第504話 ギリクと駆け出しパーティー 後編
「どうしたヒヨッコ共、まだ昼だぞ、もうヘバっちまったのか?」
駆け出しパーティーの指導を押しつけられた翌日、どの程度の体力か見定めるために四人を城壁工事の現場に連れて来たのだが、このオッサンの存在を忘れていた。
クラウス・ヴォルザード、週に一度ぐらいのペースで、領民に混じって城壁工事の現場で汗を流している変わり者の領主だ。
昼飯も配給のパンを工事に参加している領民と一緒に齧っている。
民衆を顧みない領主に比べれば良いに決まっているが、それにしたって気さくすぎるだろう。
「お前らを見てると、ケントがヴォルザードに来た頃を思い出すな」
「ケントって、Sランク冒険者のケント・コクブさんですか?」
クラウスのオッサンの話に食いついたのは、弓使いのブルネラだ。
あんな野郎の話なんかに興味を持つんじゃねぇ。
「おぅ、そうだぜ。あの頃のケントは、やる気はあるけど空回りしている感じで頼りなかったなぁ」
「ケントさんほどの凄い冒険者でも、最初はそうだったんですか?」
「まぁ、あいつは術士タイプだから、体を使うのは今でも得意じゃないだろうけどな」
「でも、ケントさんなら、城壁工事とかすぐ終わらせられるんじゃないですか?」
「だろうな。実際、イロスーン大森林を抜ける街道の工事は、恐ろしいほどの早さで終わらせたからな」
「だったら、ヴォルザードの城壁もケントさんに頼めば、すぐ終わるのでは?」
「終わるだろうが、それじゃ駄目だ。何でもかんでもケントに頼りきりじゃ、ケントがいなくなったら何も出来なくなっちまう」
「えっ、いなくなっちゃうんですか?」
「今すぐじゃねぇが、ケントだって不死身じゃねぇ。エルフみたいに長生きは出来ないだろうし、頭をかち割られれば助からねぇだろう。そうやって突然ケントがいなくなったら、全部任せきりにしていたらその先の街の運営に支障をきたすだろう?」
一見するとチャラいオッサンにしか見えないが、実際は恐ろしいほどに頭が切れる実務派だ。
あの忌々しいケントも、クラウスさんに掛かれば顎で使われているらしい。
「ヴォルザードはケント一人に頼る街じゃなく、街のみんなが手を携えて守っていく街じゃなきゃいけないんだよ」
「私たちも役に立ちますかね?」
「そのために、ここに来てるんじゃないのか?」
「いえ……ギリクさんに言われて」
「ほぅ、お前らか、無茶やって死に掛けたパーティーってのは」
「はい……そうです」
「良かったな、生きて帰って来られて。だが、次があると思うなよ。同じような失敗を繰り返せば次は助からないと思え。冒険者を続けていきたいなら、まず死なないための知識、技術、体力を身に付けろ」
「はい……分かりました」
「ホントに分かってんのかぁ? おい、ギリク、ちゃんと死なないための立ち回り方を叩き込んでおけよ」
「うっす」
まったく、何で俺までクラウスのオッサンに目を付けられなきゃいけねぇんだよ。
一日城壁工事をやらせて四人の様子を観察してみたが、一番まともなのは、やはりオスカーだった。
力も強いし、性格も粘り強いし、あとは瞬発力がどの程度かだな。
ルイーゴは体力的にはオスカーと大差無いが、性格的に飽きっぽいのが難点だろう。
ヴェリンダは、昨日死にかけたばかりだから無理するなと言ったのに、大丈夫ですからと言ってやたらとアピールしてくる根性はあるが、体力的には物足りない。
弓使いのブルネラは、ハッキリ言って問題外だ。
これまで弓を使えれば良いと思い込んで来たのか、四人の中では一番体力が無い。
この先パーティーを続けていくなら最初に足を引っ張る存在になるだろう。
家に戻って汗を流し、夕食を終えた後にミーティングを開いて四人に感想を聞いた。
「ルイーゴ、城壁工事をやってどう思った?」
「キツかったっす!」
「それだけか?」
「え、えっと……やっぱり大人と較べると、まだまだ力が無いっすね」
「他には?」
「他っすか? うーん……あっ、領主様は良い人ですね。いやぁ、あんなに気軽に……」
「んな事を聞いてんじゃねぇ、手前らの話をしてんだろうが!」
「す、すんません……」
ルイーゴは、昨日あんだけ揉めていたブルネラとも今日は普通に話をしているし、遺恨とかを引き摺らないタイプのようだが考えが足りねぇ。
