第517話 ギリクと駆け出しパーティー その後
※ 今回はギリク目線の話です。
ドノバンのおっさんから、ヒヨッコどもの面倒を押し付けられて一週間が経った。
この一週間は体力作りに専念させて、討伐のとの字もやらせなかった。
一日のスケジュールとしては、朝起きたら城壁の上を走らせる。
短い距離を全力疾走させたり、時間内に決めた距離を走らせた。
以前ジョーが言ってたが、瞬発力と持久力を鍛えるためだそうだ。
二つは全く性質の違う動きだから、それぞれ別々に鍛える必要があるらしい。
魔物から逃げることを考えると、瞬間的な攻撃に対しては素早く逃げる必要があるが、追跡してくる相手には足止めを食らわせながらでも走り続けて逃げ切る事が重要になる。
走る訓練は、弓使いのチビ、ブルネラが足を引っ張ると思っていたが、短距離に関しては思っていた以上に動いていた。
ただし、長距離走になるとスタミナ不足を露呈して、取り決めた距離の半分もいかないうちに急激に失速した。
もう一人の女、ヴェリンダはブルネラとは逆で、短距離走では遅れをとっていたが、長距離走ではブルネラよりも速いタイムで走り切った。
この違いには多分に互いの性格が絡んでいるように感じる。
ブルネラは普段の物事でも、グワっと集中的に取り組んで、時間と共に効率が落ちていく。
言うなれば、飽きっぽいのだ。
逆にヴェリンダは、素早い動きは苦手だが、コツコツと成果を積み重ねていくタイプだ。
体力強化の訓練でも、ブルネラは最初の方だけ動きが良く、途中から急速に動きが落ちる。
一方のヴェリンダは、体力的にキツくなってくる頃からの粘りに見るものがある。
二人を足して二で割れば丁度良いのだろうが、人間はそんなに都合良くできていない。
取り合えず苦手を克服させながら、実戦では互いの足りない部分を補い合うしかないだろう。
野郎二人も、女二人と似たような感じだ。
ルイーゴが瞬発力タイプで、オスカーが持久力タイプだ。
持久力タイプのヴェリンダとオスカーは殆ど揉め事は起こさないが、ブルネラとルイーゴは最初の頃はことある毎に口喧嘩を繰り返していたが、揉める気も起らないくらい扱いてやったら大人しくなった。
城壁上を走らせた後は、腕立てや腹筋などの筋力トレーニングをやらせ、昼までに全員が起き上がれなくなるほど、みっちりと訓練を続けさせた。
一旦、拠点に戻って昼食を済ませた後は、ギルドの訓練場で手合せをやらせた。
ヒヨッコ同士で一組、もう一組はヒヨッコ二人と俺のハンデ戦だ。
俺も体力トレーニングに参加しているが、ヒヨッコに合わせたレベルでは物足りないぐらいだ。
二対一の状況で手合せを行うのは、ヒヨッコ共の連携を高める狙いとは別に俺自身が退屈しないためだ。
「よし、オスカーとルイーゴ、二人で掛かって来い。相手してやる」
「えっ、俺とオスカー一緒にですか?」
「そう言ってんだ、さっさと掛かって来い」
ルイーゴはオスカーと顔を見合わせた後で、それでも長剣サイズの木剣を構えた。
普段、ルイーゴは大剣を振り回すタイプで、オスカーは盾と剣を使うオーソドックスな戦闘スタイルだ。
同じパーティーに所属しているのだから、普段からコンビネーションの練習ぐらいはやっているのかと思いきや、視線を交わし合った後でルイーゴ一人が突っ込んで来た。
「や、やぁぁぁぁ!」
「遅ぇ!」
「がふっ……」
両手で木剣を振り上げ、がら空きになったルイーゴの胴を右手に持った木剣で打ち据える。
動きに迷いがあるから緩慢で、まるで脅威を感じない。
ケントのチビと初めて手合せした時よりも酷い様だ。
しかも、ルイーゴが打ち据えられる間、オスカーは盾を構えたままで一歩も動いていない。
「手前ら、ホントにやる気あんのか? なんで二人同時に掛かってこない。どうして左右から挟み撃ちとか、後ろに回り込むとか工夫しねぇんだよ」
「いや、ルイーゴと手合せする事はあっても、組んでの手合せは初めてだったので……」
「はぁ? お前ら何のためにパーティーを組んでんだよ。自分に足りない部分を補い合うためじゃねぇのかよ?」
「そうですけど、手合せする相手がいなくて……」
「はぁぁ……オスカー、手前はもうちょっと頭の働く奴かと思ったが、全然駄目だな」
「す、すみません……」
「相手がいなかったら、仮想の相手を作ればいいだろうが。たとえば、ブルネラに長い槍を持たせて、間合いの広い相手を想定した動きを検証するとか、ヴェリンダに長い棒を持たせて大剣使いを仮想するとか、いくらでもやり方なんかあんだろうが」
「すみません……」
「もういい、女二人と代われ、こっちが手合わせしている間にルイーゴと作戦を考えろ」
