第513話 苦労人ジョーの新たな依頼
※ 今回は近藤目線の話です。
夜明け前の城門前は、開門を待つ旅人たちで賑わっている。
東京の満員電車や大規模イベントの行列に比べれば驚くほどの人の数ではないが、剣や槍を携えた冒険者や馬車を引く馬などの存在が命の営みを強く感じさせる。
それでも、前回バッケンハイムに向かった時ほどの混雑ではない。
イロスーン大森林の通行が再開された直後は、少しでも早くバッケンハイムやブライヒベルグに向かいたい商人でごった返していたが、もう通常に戻ったようだ。
俺と鷹山、新旧コンビの四人は、これからオーランド商店の馬車三台を護衛してマールブルグへと向かう。
往路は洋服や宝飾品などを載せて行き、復路は鉱石を載せて帰る。
順調に行けば片道三日、積み込みと休息に一日、合計七日間の行程となる。
報酬は、一日千二百ヘルト、盗賊を撃退した場合には別途手当てが出る。
片道二回の野営の護衛もあるので、特別に割高な報酬ではないが、依頼主がオーランド商店であることを考えれば断わる理由は無い。
事前にギルドで仕入れた情報によれば、盗賊が増えているような話は無い。
前回、俺達が撃退した盗賊の他に、もう一つのグループも返り討ちにあって数を減らしているらしい。
ただ、追い詰められている連中こそ、一発逆転の賭けに出たりするから注意が必要だとドノバンさんからも釘を刺されたのだが……。
「鷹山……いい加減にしろよ」
「なんでだよ。なんでリリサと離れてマールブルグなんかに行かなきゃいけないんだよ」
「仕事だからに決まってんだろう?」
「あのなぁ、ジョー。今時、男親でも育児休暇を取る時代なんだぞ」
「あぁ、そうみたいだな」
「だったら、俺は半年の育児休暇を要求する!」
「はぁ……お前は、どこの大企業に就職したんだ? お前が育児休暇を取っている間の給料は、どこの誰が出すんだ?」
「そんなの、ジョーや和樹や達也に決まってるじゃん。俺らパーティーだろ?」
「そんなもの、新旧コンビの2人が出す訳ないだろう。いくら鷹山に育児休暇を認めたって、この先あいつら二人が育児休暇を取る機会が訪れるとでも思ってるのかよ」
「それは……無いな」
「だろう? 俺一人じゃ鷹山の育児休暇なんか支えられねぇよ」
「そうか、じゃあ仕方ないか……」
ようやく鷹山を納得させたのに、別のところからクレームが付いた。
「おいおい、待て待て、黙って聞いてれば好き勝手言いやがって」
「そうだそうだ、俺と達也だって将来育児休暇が必要になるっつーの!」
「いやいや、それは無い。わがまま言った俺が悪かったよ」
「くっそ……鷹山、手前ぇ爆発しろ!」
「はっはっはっ、嫉妬は醜いぞ、和樹」
「くそぉ……舐めんなよ、あの八木だって子供ぐらい作れるんだ。俺達だって可能性はゼロじゃねぇぞ!」
「達也、あれでいいのか? あんな状況を許容できるのか?」
「鷹山、マジトーンで返さないでくれ。俺だって、あんな同棲はお断りだ」
「だろう? 俺達は、八木のような勇者にはなれないんだぞ」
「そうか……そうだな……って、騙されねぇぞ。俺らにだって天使は現れる」
「そうだそうだ、和樹の言う通り、てか鷹山、お父さんと呼んでいいかな?」
「あぁん? なんだと手前……リリサは俺と結婚するに決まってんだろう……誰にもやらん!」
「うるせぇ! いい加減にしろ、三馬鹿トリオ! エウリコさん達が呆れてんだろうが!」
門を出る順番待ちをする車列の中に、オーランドの文字が染め抜かれた幌馬車が三台停められていて、御者を務めるエウリコ、ピペト、テ―ドロスの三人が苦笑いを浮かべていた。
「おはようございます、今日からまたよろしくお願いします」
「朝から元気で結構だ。こちらこそよろしく頼むぞ」
鷹山、新田、古田の三人も、挨拶だけはキッチリする。
このあたりは、体育会系の良いところだ。
「そういえば、シューイチは子供が生まれたのか?」
「はい、リリサと名付けたんですけど、もう、もう、もう……天使です」
「うははは、分るぞ、初めて子供、それも女の子じゃ可愛くて仕方ないだろう」
「えぇ、ぶっちゃけマールブルグになんか行きたくないんですけど……」
「おい、鷹山!」
「あぁ、ジョー、俺らも気持ちは分かるから大丈夫だ」
エウリコ達は、全員結婚して子供もいるそうで、鷹山の気持ちを理解してくれた。
「だがな、シューイチ。これからは、そのリリサちゃんの将来を背負っていかなきゃいけないんだぞ。なんだかんだと言っても、先だつものは金だ。金がなきゃ美味い物も食わせてやれないし、綺麗な服も買ってやれねぇ。お前は、リリサちゃんに惨めな生活をさせたいか?」
「とんでもない、たとえ俺が飢え死にしたってリリサには苦労なんかさせませんよ」
「だったら、気合い入れて仕事しろ。リリサちゃんの幸せは、お前の働き次第だからな」
「うっす、気合い入れます!」
なるほど、子持ちの鷹山の尻は、こうやって叩けば良いのか。
俺の思いを悟ってか、エウリコさんがニヤっと笑ってみせた。
俺達が話をしている間に、新旧コンビはピペトとテードロスから、仕事の出来ない男はモテないと諭されていたようだ。
「いいか、カズキ、タツヤ。仕事の出来ない男には金が無い。ヴォルザードは最果ての街と呼ばれているから女が男を選ぶ基準は、強さと金だ」
