第507話 悩めるフィーデリア

 私は、どうすれば良いのでしょう。

 ケント様に教えていただいた今のシャルターン王国は、私が思っていたよりも酷いことになっているようです。


 叔父上が王都を取り戻してくださったら、一度は国に戻りたいと思っていましたが、とても戻れそうもありません。

 それに、戻りたいと思うと同時に、戻るのが怖いと感じています。


 思い出さないようにしていますが、王都の住民が私の家族を縛り上げ、目の前で……。

 あの時、周りを取り囲んでいた人達は、一人残らず私達に憎しみのこもった目を向けていました。


 あの日まで、王家は国民から愛されているものだと思っていました。

 殺したいほど憎まれていたなんて、思ってもいませんでした。


 もし、今すぐマダリアーガに戻ったとしたら、人々は私にどんな風に接してくるのでしょう。

 以前のように笑顔で手を振ってくれるのでしょうか。


 それとも、また酷い言葉や石を投げ付けて来るのでしょうか。

 王城は、アガンソ・タルラゴスが占拠しているそうですが、住民は受け入れているのでしょうか。


 叔父上が王都を目指したら、住民はどちらの味方をするのでしょうか。

 この先、シャルターン王国がどうなっていくのか、ケント様でも見通せないとおっしゃっていました。


 ケント様が調べて下さった情報を聞くしかない私では、予想のしようもありません。

 シャルターン王国の状況は、これからも知らせて下さるそうですが、どう考えても私に出来ることなど何も無いでしょう。


 国に戻れない、王族としての生活に戻れないとしたら、私に何の価値があるのでしょう。

 私は、王族として他国の王家かシャルターン王国の貴族に嫁ぐものだと思っていました。


 母上や侍女からも、そうなるものだと教えられて育ってきました。

 ケント様は、やりたい事が出来たら力を貸して下さるとおっしゃいますが、私に何が出来るのでしょう。


 考えても、考えても、同じ所をグルグルと回っているだけで、出口が見つかりません。

 答えの出ない問題を考えているだけで、一日が過ぎていきます。


 せっかく通い始めた学校も、今日は休んでしまいました。

 学校の先生にも、色々と気を使ってもらっていますが、まだ馴染めないでいます。


 ミオ、メイサ、ルジェクとは話せるようになったけど、まだ大勢の人に囲まれると怖いと感じてしまいます。

 ここはヴォルザードで、マダリアーガではないと頭では分かっているのに、胸の底にある恐怖が消せずにいます。


 昼食の後も、部屋に籠って一人で考え込んでいたら、ミオが学校から帰ってきました。


「フィーデリア、大丈夫?」

「ごめんなさい、学校休んでしまって」

「ううん、それは良いんだけど、どこか具合が悪いの?」

「いえ、どこも悪くはないけど、ちょっと考えてしまって……」


 ミオにケント様から聞かせてもらったシャルターン王国の話をして、この先どうして良いのか分らなくなっていると打ち明けた。

 ケント様の奥方様たちも、皆さんお優しいのですが、私よりも少し年上でいらっしゃるので、話し掛けるのに少しだけ勇気がいります。


 その点、ミオは同じ年だし、同じ部屋で寝起きするようになったので話しやすい。


「ねえ、ミオは将来どうするの?」

「えっ、将来? うーん……まだ何になりたいとか決まってないけど、何かを作る仕事がしたい」

「何かを作る仕事?」

「うん、えーっとね、漫画とかアニメとか、音楽、ファッション、何かを作り出して、それで人を幸せにする仕事がしたい」

「人を幸せに……」


 これまで王族として生きてきたので、私の人生は王家のために、国のために役に立つように……と考えてきました。

 王家のためとは自分の家族のためですし、国のためというのも結局は家族のためでした。


「そうか……私は国民を見ていなかったのですね」


 父上や母上は、ちゃんと国民を見ていたのでしょうが、私は自分の周りにいる人しか見ていませんでした。

 これでは国民から恨まれても仕方ないでしょう。


「フィーデリア、大丈夫? 顔色悪いよ」

「大丈夫、大丈夫だけど……どうしたら良いのでしょう。私にもミオみたいに、将来への道筋が見つかるでしょうか」

「見つかるよ。私だって、まだ全然具体的じゃないし、フワフワして固まっていないよ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。てか、私達の年だと、みんな同じような感じだと思うよ」