カズキかタツヤみたいなタイプのようだ。
「次、お前はどう思ったブルネラ」
「あたしは……全然、駄目駄目でした」
「どう駄目だった?」
「力も弱いし、体力も無いから疲れちゃって、マジでしんどかった……」
「だな、四人の中で一番駄目だったな」
「でも、あたしは基本的に弓を使う支援役だから……すみません、それでも駄目駄目ですよね」
「だな、四人で戦っても敵わない相手にぶつかって撤退するとなったら、今の状態ではお前が足を引っ張ることになる。というか、なんで魔術じゃなくて弓なんだ?」
冒険者にも弓を使う者はいるが、殆どの者は魔術による攻撃を選ぶ。
理由は、弓矢の場合は弓や矢といった道具を必要とするが、魔術なら道具を必要としないからだ。
それでも弓矢を選ぶとすれば、攻撃魔術が苦手なのか、魔力が少ないかのどちらかだろう。
「あたしは、体も小さいし、魔力も少ないから弓矢を選びました」
「攻撃魔術は全く使えないのか?」
「使えない訳じゃないですけど、使い物になるような威力では二、三発が限界です」
「そうか、次、ヴェリンダはどう思った?」
昨日、死に掛けたばかりヴェリンダだが、無理をするなと言ったのに大丈夫だと言い張って城壁工事に参加した。
働きぶりは、ブルネラよりは使えるが、一般的な男と較べると劣って見えてしまう。
それでも、どんな作業にも音を上げずに取り組んでいる姿からは情熱が感じられた。
「私も、ブルネラと同じで力も弱いですし体力的にもまだまだですが、もっと鍛えればギリクさんのご期待に沿えると思っております。それと……」
「それと……なんだ?」
「働いているギリクさんは、逞しくて素敵でした」
「ば、馬鹿野郎、手前らの話をしてるのに、俺は関係ねぇだろうが」
「ごめんなさい……でも、本当に素敵でしたから」
「う、うっせぇ、余計なことを言ってんじゃねぇ。最後、オスカーはどう思った」
「俺も、まだ体力的に未熟だと感じましたし、パーティーのメンバーでこんなに体力が違うとは思ってもいませんでした」
他の三人は、自分のことで手一杯という感じだったが、オスカーは自分以外の人間にも視線を向けていた。
「で、どうすれば良いと思う?」
「そうですね……鍵はブルネラだと思います」
「でも、あたしの体格じゃオスカー達と同じにはなれないよ」
「そうじゃないよ、ブルネラ。昼間、クラウス様がおっしゃっていた死なないための立ち回り方を考えるのには、ブルネラのレベルに合わせて行動を考えるべきだと思ったんだ」
「それって、やっぱりあたしが足を引っ張っているって事?」
オスカーに向けられたブルネラの言葉は棘を含んでいた。
昨日、ルイーゴにパーティーから出て行けとまで言っていたのに、自分こそが他の三人の足を引っ張っていると認識させられて、ブルネラは引け目を感じているようだ。
「そうじゃない……いや、今の時点ではそうなんだけど、俺達だって出来ない事ばかりで、この先ブルネラの足を引っ張るかもしれない。でも大切なのは、生き残ることだから、全員の弱点を全員で補える関係を作らないといけないんだよ」
「そっか、そうだよね。でも、正直オスカー達に追いつけると思えないよ……うぅぅ……」
ブルネラは、両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。
「あぁ、たった一日城壁工事にいって足を引っ張った程度でグジグジしやがって鬱陶しい、頭一つぐらい背丈も違う、体格差も歴然としている手前らに、全く同じになれなんて最初から望んでねぇよ」
俺の言葉を聞いて顔を上げたブルネラの瞳からは、涙の雫が溢れていた。
「これだけ体格差があったら同じように戦うのは無理だ。でもな、逃げ足ぐらいは同等に出来んじゃねぇのか?」
「そうだぜ、ブルネラ。ギリクさんの言う通り、まずは走る力を鍛えようぜ」
「うん、そうだねルイーゴ。それならあたしにも出来るかもしれない」
昨晩はいがみ合っていた癖に、手を取り合わんばかりのルイーゴとブルネラを見ていると、なぜかは分からないがイライラする。
「けっ、何を甘っちょろい事をぬかしてやがる。誰が、いつ、走りだけ鍛えるなんて言った? 他の鍛錬もみっちりやるに決まってんだろう。ブルネラ、手前は通常の鍛錬にプラスして走りを鍛えるに決まってんだろうが!」