「そうだぞ、他の街は知らねぇが、ヴォルザードでは弱い男、稼げない男は相手にされねぇ。お前達の近くに、良い見本がいるだろう、強くて、金を持ってる男が」
「あぁ、国分!」
「確かに、チートな強さで、金があって……嫁が四人」
「どうだ、やる気出たか?」
「うっす、やるっすよ!」
「護衛は任せて下さい、盗賊だろうが、魔物だろうが、返り討ちにしてやりますよ」
三人とも元冒険者で、四十代半ばぐらいなので、俺達ガキの扱いなんかお手のものなのだろう。
まぁ、おかげで鷹山も新旧コンビもやる気出して依頼に取り掛かれるとホッとしていた時に会いたくない奴に出くわしてしまった。
「おいおい、ジョー、これはどういう事だよ。俺がオーランド商店とコネを作ってやったのに、恩を仇で返すのかよ」
「ペデルさん……」
今にも掴み掛かって来そうな勢いのペデルは、ペデルと同年代ぐらいに見える少々くたびれた冒険者3人と一緒だった。
「ちっ、俺が仕事を紹介してやるって言ったのに……先約ってのは、この依頼ってことか。手前らだけ美味しい思いをして、俺は除け者か、いい根性してやがるな」
オーランド商店からは、ペデルとギリクの二人には依頼を出さないとハッキリ言われている。
だからと言って、それをダイレクトに伝えるのは世話になったという思いもあるので余計にはばかられたのだ。
「よぉ、なんとか言ったらどうだ。魔の森での討伐の動きも、護衛の仕方も教えてやったよな。それでこれか? 俺も舐められたもんだな」
「いや、ペデルさんには悪いとは思ったが……」
「はぁぁ? 思ってねぇだろう。思ってねぇから何も言わなかっただろうが!」
「それは……」
言葉に詰まった俺に助け舟を出したのはエウリコだった。
「もうその辺にしとけ。お前に、依頼を出さないと言ったのは、うちの旦那だ」
「はぁ……?」
「お前とギリクって言ったか、あの犬獣人の若い奴は、うちの旦那から戦力にならないと判断されたんだよ」
「そ、そんな……」
オーランド商店の人間からハッキリと告げられて、ペデルはショックを受けたようだ。
「ベテランの冒険者が若手を指導するなんか当たり前の話だし、お前だってこの四人を上手く使って依頼を受けてたんじゃねぇのか?」
「そ、それは……」
「だったらジョーの気持ちも分るだろう。世話になった年上の冒険者に、あんたは戦力にならないと切り捨てられたから、俺達だけで依頼を受ける……なんて面と向かって言えるかよ」
「だからって……」
「まぁ、文句を言いたくなる気持ちも分かるが、これはうちの旦那が判断したことだ。それが気に入らねぇとジョー達に絡むなら、うちの旦那の判断に逆らう……オーランド商店を敵に回すってことだ。良く考えて動くんだな」
「ちっ……行くぞ」
ペデルは盛大に舌打ちすると、連れていた三人の冒険者と共に踵を返し歩み去るかと思ったら、もう一度俺に向き直った。
「どうせ魔物使いとのコネが目的なんだろう、手前らの実力なんて思うなよ……せいぜい使い潰されないようにするんだな……ふんっ」
ペデルは一緒にいた三人に何やら話し掛けられていたが、俺のところからは聞き取れなかった。
ただ、一緒にいた三人の暗い目付きが少々気になる。
「すみませんでした、エウリコさん。出発前にゴタゴタしてしまって……」
「なーに、気にするな。うちの旦那は仕事に関しては厳しい人だが、判断を間違ったことは見たことがない。それと、魔物使いとのコネを持ちたいというのは事実だろうが、お前さん達の腕前も評価してるからな。俺から見ても、お前さん達四人は、同年代としては頭一つ以上抜けた存在だ。魔物使いとの件が無くても、旦那は選んでいたはずだ」
「ありがとうございます。期待に沿えるよう頑張ります」
「さて、そろそろ開門の時間だ。ジョーが一台目、シューイチが二台目、カズキとタツヤが三台目に乗ってくれ。あとは、この前と同様に動いてくれればいい」
「分かりました。よし……」
馬車に乗り込む前に、三人を集めて円陣を組む。
「出発前からケチが付いちまったが、逆にここでケリが付けられて良かった」
「悪いな、ジョーに任せっきりで」
「俺と達也は、口を挟まない方が良いと思ったから……なっ」
「あぁ、余計なことは言わなかったぞ」
「それでいいよ。交渉事は俺がやる……ただし、実力行使となったら頼むぜ」
「あぁ、任せとけ……って、俺が言わない方がいいか?」
「そうそう、鷹山は余計な物まで燃やすからな」
「もう、牢に放り込まれるのはゴメンだぞ」
「分ってるよ、リリサもいるんだ、もう無茶はしない」
「よしっ、今回もキッチリ依頼をこなして、オーランド商店から信頼を勝ち取るぞ、いくぞ!」
「「「おーっ!」」」
円陣の中央で手を重ねて気合いを入れる。
色々と問題もある三人だけど、お互いの実力や長所、短所も分かってる。
今回も油断しなければ依頼を遂行できるはずだ。
俺達も馬車に乗り込み、最終チェックを終えた頃、門が軋む音が聞こえてきた。
さぁ、まずはマールブルグまでの三日間、気合いを入れていこう。
そうすれば、四日目には……駄目だな、集中しなければと思った途端に口許がニヤけてしまった。
だが、面倒事を片付けた後には、御褒美があっても良いだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます