第506話 その後の話
酔った勢いでやりました、後悔はしていません。
酔っていたから良く覚えていない……なんて無責任なことは言いません。
だって、自己治癒魔術を使えますから、その気になれば酔いを醒ますのなんか簡単ですから、しっかりバッチリ一部始終を記憶してますよ。
ほら、良く言うじゃないですか、毒を食らわば朝まで……ってね。
まぁ、さすがに朝まではしませんでしたけど、これまで抱え続けてきた思いをぶつけ合ったのですから、一度では満足出来ませんよね。
えっ? 初めての相手に何度も求めるなんて、さすが鬼畜ケントだって?
いやいや、そんな事はありませんよ、だって僕、治癒魔術使えますから無問題です。
朝チュンしちゃおうかとも思いましたが、カミラが疲れ果てて眠ったところで、書置きをして自宅の風呂場へと影移動しました。
まぁ、朝帰りしなくても、正座&お説教コースは回避出来ないでしょうが、一応一家の主なので朝食の席には座っていたいかなぁ……。
『ぶははは、おめでとうございます、ケント様。これで、ランズヘルト、リーゼンブルグ、バルシャニアの三か国は、ケント様の支配下に入ったも同然ですな』
「いやいや、支配とかしないからね。僕は面倒事からは全力で逃げだしたいんだからね」
とかいって、カミラに手を出してるんじゃ説得力無いよね。
でも、カミラの場合は、散々面倒事を片付けた御褒美的に考えてるんだけど、まぁ世間一般からすれば顰蹙ものなのも分ってはいます。
お風呂から出て着替え、朝までネロに寄りかかって仮眠を取りました。
朝食の時間に食堂に行くと、みんなの視線が痛いです。
「おはようございます。申し訳ございませんでした」
何が……とか言いませんよ。
だって食堂には、美緒ちゃんとか、フィーデリアとか、ルジェクもいますからね。
教育上ごにょごにょな案件ですし、言わなくても唯香達には伝わっています。
「健人、何に対して申し訳ないって言ってるの?」
「えっと……黙って出掛けた事とか、勢いとか成り行きに任せてしまった事とか……」
「カミラは一国の王女様なんだからね、勢いとかで許される事じゃないんだよ」
「はい、その点については反省してる……けど、後悔はしてないよ」
「私としては、色々と片付けてからって思ってたけど、日本との和解も終わったし、これ以上引き延ばすのもかわいそうと思う気持ちもあったけど、リーゼンブルグと揉めないように、ちゃんと話をしてくること、分かった?」
「分かりました……」
「それと、みんな平等じゃなきゃ駄目なんだからね」
「うっ……勿論です」
きゅーっと吊り上がっていた眉を緩めて、ちょっと膨れてみせる唯香の破壊力がハンパ無いです。
何なら朝食の後に……駄目ですよね、はい、調子に乗りました。
でも、唯香、マノン、ベアトリーチェ、セラフィマ、四人に平等にチューってして許してもらいました。
うん、鷹山に爆発しろとか言ってたのが遠い過去に思えるよ。
てか、こんな所を新旧コンビに目撃されたら、間違いなく爆発しろって言われるよね。
「ご主人様、ドーンするの?」
「いやいや、しないよ、しないからね」
残念そうなマルト達を宥めて、さあさあ朝ごはんにしましょう。
一連の会話を聞いて、フィーデリアとルジェクは何の事かと首を捻っています。
でも美緒ちゃんは僕と唯香を見比べてニヤニヤしてるんですけど、耳年増なんですかね。
パパとかママには報告しないように……後でお小遣いあげますからね。
朝食の後、フィーデリアに話がしたいと言われました。
もしや、さっきの尻に敷かれている様子を追及されるかと思いや、シャルターン王国の事でした。
フィーデリアには、叔父さんである大公シスネロス・ダムスク公が王都を取り戻すだろうと話したきりで、その後の状況を話していません。
それは気になるのも当然ですよね。
「じゃあ、三階のリビングで話そうか」
「はい……」
三階のリビングは、椅子ではなくて敷物の上に座るスタイルにしています。
マルツェラにお茶を頼んで、テーブルを挟んでフィーデリアと向かい合って座ると、すかさずマルト達が出て来て擦り寄って来ました。
ムルトに擦り寄られて、少し緊張しているように見えたフィーデリアの表情が緩みました。
これから話す内容は、フィーデリアにとっては好ましい内容ではありませんが、嘘偽りなく伝えるつもりです。
