第515話 リーベンシュタイン

 フェアリンゲンを訪れた翌日、今度はリーベンシュタインを訪れました。

 ランズヘルト共和国で一番東にあるエーデリッヒの西隣に位置し、北がフェアリンゲン、西がブライヒベルグになります。


 リーベンシュタインは、ランズヘルト共和国で一番広い面積を有し、その殆どが穀倉地帯です。

 他の領地でも穀物の栽培は行われていますが、リーベンシュタインがランズヘルト共和国の胃袋を支えていると言っても過言ではありません。


 星属性の魔術で上空からリーベンシュタインを眺めてみると、殆ど起伏の無い平野が続いていました。

 リーベンシュタインの街も、街道と川が交わるところに作られていて、領主の館は要塞に見える高い壁と堀で守られていました。


『ケント様、御覧の通りリーベンシュタインは平坦な土地に築かれた城と街なので、外敵への備えとしてこの様な作りになっております』

「なるほど、攻める側から見れば、平坦な土地に建っているから大軍で攻めやすそうだもんね」

『その通りですぞ。周辺の農地を踏み荒らしてもかまわぬなら、十万でも、二十万でも兵を展開できますからな』

「そんな大規模な戦いが行われたの?」

『まだリーゼンブルグという大きな国が出来上がる前にはそうした争いもあったようですぞ』


 街の規模としては、リーゼンブルグの王都アルダロスに匹敵するぐらいの広さがあります。

 市街地の周囲にも堀が作られていて、新しい市街地が広がると、新しい堀が作られているようです。


 ヴォルザードの城壁が、リーベンシュタインでは堀なのでしょう。

 街に入る手続きは、ヴォルザードほど面倒ではないようです。


『領主の館や主要な施設は中央の区画に集められていて、そこに入るには厳しいチェックがあるようですな』

「それで大丈夫なのかな? 麻薬とか違法奴隷が持ち込まれたりしないのかな?」

『街の中での取り締まりを強化しているのかもしれませんな』

「これだけ広い街に入り込まれてしまったら、取り締まりは難しくなるのだから、入り口を厳しくした方が良いと思うのは素人考えなのかな?」

『さて、領主のアロイジア殿にどのような考えがあるかは、直接本人に尋ねられた方が宜しいでしょう』

「それもそうだね」


 今日は、街を下見に来ただけで、領主のアロイジアさんに会う予定はありません。

 会って話をするのは、新コボルト隊の訓練が完了してからです。


「よし、じゃあもう少し詳しく街の様子を眺めてみようか」


 リーベンシュタインの商業地区には、魔道具に手で触れる検査を行うだけで入れますが、身元が割れると面倒そうなので、このまま影に潜ったまま街を見学させてもらいます。

 

『ではケント様、まずはこちらへ……』


 ラインハルトが僕を連れて行ったのは、警備が厳重な街の中心部に建ち並ぶ、見るからに

頑丈そうな建物でした。


「ここは何? 武器庫?」

『いいえ、ここがリーベンシュタインの心臓とも言うべき穀物倉庫群ですぞ』

「えっ、これ全部穀物倉庫なの?」

『いかにも……御覧になっていただければ、お分かりいただけるでしょう』


 倉庫の壁は、それ自体が城壁かと思えるほど頑丈な石造りで、広さは学校の体育館の数倍ありそうです。

 そんな穀物倉庫が、川沿いにずら~っと並んでいる様は圧巻の一言です。


 更に内部を覗いてみると、穀物が詰められた麻袋が、見上げるほどの高さにギッシリと積み上げられていました。

 ヴォルザードにも飢饉に備えた穀物倉庫がありますが、スケールがまるで違います。


『ケント様、ランズヘルト共和国には七つの領地がございますが、実質的に一番力を持っているのは何処だと思われますか?』

「その言い方だと、リーベンシュタインなんでしょ?」

『では、その理由はお分かりになりますか?』

「目の前にある穀物だよね?」

『その通りです。穀物は食糧であり、財産でもあります。多くの食糧を手に出来る土地は、それだけ多くの兵を養えます』

「ヴォルザードやマールブルグはリーベンシュタインで採れる穀物に依存しているもんね」

『おっしゃる通りです。もし、リーベンシュタインと他の六つの領地が争う事になった場合。戦いが長引けば、ヴォルザードやマールブルグは音を上げる事になります。ブライヒベルグやフェアリンゲン、エーデリッヒも、ここにある穀物が全て無くなった場合には、少なからぬ餓死者を出す事になるでしょうな』


