だけドッカリと座ったままなのは、ちょっと申し訳なくなっちゃいますね。


『ぶはははは、ケント様、一家の主たるものドッカリと腰を据えておくものですぞ』

『うん、まぁそうなんだろうけど、僕のスタイルじゃない気がするんだよねぇ……』


 ラインハルトの理想とする一家の主は、賢王と呼ばれたリーゼンブルグの中興の祖アルテュール・リーゼンブルグなのでしょうが、当人に会ったことがないので、どんな人だったのか分かりませんね。


『そうですな、アルテュール様もケント様のように物事に拘らない方でしたぞ』


 僕のようにと言われても、向こうは生粋の王族として育った人だろうし、生粋の一般庶民である僕とはやっぱり違うでしょう。

 それでも、似ているのだとすれば、本当に拘りの少ない人だったのでしょうね。


 フィーデリア、ルジェク、美緒ちゃんの三人は、食器を運んでいった厨房からなかなか出て来ません。

 厨房と食堂の境で、セラフィマが心配そうに覗き込んでいます。


「セラ、どうかしたの?」

「いえ、フィーデリアが洗い物に挑戦しているので……」

「へぇ、皿洗いまでしてるんだ……何かあったの?」

「はい、実は……」


 僕からシャルターン王国の現状を聞いた後、フィーデリアは将来どうすべきか悩んでいたそうで、セラフィマが相談に乗ってあげたようです。

 フィーデリアは僕には少し遠慮があるらしく、打ち明けられない胸の内をセラフィマに聞いてもらったようです。


「なるほど、それじゃあ、将来どうするか考えるために、今出来る事に取り組んでいる……みたいな感じなのかな?」

「そのようです。ここでの手伝いに慣れたら、アマンダさんのお店を手伝ってみたいそうですよ」

「そうなんだ、じゃあアマンダさんに聞いてみて、大丈夫ならお願いしようかな」

「いいえ、ケント様、アマンダさんにお願いに行くところから自分で始めさせてあげた方がよろしいと思います」

「それもそうか……まぁ、アマンダさんなら了承してくれると思うから……手伝いをさせてもらった後でお礼を言いにいくよ」

「そうですね、それがよろしいと思います」


 ちなみに、うちの屋敷の厨房では、日本から取り寄せた100パーセント植物由来の洗剤を使ってます。

 環境に優しいので、アマンダさんとメリーヌさんの店にも届けてますよ。


 セラフィマと話をしている間にも、二回ほどお皿が割れる音がしたけど、まぁまぁ御愛嬌ということで、怪我だけしなければOKです。

 うん、アマンダさんのところにもお皿とか届けた方が良いかな。


 皿洗いを終えた三人は、こちらの学校の宿題をやった後、タブレットを使って地球の知識を勉強しているようです。

 美緒ちゃんが真ん中、左にルジェク、右にフィーデリアという形で、三人でタブレットを覗き込んでいます。


 どうやら今は、ネットの地図を見ているようです。

 フィーデリアは王族ですからシャルターン王国の地図を見たことがあるのでしょうが、家一軒の単位まで細かく表示されるような地図は見たことが無いのでしょう。


「こんなに正確な地図を誰でも見られるのですか?」

「そうだよ。これを、こっちにすると……写真が見られるよ」

「これは……ミオが、このタブレットで撮ってくれる絵ですね。でも、どうやって撮ったのですか? 訓練した鳥に付けて空を飛ばせたとか……」

「ううん、これは航空写真と言って、飛行機から撮影したものだよ」


 そこから、今度は飛行機に関するページを見て回って、旅客機が離陸する映像や、客室の窓から見た雲海などの映像を見て回っています。

 フィーデリアもルジェクも、目を見開いて画面に見入っています。


 こちらの世界では、まだ空を飛ぶ方法が存在していないので、二人からすれば信じられない世界なのでしょう。

 影の空間経由でヘリコプター程度なら持ってこられそうですが、操縦するパイロットが必要ですし、整備する人も必要なので、実現するのは難しいです。


 そう言えば、異世界との交流ってどうなっちゃってるんでしょうかね。

 リーゼンブルグからの賠償金を受け取って、一応和平合意の調印までは漕ぎ着けましたが、資源開発などについては日本の独占は許さないと世界各国から抗議を受けていたはずです。


