第512話 シャルターン内乱の影響

「ケント君、良いところに来てくれた」

「ご無沙汰してます、ブロッホさん。良いところに……と言いますと?」

「指名依頼をお願いしたい。詳しい話は別室で……」

「分かりました、伺います」


 応接室に場所を移して、改めてブロッホさんから依頼の趣旨を聞きました。


「ケント君は、シャルターン王国のコクリナに行ったことがあるよね」

「はい、クラーケン騒動の後、試験航海の護衛も頼まれて行きましたけど……」

「あぁ、例のシーサーペントの時だね?」

「はい、その後、ジョベートを襲った海賊騒動があって、あまり良い関係とは言えませんね」


 まぁ今のところ敵対関係に近い状況にあるのは、コクリナ周辺を治めているメッサーラ・ドミンゲス侯爵限定という感じで、他の貴族とは面識が無い状態です。


「コクリナ以外の街には行ったことはあるかな?」

「他の街といいますと……もしかして指名依頼というのは、シャルターン国内の状況調査ですか?」

「その通り。内戦が起こっているらしいという話は掴んでいるのだが……」

「あれっ? エーデリッヒのアルナートさんからは何も聞いていらっしゃらないのですか?」

「その口ぶりだと、ケント君は何か知っているのかい?」

「はい、シャルターン王家は反乱軍によって倒されました」

「えっ? えぇぇぇぇ!」


 王都マダリアーガが反乱軍に占拠されフィーデリアを除いた王族が処刑された件は、クラウスさんにもエーデリッヒの領主アルナートさんにも話してあります。

 てっきりランズヘルト共和国の領主間で情報が共有されていると思っていたのですが、どうやらブロッホさんの下へは届いていないようです。


 ジョベートを襲った海賊騒動に絡んで、シャルターン国内を偵察している時にマダリアーガの襲撃に遭遇しフィーデリアを救出してきた話をすると、ブロッホさんは口を半開きにして驚いていました。


「そんな事が起きていたとは……」

「シャルターンの交易に影響が出ているのですか?」

「まだ目立った影響は出ていないが、向こうに渡った者が鎧や剣、槍などを仕入れられるか打診されたらしい」

「コクリナにも王都の情報が伝わって、戦への備えが始められたのでしょうか」

「おそらく、そうだろう」


 ブロッホさんは秘書の女性にお茶のお代わりを淹れるように命じ、僕には更に詳細な情報を求めてきました。


「それにしても、反乱勢力に王家が倒されるなんて、周辺の貴族は何をしていたんだ」

「さぁ、詳しい経緯までは分かりませんが、東部で発生した大規模な水害への対応が杜撰で、追い詰められた住民が蜂起したようですが……」

「何か不審な点でもあるのかい?」

「はい、王城を占拠した時点で、反乱軍の軍師を務めていた人物が姿を消しているんです」

「ケント君は、その人物が騒動の元凶だと考えているのかな?」

「んー……どうなんでしょう。姿を消したという話は掴んでいますが、肝心の軍師は一度も見ていないので何とも言えません」


 シャルターン王国を探っていたフレッドとバステンによれば、劣勢になった反乱勢力で何度も軍師の指示を求める声を聞いたそうです。

 ただし、フレッドもバステンも軍師の姿は見ていないそうです。


「たった一人でシャルターン王国を転覆させたとしたら、恐るべき才能だね」

「そうですね。ですが、貴族も王族も弛みきっていたのも事実のようです」

「民衆の心が離れている所に起こった水害が引き金になり、不満が一気に燃え広がった……っといったところか。それで、現状はどうなっているのかね?」

「反乱勢力はほぼ鎮圧され、北から東までの国境沿いをシスネロス・ダムスク公が掌握、王都からツイーデ川までを、アガンソ・タルラゴス、ウルターゴ・オロスコが結託して掌握している状態です」

「なるほど……」


 僕の話を聞いて、ブロッホさんは頭の中に地図を描いているようです。


「タルラゴス、オロスコの陣営は、旨味のある土地をゴッソリと手に入れて御満悦といったところか……となると、その軍師なる人物はどちらかの家が送り込んた人物という可能性もあるね」

「やはり、そうなのでしょうか。何も証拠が無いのですが、あまりにもタルラゴスとオロスコに都合が良く転がっている感じはしますね」

「そうだね。その軍師なる人物は、おそらく発見出来ないだろうし、仮に発見出来たとしても現状を大きく変えることは出来ないだろうね」


 すでにシャルターン王国の勢力図は書き換えられてしまっています。

 タルラゴスとオロスコが手に入れた土地を手放すとも思えないし、この状況を覆すのは軍事的な衝突無しでは難しいでしょう。


「ブロッホさん、フェアリンゲンはどのような対応をされるのですか?」

「そうだね、うちは工業がメインではないので、武器や鎧などはあまり扱っていないんだ。それよりも幌布を多めに出そうと考えている」


 フェアリンゲンでは綿花の栽培が盛んで、それに付随して繊維関連の産業が栄えています。

 幌布は、馬車の幌はもちろん、兵士が使う天幕の素材として使われるので、戦時には需要が伸びると見込んでいるのでしょう。


「ケント君の話では、膠着状態に陥っていると考えるべきだろうが、目の前で王都や美味しい土地を攫われたダムスク公が大人しく指を咥えているとも思えない」

「では、いずれ王都奪還を試みるのでしょうか?」

「それは、隣国次第だろうね。今頃、両陣営は外交合戦を繰り広げていることだろう」


 ダムスク公がタルラゴス、オロスコ陣営を攻めるには、北の隣国エスラドリャと東の隣国バスクデーロへの備えをしなければなりません。

 逆に、タルラゴス、オロスコの陣営も、自領の西や南に位置する貴族への対処が必要になります。


「反乱は終息しましたが、このまま収まるのでしょうか?」

「それはタルラゴスとオロスコの出方次第だけど、これまで国の根幹であった王家が欠けた状態では、今まで通りの国の運営は不可能だ。当然、派閥による対立も起こるだろうし、話し合いだけで解決出来るとは思えないね」