 リーベンシュタインの穀物が失われれば、当然リーベンシュタインの領民の生活は立ち行かなくなる。

 もしリーベンシュタインの領民が全員命を落としたら、それはランズヘルト共和国の二割以上の国民が失われる事を意味します。


 当然、他の領地でも命を落とす者は出るでしょうし、そうなればランズヘルト共和国の国力はガタ落ちです。

 リーベンシュタイン家が無血開城に応じるならまだしも、徹底抗戦となったらランズヘルト共和国の根幹が揺らぐ事になります。


「つまり、他の領地から見たら、リーベンシュタインに勝ったとしても割に合わない結果が待っている……って事?」

『その通りですぞ。勝っても益が無い相手とは、戦うだけでも損になるので手を出さない……という訳ですぞ』

「うーん……手を出さない意味は理解できたけど、そもそも他の領主はリーベンシュタインに手を出す意思があるの?」

『ヴォルザードやマールブルグ、バッケンハイムなどリーベンシュタインと隣接していない領地の主達は考えないでしょうが、ブライヒベルグ、フェアリンゲン、エーデリッヒなどは分りませんぞ』

「どうかなぁ……少なくともブライヒベルグのナシオスさんは動かないと思うよ」

『どうしてですかな?』

「だって、バッケンハイムのアンデルさんがリーベンシュタインと手を組んだら両面作戦を強いられる事になるでしょ。下手したら自分の方が危うくなるような状況は作らないと思うな」

『そうですな。ブライヒベルグが動くとすれば、バッケンハイムかマールブルグとの密約が成立しているのが条件でしょうな』


 自分を挟み撃ちにしようとする相手に対しては、あらかじめ協定を結んでおくか、こちらからも挟み撃ちに出来る状況を作る必要があります。

 

「ブライヒベルグが動けないなら、フェアリンゲンとエーデリッヒだけじゃ戦力不足になるんじゃない? だとしたら、現状では戦にはならないって思っていても良いのかな?」

『エーデリッヒもフェアリンゲンも、今はシャルターン王国の状況を見極める方に専念しているでしょう。とてもリーベンシュタインと戦をする余裕は無いでしょうな』


 結局のところ、リーベンシュタインを巡る内戦の可能性は限りなく低いというのが、僕とラインハルトの一致した考えです。


「ラインハルト、あの建物は何?」

『あれは、穀物の取引所ですな。現状の価格での取り引きに加えて、半年後や一年後の先物取引を行っておるそうです』

「先物取引か……もしかして、シャルターン王国の内戦に関する情報を手に入れられる僕なら儲けられる?」

『そうですな、確かに他の者に比べればケント様は優位ですが、内戦の状況を完全に読み切るなんて不可能ですし、小麦の値段もアクシデントによって大きく変わります。Sランク冒険者として稼げるケント様は、無理して手を出すものではありませんな』