「シャルターン王国の現状なんだけど、あまりにも広範囲に混乱が広がっていて、正直僕の手には余る状況だったんだ」
「シャルターン全土に戦いが広がってしまったのですか?」
「いいや、そこまでは広がってはいない。最初から順を追って話すね」
「はい、お願いいたします」
フィーデリアは、うちに来てからベアトリーチェやセラフィマ、それに美緒ちゃんのコーディネイトで、王女様というよりも少し良い家のお嬢様という感じの服装をしています。
それでも、立ち居振舞いを見ると王族の気品みたいなものを感じます。
「まず、シャルターン王国の東側で大きな水害が起こって、それによって住民の生活が困窮して、革命騒ぎに発展したのは知っているね?」
「はい、騒ぎが起こったとは聞いていましたが、まさか王都にまで広がってくるとは思っておりませんでした」
「たぶん、騒ぎに飲み込まれた領地の貴族達も同じように思っていたんじゃないかな」
革命勢力には、王都に攻め入るまで有能な軍師がいたようですが、王城を落とした後で姿を消し、その後行方が分からないようです。
バステンとフレッドに、手の空いた時にシャルターン王国の様子は見ていてもらったのですが、土地の人間に聞き込みが出来ないので、軍師の行方に関する情報は得られていません。
「フィーデリアには、王都はダムスク公が取り戻すだろうと話していたけど、地理的な問題もあってまだ辿り着けていない」
「では、王都は革命勢力が占拠したままなのですか?」
「いいや、王都は現在、アガンソ・タルラゴスの勢力下にある」
「タルラゴス……直轄地の西に領地を持っていた」
「そう、アガンソはウルターゴ・オロスコと手を組んでいるみたい」
「では、タルラゴスとオロスコ、それに叔父上で革命勢力を掃討されたのですね?」
「まぁ、形の上ではね」
「と仰いますと、何か問題があるのですね?」
「ちょっと待ってね……」
小さな闇の盾を出して、影の空間から紙とペンを取り出しました。
王都マダリアーガがある湖を中心として、ザックリとしたシャルターン王国の地図を描きました。
「ここが王都ね。で、タルラゴスとオロスコは、こんな感じで革命勢力を押し戻している」
「ツイーデ川の西側ですか?」
「その通り、大規模な水害の要因の一つとなったツイーデ川までタルラゴスとオロスコの連合軍が占拠している。そして、この北から西までの細長い地域をダムスク公が勢力下に置いている」
タルラゴスとオロスコは、革命勢力に積極的に投降を呼び掛け、順調に制圧を進めていったが、ツイーデ川まで来たところで進軍を止めてしまいました。
「タルラゴスとオロスコは、兵力に限りがあり、これ以上の進軍は支えられないと主張している」
「そうですか、それでは仕方ありませんね」
「本当にそう思う?」
「えっ、違うのですか?」
「うん、兵力に限りが……というのは表向きの理由で、本当はその先に進みたくないんだよ」
「進みたくない?」
「ツイーデ川の東側は、水害が一番酷かった地域で、自分たちの手に入れたとしてもメリットが薄いんだ」
水害に加えて革命騒動が起こり、ツイーデ川の東側は惨憺たる状況なようです。
手に入れたとしても、復興のために資金を出すばかりで、新たな収入は相当先にならないと見込めない状況だそうです。
「つまり、自分たちの利益を優先して、民を見殺しにしたのですか?」
「まぁ、そういう事だけど、元々は自分たちが治めていた土地ではないから、彼らに責任を問うのは無理があるんじゃないかな」
「そう……ですね」
ハッキリとは言わなかったけど、ツイーデ川の東側が荒れ果てたのは、前の領主、そして王家の責任です。
「叔父上は、ツイーデ川の東側まで兵を進めたのですか?」
「うん、最終的にダムスク公が平定したけど、最後の方はかなりの抵抗があったみたいだよ」
「叔父上は、どうしてそこまで兵を進めたのでしょう?」
「それは、王族としての務めだと思ったからじゃないかな」
テーブルの上に広げてある地図をペンで指しながら、フィーデリアに訊ねました。
「これがシャルターン王国の北側と東側だよね」
「はい」
「では、ここと、ここは?」
王国の更に北側と東側に丸をつけると、フィーデリアの両目が見開かれました。
「エスラドリャ王国とバスクデーロ……」