 藤井の魔落ちの件でも色々な抗議を受けていたはずなので、あと今は様子見といったところなのでしょう。

 どのみち僕がいなけりゃ人も物も送れないのだから、交流を行うなら連絡を寄越すでしょう。


 それにしても、フィーデリアが前向きに行動するようになったのは、嬉しい変化です。

 マダリアーガから連れて来た時は、抜け殻みたいになっちゃってましたからね。


 同年代の美緒ちゃんが、近くに居てくれたのも大きかったのでしょう。

 女の子らしく、日本の洋服にも興味があるようなので、通販使って買ってあげちゃいましょうかね。


 その代わり、僕のことはケントお兄ちゃんと呼んでもらおうかな。

 フィーデリア、ルジェク、美緒ちゃんの三人は、安息の曜日には揃ってアマンダさんの店に行くのだと思っていたら、どうやら別行動のようです。


 アマンダさんの店に最初から行くのはフィーデリアだけで、ルジェクと美緒ちゃんはジョベートで海産物の仕入れにチャレンジするようです。

 影に潜っての移動は、闇属性のルジェクと属性魔力を持たない美緒ちゃんに限られちゃいますからね。


 当日の朝、厨房からの要望を聞いて買う物をリストアップしたら、チューってした後で影に潜って出掛けて行きました。

 勿論、コボルト隊の護衛を付けてありますよ。


 フィーデリアは、一人でアマンダさんの店まで行くつもりだったようですが、ここはケントお兄ちゃんが一緒に行ってあげましょう。


「ケント様、それでは……」

「大丈夫だよ、セラ。アマンダさんの店まで送って行くだけ。そこから先はフィーデリアに頑張ってもらうからさ」

「それならば問題ありませんね」


 フィーデリアは、美緒ちゃんに借りたらしいキュロットスカートと猫のキャラクターが描かれたTシャツ姿です。

 うんうん、かわいい、かわいい……。


「じゃあ、フィーデリア。行こうか?」

「はい!」

「緊張してる?」

「ちょっと……」

「大丈夫、アマンダさんは、僕にとってもヴォルザードのお母さんだから心配いらないよ」

「でも、失敗したら……」

「誰でも最初から上手くは出来ないもんだよ。失敗して、それを糧にして、次からはうまくできるように工夫して、みんな成長していくんだよ」

「はい、頑張ります」


 フィーデリアの緊張を少しでも和らげられるように、手を繋いで屋敷を出ました。

 相変わらず、安息の日になると城壁の上に見物人が集まって来ているようですが、今はまだ時間が早いので人影は疎らです。


 屋敷を出たら、今日は目抜き通りではなく、倉庫街の裏道を選びました。

 倉庫街も安息の日なので、平日ほどの人の流れは出来ていませんが、それでも休日営業をする店に出す品物を出荷する人達が集まっています。


 大きな荷物を積み下ろししている姿は、王族として育ったフィーデリアにとっては物珍しい光景のようです。


「ケント様、あれは何が入っているのでしょう?」

「さぁ、ちょっと分らないけど、服飾関係みたいだね」

「あれは……」

「うーん……お茶かなぁ……香りがするね」


 手を繋いでおいたのは正解だったようで、フィーデリアは珍しい光景に興味津々で、手を放していたら駆け出して行きそうです。


「よぅ、国分」

「おはよう、綿貫さん。これから?」

「うん、その子は?」

「うちに住んでるフィーデリアだよ。フィーデリア、こちらは綿貫……じゃなくて、サチコ。僕の友人だよ」

「フィーデリアです、初めまして」

「おぉ、どこかの貴族のお嬢様か」


 スカートを摘まんで軽く腰を落として挨拶したフィーデリアを見て、綿貫さんは少し驚いています。