 ミオと話して、何かが見つかりそうな気がしたのですが、手を伸ばしたら遠のいてしまったような感じです。

 もうちょっとのような気がして、ミオともう少し話そうと思っていたら、影からコボルトが顔を出しました。


「ミオ、メイサが遊びに来たよ」

「ここに案内してくれる?」

「分かった」


 ミオが頭を撫でると、コボルトは目を細めて影に戻って行きました。

 この屋敷には、ケント様が眷属と呼んでいらっしゃる魔物が何頭も暮らしています。


 最初は恐ろしかったのですが、みんな人懐っこくて、しかも言葉を話すので今は仲良くしています。

 でも、サラマンダーのフラムやストームキャットのネロ、ギガウルフのゼータ達は体が大きいので、今でもちょっとだけ怖い。


「私達の中で、一番将来のことが決まってるのはメイサだから、話を聞いてみたら?」

「そうですね」


 メイサは、この屋敷に移り住む前にケント様が暮らしていた食堂の娘で、私達と同じ年です。

 ケント様が妹のように可愛がっていらっしゃって、すこし羨ましく感じるほどです。


「ミオー、どこぉ?」

「こっち、こっち!」

「お邪魔しまーす。フィーデリア大丈夫?」

「はい、大丈夫です。学校休んで、ごめんなさい」

「いいんじゃないの、フィーデリア勉強できるし、気分が乗らない時は休んでも大丈夫でしょ。あたしは休んだら後が大変だけど……で、何して遊ぶ?」

「あの……メイサは将来どうするの?」

「えっ? どうしたの、いきなり……」


 メイサの疑問には、私の代わりにミオがシャルターン王国の状況を説明してくれた。


「あたしは、お母さんの食堂を継ぐよ。あー……でも、学校を卒業したら、どこか別の店で修業するかも」


 メイサの母親は、一人で食堂を切り盛りしています。

 今日は闇の曜日で食堂が休みだから、メイサは遊びに来ていますが、普段は学校が終わると食堂を手伝っている。


 私と同じ年だけど、お客さんから注文を聞いて母親に伝え、出来上がった料理を厨房から運ぶそうだ。

 私とは違って、ちゃんと役に立っている。


 グラグラと足下が定まらない私とは大違いで、どっしりと大地に根を張っているかのようです。

 とても眩しくて、羨ましくて、少し意地悪を言ってしまいました。


「もし、もし火事になって食堂が燃えて、お母さんが死んでしまったら……どうする?」

「えっ? それは、その時になってみないと分らないけど、たぶん店を建て直して、私が食堂を再開させると思う」


 私の身に起こった事をメイサの家に当て嵌めてみたのだけれど、それでもメイサは揺らぎませんでした。


「フィーデリア、うちは小さな食堂だから、お城とは一緒には出来ないよ。それに、もし食堂が焼けてしまったら、あたし一人じゃ再建は出来ないと思う」

「えっ、だってさっきメイサが再開させるって……」

「うん、私が再開させるんだけど、きっと街のみんなが助けてくれると思う。いつもお母さんが言ってるんだけど、人には一人じゃどうにもならない事が起こる時があるから、その時はみんなで力を貸して支え合うのが街なんだってさ」


 メイサの母親は、駆け出しの冒険者に部屋を安く貸し、食事をたっぷり食べさせたり、父親が残した食堂を継ぎたいという人に料理の手ほどきをしてあげたりもしたそうだ。


「あたしがお母さんのお腹にいる頃に、お父さんが死んじゃって、すごく大変な時期があったんだって。その時に近所の人たちが、いっぱいいっぱい助けてくれたんだって。それで、食堂の経営が上手くいき始めた頃に、近所の人達にお礼をしようとしたら、それは次の困っている人のために取っておきなさい……って言われたんだって。だからね、フィーデリアはケントに世話になっていいの。お世話になった分は、ケントじゃなくて別の困っている人に手を貸してあげればいいんだよ」