「ひぃ、ごめんなさい」
「ギリクさん、ブルネラばかり厳しくするのは……」
「はあぁ? 何ぬかしてやがるんだルイーゴ。誰がブルネラだけを厳しくするって言った。勿論、他の三人も通常の鍛錬プラス苦手克服のための鍛錬をしてもらう」
「うぇぇ、そんなぁ……」
「苦しい時こそ、助け合って乗り越えるのがパーティーだよな? なぁ?」
「うっす、その通りっす……」
改めて四人を睨み付けると、オスカーは正面から見返し、ルイーゴとブルネラは視線を落として肩を竦め、ヴェリンダは……期待しているように笑みさえ浮かべていた。
四人の中ではオスカーが一番ものになりそうかと思ったが、意外にもヴェリンダが一番強くなることに貪欲なのかもしれない。
話が途切れたところで、オスカーが右手を上げて口を開いた。
「ギリクさん、明日はどうしますか?」
「明日も、今日と同じ時間に起こせ。飯を食ったら午前中は体の鍛錬、午後は格闘戦の鍛錬をやる」
「体の鍛錬は、どんな内容をやるんですか?」
「そいつは、明日教えてやる。それと、これから一週間は鍛錬に集中して、来週からは手前らの出来次第だが、依頼と鍛錬を混ぜて行うつもりでいろ」
「分かりました」
「手前らは、四人そろって俺に指導を頼んだんだ、一ヶ月間は楽が出来るなんて思うんじゃねぇぞ。分かったら、とっとと寝ちまえ」
四人に解散するように命じて、俺も自分の部屋に戻る。
明日からの鍛錬は、カズキやタツヤ達がやっていた方法を使うつもりだ。
腕立て、腹筋、懸垂、上体反らしなどの鍛錬の仕方は珍しい方法ではないが、サー何とかという鍛錬方法は俺の知らないやり方だった。
色々な動きを組み合わせて、瞬発力を上げるのが目的のようで、続けてみると動きが良くなったように感じる。
もう一つは、体の芯を鍛える方法で、あれも役に立ちそうだ。
以前の俺ならば、鍛錬の方法を考えるだけでも面倒だったが。
タツヤ達のやり方をそのまま当て嵌めれば良いだけだから簡単だ。
あとは成長の度合いを見て、ゴブリンの単独討伐からやらせていけば良いだろう。
方針も決まったところで、そろそろ寝るかと思っていたらドアがノックされた。
「誰だ?」
「ヴェリンダです」
「入っていいぞ」
「失礼します……」
寝巻姿のヴェリンダは、カップ二個と小皿を載せたトレイを持って入って来た。
「おやすみ前に、一杯いかがですか?」
「ふん、もらうか」
部屋には椅子すら無いので、ヴェリンダはトレイを持ったまま、ベッドに座っている俺の隣に腰を下ろした。
カップにはリーブル酒、小皿には干し肉とチーズが盛られている。
俺も久々に城壁工事に参加して、それなりに疲れていたから眠るのに苦労はしないと思うが、寝酒というのも悪くない。
「あの、ギリクさん……」
「なんだ?」
「私が強くなったら、褒めて下さいますか?」
「ふん、そんな話は強くなってからにしろ、何も出来てねぇうちに見返りを求めるんじゃねぇ」
「あぁ、そうですね……申し訳ありません」
何だこの女、嫌味を言われてるのに、なんで嬉しそうなんだ。
「では、私たちがもう無理だと音を上げても、問答無用で鍛えて下さいますか?」
「ほぉ、お前、なかなか根性あるじゃねぇか」
「ありがとうございます」
「お望み通り、泣こうが、喚こうが、引きずり起こしてでも鍛えてやるよ」
「はぁぁ……ありがとうございます。私、強くなってみせます」
「期待してやるよ。おら、飲み終わったら、さっさと出て行け」
「はぁぁ……おやすみなさいませ」
妙に馴れ馴れしいのは少々気に入らねぇが、やる気があるのは認めてやろう。
まずは、寝巻から透けて見えた、腹周りの贅肉からそぎ落としてやる。
接近戦の鍛錬は、野郎同士、女同士で組ませるつもりでいたが、ブルネラは武器すら決まらない状態だから、最初は徹底的に素振りをやらせよう。
ヴェリンダは俺が、ぶっ叩いて、転がして鍛えてやるか。
最初は面倒事を押し付けられたと思っていたが、やる気のある奴がいるなら話は別だ。
この一ヶ月で鍛え上げて、俺の手駒にするのも悪くなさそうだ。
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