「だよねぇ……やっても儲かる気がしないもん」


 街の中心部まで来たので、ついでに領主の館も覗いていきましょう。

 ヴォルザードの領主の館も豪華な造りだとは思っていますが、こちらはスケールが違っていて宮殿と呼んだ方が相応しいと感じます。


 まず、正門を入ってから建物に辿り着くまで、五百メートルぐらいあります。

 人工のせせらぎ、手入れの行き届いた庭園、試しに上空から見てみると見事なモザイク模様になっていました。


 宮殿はロの字型で、一辺が二百メートルぐらいあります。

 中庭は手入れされた芝生で、催しもののための舞台まで設えられていました。


 宮殿の手前側が執務や来客用で、奥が領主達の居住スペースとなっているそうです。

 内装も手前側は絢爛豪華ですが、奥に行くほど落ち着いた感じに変わっていきます。


 見栄を張る部分とプライベートエリアみたいな感じでしょうか、確かに居住区の方が居心地が良さそうです。

 領主のアロイジアさんは、手前と奥の丁度中間あたりの部屋で執務を行っていました。


 アロイジアさんの他に、十人ほどの人が机に向かっています。

 ただ、日本の役所みたいな感じではなく、自分の手元の書類に疑問を持つと他の人と相談を始め、最終的にアロイジアさんが決裁するという感じです。


 なんか仕事をしているというよりも、お茶を飲みながら語らっていてギスギスした空気は全く感じられません。


「なんか、すごく優雅に見えるんだけど……」

『そうですな。ワシも生前にリーベンシュタインを訪れておりますが、中枢の仕事ぶりまでは見ていないので何とも言えませんが、このやり方が伝統のように感じますな』

「人員に余裕があるってこと?」

『そうでしょうな。簡単な決裁は別の部署が担当しておるのでしょう』

「なるほど、ここがリーベンシュタインの中枢の中枢って感じなんだね」


 以前、ヴォルザードで小麦の買い占めが起きかけていた時、クラウスさんが小麦の出来を確かめていましたが、昨年は豊作だったと記憶しています。

 他の作物までは分かりませんが、異常気象だったという話も聞いていませんので、平年並みの出来にはあったと思います。


「穀物の出来も良し、更にはシャルターン王国の状況次第では高く売れる可能性もある。リーベンシュタインは安泰って感じだね」

『そのようですな。ですが、このリーベンシュタインの安泰もまたケント様のおかげですぞ』

「えっ、僕のおかげ? 何かやったっけ?」

『リーベンシュタインは、穀物を売ることで利益を出しております。その穀物が買い手の元へ届かなかったら……』

「あっ、イロスーン大森林の件か……なるほど、ブライヒベルグからヴォルザードに影の空間経由で輸送する態勢を作らなかったら、リーベンシュタインは不良在庫を抱えていたかもしれないんだ」

『いくら大量の穀物が手元にあったとしても、買い手がいなければ商売にはなりませぬ。きっと、ここにいる者達はケント様に感謝しておるはずですぞ』

「そうかもしれないけど、あれはヴォルザードのためにやった事だし、結果的にリーベンシュタインが助かっただけだからね。変に恩着せがましい態度を取るのはどうかと思うよ」

『ケント様は、そうおっしゃると思っておりましたぞ』


 この後、領主の館に隣接する守備隊も覗かせてもらいましたが、ヴォルザードとは違い平地で戦うことを意識した訓練でした。

 騎馬の数も多く、バルシャニアの騎士団に近い印象を受けます。


「ラインハルトから見て、兵の練度はどう?」

『悪くないですぞ、長く平和な時が続いているのに、これだけの動きが出来るのはたいしたものですぞ』

「財力だけではないみたいだね」


 余裕たっぷりの政治体制、訓練の行き届いた守備隊、リーベンシュタインは良い領地のようです。


『ケント様、昼食は麺料理がお薦めですぞ』

「そうか、粉の産地だから麺料理の種類も豊富なのか」


 警備の厳しい中心部を離れて、商業地区へと足を向けてみました。

 その中で飲食店が集まっているエリアに行ってみると、そろそろ昼食時とあって多くの人が集まっています。


 とりあえず、影の中から色んな店を覗いて、どんな料理を出しているのか確かめました。

 日本みたいに食品サンプルなんて飾ってませんからね。


 店の清潔度、店員さんの接客態度なども考慮して選んだのは、じゃじゃ麺に似た麺料理の店です。

 出している料理は、その麺料理一種類だけですが、店の外には行列が出来ていました。


 人目に付かない路地で表に出て行列に並んだのですが、店から流れてくる良い匂いにお腹が鳴りっぱなしです。


「一名様? こちらにどうぞ。盛りはどうなさいます?」

「大盛りでお願いします」

「はい、大盛一丁で~す!」


 麺は厨房でドンドン茹でていて、茹で上がったら湯切りして餡を掛けて出来上がり。

 シンプルだけど、食べているお客さんの表情を見れば間違いない……はず。


「はい、大盛お待ちどうさま!」


 日本人の僕としては、箸を使ってガッつきたいところですが、フォークしかないから我慢しておきましょう。

 麺はうどんとパスタの中間ぐらい、しこしこした腰があって小麦の風味も素晴らしい。


 餡は一見すると肉みそに辛みを加え、トマトの酸味が隠し味になっているようです。

 最初は、ちょっと辛い程度かなぁ……と思っていたけど、食べるほどに辛さが増して汗が噴き出してきます。


 でも、ただ辛いだけでなくて、肉の旨味やトマトの酸味などがシッカリと感じられ、麺を口許に運ぶ手が止められません。

 ラーメンみたいにスープに入れた麺料理もあるようなので、時々食べに来て美味しい店を開拓しましょうかね。

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