「私に、出来るでしょうか?」

「出来るに決まってるじゃん。フィーデリアはあたしが知らない事をいっぱい知ってるし、あとはどう活かすかだけでしょ」


 算術の問題が解けなくてミオに泣きついているメイサとは、別人かと思うほど大人びて見えます。


「でも、いくら考えてみても、どうすれば良いのか分らないんです」

「うーん……誰かに聞いてみようか。ちょっと待ってて……」


 そう言うとメイサは、勝手知ったる我が家のように部屋を飛び出していきました。

 パタパタと小走りの足音が遠のいていったと思うと、すぐに部屋へ戻ってきました。


「フィーデリア、ミオ、上に行こう。セラフィマさんが話を聞いてくれるって」


 セラフィマ様は、バルシャニアの皇女殿下だったそうで、言われてみれば納得の気品を漂わせています。

 ですが、他人を排除するような冷たさはなく、体は小さいですが包容力に溢れていらっしゃいます。


 私が将来について悩んでいると話すと、何度も頷きながら話を聞いて下さった後で、にこっと微笑まれました。


「フィーデリアさんが不安に思うのは当然です。家族と別れて一人異国の地にいるという点では、私と少し似た境遇ですね」

「セラフィマ様は、不安を感じたりなさらないのですか?」

「将来への不安は、多かれ少なかれ誰しも感じるものです。その上で、フィーデリアさんが答えを見つけ出せていないのは、答えを導き出すための材料が不足しているからでしょう」

「材料……ですか?」

「そうです、材料です。将来、人々の役に立てるか不安に感じるのは、何が出来て何が出来ないのか、環境が変わったのに試していないから判断が下せないのではありませんか」

「あっ……そうかもしれません」


 セラフィマさんは、二度ほど頷いた後で続きを話し始めました。


「私とフィーデリアさんが似ていると言ったのは、私も将来への道を探しているからです」

「えっ……セラフィマ様もですか?」

「はい、ケント様の妻として私に何が出来るのか、日々模索していますよ」


 セラフィマ様は、バルシャニア帝国の皇女として私と同様に他国に嫁ぐか、バルシャニア国内の部族に嫁ぐつもりでいらしたそうです。


「ですが、私の前にケント様が現れました。最初は少し失礼な方かと思いましたが、その実力を知り、人柄を知り、私が人生を共に歩むのはケント様しかいらっしゃらないと思いました」


 ケント様は、リーゼンブルグに攻め入ろうとしていたバルシャニア軍を奇策を用いて一人の死者も出さずに止めてみせたり、お一人で三体ものギガースを討伐なさったそうです。


「ケント様の伴侶として、今の私は十分な働きが出来ていません。王妃や王太子妃、貴族の婦人としての教育は受けてきましたが、冒険者の妻として何をなすべきか迷っています」


 迷っていると話されているセラフィマ様は、なぜかとても楽しそうに見えます。


「不安ではないのですか?」

「そうですね、不安もあります。ですが、これまでとは違う新しい自分と出会えそうで、楽しみでもありますよ。フィーデリアさん、勇気を出して踏み出してみましょう。変わることは、悪い事ばかりじゃありませんよ」

「新しい自分……」


 知らない街で新しい自分に生まれ変わるなら、セラフィマ様のおっしゃる通り勇気を出して踏み出さなければいけないのだろう。


「セラフィマ様、また悩んだら話を聞いていただけますか?」

「勿論です。それと、セラフィマ様なんて他人行儀な呼び方ではなく、私のことはセラお姉ちゃんと呼んで下さい」

「セラ、お姉ちゃん」

「はい、良く出来ました」


 セラお姉ちゃんに、ギュッと抱きしめられて頭を撫でられました。

 殺されてしまった母上や姉上を思い出して、涙が溢れてしまいました。


「うぅぅ……ごめんなさい」

「いいの、いいのよ、フィーデリア。泣きたい時には我慢しなくてもいいのよ」

「はい……はい……」


 家族を殺されてしまった私は、世界で一番不幸だと思ったけれども、ケント様に助けていただき、優しい人達に支えてもらえている。

 私はもう不幸じゃない、皆さんの恩義に報いれるように、勇気を出して歩き出そう。

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