「はい……」
叩かれた瞬間ルイーゴは蹲ったが、手加減してあるから直ぐに立ち上がってきた。
オスカーとルイーゴを追い払い、ブルネラとヴェリンダに手招きをする。
「すみません、ギリクさん。ちょっとだけブルネラと打ち合わせさせて下さい」
「けっ、さっさとしろよ」
オスカー達のように、何の考えも無しに突っ込んで来られるのは考えものだが、あんまりモタモタと打ち合わせを続けられるのも面倒だ。
幸い、ブルネラとヴェリンダの打ち合わせは、程無く終了した。
ヴェリンダは盾と短剣サイズの木剣、ブルネラは槍を模した棒を持っている。
何を打ち合わせたのか知らないが、主導権はヴェリンダが握っているはずだ。
理由は簡単、ブルネラはルイーゴと同様に考えるのが苦手だ。
「よし、掛かって来い」
俺が左手の人差し指を立てて招くと、ヴェリンダとブルネラは目線を合わせて頷いて動きだした。
俺の左手にブルネラ、ヴェリンダは右側に陣取った。
「行きます!」
「ちっ……」
声を掛けて注意を惹きつけたのはヴェリンダだったが、踏み込んで突きを繰り出して来たのはブルネラだった。
思った以上に鋭い突きを木剣で捌くと、次の瞬間にはヴェリンダが斬り込んで来る。
オスカー達が練習していなかったのだから、ブルネラとヴェリンダのコンビネーションも即席のはずだ。
それでも、俺を挟み込むようにして距離を詰めたり離れたり、上手く的を絞らせないように動いている。
「ほぉ、なかなかやるじゃねぇか。だが、これはどうだ!」
「ぐふぅ……」
自分達の主導で手合せを進められていると思っていたようだが、ヴェリンダに斬りかかるフェイントを入れて振り向きざまに踏み込み、間合いを潰してブルネラの脇腹に拳を突き入れた。
槍は遠い距離から攻撃できるが、間合いを潰されると使い慣れない者は成す術が無い。
ブルネラを戦闘不能に追い込めば、後は一対一で結果は見えているが、ヴェリンダは諦めていなかった。
「まだです!」
「ほぉ……だが、遅ぇ!」
ヴェリンダが振り下ろしてきた木剣を跳ね飛ばし、ブルネラ同様に脇腹に拳を突き入れた。
革鎧を身に着けているし、手加減しているつもりだが、二人とも跪いたまま立ち上がって来なかった。
「ちっ、いつまで座り込んでいるつもりだ。魔物や盗賊相手に動きを止めたら、殺してくれと言ってるようなもんだぞ。痛かろうが、苦しかろうが、動けるうちは立ち上がって足掻きやがれ!」
怒鳴りつけるとヴェリンダとブルネラは、苦痛に顔を歪めながらも歯を食いしばって立ち上がって来た。
「いいか、剣や槍を持っている相手でも、殴ったり蹴ったりしないとは限らねぇ。特に盗賊共はまともな人間じゃねぇんだ、どんな手段を使って来られても良いように隙を見せんな。見せていい隙は、相手を誘い込む罠を張る時だけだ、覚えとけ!」
「はい!」
「よし、オスカー、ルイーゴと交代しろ」
この後も手合わせを続けたが、怪我をさせないように革胴だけを狙って打ち据えてやるとは、俺様も優しくなったもんだぜ。
手合わせは俺や身内とだけでなく、訓練場にいる他の冒険者を捕まえて対戦させた。
訓練場にいる連中は、腕に自信の無い駆け出しか、相手を見下して自慢しようとするロートルぐらいのものだ。
俺様の相手になるような骨のある奴は殆ど居ないが、ヒヨッコ共が腕を磨くには丁度良い相手だ。
まぁ、午前中にヘトヘトになるまで走らせて、鍛錬をさせている分だけ動きが悪く、やられる方が多いが、それも良い経験だろう。
魔物や盗賊は、こちらが疲れていない時を選んで襲ってくる訳ではない。
むしろ、戦闘を終えて疲れ果てた所を襲われた時などに、どう対処するかが冒険者の腕の見せ所だ。
こうした感じで、一週目は安息の曜日にも鍛錬を続けさせた。
ヴェリンダ以外は不満タラタラといった様子だったが、問答無用でやらせた。
一週間が経ったところで、拠点での夕食後に二週目の方針を伝える。
「明日からは、鍛錬と討伐を一日ごとにやる。明日は森の浅いところでゴブリンかコボルトを狩るつもりで準備をしておけ」
「質問いいですか?」
「なんだ、ルイーゴ」
「ゴブリンは、一人で討伐するんですか?」
「そいつは状況次第だ。魔物は、こっちの都合を考えて一頭ずつ出て来てくれたりなんかしねぇ。何頭の群れかによって作戦も変わるのだから、一人で相手するのか、連携して倒すのかは今の時点じゃ答えられん」
「その……魔石などの素材は取集するんですよね?」
「当たり前だ、気持ち悪いなんて譲り合ったりするんじゃねぇぞ。討伐から素材の剥ぎ取りまで、スムーズに終わらせろ」