 シャルターン王国は、長く平和な時代が続いてきたそうで、今回の反乱騒ぎは硬直していた貴族の勢力図を一変させました。

 東部で反乱騒ぎが起こった時、多くの領主が自分の領地を安定させることに苦労している間に、タルラゴスとオロスコがいち早く行動を起こし、王都を含めて収益の見込める領地を手中に収め、我が物のように振る舞っています。


 もともとその領地を治めていた領主や反乱鎮圧に出遅れた領主、地理的に参加を断念せざるを得なかった領主などが、タルラゴス、オロスコの現状変更をすんなり容認するとも思えません。


「ケント君、改めてだが、シャルターン王国の今後の状況を監視してもらえないだろうか」

「監視、報告するだけで構いませんか?」

「まぁ、我々ランズヘルト共和国にとって有利な状況を作ってもらえれば助かるけど、いくらケント君でもそれは難しいよね?」

「そうですね、フィーデリアを救出した後、さっさと内戦を終結させてしまおうかと考えたのですが、あまりにも広範囲に広がってしまっていて、思う様にはいきませんでした」

「うん、そうだろうね。なので、戦乱の広がり具合を中心にして、各勢力の現状を調べてもらえればと考えている」

「その情報は、ブロッホさんのみに伝えるのですか?」

「いや……ランズヘルトの領主全員で共有すべきだろうね」


 ブロッホさんは、一瞬言い淀みましたが、それでもキッパリと共有すべきだと言い切りました。


「これは仮定の話になるけど、もし戦乱がシャルターン王国全土に広がるとしたら、必ず食糧危機が起こる」

「農業に従事する人が戦いに駆り出され、戦いの舞台として畑が踏み荒らされる……」

「その通り、国内の食品が不足すれば、当然輸入に頼らなければならなくなるだろう。そこからが問題だ。適量を輸出すれば儲かるが、度を越えた量を輸出してしまったら、ランズヘルト国内で食糧価格が高騰して、こっちまで食糧危機になってしまう恐れが出て来る」

「いや、いくら何でも、それだけの量は輸出しないでしょう」

「一人の人間、一つの組織が輸出量を管理出来ていれば……ね」

「あぁ、自分だけなら大丈夫……って感じですか?」

「そうそう、気付いたらランズヘルト国民が飢えていた……なんて状況にはなってほしくないからね」

「分かりました、定期的に巡回を行って戦況を伝えます」

「正式な依頼は、領主会議の後になると思うけど、先行して進めてもらいたい」


 事がランズヘルト全体に関わるので、フェアリンゲンだけでなく連名の依頼にしたいのだろう。


「ブロッホさん、連絡方法なんですけど、今、僕の眷属であるコボルトの増強を進めています」

「そのコボルトを連絡要員にするのかな?」

「はい、一つの領地に一頭を専属とするつもりでいます」

「おぉ、それならケント君に何時でも連絡が取れるんだね?」

「いえ、違います。僕とだけでなく、各領地間でも連絡が取れるようにするつもりです」


 コボルトと闇属性ゴーレムのペンダントの組み合わせによる運用方法を説明しました。


「なるほど、そのペンダントがコボルトが帰還するための目印になるんだね」

「はい、それと同時に他の領主さんからの連絡を届けるための目印になります」

「領主が持つのではなく、たとえば、特定の部屋に届けるのでは駄目なのかい?」

「それでも構いませんが、領主さんがその部屋から離れている場合には、手紙を受け取った者が改めて領主さんに報告しなければなりません。それならば、物事を判断する立場の人に直接届いた方が良いと思うのですが……」

「なるほど、確かにそうだね。私も、一日中この部屋にいる訳ではないし、他の街を視察に出る時もある、そうした時に部屋に手紙が届いてしまったら、私が目を通すまで余分な時間が掛かってしまう訳だ」


 折角、影移動を使って遠く離れた場所にも瞬時に手紙を届けられるのに、そこから先で時間が掛かっていたら意味が無くなってしまいます。

 特に緊急の要件の場合には、直接判断を下せる人物の下に届ける方が物事が早く進むはずです。


「うん、その仕組み、是非とも早めに仕上げてもらいたい」

「はい、ただ重要な連絡を担うことになるでしょうから、確実に届くようにしてから運用を開始したいと考えてます」

「いやぁ……ケント君がいてくれて、本当に助かるよ。海の向こうまで行って、状況を探ってすぐ報告してくれ……なんて普通の冒険者には依頼できないからね」

「そうですね、そこは僕が得意の分野なので、しっかりと稼がせてもらいますよ」

「はははは、お手柔らかにお願いするよ」


 新コボルト隊の早期の運用開始を約束して、フェアリンゲンのギルドを後にしました。


「フレッド、バステン、申し訳ないんだけど、手の空いている時にシャルターン王国の状況を探ってもらいたい」

『お任せ下さい、ケント様。戦が始まりそうな兆候がありましたら、逐次報告いたします』

『押さえるべきは、ダムスク公とタルラゴス……』

「そうだね、特にアガンソは野心家に見えたから、まだ何かやらかしそうな気がするよ」


 野心家が栄華を手に入れられるか……それとも滅びの道を進むのか。

 フィーデリアが悲しむ結末にだけはならないように祈りましょう。

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