「えーっと……うん、色々と訳ありのお嬢さんだよ」

「まぁ、国分の家に住んでいる時点で普通ではないよな」

「いやいや、そんな事は無くもないかなぁ……」


 まぁ、アマンダさんの店に出入りするようになれば、いずれ話すことになりそうなので、フィーデリアの許可を得てからザックリとした経緯を説明しました。


「よしっ、話は分かった。あたしがビシバシ鍛えてやるから安心しな」

「は、はい、よろしくお願いいたします」


 今更だけど、下町の食堂で一国のお姫様が働くって凄いことだよね。

 フィーデリアには、隠そうと思っても隠しきれない品の良さが滲み出ているから、お客さんがどんな反応するのか、ちょっと楽しみですね。


「あれっ? 熱々カップルは来ないのか?」

「あぁ、ルジェクと美緒ちゃんはジョベートに仕入れに行ってる。たぶん、アマンダさんの所にも持って来ると思うよ。ぼったくられなかったら……」

「あははは、ルジェクは騙されそうだけど、美緒がシッカリしてるから大丈夫だろう」


 綿貫さんと話し込んでいたら、あっという間に店の裏口に到着しました。


「おはようございます!」


 綿貫さんが裏口から声を掛け終わる前にドアが開いて、メイサちゃんが顔を覗かせました。


「なーんだ、サチコか……」

「そんな冴えない顔でいいのか、メイサ。国分が来てるぞ」

「えっ、嘘っ……」

「おはよう、メイサちゃん。フィーデリアをよろしくね」

「お、おはよう、ケント……」


 なんでしょうね、慌てて髪の寝ぐせを気にしたりして、メイサちゃんらしくないですね。


「ちゃんと顔洗った? メイサちゃん」

「洗ったに決まってるでしょ、というか、いつまでフィーデリアと手を繋いでるのよ!」


 そうそう、その方がメイサちゃんっぽいよね。


「はいはい、じゃあフィーデリア、頑張って」

「はい!」

「なんだ、国分は帰っちゃうのか?」

「アマンダさんには挨拶していくけど、その後は……まかないの時間に何か持ってまた来るよ」

「そっか、じゃあ、何かフルーツが食べたい」

「はいはい、ジブーラはまだ季節じゃないし、メイサちゃんが食べ過ぎておねしょ……」

「しないもん! あれからずーっとしてないもん! いつまでも子供じゃないんだからね!」

「これはこれは、失礼いたしました。メイサお嬢様」

「ふん、そんなこと言っても誤魔化されないからね」

「そっか……日本までケーキを買いに行こうかと思ったけど、止めておくか」

「えっ、ケーキ……」


 そんな捨てられた子犬みたいな顔されたら、買って来ないとは言えなくなっちゃうよね。


「ちゃんとフィーデリアの面倒を見てくれたら、お昼に買ってきてあげる」

「する、もちろんちゃんと面倒見るよ」

「じゃあ、よろしくね」

「うん、行こう、フィーデリア。お母さん、フィーデリア来たよ!」


 メイサちゃんはフィーデリアの手を握ると、店の中へと連れて行きました。


「悪いなぁ……国分」

「いやいや、ケーキに釣られるメイサちゃんが……」

「そうじゃないよ、メイサだっていつまでも子供じゃないんだから、いい加減おねしょネタは止めておけよ」

「うっ、そっか……そうだよね。でも、メイサちゃんと顔を会わせると、ついね……」

「まぁ、気持ちは分るけど、嫌われる前に止めておけよ」

「そうだね。気をつけるよ」


 アマンダさんに挨拶をしたら、フィーデリアの働きぶりは影の中から見ることにして、一旦アマンダさんの店を後にしました。

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