「分かりました!」
各自に入念に準備するように命じてから、俺に割り当てられている部屋まで戻った。
まだ一週間しか経っていないが、それでも徐々に体力も付いてきているようだし、なによりも手合わせでぶっ叩いても、怯まずに向かってくるようになった。
「明日は、オーク一頭程度なら任せてみるか。二頭だったら、一頭を俺が仕留めて、もう一頭をやらせればいいな」
頭の中で明日の討伐の予測を立ててみる。
ジョー達と一緒に森に入った時、ペデルの野郎は上手く顎で使っていやがった。
こんな面倒事を押し付けられているのだから、少しは俺の稼ぎに貢献してもらおう。
というか、上手く鍛えれば、便利に使える手駒になるのかもしれない。
明日のこと、その先のことに思いを巡らせていると、部屋のドアがノックされた。
「誰だ?」
「ヴェリンダです」
「開いてるぞ」
「失礼します……」
ヴェリンダは、いつもこの時間になると寝酒を持って訪ねてくる。
俺が起き上がってベッドに腰を下ろすと、当然のような顔で隣に腰を下ろした。
その直後、俺は反射的にベッドから立ち上がっていた。
「手前ぇ、舐めてやがるのか?」
「えっ……そんな、とんでもないです」
「ふざけんな、なんだその甘ったるい匂いは、明日は討伐に出るって言ったよな?」
ヴェリンダの体からは、甘ったるい香りが漂ってくる。
「こんな匂いを付けてたら、魔物共に見つけて下さいって大声で知らせてるようなもんだろうが! さっさと出て行け、風呂に入って、そのクソ甘ったるい匂いを落としておけ。明日の朝、同じ匂いを漂わせていたらぶん殴るからそのつもりでいろ!」
「すみませんでした」
ヴェリンダを部屋から叩き出したら、窓を開けて部屋に残った匂いを追い出す。
ベッドには、ダニ除けの薬を塗して匂いを誤魔化した。
「まったく、何考えていやがるんだ。あぁ……酒まで持って行かせちまったか」
ベッドに寝ころんだ所で、ヴェリンダと一緒に寝酒まで追い出したのに気付いた。
ヒヨッコをしごく毎日の中で、ちょっと楽しみにしていたので残念だ。
かと言って、台所までいって酒を探し回るのも面倒だ。
次の安息の曜日は休みにしてやる予定だから、俺も酒を買いに行ってこよう。
ウトウトとし始めた頃、またドアがノックされた。
「あぁん? 誰だ、今頃……」
「すみません、ヴェリンダです」
「なんだ?」
「さっきは、すみませんでした」
入っていいと言ってないのに、ヴェリンダはトレイを持って部屋に入ってきた。
甘ったるい匂いはさせていないが、髪が生乾きのようだ。
トレイの上には、リーブル酒が注がれたカップが二つとツマミを盛った小皿が載せてある。
もう今更、寝酒はどうでも良かったが、持ってきたのなら飲んでやろう。
「ちゃんと髪を乾かしてから寝ろよ。体調崩しましたなんて泣き言は許さねぇからな」
「はい……分りました」
ヴェリンダが身に付けているのは、肌が透けて見えるほど薄い寝巻だけだ。
この一週間しごいたせいか、余っていた脇腹の肉は絞れたように見える。
「あの……ギリクさん」
「なんだ?」
「私、不安で……」
「不安?」
「はい、前回の討伐ではオーガに殺され掛けて……」
俺に体を寄せて来たヴェリンダは、小刻みに震えていた。
言われてみれば、死に掛けたばかりだから、討伐に恐怖感を持つのも当然かもしれない。
「ふん、お前は一週間前と同じお前なのか?」
「いえ……」
「誰が鍛えてやったと思ってやがる」
「ギリクさんです」
「俺が大丈夫だと思う相手を選んでやるって言ってんだ、それでも不安を感じるってことは俺様を信用出来ないってことか?」
「いえ、そんなことないです、誰よりも信頼してます」
「だったら、下らない不安なんか感じるな。明日は最初から俺が一緒に行動するんだぞ、不安を感じるなんざ時間の無駄だ」
「はい……はい!」
不安は解消されただろうに、ヴェリンダは俺に腕を絡めて頭を預けてきた。
「あぁん? なに甘ったれてんだ?」
「ごめんなさい……でも、ちょっとだけ」
「はぁぁ……飲んだら帰れよ」
「はい……あのぉ」
「なんだ?」
「お前じゃなくて、ヴェリンダって呼んでもらえませんか?」
「何でだ?」
「他の人と間違えないように……」
「そうか……飲んだら帰れよ、ヴェリンダ」
「はい……」
この後、ヴェリンダはカップ一杯のリーブル酒を飲み干すまでに三十分も掛けやがった。
まったく、そんなに嫌がらせをしたいと思われるほど鍛錬を厳しくした覚えはないぞ。
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