「そう、もうここから先は別の国なんだよね。タルラゴスとオロスコが、ツイーデ川までしか兵を進めなかった理由は、ダムスク公に国境の守りを任せてしまうためなんだ」
「なんて無責任な……」
ツイーデ川の西側で進軍を止めれば、川の東側は革命勢力の支配下のままで、いわば無法地帯に近い状況が続きます。
それを放置しておけば、東の隣国バスクデーロが侵略してくるかもしれません。
国王の弟であるダムスク公は、その状況を放置する訳にはいかないから制圧のための兵を進めるしかありません。
実際、制圧は出来たけれど、ダムスク公の支配地域はシャルターン王国の北から東への外周にそった細長い地域となってしまっています。
「今の状態だと、ダムスク公はエスラドリャとバスクデーロの二か国に睨みを利かせないといけない状態だし、制圧したと言っても支援が必要な地域ばかりで、これ以上どこかに戦いを仕掛けるなんて余裕は無いんだよね」
「では、叔父上が身動き出来ない間に、タルラゴスとオロスコは占領した地域を自分たちの物にするつもりなんですね?」
「その通り、今回の騒動で、タルラゴスとオロスコはこれまでの倍ぐらいの土地を手に入れている。元の領主の親族が、所有権を主張しているけど、革命が起こるほど杜撰な領地経営を行っていた一族には任せられない……みたいな主張をして、自分達こそが民衆の味方であるように振舞っているそうだよ」
「そんな……」
「まだ何の確証も無いけれど、あるいは、今回の革命騒動もタルラゴスとオロスコが裏で糸を引いていたのかもしれない」
「酷い! なんて卑怯な……」
「いや、それは推測でしかないから決めつけないで」
「あっ、そうでした……ごめんなさい」
自分の祖国の現状を聞いて、フィーデリアは少し気落ちしているように見えます。
「あの……シャルターン王国はどうなってしまうのでしょう?」
「うん、正直に言って分からない。というか、既にシャルターン王国という国は、あって無いような状態になっている」
「王家が存在しないから……ですね?」
「そう、一応マダリアーガが王都になっているけど、王様が不在じゃ王都とは呼べないよね。しかも直系の子供で存命なのはフィーデリアだけで、向こうでは行方不明、あるいは殺されたという扱いになっている。となると次に王位継承権を持つのはダムスク公だけど、王都に近付けない状態」
「タルラゴスとオロスコは、国を乗っ取るつもりなのでしょうか?」
「さぁ、それは周りの貴族の反応次第じゃないかな」
タルラゴスとオロスコは、まずは新たに手に入れた領地の平定を行い、その後は周辺の貴族に対して自分たちの領地であると主張し認められる必要があります。
一足飛びに自分たちが新たな王だ……なんて主張すれば手酷い反発を招きかねません。
領土は広がったけれど、それに見合った戦力がある訳ではないから、周辺の貴族が全部敵に回れば磨り潰される恐れもあります。
「僕の眷属の見立てでは、恐らくダムスク公は平定した領地の経営に専念して力を養い、周辺国への根回しを終わらせてからタルラゴスとオロスコに戦いを挑む可能性が高い」
「それまでの間に、周辺の貴族までがタルラゴスとオロスコに味方したら……」
「その時は、ダムスク公の勝ち目は薄くなるね。でも、逆に他の貴族を味方に出来れば、ダムスク公が次のシャルターン国王になるかもね」
いずれにしても、シャルターン国内が安定するまでには数年を要するでしょう。
フィーデリアが帰れる場所も今のところは無さそうです。
「フィーデリアは、どうしたい?」
「分かりません。お話を聞いた限りでは、私が戻ったところで何の役にも立てそうもありません」
「何の役にも立たないことは無いと思うけど、戻るとしても、もっと状況が安定してからの方が良いだろうね」
「そうですね……」
「これからも、時々シャルターン王国の状況を知らせてあげる。それを聞いて、フィーデリアにやりたい事が出来たなら教えて。出来るだけ力になるから」
「ありがとうございます。命を救っていただいて、こうして暮らしを支えていただいて、心から感謝いたします」
「気にしなくていいよ。僕が助けたくて助けたんだ。面倒を見るのは当然だからね」
僕の気持ちを察してか、ムルトがフィーデリアの肩をポフポフと叩いて頷いてみせました。
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